接待教えてくれる人がスーツ。半ズボンで来てしまった。減点
接待を教えてくれる人
接待達人(※)のPさん(真ん中)は製薬会社のMRとして秋田で8年間お医者さんを接待してきた。
接待する相手は地方のお医者さんで、年齢層もさまざま。年下から70代80代も接待する。「先生」と呼ばれる人たちなので地位もプライドも高い。
一昔前はお医者さんの家の引越しまで手伝わされたりしたらしいが、Pさんは経験ないらしい。最近あったのは畑仕事で「いくら立てても倒れてしまう逆バージョンの奇跡の一本松というのがあって、自分の車にくくりつけて立てました」……たぶん引越しよりもきつい。
この達人を同じくデイリーポータルZで書いている石川(右)と二人で接待して、その場で加点と減点をしてもらおうと思う。
スーツ姿のPさんを渋谷に呼び出して、迎えたのは普段着の大北と石川。もちろんいきなり減点だ。
※勝手に呼んでるだけでほんとの達人かどうかは知らない
達人の前の人をはらいのけていく筆者に「やりすぎです」減点
どう移動するの?
そういえばそもそも接待される側をどう先導すればいいのだろう。
とくに正解はないが、横についてしゃべりながらそのつど「こっちです」と誘導していくのがいいようだ。
「こっちです、こっちです」と渋谷の人なみを手ではらいのけるカーリング方式で案内した筆者は「やりすぎです」と減点。
石川は階段をおりるときに「足元気をつけてください」と言って加点。達人、それは達人をバカにしてますよ、と言っても「丁寧すぎてダメなことはない」とのこと。
足元お気をつけくださいと言う石川に「一言添えるのはいい」加点
大北チョイスは「タイ料理か~」減点
石川チョイスは居酒屋チェーン「東京まできて天狗か~」減点だがこちらをチョイス
店えらび
筆者がえらんだ店は集合場所近くのタイ料理屋。おでん屋などちょっとした意外性はいいが、タイ料理はちがう気がするとのこと。減点。
対して石川がえらんだのは居酒屋チェーンの天狗。どちらも集合場所から徒歩1分かからないいいかげんなセレクトだ。
接待には雰囲気も求められるのとコース料理をたのむことが多いのでこうしたチェーンは選ばれないとのこと。
以下は後日送られてきたPさん作成のレジュメ。
焼肉はダメらしい。店員をまるめこんで自分の手柄をアピールする技、すごい。
「何のみましょう? 生でいいですか?」とにかく先に声をかけるそうだ
飲み物は生ビールが多い
「何のみますか?」と先方にうかがうべきだが、やはりビールが多いらしい。しかも生ビール。
接待のビールといえば瓶ビールで「ままま、先生ここはひとつ!」みたいなことかと思っていたが、接待する側も注がなくていいので生がいいらしい。
今日は練習なので瓶ビールを頼んだ。
「ままま、先生、ここはひとつ」加点。ラベルが上にルールは遵守
どうやって注ぐの?
