まずは、入り方を聞いてみよう
ぼくも、銭湯は好きで、旅先でも銭湯を見かけると手ぶらで入って、ひとっ風呂浴びることも多いが、でんき風呂は避けていた。
静電気のバチッとなるやつだって大嫌いなのに、わざわざビリビリしそうな電気風呂に好んで入るなんて信じられない。
そんなふうに考えるひとは、ぼくだけではないだろう。
しかし、銭湯に行けばかなりの確率で設置してある電気風呂。そこかしこにあるのに、体験せぬまま一生を終えるのはなんだかもったいない気がする。
電気風呂の魅力にとりつかれ、各地の銭湯にある電気風呂を精力的にめぐり、先ごろ『電気風呂案内200』(八画文化会館叢書)を上梓した、けんちんさんに、電気風呂の入り方を、編集部の古賀さんと共に、教えてもらおう。
西村「電気風呂でまず聞きたいのは、……痛くないですか?」
けんちん「場所にもよりますけれど、痛くはないと思いますよ」
西村「どうしても、静電気のあの痛みを想像してしまって、ちょっとこわいんですよね」
けんちん「そういう方は多いですね」
古賀「実際に効能? はあるんですか」
けんちん「これは個人的な感想ですけど、肩こりや腰の痛みが軽くなるようなきがします。イメージとしては、マッサージ店なんかにある低周波治療器、あれです。ただ、そういった実際の効能もさることながら、電気風呂独特の感触を楽しむというところも大きいですね」
どんなふうに入ればいいの?
西村「サウナとかもそうなんですが、具体的にどんなふうに入ればいいのかがわからないから、敬遠してしまうんですよね。入り方の作法ってありますか」
けんちん「まず、電気風呂の浴槽の側面に、電気の出ている電極板がありますから、その位置を確かめてください」
西村「電気が流れているかを手で確かめたりしていいですか」
けんちん「手は敏感なので、人によってはビリっとくるかもしれません、手は無理にいれなくていいです。浴槽の中の電気は電極板から半円形の形で出ていますから、奥と手前の方に電気があまり届かない隙間があるんですよ」
古賀「なるほど」
けんちん「浴槽の前に立って、呼吸をととのえて、浴槽に背を向けてしゃがみます」
けんちん「お尻は電気にたいして鈍感なので、両側の電極板の真ん中あたりを通るように、様子をみながらそのまま後ろに後ずさりしてください、ここで『あ、これはダメだ』と感じたら、無理をせずにすぐにやめて出てください」
けんちん「大丈夫そうだったら、後ろまでさがって、手足を伸ばしてください。長座する感じですね、そうすれば、足や手に電気があたらないはずです、なれたら電極板にちょっと近づいたり、してみてもいいですが、ここでも無理はせず、ダメだと思ったらすぐにやめて出てください」
古賀「これはどれぐらい入るんですか?」
けんちん「人にもよるんですが……はじめは15秒ぐらいでいいと思います」
古賀「そんなもんなんだ、けんちんさんはどれぐらいはいりますか」
けんちん「ぼくはそれでも1分ぐらいですね、で、そのあと水風呂」
古賀「交互浴みたいに入るんだ……サウナの入り方と似てますね」
けんちん「もし、水風呂が苦手だったら、今日行くところは、露天風呂がありますから、外気浴でもいいです。電気風呂、水風呂または外気浴を3セットぐらい繰り返す感じですね、あと、今日行くところはサウナも銭湯の料金のみで入れるので、サウナ、電気風呂、水風呂、外気浴をくみあわせて入るのもいいですね」
ひとまず、電気風呂の入り方はきいた。まだ電気風呂に対する懸念が払拭されたわけではないが、ちょっと試してみるか、という心の準備はできた。いやだったらやめればいいのだ。
中延記念湯に入ります
西村「東京でサウナが銭湯料金で入れるのめずらしいですよね、京都なんかは普通そうですけど」
けんちん「そうなんです、東京で入浴料のみでサウナはめずらしい、この銭湯はちゃんと頑張ってるんです」
古賀「やだこれ、かわいい」
けんちん「ゆっポくんですよ」
西村「即答!」
けんちん「東京都浴場組合のゆるキャラですよ、あと、東京は区ごとにも銭湯組合があって、そこ独自のゆるキャラがまた別にあったりします」
けんちんさんは、銭湯に通いすぎて、電気風呂以外の銭湯情報もなかなか詳しい。
古賀さんと別れ、けんちんさんと二人で脱衣場にはいる。
脱衣場の壁面には、古代ギリシャのオリンピック風の絵が描いてあり、意図がよくわからない。古代オリンピックは素っ裸で競技をしていた=脱衣場、ということだろうか。
勇気をだしてはじめての電気風呂
けんちんさんによると、電気風呂は、銭湯ごとに個性があり。電気の強さ、浴槽の形、お湯の種類、さらに、電気風呂の機械の違いで、電気の流れ方にも明らかな差があるという。
なかでもここ、中延記念湯は電気が弱めで、初心者でも入りやすい方らしい。
けんちんさんは電気風呂にスルッとつかる。そのあと「どうぞ、入ってください」と促され、ぼくは、電気風呂の浴槽の前に立つ。
浴槽に背を向けてしゃがみ、肩まで湯につかる。そして、おっかなびっくりジリジリと後ずさりする。
うん? おおぉ。
感じる……なんだか振動が腹の底に伝わってきた。あ、すごい、これが電気か!
