葛餅はクズで作られない場合もある
冒頭で葛餅はクズからとれる葛粉で作るから葛餅だと書いたが、実際はそうでもなかったりする。
もはや葛餅は通称、あるいは概念であり、市販品はジャガイモやサツマイモ、あるいはトウモロコシからとれるデンプンなどで作られていることが多いようだ。
左からジャガイモのデンプンである片栗粉、葛粉という名前で売られていたサツマイモのデンプン、そして本葛は本物の葛粉だった。ややこしい。
本物の葛粉以外で作られることが多い一番の理由は、やはり値段の問題だろうか。
片栗粉が100グラム50円くらいなのに対し、本葛粉は10倍の500円とかするのである。
ちなみに3種類の粉を使って、それぞれ葛粉を作ってみた実験は
こちらに掲載してある。
これが本葛粉。石膏みたいな質感。
このように高級品である本葛粉を、その辺に生えているクズからどうにかして精製し、本物の葛餅を作ってやろうというのが今回の趣旨である。
クズの集まりへとやってきた
いつの日か、クズの根を掘って、葛餅を作ってやろうと企ててから数年が経過。いざ掘るとなると、やっぱりどう考えても大変そうで重い腰が上がらない。
いつかいつかと先延ばしにしていたところ、野草好きの友人が、ノビルやヨモギなどを摘んで食べる延長線として、11月にクズの根を掘る集まりを企画した。
それだ!ということで即参加の手をあげた。なんでも去年一人で掘ろうとして、すぐに挫折したらしく、今年は募集をかけたのだとか。
飼っているウサギのエサとして野草をとりはじめ、いつの間にか自分も毎日食べるようになった
365日野草生活さん。
いやでも募集をしたところで、わざわざクズの根を掘ろうという人が私以外に集まるのかと心配だったが、なぜか大人気ですぐに定員いっぱいとなったそうで、本日の参加者は23名。
「本日はクズの集まりへようこそ!」と、別の意味になりそうな挨拶をする友人。そうだそうだ、これはクズの集まりだと答える参加者達。
現代人はクズを掘ること、あるいはクズであることに、心の癒しを求めているのかもしれない。
掘る場所は、日本中の至る所にあるクズだらけの荒れ地。
クズの根が太ってない
クズを掘るためには、まず一面に伸びている蔓から、その大本である部分を探し出さなくてはならない。これがなかなかやっかいで、どこから生えているのかが意外とわからなかった。
新しいゲームだと思って探すものの、複雑に絡み合ったクズの元が自力では全然見つからず、参加者が探し当てたものを教えてもらった。
本当に一人でやろうとしなくてよかったと、この日何度思ったことか。
蔓というか幹。この段階で太ければ太い程、根もしっかりと太っているはず。
クズは秋から冬にかけてデンプンを溜めこむそうで、そろそろ根っこが肥大しているはず。
さてどんな太り方をしているのだろう、サツマイモ状なのか、ジャガイモ状なのか、あるいは山芋状なのか。
手分けをしてクズの根元を掘っていく。
クズの根塊がどんな形であれ、掘ってすぐに姿を現してくれるだろうと思っていたのだが、そう甘いものではなかった。
いざ掘ってみると、地下を這わせた光ファイバーケーブルのように、延々と横に伸びているものばかりなのだ。
掘っても掘っても、同じ太さで横に伸びていく罠。
こんな頼りない太さでも、中にはデンプンがぎっしり詰まっていたりして。なんて思って切ってみたが、その断面はまるっきり木だった。うっすら年輪すらある。
中央部分がちょっとだけデンプン質っぽいが、にゅうめんくらいの細さだ。どうしろと。
これダメだね。
ようやくイモっぽい根塊が出てきた
それにしてもクズ掘りは重労働である。しかも成果なき労働であり、栽培されているジャガイモやサツマイモを掘るのとはレベルが違う辛さだ。
掘り始めてから1時間近くが過ぎ、参加者の表情に諦めの色が濃くなってきた頃、ようやく今までとは形状の違うクズの根が発掘された。
掘りはじめるとタコの足のように分岐し、ちょっと細めながらサツマイモのように丸みを帯びているのだ。これぞ冬に備えたデンプンの蓄えであろう。
今までに比べて明らかに違う形状!
おおお、芋だ!
