気象予報士増田さんの天気解説10月・前編 2024年10月8日

「猛暑日」に抵抗した気象予報士たち お天気言葉の栄枯盛衰

「夏日」や「真夏日」「猛暑日」。

メディアでよく聞くお天気の言葉ですが、その成り立ちにはいろんな事情があるようです。

気象予報士の増田雅昭さんは、「猛暑日」を極力使わないようにしているそうです。

その理由とは?

(ここの文と構成・岡田有花)
 

1977年滋賀生まれ。お天気キャスター。的中率、夢の9割をめざす気象予報士です。 好きな言葉は「予報当たりましたね」。株式会社ウェザーマップ所属。
ツイッターでも気象情報やってます。(動画インタビュー)

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「夏日」の25度、もはや涼しい?

岡田:
最高気温が25度以上の日を「夏日」って言いますけど、25度って涼しく感じます。25度だと、もはや夏じゃなくないですか?

増田:
25度なんて、ぬるいよねっていうことですよね。

夏日とか真夏日っていうのは、昭和の半ばごろに「25度ぐらいが夏日だよね。30度まで行ったらもう大変だから真夏日だよね」と、言葉が使われるようになったんですよね。

林:
後世の人間としては、「それってちょっと昔っぽいぞ、そんなことで済まなくなるぞ」って言いたいです。

岡田:
当時はエアコンがなかったから、25度過ぎたらしんどかったのかな。

増田:
現在、どんどん気温が上がってきていて、35度以上も普通に出るようになってきちゃったねっていうことで、2007年に気象庁が「猛暑日」を設定しました。

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40度以上の日はどう呼ぼう?

増田:
そろそろ、40度以上の時の言葉を作ろうという運動が盛り上がってくる頃なんです。

西村:
新しい言葉を考えるの、楽しいですね。猛暑の上だから酷暑とか?

増田:
実は、35度以上を指す言葉を気象庁が決めた2007年より前に、気象キャスターや気象予報士が35度以上を「酷暑日」とか「灼熱日」と呼んでいたんです。

その中で「酷暑日」が結構有力だったんですよね。気象庁はそれを知った上でかどうか分かりませんが、なぜか「猛暑日」にした。

「猛暑」は、例えば「今年の夏は猛暑だ」など、1日単位ではなくて季節単位で使う言葉でしたから、「日」にあてるとはいかがなものかと、“酷暑日”運動派は言っていました。私もその一人ですけど。

「猛暑日」と決まっても、「猛暑日という言葉は絶対使わない」と、一部のキャスターは言っていたんです。

でも、気象庁が「猛暑日」という言葉の運用を始めた2007年、35度以上が連発し、熊谷(埼玉県)や多治見(岐阜県)で74年ぶりに国内最高気温を更新して、最終的にはその年末の流行語大賞トップ10に「猛暑日」が入り、一気に市民権を得て……「猛暑日を絶対に使わないぞ」と言っていたキャスターも手のひらを返し初めて。

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増田さんは“猛暑日と言わない最後の一兵”だった

増田:
僕はね、「猛暑日」ってずっと使ってこなかったんです。みんなが白旗を揚げる中、僕が最後の一兵になろうと。

でも最近はポロポロ言ってます。「猛暑日、35度以上の日のことですね」と、フォローを入れるようにしていますけれども。ああ、こうやってやられていくのか、と思いながら。

岡田:
なぜ猛暑日と言わないことにこだわるんですか?

増田:
天気予報の歴史を遡らせて下さい。気象予報士制度がスタートする1995年より前は、気象庁、つまり国しか一般向けに天気予報を出せませんでした。

95年以降、気象予報士、民間が予報を出せるようになり、「じゃあ、民間の気象予報士は、国と違うことをしなきゃ意味ないじゃん」というマインドがあったんです。

だから、「気象庁がこう言うんだったら、違うことをやるのが我々の使命だ」と。2000年代ぐらいまではその空気が生きていたんですよね。

「国だけに任せるな」という流れの中でいろんなものが民営化されていき、情報の民営化の一つとして、気象予報士が生まれた背景もあったわけですよね。

でも今は、気象予報士という制度があるのが当たり前という中で育ってきた人が増えてきたことも影響しているのか、気象庁と協働する雰囲気が増してる気がしますね。

林:
確かに、世の中の流れがそうですよね。

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「ゲリラ豪雨」は1960年代の言葉

西村:
「ゲリラ豪雨」という言葉はどうですか?

