特集 2021年5月20日

新種の巨大ムカデ『リュウジンオオムカデ』を捕まえた&咬まれた

沖縄にはとんでもなくデカいムカデがいるらしい。
しかも、そのムカデは水陸両用で水に潜ってカニやエビを捕食するという。

長らく謎に包まれた存在だった大ムカデだったが、このたび日本人研究者らの手によって、めでたく新種として名前が与えられた。その名は『リュウジンオオムカデ(琉神大百足)』。

この素晴らしいムカデを捕まえてみた。それから、咬まれてみた。

※全体的に絶対マネしないでください

1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

前の記事:猛毒の外来種『オオヒキガエル』の食べ方をカラスに教えてもらった

> 個人サイト 平坂寛のフィールドノート

新種だけど存在はずっと知られてた

さて、いきなりだが本記事の舞台となる森の話をしよう。

沖縄本島の北部に広がる「やんばる」と通称される山林地帯である。
第二次大戦中には激戦地であった沖縄において、戦火を免れた原生林がいまだに残っているのだ。

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本記事の舞台、「やんばる」の森。

それゆえにヤンバルクイナやヤンバルテナガコガネといった世界中でここにしか生息しない生物たちが見られるのである。

最近では世界自然遺産登録へ歩みを進めつつあることからも「なんかすげぇネイチャー的な感じなんだな」という部分は伝わるだろう。

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ヤンバルクイナ。言わずと知れたやんばるを代表する天然記念物。

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ヤモリの一種、クロイワトカゲモドキ。沖縄本島の固有種で、こちらも天然記念物。

そのやんばるに巨大なムカデがいるという噂を聞いたのは、今から十数年ほども前のことだ。

日本本土で見られるムカデは、特に大型になるトビズムカデでもふつうは体長10センチそこそこである。しかし、その沖縄産オオムカデは、なんとその倍にあたる20センチ以上にもなるというのだ。

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10年ほど前に西表島で出会ったトビズムカデも恐ろしいほど大きかったが、リュウジン様はこんなものではないらしい(食べているのは日本最大のセミであるヤエヤマクマゼミ)。

さらに、その当時の時点で
・渓流に棲んでおり、泳げる(水陸両用)
・サワガニを襲って食う
・脚や触角が翡翠色でとても綺麗

・同様のムカデが八重山などの離島にもいるが、沖縄本島ではやんばるにしかいない
・たぶん新種(未記載)

といった情報が出回っていた。

どうにもキャッチーな要素を盛りすぎた感がある。ツッコミが間に合わない。
だが、当時はこうした話を聴き、あるいはネット上にアップされたわずかな画像を見ては大いに興奮したものだった。

また、当時は沖縄本島における生息地から「ヤンバルオオムカデ」という通称で呼ばれていた。

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いまだに「ヤンバルオオムカデ」で検索するといろいろと画像がヒットする。(画像引用元:Google)

僕などはそちらの呼び名に慣れ親しんでしまっていたので、このたび命名された「リュウジンオオムカデ」に馴染むまでやや時間がかかった。

ネーミングがロマンチックすぎる

けれど、沖縄の昔話「龍とニワトリとムカデ」に因むというこの和名はとてもいい名だとも思う。

なお、学名はScolopendra alcyonaで、ギリシャ神話のハルシオン(アルキュオネー)のオオムカデという意味である。
ハルシオンにはなんやかんやあってカワセミへ姿を変えたという逸話がある。
そのためカワセミの仲間は英語圏で「ハルシオンバード」と呼ばれることがあり、学名に「Halcyon」とつくものもあるのだ。

リュウジンオオムカデの場合、翡翠色の体と川へ飛び込む生態にカワセミとの共通点を見出し、この名がつけられたらしい。

……名前の由来がどれも素敵すぎる。生物の研究者ってロマンチックな人が多いよね。

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本記事は文字が多いので、箸休め的にいろんな日本産ムカデの写真を交えていきます。これは沖縄本島で撮影したタイワンオオムカデ。記載されたのは1758年に遡る。体長10センチほどでオオムカデの仲間としては小型。

オオムカデの新種が報告されるってとてもすごいこと

ところで、日本産オオムカデ属(トビズムカデなどムカデの中でも特に体が大きいやつらのグループ)の新種記載は実に143年ぶりのことなのだそうだ。
さらに日本の研究者の手によるのは史上初だというから素晴らしい。

