特集 2013年5月1日

かかしが生活を営む村

賑やかな山村、と思ったら
賑やかな山村、と思ったら
先日、四国を旅行した。

徳島県の山奥、車で川沿いの細い道を走っていると、小さな集落が現れた。過疎化が進む山村なのだろう、ひとけはない。

と思って通り過ぎようとしたら、道端のバス停、家の軒先、畑の中、そこらじゅうに大勢の人影が見えた。なんだか賑やかだ。

ここはいったい何だ?
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

前の記事:四国の秘境のかずら橋とモノレール

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小さな集落に大勢の人...人?

山奥の小さな集落に、妙に大勢の人がいる。気になったので車を降りてみた。ちょうど目の前に、農作業中らしいお婆さんがいたので話しかけてみる。

すいませーん。
藁を束ねる力仕事中だった
藁を束ねる力仕事中だった
しかし返事がない。やはりこういった山村、余所者は警戒されているのだろうか、後ろから声をかけるのはよくないな、と正面に回り込んで驚いた。
に、人形...?
に、人形...?
なんと農作業中のお婆さんだと思った人は人形であった。まさか忍法身代わりの術を目の前で喰らう日が来るとは。

しかしモンペを履いたその後姿はやけにリアル。特に、重い藁を持ち上げようと腰を落としてグッと力を入れたような下半身のラインは人間と見分けがつかない。
見よこのリアルなお婆さんの下半身(この見よこのリアルなお婆さんの下半身(このキャプションやばすぎるなあ)やばすぎるなあ)
見よこのリアルなお婆さんの下半身(このキャプションやばすぎるなあ)
ここでふとあたりを見回すと、大勢の人だと思っていた人影は、なんとすべて人形だった。

でもただ立っているだけではなく、農作業をしていたり、その様子を眺めていたり、バスを待っていたり、ひとりひとりが意志を持ってそこにいるかのように存在していた。
寄りかかって道を眺める男性も
寄りかかって道を眺める男性も
道路を渡ろうとしているお婆さんも
道路を渡ろうとしているお婆さんも
農作業を眺める3人のご婦人たちも
農作業を眺める3人のご婦人たちも
柵を組み立てる男性、そしてその柵に登る子供も
柵を組み立てる男性、そしてその柵に登る子供も
ショッピングカートに座った老人を押す人もみんな人形
ショッピングカートに座った老人を押す人もみんな人形
ここに生身の人間は1人も写っていない
ここに生身の人間は1人も写っていない

下半身が魅力

ちゃんと数えていないけど、人形は少なくとも数十体はいた。ただ突っ立っているだけじゃなく、そのひとりひとりが意志を持ったようにそこにいる、というのはここまでの写真で分かってもらえたと思う。

これらの人形、冒頭のお婆さんと同じくみんな下半身のリアルさがすごかった。顔や手はさすがに一目見れば人形と分かってしまうのだけど、ジャージやモンペを履いた腰から下のムチムチ感はまるで本物の人間のようだった。
仕事の合間に休憩中
仕事の合間に休憩中
これどう見ても生きてる人!
これどう見ても生きてる人!
脚の太さや角度が絶妙である
脚の太さや角度が絶妙である
文句のつけようがない「ふくよかなおばちゃん感」
文句のつけようがない「ふくよかなおばちゃん感」

お爺さんに声をかけられる

何がなんだか分からず、ただ驚いて写真を撮っていたら、いつの間にか近くにいたおじいさんに「どこから来たの」と声をかけられた。

東京から来て偶然見つけて驚いていることを話すと、この人形はかかしである、おじいさんの娘さんが趣味で10年くらい前から作っている、全部で100体以上ある、といったことを教えてくれた。

「家の中にいるから見ていきなさい」というようなことを言って、おじいさんは家の中に入っていった。自由に見ていいよ、ということなんだな、と思い礼を言って外にいるかかしを見ていたら、ふたたびおじいさんが出てきて「家の中にいるから見ていきなさい」と言うようなことを言った。

うん、ありがとう、さっきも聞いたよ、と思って外を見回っていたら三たびおじいさんが。家の中を指差しながら「家の中にいるから!」と叫んだ。一瞬、何でちょっとキレ気味なのかと思ったら「家の中にも(かかしが)いるから見ていきなさい」ということだった。
家の軒先にもたくさんいる
家の軒先にもたくさんいる
え、取材依頼してないのにいいんですか、と思ったけど、せっかくの機会なので家の中に上がらせてもらった。

そして家の中もすごかった。
なんと結婚式が行われていた
なんと結婚式が行われていた
見ず知らずの僕を家に招いてくれたおじいさんと現役の薪ストーブ
見ず知らずの僕を家に招いてくれたおじいさんと現役の薪ストーブ
テレビなども取材に来たことがあるようだ
テレビなども取材に来たことがあるようだ
これはすごい。家の中にいたらもはや鳥を追い払うかかしの役割はないのだ。それなのにこの大人数で、しかも結婚式中。本当にかかし作りが趣味なんだろうと思った。

そして、もちろんかかしもすごかったのだけど、個人的にはこういった山村で暮らす人の家に上がったことがなかったので、囲炉裏や薪ストーブ、真っ黒で太い梁、そういうところにも感激した。
手づくりのティーカップなども売られている
手づくりのティーカップなども売られている
帰ってから調べたらひとりひとりに住民台帳があるらしい
帰ってから調べたらひとりひとりに住民台帳があるらしい
井戸端会議に混ぜてもらう
井戸端会議に混ぜてもらう
いろいろ調べてさらにすごいと思ったのは、次々に新しいかかしがデビューするだけでなく、季節などによって外のかかしの配置や役割などもこまめに変えているようなのだ。もはや鳥を追い払うだけではなく、こんな小さな山村に観光客を呼ぶ役目まで果たしてしまっている。実際、僕が見ている間にも何組かの観光客が車を停めて写真を撮っていた。これはすごいことだと思う。

ただし個人宅なので、訪問の際はご迷惑にならないよう気をつけてください。

天空の村かかしの里

徳島県三好市東祖谷名頃

かかしにリアリティーという要素

かかしコンテストなどのイベントは各地にあって、それらは変わり種かかしや流行のキャラクターかかしといった、バーチャル方面からのアプローチが多いと思う。でも、鳥に対して人に見せかける、というかかし本来の意義をさらに追求して、人に対しても人に見せかけるところまで行き着いたのはすごい。さらに、ひとりひとりに物語を持たせた、というのは観光地として十分な要素だ。

つまりここでは観光に対して個人レベルで革命が起きているんだと思う。
「絶対儲かる投資ファンドがあるんですよ...はっ、かかしだった!」
「絶対儲かる投資ファンドがあるんですよ...はっ、かかしだった!」
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