痛みなどはまったくない。ただ、体が強制的に振動する感覚がすごい。電気が背中に流れているのがすごくわかる。オノマトペでいうと、電気風呂の電気は、ビリビリとかチクチクとかではなく、ブーンだ。
健康に良いかどうかはわからないけれど、おもしろい感覚を感じるのはたしかにそのとおりだ。
電気風呂と水風呂を数セット繰り返すと、電気風呂が原因かどうかはわからないけれど、たしかにサッパリした気持ちになってきた。
いずれにせよ、電気風呂がビリビリするものではないということはわかった。
電気風呂感想戦
銭湯からあがると、古賀さんと合流し、電気風呂の感想をきいてみた。
古賀「きもちよかったですね、めちゃめちゃきもちよかったです。というより、やっぱり、安心感がおおきいですね、入り方を教えてもらっているんだという安心感が。コリにもほんとに効きそうな気がしましたもん、ドゥーンっていうのがきて」
西村「そう、ビリビリとかチクチクとかじゃないんですよね、ドゥーンとかブーンなんですよ」
古賀「不快なドゥーンじゃなかったので、これは、大人の経験上コリがとれる感じのドゥーンだと、あくまで私個人の感覚ですけども、私むかし整骨院で電気治療を受けていたことがあって、それに近かったので、平気でしたね」
西村「整骨院の電気治療は医学的な根拠があると思うんですけど、電気風呂には医学的な根拠は……」
けんちん「ドイツでは、電気風呂に医学的な根拠があるとされているんですが、日本ではないんですよね」
西村「医療器具とかそういうものではなく、アミューズメント設備ぐらいの気持ちで向かいあったほうがいいですね」
古賀「リラックス装置だ」
けんちん「ですから、でんき風呂の看板には『ピリピリと心地よい電気を与えるものです』としか書いてなく、効能があるようなことは一切書いてないんです」
「でんき風呂」の歴史
けんちん「電気風呂がなぜ医療機器としての認可が日本でおりてないのかというのは、電気風呂の歴史がすごく古くて、明治大正時代にはもうすでにあったと思われるんですね」
古賀「そんなにむかしなんだ」
けんちん「日本に入ってきたのは、明治時代にドイツの医療機器として入ってきたんです、医療機器として入ってきてるんですが、なぜか関西の銭湯にたくさん設置されているという新聞記事が記録に残ってるんです」
医療機器としてドイツから導入されたものの、関西、とくに京都の銭湯にたくさん設置されてしまったため、そのまま現在に至る。ということらしい。
電気風呂が、最初に日本で認められたのは、1933年(昭和8年)京都の船岡温泉で設置されたものが第1号で、認定されているものでは最古ではないかと⾔われている。
ただ、新聞記事を調べると、大正時代にはすでに神戸の銭湯に電気風呂があったとあるし、1928年(昭和3年)には、海野十三の『電気風呂の怪死事件』という小説もあるので、船岡温泉より前にはすでにあったと思われる。
けんちん「ただ、京都の船岡温泉さんにある電気風呂は、機械が昔からあった『坂田』ではなく『小西』にチェンジしてしまったので、オリジナルではないんですよね」
古賀「坂田、小西というのは?」
けんちん「電気風呂の電気を発生させる機械を作っているメーカーです。戦前からあって、木箱に機械が入っているのが坂田電気工業所というメーカーのもので、戦後に小西電機というメーカーが出てきます。あと、名古屋に水野通信工業というのがあります」
西村「その三社でほぼすべてというわけですね」
坂田は、15年ほどまえに会社が解散しており、現在は存在していない。したがって、坂田の電気風呂の機械をメンテナンスする人もおらず、修理のタイミングで小西の機械に切り替わってしまうケースも多い。
けんちん「現在、坂田の電気風呂は貴重で、関東地方にある電気風呂で坂田の機械を使っている銭湯は、神奈川県藤沢市にある『栄湯湘南館』という銭湯と山梨県笛吹市にある『石和温泉公衆浴場』の2軒しか確認してないです。」
西村「坂田と小西の見分け方というのはあるんですか?」
けんちん「電気の感じが違うんで、わかるんですよ」
西村「え、わかるんですか?」
けんちん「わかります。坂田の方が(電気が)ちょっと強いんです。ただ、見ただけでわかるポイントもあって、電極板の穴の並びを見るんです。ひし形に並んでいるのが小西、たてに三つならんでいるのが坂田ですね」
古賀「へー」
