駅のくぼみに入る恋人たちよ
カップルがよく駅のくぼみにいる。
タコがタコつぼに入っているようにカップルは駅のくぼみに入っている。
夏は観察の季節だ。アサガオの成長を、樹液にむらがる昆虫を、そして駅のくぼみの恋人たちを。この夏、一週間かけて新宿駅のくぼみを観察してみた。
恋人たちは柱にいる
月曜の夜はみんな早く帰る。当然、駅にも人が少ない。
まだ企画にするかどうか微妙なところだったので、ざっと見たがいるにはいた。しかしくぼみというより柱にいる。
タコつぼに入るタコかと思ったが、どちらかというと樹液にむらがるカブトムシのようだ。
柱にいる。人通りに面しててもかまわないようだ(以下、写真には赤字で上から見た柱とカップルを図で併記する。矢印は人の流れ。)
こちらは柱というよりは壁。人通りをさけるのは基本
こうして人の流れをさけていく方向に進化していくと、くぼみにたどりつくのではないか
これはという一枚
だれかいいくぼみを知らないか?とデイリーポータルZ内で意見を募ったところ、ライターの藤原から写真がよせられた。同じ新宿駅の中央西口である。
なるほど、たしかにこれはいいくぼみだ。きっぷうりばの角とご案内を利用した創意工夫あふれるスペース。二人のためだけのスペースという趣がある。
駅というパブリックな空間でありながらここまでくればもはや個室といえる。
ライター藤原が過去に撮影したくぼみで抱き合う二人。きっぷうりばとご案内でスペースが個室化した瞬間である。新宿駅中央西口付近。
火曜日
午後9時30分 大手町
↓
東京
↓
新宿
↓
午後11時 渋谷
どの駅が多いのだろう
なぜ恋人たちはくぼみに入るのか。
おそらくあれは帰る場所が別の二人なのだろう。別れの名残惜しさから二人の時間をつくる。そう考えるとターミナル駅のくぼみに多いと予想される。
新宿駅にかぎらずターミナル駅をうろついてみた。
いた、くぼみ……だが、半分か
新宿駅がいい
候補は大手町、東京、新宿、渋谷の4駅。
大手町は人自体が少ない。東京は、午後9時をすぎると新幹線組の数がぐっと少なくなるため、見た目に健全である。
となると繁華街でもある新宿、渋谷かとなるが、渋谷は駅の場所が点在しているためか、お別れスポットもばらばらになり目撃できた数も少なかった。
繁華街があって線路がいくつも交わり巨大な構内をもつJR新宿がいちばん発見しやすかった。
少しでも出っ張りがあるとくぼみ化する
くぼみらしいくぼみとは愛する二人がぴったり入るスペースだろう。これは数が多くない。
しかし広義の意味のくぼみなら多数存在する。それは人の流れから少しだけ外れた場所、ちょっとした出っ張りがあったならそこにはくぼみが存在するのだ。
クローズ>>くぼみ中のくぼみ>>広義の意味でのくぼみ>>柱の裏側>>壁ぎわ>>オープン
一口に駅にたちどまる二人といっても、どこに立ち止まっているかでこんな段階がある。
これはいいくぼみながらも男性だけイン
ちょっとでも出っ張りがあるとそこはくぼみなんじゃないか?
このアルプス広場というのは通りからみてへこんでいて、、広場全体が大きなくぼみと言ってもさしつかえない
くぼみかつしゃがむという、存在をできるだけ小さくした二人。翌日には服だけが残っている、そんなおとぎ話のような二人だ
くぼみはそんなにいない
調査三日目、ひきつづき新宿。しかし当初の予想ほどくぼみにカップルがいない。
相変わらず柱にはいる。柱は樹の幹、くぼみはたこつぼ。そこには公園のベンチとホテルくらいのちがいがあるのではないかとぼんやり思
樹液にむらがるカブトムシたちさながら、柱に3組。この状態はもう銀座と呼んでもいいだろう。
そんな中、これぞくぼみ。植え込みのくぼみで植物に擬態する二人。創意工夫の面でも100点をあげたい
これらの木にまぎれたのだ。木になって愛を誓う二人……手塚治虫が描きそうな話だ
カップルじゃないと悲しい
駅で立ち止まっている二人がカップル以外の場合、かなしくなるパターンがある。
たとえば小さい子がいる家族。これはなぜかかなしい。おばあちゃんがくぼみに入っていても(幸い今回は缶チューハイ持ったおっさんしかなかったが)かなしいだろう。
そういえば渋谷駅の階段で東南アジア系一家(それも子だくさん)が座っているのを見たことがある。あれもかなしかった。
小さい子がしゃがみこんでるパターン。午後10時をすぎると余計かなしい。
遅い時間、小さい子と大荷物パターン。かなしい。
これもなぜかかなしい、アンデス音楽のストリートミュージシャングループ。なぜコンドルは飛んでいくのか。
缶チューハイ持ったおっさんがくぼみにピッタリはまっていた、それもカメラ目線で。こちらは仏像のような力強さがあった
同性の二人は女性が多い
柱や壁にいる二人で同性の場合はなぜか女性の二人組が多かった。男性二人で別れ際に「もう少ししゃべろう」という状況はそんなにないのでそれも道理だ。
かといって男性二人がいないわけでもない。感覚としては女性二人7に対し、男性二人組は3くらい。
探すなら10時以降だ
この日の調査は今までからすると早めの9時。もう一軒いけるくらいの時間である。予想されるとおりこれがまた低調だった。
午後9時より終電間近の(別れなければならない)との思いがつよいほどくぼみに入りたがるのではないか。
暑いからではないかとの思いもある。クーラー下にむらがる二人はまさに樹液とカブトムシの関係である
もちろん設計者も考えているだろう
駅にも設計者がいるわけで、しかもこれだけの数の駅があって、わざわざ待ち合わせ場所を作るほど人の流れを意識しているのだ。
待ち合わせ場所以外でできれば立ち止まらせたくない、しかし構造上くぼみができるのはしかたない。設計者にもそんなジレンマがあると思われる。
カップルが入ってるのを見て彼らはくやしがっていることだろう。
「これ設計上どうしても必要なんだけど、ぜったいカップル入るな~」
「カップル入りますよね、でもしょうがないすよね~」
「あ~、憎いけどどうしようもないな~」
こんな会話が駅の設計段階でされてるにちがいない
花金でもそんなにかわらず
時間は遅いほうがいい、そして金曜夜。これはいけるだろうと思ったがそこまでかんばしい成果でもなかった。
人の流れから外れた壁ぎわは広義の意味でのくぼみなのではないか?