感心すると同時に、さぞたいへんな苦労があったことだろうと想いを馳せずにはいられない。

新種を発見して世に発表するということは、その生物が既知の近縁種とどこがどう違うのかを、基準となる標本を実際に見ながら徹底的、具体的、定量的に精査比較するということである。

いくら専門家が「こんなの見たことないし、絶対に新種だよなー」と思える生物を見つけても、すぐに「新種発見!」の報は出せないのだ。

しかも、生物によっては基準となる標本が世界各地に散り散りとなっているケースも多い。
そのため、一言で「新種を見つけたので学会に発表します」と言っても、実際には凄まじい手間と時間と予算を使うこととなりかねないのだ。

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日本本土やその周辺離島でよく見られる「赤い頭に黒いボディーと黄色い脚」のオオムカデは「トビズムカデ」という種類。一番メジャーなムカデなのに、つかんでる写真しか撮ってなかったのは遺憾。

特に、ムカデの分類は研究者の数が多くないこともあり、まだまだ未解明な部分が多いと聞く。魚や昆虫と違って、ムカデってどの種類でもカタチはほとんど同じだしね…。
ゆえに、今回の記載はたいへんな快挙と言えるに違いない(と、素人ながらに思います)。

…とまぁこんな感じである。
詳細は琉球大学のHPにたいへんよくまとまっているのでそちらを読んでいただきたい。

とにかく、デカくてキレイで生態もおもしろい、素敵なムカデが日本にいるということが重要なのだ。

今こそ!十数年ごしの憧れに決着を

で、当時20代前半の生物系学生としては当然、そんなムカデはぜひ見てみたかったわけである。

時にはムカデ狙いで、時には他の生物を観察するついでに。やんばるへ出向くたび、ちょちょいとそれらしい沢を覗いてみたりしたのだが、ついにその姿を拝むことは叶わなかった。

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小さいけれど体色のキレイなキレイなノコバゼムカデはよく見かけた。華奢な印象でかわいい。

数の少ない、しかも生態が謎に満ちている生物との邂逅というのは大なり小なり運に頼る部分もある。
何度も何度も通っていれば、そのうち、いつかは出会えるはず。

……いや!そんなぬるい考えであったから10年以上もフられ続けているのだろう。
「ついでに」「ちょちょいと」「そのうち」「いつかは」。こんなワードに甘えているからこのザマなのだ。

その間にも研究者の方々は着実に成果を重ね、「謎のヤンバルオオムカデ」「新種・リュウジンオオムカデ」へ、その名と立場を変えてみせた。

燃えてきた。今こそ!本気でリュウジンオオムカデに向き合う時だ。

というわけで晩春のある日、僕は食料を買い込み、大量の着替えとともに車に積み込んだ。
そう。リュウジンオオムカデに会えるまで帰れません!作戦の決行である。

初日に遭遇!!

さて、ほとんどのムカデ類は夜行性である。日中は倒木の下など暗くて狭い場所に隠れているのだ。
リュウジンオオムカデも夜間に表へ出て獲物を探しているのだろう。

日が暮れてから降り立ったのは、広い「やんばる」の中でも人里に近くアクセスの良好な沢だった。
ここは大学生だった頃から何十回と訪れている馴染みの渓流、いわば「ホーム沢」である。

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渓流へ!

この期に及んでまぁ~だ楽をしようとしてるのか!もっと山奥を攻めろや!と言われてしまいそうだが、まだ捜索は始まったばかり。
長い戦いになるだろうし、とりあえずのウォーミングアップとして慣れ親しんだポイントを廻るのも悪手ではないはずだ。

それに、決して可能性がない場所ではなかった。
実は過去にこの沢で二度ほど、リュウジンオオムカデの幼体らしきムカデを見たことがあるのだ。

二度ともあまりに突然のことで写真を撮ることもままならなかったが、せせらぎに浸った小石や落ち葉の下からヒョロロッと数センチほどの小ムカデが飛び出してきたのである。その脚は鮮やかなひすい色だった。
半水棲のムカデは日本ではリュウジンオオムカデのみしか知られていないし、あれはリュウジンオオムカデの幼体であったと考えるのが自然だろう。

