ちなみに装置の裏はこんなのです
たぶんこういうのを見るのが好きな方もいると思うので(私は好き)、あんまり上手い配線じゃないけど載せておこう。
USBメモリ(の中身であるフラッシュメモリ)が生まれるよりも前に使われていたメモリがある。名は「UV-EPROM」。おそらく電気・情報系の方なら、「授業で習ったことがあるけど、実物は見たことがない」というものの代表格だろう。
特徴は、データを消去するために強力な紫外線が必要というところ! データの上書きなんてできないのだ。書き込む前には必ず、紫外線を当ててデータを全消去する必要がある。
この紫外線を当てるという、物理で殴る感じがすごく気になっていた。自分も紫外線でデータを消去してみたい。UV-EPROMを入手して遊んでみることにした。
まずは身近なところから話を始めよう。現代において、ちょっとしたデータを記憶するときに使うのは「USBメモリ」や「SDカード」である。もはやないと困るレベルの生活必需品だ。
それを分解すると出てくるのが、「フラッシュメモリ」と呼ばれる記憶チップである。
少し歴史を振り返ってみよう。
フラッシュメモリが最初に発表されたのは1984年。当時、東芝の研究者だった舛岡富士雄氏によって発明された。いわずと知れた、日本発の一大技術である。
このメモリはコストが安いうえ、大容量が実現できるという特徴があった。それが大量のデータを扱う時代の流れにマッチし、1995年のデジタルカメラへの搭載を皮切りに一気に用途が広がっていった。
そんな世紀の大発明、フラッシュメモリ以前に使われていた(いまも細々と使われているらしいが)のが、UV-EPROMである。
1971年に、インテルのドブ・フローマン氏によって発明されたUV-EPROM。書き換えができる半導体メモリ(EPROM)の元祖であり、フラッシュメモリの大先輩にあたる存在だ。
シューティングゲームのボスだったら「コア」に当たる存在で、絶対にここが弱点である。そして、実際に弱点なのだ。分かりやすい!
逆に言えば、ここに紫外線を当てる以外にデータ消去ができない。いまの感覚だと普通に上書きすればいいように思えるけど、一度書いたデータは上書きできず、必ず紫外線を当てて全消去する必要がある。
いま思えば不便な仕様である。でもなんだか「紫外線を当てて消す」という行為そのものにロマン(というか暴力性?)を感じてしまいワクワクする。一般人が紫外線をつかうのなんて、UVレジンの硬化くらいである。当ててみたい、と思うのは自然なことであろう。当てたい。当ててやろうじゃないか。
ちなみにUV-EPROMは、その後EEPROMという電気的にデータ消去ができる(紫外線を当てなくてもいい)メモリに進化した。そちらはいまでも現役で、家電などに搭載されている。身近なところだと、デジカメのメニュー画面で設定した値を保存するのに使われてたりします。
さすがにもう製造されていないUV-EPROMだが、市場在庫や中古品が大量にあるらしく、いまでも普通に買うことができる。
ただ、こんなICが単体でポンとあっても途方に暮れてしまう。通常はSDカードみたいに、リーダーライターがないと読み書きができない。かつてはUV-EPROM専用のリーダーライターもあったようだが、すでに入手困難になっている。じゃあどうするか……自分で作るしかないのだ。
さらに、これから紫外線でデータを消していくにあたって課題があった。「本当に消えているのか?」という確認がしづらい点である。目で見て一発で分かるようにしたい。
まず、メモリに書き込むデータは「画像」とした。
16ビットカラー画像の場合、1画素で2バイト、128x128画素で32キロバイトとなり、ぴったりUV-EPROMに収めることができる。
ライトが終わるとリードできるようになるわけだが、このリーダーはただデータを読むだけじゃない。液晶画面に画像を表示できるのだ。
それでここからが肝なのだが、この構成にすることで、液晶に画像を表示し続けたまま紫外線を当てることができてしまう。そう、まるで生きたカニを茹でる料理のような、なんだか背筋がゾクゾクする行為が普通にできてしまうのだ。
禁忌に踏み込んでいるような気分になってきた。動いているHDDに磁石を近づけるような……いや、羽化しかけの卵を割って食べるような感じだろうか。見てはいけないものが見られるかもしれない。
これって中身はただのデジタルデータ、0と1の話である。なのにやたらとワクワクするし、ゾワゾワもする。人間の想像力は果てしないし面白いなあと感じる。
さて、実際に画像を表示したまま消去する実験に入るまえに、この装置を作るのも大変だったのでちょっと話を聞いてもらいたい。
この装置は2022年のゴールデンウィーク中、家にこもって作っていたのだけれど、ものすごく面倒な部分があった。それは「紫外線を照射しないとデータが消せない」という根本的な部分だ。
ちょっと考えてみてほしい。書き込み装置を作っているので何度もデータを書き込んで実験するわけだが、間違って変なデータが書かれてしまった場合に消す手段が「紫外線」しかないのだ。