これは珍しい、柱に頭をおしつけているタイプ。これからくぼんでいくのだろうと思われる。
案内板をついたてにしてくぼみを作っている
石の裏をめくる気分だ
この日は帰宅してごはんを食べて風呂に入ったうえで再び新宿で調査した。
この感じ何かに似ているなと思ったら昆虫採集で日の出前に出かける人たちの気持ちだろう。柱の向こう側を(……いるかな?)とおそるおそるのぞきみるのは、たとえば川の石をめくってその下にいる生物を探すのと似ている。
新宿駅の柱の裏にはカップルが、野川公園の川の石の裏にはカニがいた。
柱のうらをのぞくのは、川の石のうらをめくってみる感覚に近い
野川公園の石の裏ではカニが見つかったが、柱のうらにはカップルがひそんでいる可能性が高い
週末はレベルが高い
そして最終日の土曜。家に来客があって飲んだり食べたりしていたが、一人抜けだして新宿へ。
金曜日は他の日とそれほど変わらなかったが、週末はさすがにレベルが高くなった。全体的に数も多くくぼみらしさも高かった。
今回の調査でもっともくぼみらしかったくぼみ。物陰感がすごくて周りの人も注目していた(逆効果だった)。
これは正統派くぼみ。このスペースには日中よくまんじゅうが売られている。昼まんじゅう、夜カップル。くぼみの一日は長い。
くぼみだなという二人はかなり少ない
さあ一週間といいながら日曜は調査しなかった(川の石をめくっていた)が、6日間の数をまとめてみよう。
この週目撃した駅で立ち止まってるカップル合計76組
柱……28/76
壁……29/76
くぼみ(広義のくぼみ)……12/76
くぼみ中のくぼみ……5/76
往来の中……2/76
このような結果となった。駅で立ち止まっているカップルはそこまでくぼみにいるわけではなかった。駅のカップルをクワガタだとすると、くぼみの二人はオオクワガタだと思っていただければいいだろう。
さて一週間の調査の結果からカップルがどこにいるのかだいたいわかるようになった。成果として、応用編をごらんいただこう。
もし漢字の川にカップルがいるならこういうことだろう。柱の裏とくぼみがひとつだけある
要害とされるペンタゴン型の城もカップルにとっては絶好の潜伏スポットである
源義経が平氏を急襲した鵯越の逆落としの道中にカップルがいたならこんな感じになる。壁やくぼみの割合をふまえ、くぼみ中のくぼみは黄色の点一組といったところだろう。
ふむふむ、感心だわい
くぼみに入ってる二人の何がいいのだろう。それは"やっとるな"感ではないだろうか。
くぼみを発見することもそうだが、案内板をついたてに使ったり、観葉植物の間に入り込んだり、くぼみに入るのもクリエイティブな行為である。
それ自体やろうとしなければできないことであり、くぼみにはやる気が透けて見える。
「ぼくたちはこれから毎日ニワトリ小屋のために朝のスーパーに行って野菜くずをわけてもらいにいきます」
「君たち、毎日はたいへんだよ。できるのかね」
「やります。校長先生、見ていてください」
校長先生がこっそり朝のスーパーをのぞいて(……うむうむ、やっとるな)と思う"やっとるな"感。くぼみの二人を見て思うあの"やっとるな"感こそが見る側の気持ちの根源なのではないか。
さて結論。カップルはくぼみに入りこむのか? 両手をあげてハ~イともいえないし、かといってカップル以外でくぼみに入ってるのは缶チューハイを飲んでいたおっさんくらいだ。やはりくぼみに入りたがるのは誰かといえばカップルだろう。
多くはないがカップルはくぼみに入っている。これが今回の結論である。