ということはここには彼らの親である巨大ムカデもこの周囲に潜んでいるはず。エサとなるサワガニ類もたくさんいるし、条件は満たしているのだ。

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沖縄には複数種のサワガニがいる。コレは水中や水辺の縁に多いオキナワミナミサワガニ。ゴツくて大きくてカッコいい。
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こちらはサカモトサワガニ。わりと水面から離れた陸地にも現れる。
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日本最大の淡水エビであるコンジンテナガエビもいた。リュウジンオオムカデが本種を捕食したという記録もあるそうだ。

リュウジン様を求め、暗闇の沢を徘徊する。
ただし、単独行なのでエントリーポイントからほど近い安全な範囲を丹念に探ることにする。

大怪我でもしたらムカデを見るまでどころか、永遠に自宅へ帰れません!に企画変更を余儀なくされてしまいかねない。
やんばるの沢はヒメハブだらけだしなぁ。

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沢沿いにはヒメハブが多い。彼らのエサとなるカエルがたくさんいるためだ。

なんとなくだが、リュウジンオオムカデたちは流れの飛沫で濡れて苔むした岩の上なんかに堂々と鎮座しているイメージがある。
あるいは、そういう風情あふれるシチュエーションでの邂逅を僕が望んでいるだけかもしれないが。

もしくは流木の下に隠れている、というのもありえそうだ。
そうしためぼしい場所を注意深く見ていくが、ムカデは見当たらない。

しかしサワガニ類、ハナサキガエル、マダラゴキブリ、オオゲジ、ヒメハブなど、やんばるの渓流らしい生物たちは次々に姿を見せてくれる。コレだけ生命感に溢れていると、「もしかしたら」という前向きな期待が湧いてくる。
…まぁこの十数年、毎回こうだったんだけどね。

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やんばる固有のカエルであるハナサキガエル。

見落としがないよう、怪しいポイントは往路復路で繰り返し念入りにチェックしてまわる。

すると、さっき通ったばかりの砂地に何か黒いものがニョロニョロしている。まさか。

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ん?
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んんーー!?

いた!!

「マジ!?」「デカッ!」「本当にいた!」
「こんな開けた砂地にいるの!?」「デカぁッ!」
「まだ初日だぞ!?」「キレイ!」「デカい!」
「ここ、さっき一回通ったばっかなんだが!?」「デカすぎ!」

さまざまな思考が交錯する。

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興奮のあまり、声が出なかった。

しかし、人間というのは本当に興奮、緊張するとかえって冷静な判断ができるもののようだ。
ライトで照らした途端に猛スピードで走り出したムカデを「とりあえず捕まえなくては」と素手で押さえ込んでいた。

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捕まえたぞー!!背中はオリーブ色で脇腹はネイビー。そして脚は翡翠色!ちゅらさーん(美しい)!!

ふつう、ムカデを捕まえる際は、手を咬まれないよう長めのピンセットを用いる。しかし、今回はあえて素手で捕獲に臨んだ。

これはピンセットを忘れわけでも、「素手で捕まえた方が絵的にすごいだろー。映えるしバズるだろー。」と言った意味合いのパフォーマンスというわけでもない。
捕獲用のツールとして素手が一番信用できると考えたがゆえである。

なんせ相手は初めて対峙する希少なムカデであり、そのパワーや体の頑丈さに未知な部分がある。

ピンセットだと力加減を間違えて振り切られたり、逆に傷つけてしまう可能性がある。
だが素手なら瞬時に、かつ絶妙に、自在な力加減ができる。もっとも双方(特にムカデ)にとって安全な策だろう。

革手袋を着用するという方法もあるが、それはそれで指先がゴワついてムカデの細い体をつまみにくいというデメリットがあるのだ。

だから素手なの!わかった?

