イニシャル消
『スーパーカー消しゴムはじき』をご存知だろうか。
自動車の形をした消しゴム(といいつつ鉛筆の線は消せない、単なるゴムの塊)をボールペンのノックや指でぴっしぴっしとはじいて進ませてレースをしたり、相手に体当たりして机の上から落としたりする遊びだ。
コース取りやドリフト走行など、意外と技術の優劣が出る。
消しゴムのくせにあまりにも消せないので、後に「よくきえる」を謳ったものまで発売された。
だいたいにおいて小学生男子というのは、群れの中での競争に勝つためには手段を選ばない生物である。
このスーパーカー消しゴムはじきにおいても、公式にレギュレーションとして認められているものから、発覚した時点で群れからの追放すらありえる違法改造まで、勝つための方法論がさまざまに編み出されてきた。
中でも、違法スレスレと言われながらも繰り返し行われてきたのが、機材の改造である。
スーパーカー消しゴムといえばこのボールペン
公式ツール、というわけでもなかろうが、なぜか日本中の小学生にで使われていたのが三菱鉛筆の100円ボールペン『BOXY』だ。ブーム以後廃版になっていたが、2006年に復刻されている。
このBOXYの軸後端ノックを押し込んだ状態でスーパーカー消しゴムに当て、オレンジ色のリリースボタンを押すと、バネの力でノックが戻り、スーパーカーをびしっと弾き飛ばすという仕組みである。
で、このBOXYボールペンは構造もシンプルで、小学生でもちょっと覚えれば簡単に分解できたため、裏社会の闇技術として先輩から後輩へ、近所のお兄ちゃんから小さい子たちへ、代々その改造方法が伝えられてきた。
とにかく力の限り引き延ばす。
代表的なものが、バネ伸ばし。軸から抜いたノックバネをぐいっと引っ張ることでたわむ長さを伸ばしパワーアップさせるというもの。
さらには2本のバネをからませて使うことで2倍のパワーを得る、というものもある。これなんかは100円のBOXYが2本必要な上に、1本はバネ無しの抜け殻になってしまう。小学生の財力でそんな贅沢な改造はなかなかできない。
しかし、21世紀の現在、大人になった僕らは200円ぐらいホイと出せるまでの財力を得た。わからないことがあったらネットで検索するだけのサイバー力(さいばーりょく)もある。パーツを作ってるメーカーさんに電話をかけたり名刺交換しつつ話を聞いたりする社会力(しゃかいりょく)まであるのだ。どうせなら2倍程度のパワーアップなんかで満足せず、大人の力でもっとスマートかつ強力なBOXYを作って、子どもの頃の自分に自慢してやるのだ。
ちなみに当サイトでもすでにべつやくさんが
BOXYの巨大化・強力化に成功しているが、これはさすがにスーパーカーをはじくのは難しそうなので、ひとまずサイズは変更しない方向で考えたい。
大事なのはなによりもバネ
当時も今も基本は変わらない。とにかく肝心なのはバネの力である。
BOXYの標準バネを2本使うやり方はそこそこ効果的ではあるが、バネ同士が絡まっているためか動作不良を起こしやすい。小学生だった僕もそれが不満でこの2本使いはあまりやっていなかったはずだ。
バネとバネを噛み合わせて作る2倍バネ。さっきからヒネリのない写真ばかりですが、今回は最後までこんな感じです。
ではどうすれば良いのか。
答えは簡単で、そんなことはわかる人に聞けばよいのだ。
バネのことなら当然バネの専門家に聞けばよいだろうと、BOXYを片手に秋葉原へ移動。ここに大きなバネメーカーさんのショールームがあると、フォロワーさんからTwitterで教えてもらったのだ。これぞ大人のサイバー力である。
で、ショールームの受付ででBOXYを見せて「このペンに使えるサイズのバネでいちばん強いのを探してください」とお願いして、出てきたのがこのバネだ。
左が通常のBOXYバネ、右が強力ブラックバネ。
黒い。チョロQのゼンマイもミニ四駆のモーターも黒いのは普通より強いのだ。そして実際にこのバネは相当に強い。
バネの強さは「ばね定数」という数値で表すのだが、これが通常のBOXYバネの5倍強もある。純粋に5倍以上のパワーでスーパーカー消しゴムをはじき飛ばせるのだ。すげえ!バネ2本=2倍のパワーで驚いていた自分が子供のようである。
