特集 2013年5月15日

四国ご当地ダム詣で

香川に限らず四国に行ったら必ず寄りたい豊稔池ダム
香川に限らず四国に行ったら必ず寄りたい豊稔池ダム
「あそこに行ったら、あれ食べなきゃ」というような名物は全国にある。いわゆるご当地グルメというやつだ。

まあ、すべてがうまい、というわけでもないけれど、それなりに旅情に浸ることはできると思う。

同じように、ダム好きたちの間にも「あそこに行ったら、あのダム観なきゃ」というご当地ダムがあって、ダムめぐりのルートを決める軸になっている。

そこで今回は、四国のご当地ダムをいくつか紹介したい。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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豊稔池を見ずして四国を語ることなかれ

たとえば香川県に行ったら、高松の駅前でどんなにうまそうなレストランを見つけたとしても、何よりまず讃岐うどんを食べよう、と思うのではないだろうか。

いや、香川に限らず四国に行く機会があれば、せっかくならと1軒くらい讃岐うどんのお店に行く段取りを考えてしまわないだろうか。

それと同じように、ダムめぐりで四国に行ったら、何よりまず観に行きたいのが香川県の豊稔池ダム。香川はもとより四国のご当地ダムである。
きれいな公園の奥にそびえる遺跡のような堤体
きれいな公園の奥にそびえる遺跡のような堤体
「うどん県」より「豊稔池県」に改名してほしいくらいのインパクト
「うどん県」より「豊稔池県」に改名してほしいくらいのインパクト
豊稔池ダムは何と昭和4年に造られた農業用のダム。つまり完成して80年以上経つため池だ。

この複雑で迫力のある堤体はマルチプルアーチ式コンクリートダムと言って、日本には2基しかない本当に珍しい型式。おかげでダム好き界では、四国のダムと言えばまず豊稔池、というくらい全国から羨望の眼差しを送られている。

ちなみに、ダムの高さが30.3mというのが半端な数字だなーと思っていて調べたら、100尺ということらしい。尺貫法の名残り!
日本よ、これが四国代表のダムだ!
日本よ、これが四国代表のダムだ!
日本で初めてコンクリートのダムが造られてからまだ30年という黎明期に、どうして突然こんなダムが造られたのかは分からないけど、どんな世界でも進化の過程で消滅するマイナー種があるものだ。豊稔池ダムもそんなひとつなのではないかと思う。

正直言って、ダム好きとしてはこの魅力的なダムが造られているのが地元じゃないのがすごく悔しい。この感情はドラフトで甲子園のスターのクジを外したところを想像すれば多くの人に共感してもらえると思う。

だけど逆に、そのせいでたびたび四国に行く口実ができるわけで、それも悪くないかな、と思う。めんどくさいファン心理である。
昭和初期の日本の建築物とは思えないくらいエッジの効いたシルエット
昭和初期の日本の建築物とは思えないくらいエッジの効いたシルエット
壁に十字架が架かっていても違和感ない
壁に十字架が架かっていても違和感ない
いちばん奥のアーチ部分はオーバーハングしている
いちばん奥のアーチ部分はオーバーハングしている
もはやダムと一心同体である
もはやダムと一心同体である
写真を見ていて気になった人もいるかも知れないけど、豊稔池ダムには柵というものがほとんどなくて、むしろ堤体に通路や階段がつけられていて、驚くほどダムと触れあうことができる。

遠くにあるあまり大きくないダムだけど、何度も行きたくなってしまう環境だ。
開放的すぎて不安すら覚えるレベル
開放的すぎて不安すら覚えるレベル
ただし、放流中はこの階段にも水が流れるので堤体の中に行くことができなくなる。でもその放流もまたステキで、もう放流してても、してなくても、いつ行っても癒されてしまうダムなのだ。
ダムの内側には行けなくなるけどこの放流がまたイイんだ...
ダムの内側には行けなくなるけどこの放流がまたイイんだ...
というわけで、四国に行ったらまず豊稔池ダムを観たくなったと思う。場所は愛媛県との県境も近い香川県西端の観音寺市。市街地からも近いので、うどん屋めぐりの合間に立ち寄るのもいいと思う。

