特集 2022年8月16日

ファーストテイクのマイクを食べる

一発撮りの緊張感から現れる煌めき

歌手の方がレコーディングする時のマイクには、黒くて丸い網みたいなものが付いている。

ポップガードというらしい。マイクに息が当たった時のノイズを軽減する役割がある。大事な機材なのだ。

しかし音楽に疎い僕みたいなものは、レコーディングの様子を見て「口と、あの黒くて丸いやつが近いな。食べちゃわないかな」とどうでもいい心配をする。

そして何度か見るうちに「いっそのこと食べてくれないかな。むしゃむしゃ食べだしたらおもしろいな」と思う。

こうして、この夏一番見たい映像が浮かんだので、自分でやってきました。

1987年東京出身。会社員。ハンバーグやカレーやチキンライスなどが好物なので、舌が子供すぎやしないかと心配になるときがある。だがコーヒーはブラックでも飲める。動画インタビュー

前の記事:土曜のお便り 〜ネクタイの結び方に麩菓子が割り込んでくる


ファーストテイクのマイクがいい

ポップガードはこういうやつ。

みんなスレスレまで顔を近づけて歌っている

そして今、ポップガードのことを考えて思い浮かぶのが、ファーストテイクというYouTubeのチャンネル、あれで使っているマイクである。

ファーストテイクでは様々な歌手が、名前の通り一発撮りのパフォーマンスをする。緊迫した空気が一瞬で塗り変わるような声や表情があってすごくグッとくるのだ。

そしてその空間の中心にいるマイク、これが印象的だと思った。

ファーストテイクっぽく出てきてポップガードをむしゃむしゃ食べる映像が見たい。

できた!

以上が動機である。

そして食べられるポップガードとマイクを用意して映像を撮ってきた。こちらです。

せっかくなのでマイクも食べた。きれいに撮ってもらえて、普通に食べるより胃にグッとくる食事になった。

撮った映像を見返すと、ちゃんとレコーディングっぽい雰囲気があると思う。

食事には見えない

意気込みを語り、集中して、口を開くが開き方がなんか違っていて「あ、食べた」と思う。

ここ

少し首筋がゾクッとする。台無しになったようでなっていない。レコーディングとは違う、誰も知らない営みとして成立している。そんな雰囲気がある。

これを見たかったのだ。

ちぎれなくてむしゃむしゃしてるのもいい。「手遅れ」という感じがする

ありそうで絶対にないシーンが現実にやってきた。触れる蜃気楼だ。

見たいものが見られるだけでなく、自分で作れて大満足である。小学生だったら自由研究はこれにする。発表が楽しみで前日鼻血を出すと思う。

では映像ができるまでの様子を紹介します。

どうでもいい工作にも試行錯誤がある

食べられるポップガードのために用意したものはこちらである。

マイクのところにうまい棒たこ焼き味。ポップガード(っぽいもの)を固定するための、ワイヤーにビニールテープを巻いたもの

ポップガードは、ソースせんべいに海苔を貼り付けた。

切って、
ソースせんべいに付いていた水飴で貼った
いい感じだ

このように、こんなどうでもいい工作にもどうでもいい試行錯誤があるので続けて見ていただきたい。

ソースせんべいを食用色素で黒く塗ったら水分でふやふやになってしまって使えなかった
010.jpg
ソースせんべいには小さいクリップを付けて、ワイヤーでぐじゃぐじゃっとやったら固定できた
ワイヤーには黒いビニールテープを巻いた。何でも黒くするとちょっとだけ機材っぽい
マイクにはふ菓子を、と思っていたが太くてスタンドに挿さらなかった
うまい棒は、下半分パッケージを残しておくと清潔だし固定しやすかった
何だか分かりますでしょうか

レコーディングのマイクって、マイクの周りにギザギザした棒が付いているのだ。サスペンションといって、振動によって発生するノイズを低減するものらしい。

そのサスペンションみたいなものを作りたかったのだが、付けてみるとこれ自体がノイズじゃねえのか、ということになり写真だけ撮ってそっとしまった。こんな出来だが太いワイヤーを曲げるのはけっこう大変だった。

そして一番効果的だった工夫が『スタジオで撮る』ということだ。

背景と照明が借りられるスタジオ
編集担当の藤原さんにも来てもらった

ちゃんと撮ると『人にお見せするものですよ』という雰囲気が画面から出る。それがポップガードを食べる動画であっても。

016.jpg
そしてこうなった。後ろに空間があるとファーストテイクっぽい
いったん広告です

ポップガードに向いているおやつ選手権

準備はできた。藤原さんと相談して、食べるのは一発撮りにしようということになった。

一回限りの緊張感の中でポップガードを食べる、という映像にしたい。

しかしこの貴重な状況を堪能したいという気持ちもある。

えびせんに取り替えてみた

大きさは良いのだが、黒くないので一目でえびせんと分かる。さっきより【レコーディング】が弱くなり、【おやつ】が台頭してきた。 

うす焼きせんべいはさらにおやつだ
海苔を貼らないソースせんべい。これは表面の質感が目立たなくて機材っぽさがまだある

でも、やはり黒い方がいい。

020.jpg
海苔単体はどうだろう
あ、ふにゃふにゃだ! ダメだ…!

第三勢力が現れたところで、やはりソースせんべいに海苔を貼るのが良いですね、という結論に落ち着いた。

022.jpg
現状の一位
022a.jpg

いよいよ本番

これで良い。これで良いんだ。現状への肯定感を確かにしたところで映像を撮ることになった。

藤原さんから合図が出る。失敗しても次はない。でもきっと大丈夫。不安と期待の中、ヘッドホンを付けてマイクの前に立つ。

僕の視界

顔を近づけると海苔とうまい棒の香りがした。視覚と嗅覚で海苔を感じ、これから触覚と味覚が海苔を迎えることになる。

「一発撮りなので、クオリティというよりはできることを精一杯やる、そういう気持ちでやらせてもらいます」
「じゃあ、お願いします」

この時「あ、しなっとしてる…!」と思った。バリバリ食べるつもりだったポップガード(ソースせんべいと海苔)が、水飴の水分を吸って湿気ってしまったのだ。

予定ではバリッと噛み砕くのを何回かやりたかったのだが、結局噛み切れず引きずり込むようにして一回で食べきってしまった。

その様子。ヤギみたい

あとで藤原さんに言ったら「それがファーストテイクっていうことですよね」と言われた。そうか。この後悔と生きていくのか。

あとうまい棒の下の方が出てこない、というどうでもいい想定外もあった

もう一度、動画を貼っておきます。 

これがファーストテイクか

2分半。あっという間に撮り終わった。

緊張した…

何を付けたらポップガードに近いか、どうやって固定するかなどのここ一週間の心配ごとが一瞬で不要のものになった。

この開放感と寂しさ、もっとうまくできたという後悔と、それでも一回限りの良さは出たという喜びが混ざって複雑な気持ちになった。

撮った映像を見せてもらうと、レコーディングをしている僕がクワッと口を開けてポップガードを食べていて、自分なのにちゃんとゾクッとした。

良いものが撮れた

僕が南国の鳥だったら求愛のダンスの代わりにこの動画を見せる。

 

やりきった手応えがあった

この撮影のあと、子どもとたくさん遊んで一緒に昼寝をして作りすぎた夕飯を食べてお酒を飲んで8時間しっかり寝た。良い一日だった。

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