ビールを注ぐときはもちろん両手なんだろうか。
「必ずしもそういうことではないですが、ラベルは上にはしますね」
やっぱりあれ本当にやるのか、都市伝説だったらいいなと思ってたけどもちろん都市伝説じゃなかった。
いえいえ自分でやります「なんで!?」減点
手酌は死刑
そもそも接待でどれくらいへりくだればいいのかがわからない。
たとえばイギリスの女王陛下が天狗でビールを注いでくれようとしたら「めっそうもございません、陛下」と断るんじゃないだろうか。
「いえいえ、私はもっぱら自分でやるほうで」
「なんで!?」となって減点。
手酌をしようとする人には「いやいや手酌は出世しませんしどうぞどうぞ」とビールを差し出すPさん。
注ぐにも角が立たないよう一言添えるのはさすが達人。
「ありがたくいただきます」「全体的にインカ帝国っぽい」減点
半分くらいになったら「次飲みにいったら注ぐ」と意識して見ておく
半分いったら用意しておく
ところで瓶ビールはどのタイミングでおかわりをつぐべきなんだろうか。
「半分くらいまできたら『次飲んだら注ぎにいく』と視界のすみにいれておいてたえず意識はしておきますね」
なるほど、空のグラスになる時間がいけないから、飲んでる途中に待ち構えておくのか
「置いたグラスをまた持ってもらうのは心苦しいっていうのもあります」
「あ~、細かい心配り! 憎い!」
細かすぎてたまに達人をなぐってしまいそうになる
カタ焼きそばよく頼むんですよ~「シメじゃないんだから」減点
メニュー決め
接待では事前に店側と打ち合わせてコースを決めておくのが通例らしいが、今日はアラカルト。接待する側のセンス勝負だ。
「ここおいしいのあるんですよ、カタ焼きそばっていうんですけど、今日あるかな~……あー、ありましたね! ラッキーですよ!」
筆者のおすすめは「セレクトがしめのものだし、演出が過剰です」これも減点となった。
「枝豆はどうですか?」「揚げ物頼みましょうね!」と色々さぐったあげく、えらぶのに飽きて放った「何かたべたいものないですか?」の一言にPさんは「ようやく出たか」と。
最初に言うべき言葉であっていまかいまかと待っていたそうだ。
それに対して「待つくらいなら、早く言ってくださいよ!」と食ってかかった私たちはまたも減点となった。
「その言葉、ようやく出たか」「そんなら早く言ってくださいよ!」減点
相変わらず店との結託はすばらしい。学生には思いつかない大人の技
「はい、これダメでしょう? 言わないとわかりませんか?」Pさん、それ天狗の店員がそうやって持ってきたんですけど……
天狗の店員が正しいとは限らない
お店から出された皿とおてふきを丁寧に配る石川に達人Pさんが減点通知。
「はい、これはなんですか? 言わないとわかりませんか?」
どうやら皿の上におてふきが直接のっていたのがいけなかったようだ。Pさん、それ天狗の店員がそうやってもってきたんですけど……
キャベツを食べようとしてすんでのところでとどまった「正解!」加点
まず食べさせるべき
お店からつきだしの生キャベツが出てきた。思わず手にとって一口放り込もうとしたが、直前でストップ。
「Pさん、これおいしいんですよどうぞ食べてください」
「そう、手にもってるので半分アウトだけど正解です!」
Pさんが先輩にはじめに教えてもらったことのひとつ「箸袋から箸を抜くのは先方から」ルールだそうだ。
ところがこれ、話に夢中になってだれも箸に手をつけようとしないパターンがままあるらしい。そういう場合は「あたたかいうちにどうぞ」などとこちらから促す必要がある。
「生キャベツはなんてすすめたらいいかわかりませんが……」
取り分けは国民の義務
店員さんがアスパラのフライを持ってきた。あまっていた箸を使い取り分けたところ「それは正解、なかったら店員さんに頼むべきです」と加点。
取り分けは絶対。ルールは全員均等に取り分けること。そしてそれは一番下座に座る、ここでは大北の仕事。
P「そこの席(下座)は料理をとりわけて話をふって先方を気遣って店員さんを呼んで連係をとって、と接待で一番よく動く人の席」
大北「下座はじつは接待の支配者? マスター・オブ・接待?」
P「そう、そこはMC」
石川「ツェッタイだ。マスター・オブ・ツェッタイ(笑)」
マヨネーズの上にソースをかけるお好み焼文化で育った大北に「これは勝負に出ましたね」と減点
レモンかけますか?もきくべき
調子にのって取り分けるもマヨネーズとソースを一緒にかけてしまい「勝負に出ましたね、オリジナリティあふれすぎです」と減点をくらった。
そして「レモンかけますか?のくだりもほしかった」「レモンをしぼる前にはお手ふきで手をきれいに」とのこと。ここら辺で早くもイ~ッとなる。
しかし「接待において神経質で困ることはない」のだそうだ。
箸を逆にして取り分けるのも手がさわってたところだからもちろんNG。水餃子のつけだれが一つしかなく「ここはひとつ、全員直箸でいきましょう」と言った石川も「家族じゃないんだから」と減点。
これどう取り分けるの?代表選手、串5点盛り合わせ
焼き鳥って接待でどう取り分けるの?