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近くにも溜池がいっぱい
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1300年の歴史、満濃池ダム

続いて紹介する四国のご当地ダムは、豊稔池ダムから車でおよそ1時間、「こんぴらさん」と呼ばれている金刀比羅宮の近くにある農業用のため池、満濃池である。

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ミジンコのような形のダム湖が特徴
このダムについては、以前に旧跡や文化財に詳しいライター、木村さんが詳しくレポートしているので、ここではダム好き目線からさらっと紹介したい。

周囲は公園として整備されていて、あちこちに駐車場もあってとても訪れやすいダムだ。なかでもダムのすぐ下流にある「ほたる見公園」の駐車場から歩いて向かうのがおすすめ。のどかな雰囲気の遊歩道を通って、堤体の真下からアプローチすることができるのだ。
下流側からダムの下まで歩いて行ける
下流側からダムの下まで歩いて行ける
満濃池ダムのすぐ下にかわいい堰があった
満濃池ダムのすぐ下にかわいい堰があった
階段でダムの上まで登れる
階段でダムの上まで登れる
ダムとは言え、最初に建設されたのは8世紀初め、西暦701~704年頃と言われている。日本史のタイムラインに載せると、大化の改新のたった50年後である。ちなみに和同開珎が鋳造されたのが708年、藤原京から平城京に遷都されて奈良時代の幕が開けたのが710年。

時代の趨勢によっては今ごろ遺跡として出土しててもおかしくないレベルである。

もっとも、「巨大建造物・ダム」なんて雰囲気はなく、土を盛り上げて造られた堤体は「その地域の水がめである巨大なため池」だったものが明治維新とその後の日本国憲法、河川法の制定で「ダム」になってしまった、という感じ。
それがいまやダムの上も駐車場
それがいまやダムの上も駐車場
長い歴史の中で何度も決壊と再建を繰り返していて、弘法大師が改修の指揮を執ったこともある。決壊したあと500年近く放置されていた期間もあって、その間は干上がった湖底に村があったという。
弘法大師もこういう景色を見たのだろうか
弘法大師もこういう景色を見たのだろうか
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現在の四国の司令塔

次に向かうご当地ダムは、四国のちょうど中心に位置する早明浦ダム。

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四国の中心から各方面に水を供給
最初に「四国代表のダム」として豊稔池を紹介した。唯一無二の存在感という意味では間違いなく四国ナンバー1なのだけど、四国4県に400万人が住む現代において、機能面で言えば断然こちらが四国代表と言える。
どーんと構えるこれぞ四国のダム
どーんと構えるこれぞ四国のダム
ダムの役割はアルファベット1文字で表すことができ、洪水調節をF、川の水量の調節をN、農業用水をA、水道用水をW、工業用水をI、発電をPと表記する。だから、ダムの用途を専門的に示すとFAとかFNWPといった感じに表記されるのだけど、早明浦ダムは全国でも選ばれし一握りのダムしかない役割全部盛り、FNAWIPというキングダムの称号を与えられているのだ!(キングダムとか称号とか言ってるのは僕だけなのでご注意)

その貯水量はおよそ3億立方メートル。西日本で2番目に大きなダム湖が大雨の水を受け止め、ほぼ四国全土の人々に水を供給している。
四国を守るキングダム(立入禁止場所から許可を得て撮影)
四国を守るキングダム(立入禁止場所から許可を得て撮影)
早明浦ダムは毎年のように伝説を残しているけど、特に印象的なのが平成17年の夏。記録的な渇水でも下流に水を供給し続け、とうとう8月中旬に貯水が底をついてしまった早明浦ダム。そこへ9月上旬に九州を襲った台風14号からの雨雲が襲いかかり、24時間に渡って猛烈な雨を降らせた。貯水率0%だった早明浦ダムは、たった1日で100%になるほどの水量を受け止め、下流の洪水を防ぐと同時に水不足を解消させるという大車輪の活躍を見せた。
空だった貯水池が一晩で満タンに
空だった貯水池が一晩で満タンに
このとき早明浦ダムからの最大放流量が毎秒690立方メートルだったのに対して、最大流入量はなんと毎秒5600立方メートル。貯水池が空だったのは偶然だけど、24時間で2億立方メートル以上もの水を貯め込んだ早明浦ダムがなかったら、これがそのまま下流に流れてしまったのだ、と思うとゾッとする規模の洪水だ。