この殺菌灯、名前の通り殺菌用途に使用するもので、強力な紫外線が照射できる。それだけ聞くと人間にも効きそうに思えるが、ご存じのとおり紫外線は人体にとって「超有害」である。皮膚に当てるのはもちろん、肉眼で光を見ることも許されない。特級呪物なみの代物だ。
電源ON/OFFするだけでとても気を遣うので、上記のように離れたところから操作できるスイッチを設けた。
最初の頃は、データが書けているのかよく分からない状態だった。ただ、一度データを書いてしまうと、紫外線を当てて消すまでは新しいデータが書き込めない。
消去時間は、ネットで調べると30分とか1時間とか書かれている。正直、消えたかどうかよく分からないので、その情報に従うしかない。私の場合はとりあえず20分当てると完全に消えていることが分かったので、毎回20分かけて紫外線を当てていた。
つまり、一回書き込みに失敗すると、次に実験できるのが20分後なのだ。かなり辛い開発であることが分かるであろう。
発狂しそうになりますね。昔の方はどうやって開発していたのだろう、という素朴な疑問が生まれる。そもそもUV-EPROMの開発自体どうやっていたんだろうという、計測器の開発に感じるような途方もなさ(計測器が正しいことを確認するために計測器が必要)を感じてしまい、つい遠くの空を見つめてしまうのであった。
話は逸れるが、紫外線を照射したあとの基板から独特な臭いがしていた。どっかで嗅いだことがあるような……あ、東横インのパジャマの臭いだ!
正確には、紫外線によって生成されるオゾンの臭いらしい。全然関係ないところで2つの事象がつながった。これからは東横インに泊まるたびに、UV-EPROMのことを思い出すであろう。
消去時間に心が折れそうになりながらも、なんとか3日程度でちゃんと動くものができあがった。
UV-EPROMのリーダーライターなんて、数十年前から存在していた。なので私がやっていることは「車輪の再発明」に近い。たまにそういった取り組みをバカにするような発言を見かけるのだけど、それは車輪の再発明をしたことがない人の意見である。
学問は、先人たちの知識をベースにすることで、さらなる高みを目指すことができる。じゃあ過去のことは結果だけ知っていればいいのか? と言うと、やはりその結果に至るまでの過程も大事なのだ。
私も実際にリーダーライターを作ってみて、メモリICの制御方法(ただし昔の)も分かったし、紫外線照射にともなう面倒さも身をもって体験できた。東横インのパジャマの臭いについても気付きがあったし、何もやらなかった人よりは確実に知識・経験が上回っているだろう。車輪の再発明、どんとこい! という心境だ。
この辺の話は『ゼロからトースターを作ってみた結果』(トーマス・トウェイツ著)という本が最高なので、車輪の再発明に懐疑的な人は読んでみると面白いかと思う。
さあ、いよいよ画像を見ながら画像を消していく取り組みをはじめよう。どんな風景が見られるだろうか。
実験は成功した。データを読み出しながら消すという、UV-EPROMにしかできない芸当が達成された。ヨシ! 心の中で小躍りをする。
これを見ると、消える途中で縦筋が出ているのが特徴的だ。内部の構造は詳しく知らないのだけれど、16バイト単位で消え方の傾向が変わっているのが見て取れた。
あと個人的に大発見だったのが、データが完全消去されるまでの時間である。制作中は毎回20分も紫外線を当てていたのだが、こうして可視化してみると、実は5分程度で完全に消去されていることが判明……。俺の20分は何だったんだ……。
殺菌灯をONにしてから2~3分でデータが変化しはじめ、そこから2~3分かけてデータが消えてく感じであった。
当初はなんとなくグロさを感じていた実験内容だけれど、こうして画像を見ていると、はかなく美しいと感じてしまった。走馬灯が場面転換するときには、こういうエフェクトがかかっていて欲しい。
完全に消えてしまうと、そこに残されているのは「無」である。いままで存在していたデータが、跡形もなくキレイさっぱり消失する。まるで最初から何もなかったかのように。
改めて消えていく画像を見ると、「消す」という行為に重みが生まれた気がする。一瞬で消えてしまうデジタルデータだからこそ、こんな風に余韻が残る消え方もいいものだと感じた。
いまでは簡単にこういう装置を作ることができるけど、それこそUV-EPROMが生まれた50年前には考えられなかった進化だろう。時を超えて、昔の発明品を味わい尽くすことができたのは貴重な体験であった。
いまだと電気的に一瞬で消去できてしまうデータだが、こうしてたった32キロバイトを分単位の時間をかけて消すのはある意味ぜいたくな時間なのでは、と思ったりもした。フィルムカメラやレコードが見直されている昨今だし、あえて全消去しかできず、消すのにものすごく長い時間がかかるメモリも、味があっていいかもしれない。
たぶんこういうのを見るのが好きな方もいると思うので(私は好き)、あんまり上手い配線じゃないけど載せておこう。
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