そういえば焼き鳥は串から外すととたんにみすぼらしくなる。あれはどうするのだろう?
「だいたいコース料理なので、串ものを取り分ける状況はあんまりないです。
それでも出てきたら『バラすのもめんどうなので、先生、好きなものえらびましょうよ、何が好きですか?』とか先に言う。『取り分けにくいので串から外しちゃいますね』でもいい。
どっちでもいいんです。気持よく食べてもらうためのルールを先に提示することが重要」
これはすごい。先方は好きな串をえらんでいるようで、実はえらばされていたのだ。とにかく「先にルールを作って提示する」のが重要だそうだ。
たしかに串から外すのも早い者勝ちでとるのも、これが正しいやり方だと言われればなるほどそうかと思ってしまう。
空いたらすぐに下げてもらわなければならない。減点。
すぐに取り分けてバンバン下げる
空になってもそのままになっていたビール瓶は「オブジェか?って状態です」減点。
オブジェじゃないのに? オブジェじゃないのを分かってるのに? と達人にかみついたが、マスターオブ接待にとって残ってる皿やビンこそが仕事なのだそうだ。
「これは仕事がたまってる状態」と山となった皿をさして達人は言う。
取り分けだけでもめんどくさいのに同時に飲み物をうかがい、トークもする。ものすごく忙しい。ギターもやりボーカルもやるみたいな状態、そのうえMC……ああ、さだまさしは接待でも偉大だろう。
なのでできるだけ取り分けやすいものをオーダーし、さっと取り分けてすぐ下げてもらう。これは先方でなく、接待する側の理由でもあった。
これは接待的には仕事がたまっている状態だそうだ
カロリーメイトを山分けする接待であれば簡単なのになと思う
トーク代わりに歯をむいて威嚇する、減点
会話はとぎれないこと、しゃべらせること
食事、飲み物、お店に配慮しながらももちろんたのしく会話をしなければならない。
「話はとぎれないように。会話に困ったときに何しゃべったらいいか書いてる本ってあるでしょ。天気の話とか。ああいうのも使います。
基本は話をきく側に。うなずくだけでなくて向こうの話に加味して返す。『こういうことですよね』とか」
タブレットで「こんなん好きなんですよ」と自己紹介。チャラい!
『バカだな~』がいい
相手がお医者さんだと大体年上なのだろうか? 年下の場合はどうするのだろう。
「25、6の人も接待します。(本気でいく?) いや、本気でバカになります。気を許してほしいので風俗で失敗した話とかをドカーンとやる。『この人、バカだな~』とそこでタメ口になったら大成功」
Pさんの場合、接待においてバカだな~がポイントなのだという。
「年上もそうですが年下はなおさら。この人バカだな~って思わせるのはひとつの接待です。
そのためには失敗談、そして下ネタは強いです。鉄板ネタはもってるし、仕入れる努力もする。女性相手だと旅行や食べ物でバカやったことの話だとか」
――犬に追いかけられたみたいなバカさは?
「きれいな歯型が残ってたりしたら使うかもしれませんが。
(歯型ついてたら武器?)武器武器。もう勲章もの。肩から包帯まいていくくらいに大げさにして見せます。でも動物好きでしてね~みたいなとこに切り込んでいったり」
――なるほど『動物といえば、西ローランドゴリラが絶滅しかかってるのはご存知ですか?』ってきいてみたり?
「そうなの?ってなって会話が止まるでしょ。それは減点です」
iPadとか携帯とかガンガン使えとある。チャラい! けど仕方ない!
接待開始早々に、「泊まりだときいたのでこれ使ってください」と買ってきたスリッパを渡す石川。「トリッキーだけどうれしいのはうれしい」と加点
「190円って値札ついてますよ」にうばいとって歯でかみきろうとする石川。これが接待か、なんて世界だ……
おみやげ合戦
接待開始早々にプレゼントとしてスリッパを渡す石川。190円の値札がついていたものの「今日は泊りだからうれしいのはうれしいです」と加点をもらっていた。
負けてならぬとこちらも家でお菓子を焼いてきた。ところが接待序盤だったために「お菓子の匂いがビールにまったくあわない」と減点。
ああ、接待はむずかしい。こんなにまごころこもっているのに。
「それならぼくもお菓子焼いてきたんですよ」
気に入ったメニューを持ち帰る
こうしたプレゼントはそもそもアリなんだろうか?