実はこのバネを採用するに当たって、もう一種類、より強力なウルトラスーパーバネを出してもらったのだが、こちらはBOXYの中に詰め込んだ瞬間に軸からノックボタンごと吹き飛んでしまった。(さすがにびっくりした)
あまりにも強力すぎたのだ。ということで、今回は無理をせず制御しきれるギリギリの強さのバネの採用となった。
ちなみにバネ1本の値段はBOXY1本分の値段よりほんのちょっと安いぐらい。経済的にはBOXYを2本使うよりも安く済んでありがたい。(ただし20本1パックからしか買えないので、一気に買うと安くはない)
このブラックバネを分解したBOXYに装着すれば、もう以前のような貧弱なBOXYではない。まったく簡単に、ハイパーBOXYの誕生である。
硬い棒でノックボタンを押し込んで…
押し込んだままノックを強く引っぱるとスルッと抜ける。
レフィル(ボールペンの芯)を抜くと先にバネが付いてるので…
これをブラックに交換。後は今の手順を遡れば完成。
このブラック5倍パワーを体感してもらうには、やはり実際にはじいているところを見てもらうのが一番だろう。なかなかに暴力的で、グッとくる。いま文房具業界の中で一番北野映画っぽい動画だと思う。
スーパーカー消しゴムを並べて同じ条件で弾いてみると、こんな感じ。
先攻がノーマルBOXY、後攻がハイパー(見れば分かる)
さすがに作ってる最中に何回も試しているのでもう慣れたが、最初のうちは、あまりのハイパーっぷりに、弾くたびに笑い転げていた。人はとにかく圧倒的な力を前にすると笑ってしまうのだ。
こうなるとスピードではなく破壊力とか衝撃力とかそういう単位の話になってくる。
そうだ、ハイパー見せびらかしに行こう。
ちょうどハイパーを作っている時に、廃校になった小学校を会場にして、文房具マニアが集まって自分のコレクションを展示したり工作ワークショップをする『ブングテン』というイベントが開催されていたので、これに参加させてもらってハイパーBOXYを自慢することにした。
小学校の元職員室が会場。職員室と言うだけで微妙に緊張感が漂う。
本当はただ単にハイパーBOXYが自慢したいだけなのだが、それだとさすがに来てくれた人に申し訳ないので、スーパーカー消しゴムはじき以外にも、消しゴムを弾いてぶつけ合う『消しピン』や画びょうを回して遊ぶ『画びょうベーゴマ』など、他の文房具遊びも色々と紹介しつつ試遊できるようにした。
オープン直後のお客さん待ち体勢。はやくハイパーをばしばし言わせたいなあ。
ついでにそれぞれの遊びの標準的なルール(ローカルルールがめちゃくちゃ多いので、あくまでも標準的なもの)と、勝つための必殺技指南を記した薄いコピー冊子も作ってみた。それもこれも、ハイパーBOXYを自慢したいがためである。
はじいてもらうと、皆さんだいたいリアクションは同じで、とにかく笑ってしまうようだ。ああ、楽しいなあ、みんなこのパワーの前では等しく笑ってしまうのだ。
幼稚園児もやってみる。
あまりのスピードに思わず手元を二度見。
特に、小学生の頃にスーパーカー消しゴムはじきで全く友達に勝てなかったという方が、ひとしきりハイパーBOXYで笑ったあとにしみじみと「…タイムマシンに乗って、小学生の自分にこれをあげに行きたい」と呟いていたのが嬉しかった。
冒頭で「あの頃の自分に勝ちたい」とか言ってみたが、そんなのは照れ隠しに過ぎなくて、本当は「あの頃の自分に勝たせてやりたかった」のだ。あの時、これさえあればなあ。
大人の力はすごい
会場ではスーパーカーをはじく以外にも、消しゴムを指ではじいてぶつけて机から落とす『消しピン』がテッパンで盛り上がった。
下は、消しゴムのはじき方や消しゴム改造など勝つためのポイントがいろいろあるのだが、最も重要なのは経済力である、という事実を参加してくれた子供たちに教えている大人の図。
通常の100円消しゴムを、1万円の超巨大消しゴム(重量2.3kg)で蹂躙してみた。いいか君たち。これが大人の勝ち方だ。