そんな早明浦ダムの湖畔には「四国のいのち」と刻まれた石碑が建っている。四国で好きなだけうどんが茹でられるのも早明浦ダムのおかげなのだ(断言)。
うどんのいのち
うどんのいのち
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四国が誇るデザイナーズダム

最後に紹介する四国のご当地ダムは、ぐっと西に移動して四国のほぼ南西端、高知県宿毛市に建設されている中筋川ダムだ。

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日本中を走り回るダム好きが口を揃えて「あそこは遠い」と言う
さて、豊稔池、満濃池、早明浦ダムはひょっとして聞いたことがあっても、ダム好きでもない限り、この中筋川ダムはあまり知られていないと思う。高知市内から急いでも車でおよそ3時間。このダムを見学して帰って来るだけで1日の昼間がほぼ終わってしまうほどの距離。果たしてどんなご当地ダムなのか。

全国のダム好きたちを惹きつける、中筋川ダム最大の魅力。それは、ここも唯一無二のデザインにある。
一見何の変哲もないダムだけどよく見ると...
一見何の変哲もないダムだけどよく見ると...
下流側が段々になっている
下流側が段々になっている
のっぺりとしたコンクリートの壁であることが多いダムの堤体に、高さ75cm、奥行き50.2cmの段が上から下まで、85段つけられている。ピラミッド、それもマヤ遺跡にあるピラミッドを思い出した。現役なのに伝説の遺跡っぽい。リビングレジェンドである。

1000年後、ダムを必要としない新しい文明の人類が中筋川ダムを見つけたら、おそらく偉大な支配者の墓だと思い込むだろう。
同じピラミッドでもギザというよりマヤ
同じピラミッドでもギザというよりマヤ
完成したのは1998年。2000年前後に国土交通省が完成させたデザイナーズ・ダムの系譜の礎となったダムと言える。
この頃の国交省ダムはデザインに凝っている。ガンダムみたいな長島ダム(2001年)
この頃の国交省ダムはデザインに凝っている。ガンダムみたいな長島ダム(2001年)
巨大な半円をあしらった月山ダム(2001年)
巨大な半円をあしらった月山ダム(2001年)
ギリシャ神殿みたいなぶっとい円柱を埋め込んだ小里川ダム(2003年)
ギリシャ神殿みたいなぶっとい円柱を埋め込んだ小里川ダム(2003年)
ダムがコンクリート打ちっぱなしであることを思い出させてくれた苫田ダム(2004年)
ダムがコンクリート打ちっぱなしであることを思い出させてくれた苫田ダム(2004年)
この階段部分には枯葉などのゴミが溜まりやすいそうで、それを見越して階段の上から水を流す「洗浄放流」をすることができるらしい。そんなダムほかに聞いたことがない。

あの階段部分を水が流れ落ちる光景は、いつか観に行かなければならないだろう。

ご当地で盛り上げてもらいたい

というわけで、四国に行ったら観に行って損はないご当地ダムを考えてみた。

もちろんここで挙げた以外にもすてきなダムはまだまだあるのだけど、乱立させて印象が薄まるのも逆効果なので、ぜひ四国一丸となってこれらを中心にご当地ダムを盛り上げていってもらいたいと思う。

と、偉そうに言ってるけど数年に1度しか来ない東京の人の戯言なので気にしないでください。
ご当地砂防ダムもすごいのがあった
ご当地砂防ダムもすごいのがあった
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