「お菓子を買ってもっていく時点でうちの業界ではルール違反。会社の経費では落ちない。ただ予算内でお店のメニューの中からえらぶのはセーフ。
たとえばお寿司屋さんで『玉子焼きがおいしい』という話になったらトイレ行ったときに『玉子お土産用に焼いておいて』と頼んでおいて帰り際に持たせます」
ナイスこしゃく。待ってましたよ、そういうこしゃくな人生の裏ワザを。
「予算がゆるすかぎりその場で作ってもらうお土産はなるべくします。気に入ったメニューがなければお酒を持って帰ってもらいます」
タイのお菓子カノムクロックを接待のために仕込んでおいた
「おやつの匂いしてますね……」接待の序盤でこれはアウト。減点
石川のプレゼント第二弾「飴たべますか?」に小銭がしこんである。「使えたら最強だけども……」減点
予算は一人五千円!?
そういえば全体の予算っていくらなんだろう。
「業界で決まってまして、昔は青天井、私が入ったときは一人三万円、今は一人五千円です。天狗がリアルな時代なんですよね。飲み放題ででおいしくてでお土産も……五千円でできないことはないです。
もう一軒行こうよと言われたら自腹のワリカンですね。それならもう帰るからタクシーチケットちょうだい、という人もいる」
一人五千円である。イメージしていた接待とはちがう。 これで満足してもらうためにはよっぽどもてなさないといけないだろう。厳しい世界だ。
大北プレゼント第二弾「先生のために紙ナフキンの天狗マーク切り抜いたんですよ」もちろん減点
たしかに実用性にとぼしい
すいませ~んお会計おねがいします、は接待で自分から言えない
終わらせ方
しかしこれどうやって終わらせるのだろう。時計とかチラ見するのだろうか。
「時計も携帯も見たらそこで試合終了ですね。絶対ダメ。
終わらせるにはその流れを作ります。食べ物を全部さげてもらって『先生、甘いものお好きですか?』とデザート頼んだり。
あとはトイレに立ったときに店員に挨拶に来てもらうように頼みます。『今日のお料理はいかがでしたか?』って。
それでも帰る気配がなかったら『先生、今晩お時間大丈夫ですか?』ときいてそれでも『大丈夫だ』となったらそこは乗るしかない。自腹切ってでも」
会場でタクシーも呼んでおく。先方が乗り込んだら用意してたお土産をギリギリのタイミングで渡す
角を曲がるまで頭を下げるのか
よくタクシーが角を曲がるまで頭を下げるなんて話があるけどほんとなのだろうか
「うちではそこまでしませんけど、タクシーが角を曲がるまで見届けます。なにが起こるかわからないから。
(ドカーンって爆発したり?)そう、そんなときに『大丈夫ですかーっ!』って走っていくために(笑) 最後まで見届けます」
「先方、爆発とかしないかな……」
もう下駄箱の靴とかめんどうくさい。すべてを投げ出して、走って帰りたい。
接待入門
なんて忙しいんだ接待。しかしこうした技は一度身に付けると自然とできるようになるそうだ。
「自転車の乗り方みたいなもので一度しみつくと全部自然にやってしまいます。知ってしまうと昔の自分にはもどれない。(と言いつつビールで注ぐ)」
えらい人からお酒をつがれるのが苦手だった。しかしそういうものだと知ってしまえば、おどろくほど遠慮無くできた。だってそういうものだから。
実はPさんが箸をじゃんじゃん持ってきて取り分ける様子をどうしたどうしたと笑ってたのだが、教わった今では笑いとばされるべきは無知な自分だ。
ルールを知ってるものが知らないものを笑い、知らないものが知ってるものを笑う。稲作をはじめて見た縄文人も同じような感じだったんじゃないだろうか。
せめてこの記事を読んで知った側にまわったみなさんにはぼくのような世間知らずを笑わずにいてほしいものである。
もう一軒候補として定食屋というのもあったが即却下された