けんちん「でも気をつけないといけないのは、電極板は坂田なんだけど、電気の流れ方が小西だぞというところがあって、お店の方にきいたら案の定、中の機械を小西に変えたとか……そういうことがたまにあります」
西村「坂田はどんな会社だったんですかね」
けんちん「いろいろ調べてはいるんですが、なにも記録が残ってないんですよ。15年ぐらい前に、おそらく、最後あたりの機械を納品した銭湯の人の目撃情報が最後ですね」
西村「ニホンカワウソかな」
けんちん「たぶん坂田電気工業所は、ご家族で経営されてたと思われるんですが、最後の納品のときにはすでにご主人はすでに亡くなっていて、その奥様と思しきおばあさんが、機械を納品した銭湯に毎日入りにきて、半年ほど経ったころに『(電気風呂の機械は)もう大丈夫やな』と言い残して、それ以来見かけなくなってしまったそうです」
西村「オー・ヘンリーの短編小説みたい」
けんちん「今は戦後にできた小西製の機械がほとんどですが、戦前は坂田がどれぐらいのシェアがあったのか、寡占状態だったのか、小さい会社が乱立してて、坂田が覇権を握ったのか、そのへんもよくわかってないんです、坂田の機械の平成15年のシリアルナンバーが1500番なんで、おそらく坂田の機械は世の中に1500台ぐらいあると思われるんですが……」
古賀「電気風呂の文化史というのはだれも研究した人がいないんですね……なるほど」
1年ほどで東京の銭湯の電気風呂はほぼ制覇した
西村「そもそもけんちんさんはなぜ電気風呂にハマってしまったんですか」
けんちん「あるとき、銭湯で電気風呂に入ってるときに、電気の強さがなんか違うなっていうことに気づいたんです、そこから、あれ、面白いなと」
西村「ふつう気づかないですよ」
けんちん「ふだん暮らしている中で常にツッコミどころを探しながら生活してるというのがあって、それで気づいたんでしょうね」
古賀「電気風呂の電気の強さに違いがあるって気づいたのはいつぐらいなんですか?」
けんちん「一昨年(2017年)の6月ごろからですね。そのころは関西に住んでたんですけど、ちょうど去年の春から1年間、東京に単身赴任になったんです、で、いい機会なので、ほぼ1年かけて、東京の銭湯の電気風呂、約170軒を全て制覇しました」
古賀「えぇ! えらいスピードですね」
けんちん「会社が終わったら、急いで電気風呂のある銭湯に行って、電浴(電気風呂に入ること)して、1日に数軒めぐることもありました」
西村「修行じゃないですかそれ」
けんちん「きのうもたまたま休みがとれたので、せっかくだからということで八戸まで行って、電気風呂のある銭湯ほぼすべてめぐりました」
西村「えぇ! じゃあ今日は八戸から直接きたんですか……」
けんちん「ほんとは日帰りするつもりだったんですけど、行きもれたところがあって、全部まわったら泊まりになっちゃったんですよね、さすがに1日に十数軒もめぐって電浴すると筋肉痛になりますね」
西村「なるでしょうね、あれだけ揺さぶられるわけだから……」
50超えて100に近づいたとき、世界の違いが見えてきた
古賀「そうすると、電気風呂に入る活動は、昨年東京に出て来てから本格化し始めたということなんですか」
けんちん「そうですね、違いには気づいたものの、最初に関西で電気風呂に入ってたころは記録をとってなかったんですよ。坂田の電気風呂があるって気づいたのも、東京に来てからだから、最初は坂田と小西の違いもわからなかったんです。でも、電気風呂に入るのを重ねることによって違いがわかるようになってきたんです」
けんちん「50を越えて100入るぐらいになってきてから、ようやく世界が見えてきた感じなんです」
古賀「はー、なるほど」
けんちん「とくに、同じものだと思っているものの違いが見つけられるようになるんですね」
西村「悟りの境地ですねそれ」
電気風呂の面白いところの、エッセンスだけをこうやってもらっていいのか
あるな、とはだれもが認識しているものの、だれも真剣に考えたことのないものを、真面目に追求する。というマニアの行き方があるが、けんちんさんはまさにそれである。
「数をこなせば世界がみえてくる」というセリフにふくまれる含蓄力はすごい。
これだけの労力をかけて、けんちんさんが収集した、電気風呂おもしろ情報のエッセンスだけを、こうやって面白がって聞くだけというのはかなり贅沢なことだし、若干の申し訳無さもある。
銭湯の電気風呂はビビらずに、つかってみようと思う。