本場宮崎の充実っぷり
日向夏は主に宮崎県で生産されていて冬から春にかけて市場に出回る。旬はぜんぜん夏じゃないのだ。
旬の時期になると様々にパッケージされた日向夏がスーパーの店頭に並ぶ。ひとつ100円~200円くらいなので常食にするにはちょっとした贅沢品である。
ざっと回ってみると加工品も充実していた。辛いの甘いの何でもござれといった風情で頼もしい。
気にかけていなかったがスーパーの電子マネーカードに日向夏が描かれていた。
日向夏は白いワタが甘い
冒頭にも書いたが日向夏には正解とされる食べ方があり、他の柑橘類のように指を入れて皮を剥くことはタブーとされている。
そこには明確な理由がある。
日向夏は中にある白いワタ部分がほのかに甘いのだ。逆に果肉のほうは酸味が強いので、両方をいっしょに食べることによって真価を発揮するというわけである。
日向夏のむき方
そういうわけで日向夏は白いワタが残るように剥かなければならない。
1.りんごのように外皮をむく
2.皮をむく際には白いワタの部分を残す
3.芯を残すようにしてそぎ切りし、皿に盛り付ける
ヒント無しでは辿り着きようがなくてすごいだろう。
都会に住む親戚に日向夏を送ったら何も知らずに酸味の強い果肉だけを食べてしまい「酸っぱかった」と言われたという話もあるくらいなのだ。
日向夏の食べ方を調べると、たいていの場合は皿に盛るところまで書いてあって面白い。そんなことまで指示される果物は他にない。
さらに砂糖や醤油をかけて食べる(人もいる)
肝心な味の話をしよう。
ワタを残した日向夏を口に入れると果肉のすっぱさがはじめに際立つ。レモンほど強い酸味ではなく心地のいい甘酸っぱさ。
そのまま噛み続けると果肉とワタが混ざり合って甘さを感じ、最後には甘味とも苦味ともしれない不思議な風味がする。味わいが口の中で変わっていくのが楽しいのだ。
日向夏には砂糖や醤油をかけて食べるのが宮崎流らしい。やったことがないので試してみる。
はじめに砂糖がけ。砂糖が仲介役となり果肉とワタが調和し、最初から最後までずっと甘さが続いておいしい。グラデーションの面白さはないが安定感がある。
次に醤油をつけて。ギョッとするかもしれないが、九州の醤油は甘いので砂糖と同じような役割を果たすのかもしれない。
などと思いながら食べてみて本当にギョッとした。完全にポン酢の味だった。鍋物を食べたあと取り皿に残ったポン酢を飲んだときの味がする。
醤油の旨味で日向夏の味わいは吹き飛んでいるが、これはこれでうまい。
日向夏はレモンの代わりに料理に使っても美味しい。ほどよい酸味で爽やかなので味の邪魔をしないのだ。特に魚介や野菜とよく合う。
いろいろな食べ方ができる日向夏。旬の時期にぜひ食べてみてほしい。
それでも俺は普通にむいて食う
ここまで一般的な話を続けてきたが、実のところ僕は普通に皮をむいて日向夏を食べるのが好きだ。
ある日、日向夏をミカンのように剥いた。一般的な食べ方は知っていたが面倒くさかったのだ。皮は少しだけ厚いが何の事はない。ワタも丁寧に全部取り除いた。
そして食べた。一生涯の付き合いになることを予感させる衝撃的な美味しさだった。
さっぱりとした繊細な甘味、快さを感じる上限ギリギリの酸味、苦味のなさ。柑橘の到達点がそこにあった。もともとすっぱいものが好きなのもあるが、理想の食べ物だと思った。
そのままの勢いで別の日向夏をむいて食べてみたら全く同じ味がした。はじめに食べて感動したのは特別な個体でもなんでもなかったのだ。夢を見ているかのようだった。
それ以来、日向夏の皮を全部むいて食べている。
この話を宮崎県民にすると「もったいない」と言われ、他県民に話すと「そもそも日向夏って白い皮残すんだ」などと言う。
運命の出会いに対してあまりに淡白な感想じゃないか。君たちは婚約相手を紹介しても同じような反応をするのか。祝儀を受け取る覚悟はできている。
日向夏より美味いものはある。牛肉とかラーメンとか、無数にある。
それでも僕にとって普通にむいた日向夏以上に惹かれる食べ物はない。理屈でも感情でもなく、自分のもっとも深い部分、真我(アートマン)レベルでときめく何かが日向夏にはある。
むいて食べる日向夏を愛している。
あなたが日向夏をむいて食べたとき、おそらく僕ほどの衝撃は受けないだろう。
何と言われても構わない。ただ皮をむき続けるだけだ。