県境をまたいだ貴重な飛び地
県境をまたいだ飛び地は日本全国に幾つかあるものの、とりわけ市街地にあり気軽に訪れることができる飛び地は中国地方以西の西日本ではここにしか無い。
先日、福岡に行く機会を得たので、長年のあこがれであった大牟田市にある荒尾市の飛び地に行くことにした。
万博のパビリオンみたいな西鉄大牟田駅
西鉄大牟田駅でレンタサイクルを借り、ひとまず、福岡県と熊本県の県境に向かう。
コンビニで購入
途中、大牟田市の地図を購入し位置を確認する。
この飛び地、iPhoneのGoogleマップでは表示されなかったり、ズームアップすると境界部分が消えてしまうなどするため、位置がつかみづらいのだ。
Googleマップはとても便利なのだが、飛び地・県境マニアにとっては使いづらい部分もある。
福岡、熊本県境に到着
駅から自転車で15分ほど南下すると福岡、熊本の県境に到着。
看板の下ちょっと手前が福岡と熊本の県境(マウスオーバーで県境表示)
歩道の作りが熊本側と福岡側で違うのは県境だからか?(マウスオーバーで県境表示)
以前、県境をさかいに歩道の作りが明らかにかわっている場所に行ったことがあるけど(
こちらの記事)、ここもそのようだ。
パッと見たところ、熊本県側の方が歩道がキレイに整備されている。
話が通じない
先ほどの県境の場所からさらに住宅地に入っていった場所に飛び地の一つがある。熊本県荒尾市原万田だ。
地図によればこのあたりが飛び地の県境なのだが……(マウスオーバーで県境表示)
普通に見える住宅地、しかし、この住宅地の中に飛び地があるのだ。
心眼で見えない境目を見るためのイメージトレーニングをしつつ飛び地に近づく。
しかし、さっき買った地図では縮尺が大きすぎ、いったいどこからが飛び地なのかわからない。
散歩していたおじさんに話をきいてみた。
家の敷地内に県境があるお宅のおじさん
--すみません、この辺りに飛び地があるってきいて見にきたんですが……どこが飛び地ですかね?
「あぁ? 駅はもっと向こうだよ線路越えて……」
--あ、あの駅じゃなくて飛び地みにきたんですよ
「え? 天理教の教会ならもうちょっと向こう……」
--いや、大牟田市の中に荒尾市があるって聞いたんで、その飛び地を見にきたんですよ、
「ああ、飛び地? それならここの並びがぜんぶ熊本」
やっと通じた。
おじさんの話によると、この並びの建物7軒ほどが、福岡県の中にある熊本県の飛び地だそうだ。
こうなってるのか
向かって左が熊本県、右が福岡県の通り(マウスオーバーで県境表示)
--この飛び地、どうしてできたのかご存知ですか?
「昔はこのへんはなんにもなかったとですよ、みんな埋立地で荒れ地だから、そこの道しかなかった、そこの道を通って遠足に行ったもんたい」
--昔からこちらにお住まいなんですね、このあたりが飛び地になったのは……
「ばってん電気屋(ケーズデンキ)のあたりはみーんな鉱業所の社宅だったとよ」
--今は社宅が無くなってロードサイドの店舗になってるわけですか。ところで、ここだけどうして荒尾市の飛び地になったのかご存知ですか?
「車のナンバーも熊本と福岡でちがうとですよ」
--ほう、なるほど、隣同士でもナンバーが違うって面白いですね。ところで、荒尾市の飛び地がなぜできたかってのはご存知ですか?
「うーん、知らんな」
手を替え品を替え、飛び地の由来に関する手がかりを聞き出そうとしたが、よくわからなかった。
ただ、たしかに停まっている車のナンバーが、道を挟んで熊本ナンバーと久留米ナンバーに別れているのは確認できた。
ありがとう、おじさん。
お向かいは隣県
廃線跡に寄り道しつつ第二の飛び地へ
ところで、googleマップをみてみると、なんだか四角いものが等間隔に並んでいる様子が確認できる。
エロかっこいい立ち姿の鉄塔(マウスオーバーで県境表示)
これは、三井三池鉄道という鉄道線の廃線跡だ。
むかしは石炭を満載した貨物列車や鉱業所の通勤列車などが走っていたが、三井三池炭鉱の閉山とともに97年に廃止されてしまった。
家にあった昭和2年の大牟田市の地図をみてみると、確かに線路が描いてある。
赤線が鉄道。大牟田市内をぐるりと取り囲むように列車が走ってた(駸々堂 日本府縣管内地圖 福岡縣)
つい、廃線跡に話が脱線してしまったが、閑話休題。飛び地巡りに戻りたい。
言い訳できない何も無さ
続いて訪れたのは熊本県荒尾市本井手という飛び地だ。
大牟田市内にある荒尾市の飛び地の中では一番大きい。
見渡す限りの荒地(マウスオーバーで県境表示)
今までさんざん「飛び地といっても現地になにかあるわけじゃない、地味すぎる」といわれるたびに、やれ、心の目で県境を見ろだの、停まってる車のナンバーが違って面白いだのと必死に飛び地をかばってきたが、さすがにこれはなんとも言い訳できないほどの飛び地が出てきてしまった。
本当になにもない。
田んぼでも畑でもなんでもない、ただの荒地だ。
写真を撮っていると、大牟田市側にお住まいのおばあさんが出てきた。
火災がこわかですよ(マウスオーバーで県境表示)
おばあさんはぼくを見かけるやいなや「(枯れ草が生い茂ってて)火災がこわかとですよ」と訴えてきた。
話をきくと、むかし田んぼだったこの飛び地は、持ち主が耕作をやめてしまったため、いまは荒れる一方で、市役所に頼んでもちゃんと草刈りをしてくれないというのだ。
--じつはぼく、町の中に飛び地があるのがちょっとおもしろくて、東京から見にきたんですよ
「へぇー、東京から? 土地を買うため?」
--いや、土地は買わないですけど、個人の趣味で……ここの飛び地はほとんどが荒地になってますけど2軒だけお住まいの方がいらっしゃいますね?