増田:
ゲリラ豪雨は、1960年代ごろからちらほら使われてきた言葉ですが、気象庁は「正式な用語ではなく、使用を控える言葉」と言っています。報道や天気予報とかで使うにはふさわしくない言葉だとして、ずっと使われてこなかった。

林:
国内で実際にゲリラ活動があった時代に命名された言葉なんですね。いま気軽に言えるようになったのは、日本で爆弾を仕掛けられるような事件がそんなに起きないからかも。

増田:
ゲリラ豪雨は、2000年代からネットを中心にまた使われだしました。テレビや新聞は「使うべき言葉じゃない」と、ブレーキをかけてたところがあったんですけれども、だんだんネットで普及してきて。2008年にあっちこっちで突発的な豪雨が起きて「ゲリラ豪雨」とすごく言われるようになり。

その時、朝日新聞だったと思うんですけれども、1面のトップで「ゲリラ豪雨」ってバーンと載せて、そこで一気にゴーサインみたいな感じで、新聞、テレビで一斉に使うようになって今に至ります。

その1面を見た時は、びっくりしましたね。うわ! 新聞が言った! と思って。

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知ってる? 半袖兄さん……23度が半袖の目安

林:
増田さんが注目してる、新しいお天気用語は他にありますか?

増田:
何かあるかなあ……言葉は、うまく市民権を得ていくと広まるし、頑張って作ろうとして消えた言葉もありますね。

例えば「ステルス豪雨」は、頑張って作った言葉だなと感じたことがあります。雨が降ってるのに、観測網に雨雲が引っかかってない状態だとなんとなくわかりますけれども、広まっていないですね。

あ! 最近広まりつつある言葉があるんですよ。「半袖兄さん」。

服装の半袖・長袖の目安で、半袖と長袖の境目の気温がだいたい23度なんです。にーさん。23度以上が半袖、未満が長袖。覚えやすいですよね!

季節の変わり目にすごく役立つ言葉だと思います。赤坂の朝の天気予報界隈で使われている言葉みたいです。半袖の格好のお兄さんが、天気予報に出てきて。

あ、シーンとしちゃった……。

岡田:
初耳すぎて検索したら、「増田さんが作った言葉だが、安住(紳一郎)アナにダサいって言われた」って書いてありました

増田:
それは……安住さんがラジオで「ダサいって思ったんですけれども、最終的にはわかりやすいと思った」と言ってくれたはずです。泣きました。涙がスッと。

林:
安住さん、ツンデレですね。

消えた言葉「真夏夜」

増田:
言葉はどんどん生まれては消えています。以前もご紹介しましたけれども、「真夏夜」(まなつや)という言葉がありました。今は全然使われませんが。

岡田:
真夏夜? 熱帯夜より暑いんでしょうか?

増田:
最低気温20度で「真夏夜」です。

岡田:
涼しすぎる。全然真夏じゃない。

増田:
でしょ。今はまったく当てはまらない。

「冬日」と「真冬日」の定義は

西村:
気温が低い、寒すぎる日の言葉は?

増田:
最低気温が0度未満になると冬日です。最高気温も0度、つまり1日を通して0度に達しない日を真冬日と言います。今も使われる言葉ですが、東京にはなくなりましたね。東京最後の真冬日は、1967年の2月です。

林:
今後、もうないですね。

増田:
最高気温の記録は毎年のように更新されていますが、最低気温は明治・大正・昭和の記録がいまだに多く残っていますね。

温暖化で、雪が“ドカッと”降るようになる

増田:
ただ、 雪に関しては急にドカッと降るのが増えてきました。

冬の気温も徐々に上がっていますが、上がれば上がるほど、空気の中に含むことができる水蒸気の量が増えます。夏は暑くなればなるほど大雨になり、熱帯っぽい雨になっていくんですが、冬は冬で、雪を降らせるような水蒸気の量も昔に比べれば増えています。