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長く頭部をつまんでいると、頭を引き抜こうと凄まじい力で後退する(写真はギアをバックに入れてビーン!ってなってるところ)。こうなるとムカデの首(?)に負担がかかるので、すぐ解放してやらないといけない(この時に慌てて指を放すと咬まれやすい)。

ただし、素手で頭部をホールドすると、このような特大サイズのムカデは頭を引きちぎらんばかりの勢いで重機のようにゴリゴリと体を後退させることがある。たぶん、そのままつかんでいると本当に頭がもげるだろう。

そうなる前に咬まれることなく上手くホールドを解く技術などが要求されるので、素手ムカデはやはりおすすめできない。

※もちろん、読者のみなさんは絶対に真似しないでください。というか、そもそもムカデを捕まえようとしないでください。

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そこそこの大きさのムカデまでなら、厚手の手袋を着けることで被害は防げる(顎肢が通らない)。

体長20センチを超える立派なリュウジンオオムカデだった。
ひとつの夢が叶った瞬間だ。

しかし、本種は体長25センチを超えることさえあるというから驚きである。これより大きくなったら、その迫力や存在感はもはやヘビのそれではないか。夢は広がる。

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写真だとイマイチ迫力が伝わらないのが残念!

 

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●話題のリュウジンオオムカデは凶暴?毒性は?症状は?咬まれてみました!

ところで、僕はこのリュウジンオオムカデに関連する事柄でひとつだけ、少しばかり腹立たしく思っていることがある。
それは、本種が新種記載された際の報道に対するネット上の反応だ。

研究者の業績とリュウジンオオムカデの美しさ、沖縄の自然を讃える意見が多かったのだが、本種に対するネガティブな声も目についた。

やれ「危険だから駆除しろ」だの「もう怖くて沖縄で川遊びできません><」だの…。

いやいや…。なぜこんな山奥の、10年以上も通ってやっと1匹見つかるレベルの希少な虫を駆除する必要があるというのか。
つーか令和の世になるまで、ほとんどの人類は存在を認識してすらいなかったんだぞ?
そんなハリウッドスター以上カッパ未満レベルなレアリティの生物に遭遇して咬まれることを危惧しているとか、あんた何者だ?冒険者か?我が友か?ちょっとは考えてからものを言えよ。

それから後者、てめえどうせ一回もやんばるの沢で水遊びなんかしたことないし、今後もする予定ねえんだろ?だったら黙ってろよ。

…まぁまぁまぁ。とはいえたしかにムカデは有毒だし、それの超デカいやつがいる!と聞けば拒絶反応が出るのはよくわかる。
さらに「新種です!」というところにも、かえって得体の知れなさを感じるのだろう。未知への恐怖というやつか。

わかってる。筆者わかってるよそういうニュアンス。急に強い言葉を使ってごめんよベィビィ~~。

この手の「マジ無理。死ぬ。滅ぼそ?」的な意見は要するに
「超デカい未知のムカデ=なんとなく毒性も強そう、咬まれたらふつうのムカデの比じゃないくらいの重症になりそう。」
という、かなりふんわりした危惧のあらわれなのである。

この部分が実際どの程度のものかさえ明らかになれば、みだりに騒ぎ立てる必要はなくなるわけだ。

ムカデに限ったことではないが、生物や自然を想像や聞きかじりだけでむやみに怖がり嫌うのはナンセンスだ。
実際のところを正しく理解し、正しく畏れる。それが現代人としての正しい振る舞いなのではないだろうか。

……うーん、いいこと言った!
じゃあこれから実際に咬まれてみるからねぇ!治癒までの経過も書いとくからねぇ!正しく知って正しく畏れようねぇ!

※ここからの実験と撮影は友人立ち合いのもとで行っています。

まず、シダの葉を敷きつめたバケツにいったんムカデを収容して落ち着かせ(本当はカブトムシなんかを飼うプラケースで休ませるつもりだったが、ムカデの巨体がまともに収まらなかった)、あらためてそっと手に乗せてみる。

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※絶対にマネしないでください

▲※一部始終を収めた動画もあります。悲鳴や絶叫、苦しみ悶える姿など臨場感を味わいたい方はどうぞ。

とりあえず、つかむ、つつくなどのちょっかいを出さなければ、ムカデの方から咬みついて来る様子はない。
腕や肩をうろうろ歩き回り、照明を当てると驚いて陰(後頭部とか)に隠れようとする。

威嚇するようなそぶりもなく、どちらかというと臆病な生物であるという印象を受ける。

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※絶対にマネしないでください

遭遇時の状況(照らされた瞬間、一目散に逃げる)も考慮すると、とりあえず彼らは人間を見るなり積極的に咬みつきいてくるようなドラクエのモンスター的攻撃性はもちあわせていないものと推察できる。