「そこの2軒の家は郵便も熊本からきよっとですよ、選挙も荒尾さ行かんなんし(いかなきゃいけないし)」
荒地になってる方とは反対側にハウスと家が2軒だけある(マウスオーバーで県境表示)
--ごみ収集も熊本からですか?
「ごみ収集は……頼んであるけん、(大牟田市と)一緒じゃなかろか。汲み取りも……。選挙とか学校関係、郵便物が向こう(荒尾市)から来よるさですね」
--そうですか、大変ですね
「市役所から来とんなはるば(来てるのだと)思って、ハハ」
市役所のひとだと思われていたらしい。
最初、火災がこわいということを、ぼくにしつこく訴えていたのはそのせいだった。
飛び地の横にあった自転車(マウスオーバーで県表示)
ぐるっと飛び地の周囲を回ってみたけれど、たしかに、何もない。
飛び地の横に打ち捨てられていた自転車が動物の白骨死体のようで諸行無常を感じさせる。
飛び地のハウスで花を育てている
飛び地となっている荒地の脇を写真を撮りつつ歩いていると、パイプを杖に散歩するおじさんと出会った。
話をきいてみると、飛び地の中にあるハウスで花を育ててるのだという。さっき撮影したあのハウスだ。
近くの花屋さんのおじさんだった(マウスオーバーで県表示)
--お父さんがハウスで育てた花は熊本県の農産物として出荷されるんですか?
「いや、うちの住所は大牟田だから」
--じゃあ、福岡県の農作物になるんですね
「借地で育てとるだけだから、まあ、今はもう出荷はしとらんですけどね」
いくら他県の飛び地で栽培したものでも、自宅のある県の農作物としてカウントされることがわかった。
ということはもし仮にぼくがここの農地を借りて、農業を始めれば、東京都の農作物としてカウントされるのだろうか? なんだか税金の裏ワザみたいな話になってきたが詳しいことはわからない。
近所のお花屋さんのご主人だった(マウスオーバーで県表示)
--ところでなんですが、荒尾市の飛び地はなぜできたかご存知ですか?
「んーたしか、むかし、肥後藩と立花藩が、交換したとですよ」
--交換ですか?
「立花藩(現在の大牟田市にあった藩、三池藩)が田んぼで使う用水を肥後藩(現在の熊本県)の方から引かせてもらう代わりに、土地を肥後藩と交換したみたいなことじゃなかったかなぁ」
--じゃあ、そのころの区割りがそのまま残ってる?
「ですね」
大牟田市に残る三つの飛び地の由来は江戸時代の農業用水が元だった。
むかしの藩の貸し借りが、幕末維新、第二次大戦を経ても変わらず残り続け、いまだに県をまたいだ飛び地として残っているのは、江戸時代からの地続きの世界に生きていることが実感できておもしろい。
もう一つの飛び地は普通の住宅街でした
花屋のおじさんに道順をきいて第三の飛び地へと向かった。この飛び地も熊本県荒尾市本井手である。さっきの大きい飛び地の子分のような飛び地だ。
この一角だけ熊本県
三つ目の飛び地は、4軒ほどの住宅が並んで建っていた。
福岡県のなかにポツンと南北に細長い飛び地に建っている住宅は、さながら大海に浮かぶ軍艦のようでもある。
うーむ、いい飛び地だ。
ただ、見た目はとくに変わった様子もない普通の住宅街である。
心の目が開いてないと、この状態である
以上、大牟田市内にある荒尾市の飛び地、三か所をめぐってみた。
しかし、というかやはりというか、想像以上のなにもなさで言い訳できないほどの地味な記事になってしまった。
申し訳ないので、最後に大牟田市側で見つけた、あともう一歩でキュビズムっぽい自衛官募集の看板を載せて終わりにしたい。