だから、気温がギリギリ氷点下で、溶けずに雪で降ってきた場合は水蒸気の量が多いのでドカッと降る傾向があります。

今後、温暖化が進んだら、トータルとしての雪の量は減るけれども、ドカッと降ることは増えるんじゃないかと言われていて。確かに近年その傾向はありますね。

林:
極端ですよね。この前の能登の大雨もそうですけど。あれは台風が温帯低気圧になって襲ってきたんですね。

増田:
そうですね。台風が大陸で崩れ、熱帯の空気でできた低気圧が、西からぎゅいんとやってきた。台風が崩れたと言っても熱帯の空気を保存してやってきてる状態なので、雨の降り方は熱帯のように激しくなってしまうんです。“ステルス台風”というところでしょうか。

日本海や東シナ海もまだまだ海水温が高いので、“あったかいお風呂”状態で、湯気のように水蒸気を補給してしまった面もあるでしょう。海に囲まれてる日本は、海水温が上がることで水蒸気がたくさん供給されて、大雨が増える要因になってるんではないかと言われていますね。

宮澤賢治の「雨ニモマケズ」は意外と科学的?

林:
毎回、海水温が上がった、という話をしていますよね。

増田:
そうですね。100年前と比べて日本周辺の海域ほぼ全ての海水温が上がっている状態で。

岡田:
100年前からちゃんと海水温を計って、それが記録に残っている状態ってすごいですね。

林:
そういえば、宮沢賢治が海水温に注目していたとか。

増田:
はい。宮沢賢治の時代、岩手など東北の人たちにとって、冷夏で不作になるかどうかが文字通り死活問題でした。

夏に「やませ」という冷たい風が東の海から吹くと冷夏になり、米が育たないとわかっていたので、「海の温度が関係しているんじゃないか」と三陸沖の海水温を計っていました。

春先にいつもより冷たかったら、 夏もそのまま海が冷たくて冷夏が起こりやすくなるんじゃないか、と、数カ月先の予報をしようとしていて。

日本の長期予報は死活問題からスタートしてるんですよね。

林:
宮沢賢治って「雨ニモマケズ」みたいなポエムで注目を浴びがちですけれど、めちゃめちゃ科学者ですね。「雨ニモマケズ」は比喩ではなくて、本当にちゃんと雨を観測して。

増田:
そうですね。岩手大学の農学部の前身(盛岡高等農林学校)に在籍し、土壌学者の関豊太郎の指導を受けていました。

作品にも「測候所」という、人が常駐して気温や天気を測る場所を題したものがありますよ。作品の根底には、天気に関する問題意識があったっていうことですね。

林:
雨ニモマケズも、根性で頑張るんじゃなくてちゃんと考えてたんだ。「あ、海が冷たい。天気に関係ありそうだ」って。

増田:
「雨ニモマケズ」の一節である「サムサノナツハオロオロアルキ」は、「寒さの夏」つまり冷夏が昔は頻繁に、特に東北では起こっていたので、それがベースにあったんでしょう。今はもう、冷夏とか冷害はだいぶ減りましたからね。

岡田:
「冷夏」の定義は何ですか?

増田:
平年と比べて、6、7、8月3カ月間トータルの平均気温が、コンマ何度低いと冷夏と言います。何度かは地域によりますが、0.何度とか1.何度とかかな。これは地域によります。

「平年」とは「過去30年の平均値」

岡田:
そもそも「平年」って何ですか?

増田:
平年の気温はで、過去30年間の気温を平均したものです。毎年毎年計算するのは大変なので、10年に1回見直します。今は、1991年から2020年の12月31日までの平均を平年と言っています。

林:
だいたい平成だ!(平成は1989~2019年)

増田:
次の見直しは2031年。2000年1月1日~2030年12月31日までの30年間が「平年」になるわけですね。

林:
次の平年の気温は、がっと上がるかもしれないですね。

増田:
そうですね。

平年の更新が10年ごとだったのは、印刷物が中心だったからでしょう。平年を更新すると、印刷物を全部更新しないといけないから大変でした。でも、今なら全部ネットで見られるから、平年を1年ごとに更新することもできると思います。

後編に続く!
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