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首筋に回り込まれるとチクチクする。

では、怒涛の出会いからしばらく時間が経ち、お互いに落ち着いたところでリュウジンオオムカデの胴体をそっと左手につかむ。

再び体の自由を奪われたリュウジンオオムカデは、あらためて僕の左手を敵とみなして毒牙(正しくは顎肢[がくし]という脚由来のパーツ)を手の甲や指の皮膚に突き立ててくれた。

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左手を7箇所ほど咬ませた。顎肢が皮膚に刺さっていた時間はトータルで15秒ほど。故意でなければ、これほどしつこくムカデに咬まれる事態は考えにくいだろう。

ふつうはうっかり咬まれても、顎肢が突き立てられた痛みを感じた瞬間に反射的に強く振り払うからだ。

数秒にわたって咬まれることがあるとすれば、ブーツなどの中に侵入しているところを気づかず着用し、咬まれてから脱ぐまでに時間を要した場合くらいだろうか?

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遠目だと茨の冠にも見える…?

咬まれた瞬間はヂガッ!と鋭い痛みが走る。いかにも「あっ、毒を打ち込まれたな」という感覚である。この痛みはその強さも質も、日本本土にも分布するトビズムカデに咬まれた場合のそれと同等である。リュウジンオオムカデの方が特別に痛いという印象は受けない。

さらに言うと、刺された瞬間の痛みはミツバチやアシナガバチ、スズメバチといったハチ類に刺された際のそれにも似るが、もっと弱いように感じられた(ハチの場合は痛みがもっと鋭く深い)。

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これは顎肢の刺さりが甘く、毒を注入された感覚がなかった咬みつき。こういう「甘噛み」はノーカウント。

以下、その後の経過

・咬まれてから5分ほど経過すると傷口周辺が腫れ始め、ズキズキと疼痛を感じ始める。傷口は薄く血がにじみ、赤黒く見える。

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15分後、左腋の下に違和感。

・15分ほどすると、左腋下のリンパ節に疼痛と腫れが生じた。

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12時間後。毒を食らった左手がパンパンに。だが、見た目ほどは痛くなく、むしろ痒い。

・12時間後には晴れが左手全体に広がり、握り拳を作るとクリームパンのように。しかし、患部の外見に反して手の痛みはかなり引き、圧迫しない限りは特に痛みも感じられなくなった。
一方で
蚊に刺されたような痒みが傷口を中心に広がり始めた。
なお、痒みやリンパ節の腫れはムカデ類に咬まれた場合によくみられる症状である。

およそ、ここまでが症状の「山場」だろう。慌てふためくような苦痛や、命に関わる症状は出なかった。

ここからは症状が激化することもなく、徐々に治癒へ向かっていく。

・30時間もすると腫れはおよそ引ききる。意識しなければ痛みや違和感は感じられない。ほぼ完治したと言ってよさそう。

・3日経つと、リンパ節がやや張るような違和感は残るものの、気になるほどのものではなくなる。
痒みだけは抜け切っていないのだが、この時点で症状としては「蚊に刺されたようなもの」である。ゆえに実質、治癒しきったと判断した。

個人の感想としては「本州や四国、九州で見られるトビズムカデに咬まれた場合と大差はない。むしろ咬まれた時間と回数に対して症状がやや軽いくらいではないか?」といったものであった。
少なくとも「猛毒」と呼ぶべきものではないのではないか(あくまで個人の感想)。

これについては素手でつかんだ際に考えたことがある。

リュウジンオオムカデは細長い見た目に似合わず、とんでもなく膂力が強い。こちらがつかめば振り切られそうになるし、逆に腕などにしがみつかれれば引き剥がすのに苦労する。

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一見するとこちらが一方的に捕まえているように見えるが、ムカデもまた凄まじい力でガッチリとこちらの皮膚をつかんでいる。いわば「クリンチ」のような状態である。

当初は「ムカデなのに硬くて強いサワガニ捕まえるなんてすげえ!毒の威力か?」と考えていたが、あの力をもってすればサワガニごときをねじ伏せ、押さえ込むなどわけのないことなのだろう。

なんなら、毒をまったく使用せずとも、結構なサイズのカニを完封できるのではないか。

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手の甲の赤い点々は、ムカデをつかんだ際に足を踏ん張られてできた傷。すごいちからだ!

サソリでも大きく強力なハサミをもつ大型種ほど、見た目の迫力に似合わず毒性はたいして強くなかったりするし、毒虫の場合は体が大きいほど危険!とは一概に言えないのかもしれない。

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東南アジアの森に棲む大型のサソリ。ザリガニのように大きく強力なハサミをもつが、その反面、毒性は弱め。

それに夜のやんばるの沢沿いにはこんなに巨大なムカデを襲って食うような動物もほとんどいないだろうし(幼体時はカエルやカニに襲われるかも)、防衛の手段としての毒もせいぜいトビズムカデなどと同等の「それなり」の強さで事足りるのではないだろうか。
少なくとも、対哺乳類に特化した毒を持つ必要はないはずだ。

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やんばるの固有種で、リュウジンオオムカデと同じ沢に暮らすナミエガエル(天然記念物)。昔は食用にされていたというほどの大型カエルなので、ひょっとするとリュウジンオオムカデの幼体にとっては天敵となっているのかもしれない。

一方で東南アジアの人里に出没するオオムカデの中には、人が噛まれると幹部がパンパンに腫れ、なかなか治らないような強毒をもつものもいると聞いたことがある。
そうした里山のような環境に暮らすムカデは、捕食の対象や天敵としてネズミをはじめとする哺乳類を攻撃する機会が多いはずだ。ゆえに彼らは哺乳類に対してより効果の高い毒をそなえているのかもしれない。妄想だけど。

というわけで結論!

「リュウジンオオムカデに咬まれるとふつうのムカデ(トビズムカデ)に咬まれた場合と同じくらい痛い。※でも毒の影響は個人差が大きいし、人によってはアナフィラキシーショックなどで重篤な症状が出る場合もあるので、見かけてもちょっかいを出さないなど、咬まれないための最善を尽くそう。」

ということになります。

それにそもそも、こんな山奥に棲む希少なムカデにたまたま出会う確率と、さらにそこから咬まれる確率を考えてみるべきだ。
僕のように故意でもなければ天文学的な確率なのではないか。

たとえば「俳優の宇梶剛士さんは喧嘩が超強くて怒らせると怖い」という噂話がある。
だが、一般人が令和の世に生きる中で宇梶剛士を怒らせ、拳を交えるシチュエーションに陥ることが果してあるだろうか、という話である。
おそらくないだろう。宇梶を恐れることなく、安心して腹筋ワンダーコアのCMを観てくれていい。

同様に、やんばるの山奥にひっそりと、すげーデカくてカッコいいムカデが生息しているという事実にも、素直に想いを馳せていいのだ。


ダメ、乱獲!

リュウジンオオムカデは想像以上に美しく、かっこよかった。いつまででも眺めていたくなる生物であることは間違いない。

ただ、この手の生き物の宿命だろうか。
本種は数年前からペットトレードの世界において高値で取引されている(サイズによるが、ネットオークションでは1匹5万円とか10万円とか)。マニアにはたまらない存在なのだろう。気持ちはわかる。

たしかにリュウジンオオムカデは現時点では天然記念物に指定されてもいなければ、絶滅危惧種としてレッドデータブックにも載ってはいない。
そりゃそうだよね。そもそも先月やっと新種として記載されたばっかりなんだから。

よって、現状は法的に採集や売買を制限されるものではない。採り放題、売り放題だ。
だが、それでも極めて限られた環境にしか生息していない、決して数が多いとは言い難い生物であることはたしかだろう。

金に目をくらませ、ここぞとばかりに採集するのではなく、沖縄の自然の素晴らしさの結晶としてそっと見守ってあげようではないか。
…捕まえて咬まれたりしていたやつが言えたことではないかもしれないけど。

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咬んでもらった後は逃した。なんの余韻もなく走り去っていった。

 


告知:深海魚の絵本が出ます

6月1日に福音館書店より僕が文章を担当する科学絵本シリーズ「たくさんのふしぎ7月号 釣って 食べて 調べる 深海魚」が発売されます。

写真にキッチンミノル氏、絵に長嶋祐成氏という豪華布陣で、児童書のくくりながら大人も楽しめる&学べる作品に仕上がっています。
ぜひお手に取ってみてください。

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