これならデンプンが詰まっていそうだ。
なるほど、クズの根塊というのは、こういう形に成長するのか。すぐに諦めなくてよかった。
その断面から匂いを確認すると、なんだか生の焼き芋みたいな甘い香りがする。生の焼き芋ってなんだ。でもそんな匂いなのだ。
端っこをちょっと齧ってみると、ゴボウっぽい苦味と土臭さの中に感じるデンプン質の持つほのかな甘み。見た目もそうだが、味はキクイモとかヤーコンが近いかな。
うっすらと甘いが、生で食べてうまいものではない。
クズ掘り作業は2時間弱で参加者の体力が尽きたので終了。もう限界である。
ちゃんと根が太っていたのは結局3本程度で、あとは全部ゴボウのように痩せていた。まだ葉っぱが青々していたので、時期がちょっと早かったかな。
掘った場所は丁寧に埋め直しました。
これを適当に山分けしたら、ここから先は各自が自宅でデンプンを精製することとなる。
この時点で葛粉は諦めたのか、ただ掘りたかっただけなのか、根を持ち帰らなかった人も数名いたようだ。その気持ち、わからなくもない。
この根からデンプンがとれるのだろうか。ただクズの除草をしただけのような気がしてきた。
クズの根を砕く
クズの根からデンプンを取り出す方法は、小学生の頃に理科の実験で、ジャガイモからデンプンをとったのと基本的には同じである。
持ち帰った根の重さは800グラム程。ここにどれだけのデンプンが詰まっているのだろうか。
タワシでよく洗ったクズの根。やっぱりゴボウにしか見えないな。
念のためにとクズの根の形状を検索したら、ウィキペディアに全然違う写真が載っていた。
私が掘ってきた根が収穫時期を逃したゴボウなら、その写真は伝説のマンドラゴラのようだった。見なきゃよかった。
育った環境が違うからか、目の前にあるクズの根は細すぎる。それでもこれしかないのだから、やるしかない。
繊維が固すぎるため、ジャガイモのようにすりおろすという訳にもいかないので、とりあえず適当な麺棒で殴る。ガンガンと殴る。
根を置いたまな板の下に、タオルでも敷いておかないと、殴った反動で跳ね返ってしまうくらいに硬い。
一通り叩き終わると、ここからデンプンを取り出すのではなく、繊維をとって糸を作ろうとしているのではという錯覚に襲われた。
私は一体なにをしているのだろう。もう何も信じられない。でも続ける。
ここまで丈夫な繊維質だとは思わなかった。静岡には『葛布』という工芸品があるそうだ。
根の表面は砕けているのだが、その断面を確認してみると、全然砕きが足りないようだ。
これでは僅かに含まれているはずのデンプンも、なかなか絞り出せないだろう。さて、どうしようかな。
力いっぱい叩きまくっても、人力ではここまでが限界だった。
丈夫なミキサーが壊れそうになる
かくなる上は、機械に頼るしかないだろう。とはいっても、普通のミキサーでこれを砕こうとすれば、一瞬で壊れることが予想される。
だがこんなこともあろうかと、我が家にはアメリカ製の丈夫なミキサーがあるのだ。確か6万円くらいした高級品である。
バイタミックスと並んで丈夫なミキサー、ブレンドテック。
鶏ガラくらいなら難なく砕けるパワーなので、きっとクズの根もいけるだろうと、水と一緒に入れてスイッチオン。
ガガガガっとすごい音がしたかと思うと、すぐにモーターの回転は止まって、みたことのないエラーメッセージが表示された。やっぱりダメか。
でました、「OVERLOAD」。
状態を確認してみると、どうやら繊維がブレード部分に絡みついて、モーターへの負荷が掛かり過ぎたらしい。
これで諦めればいいのだろうけれど、繊維が短ければいけるのではと、根を包丁で短く切ってから、少しずつ砕いてみることにした。
そして~輝~くオーバーロード(ウルトラソウル風に)!ヘイ! じゃない。
またでました、「OVERLOAD」第二章。
こうして地獄のオーバーロードを何度か表示させつつも、そのたびに絡みついた繊維を取り除き、どうにかすべてを砕くことに成功。
絶対に真似をしてはいけない方法によって、得る必要のない達成感を手に入れることができた。ハイリスク、ローリターンもいいとこだが。
なんだかものすごい泡立ち。サポニンという成分が含まれているそうです。
なにはともあれ、ようやく一段落である。これで力仕事は終了だと直径38センチあるボールを持ち上げようとしたその瞬間、腰にピキーンと衝撃が走った。
なるほど、これがぎっくり腰というやつか。
クズの根を揉んでデンプンを絞り出す
慣れない穴掘りやクズの根砕きの疲労が、気を抜いた瞬間に爆発したのだろう。そのまま近くにあったソファーに倒れ込んで作業中断。
しばらくしてどうにか起き上がると、カプチーノみたいな泡は消えて、ブラックコーヒーのような液体がボールに入っていた。なかなか絶望的な色である。
試しにちょっとなめてみたら、過去最高のアクを感じた。舌がいつまでもザラザラするほどに。大丈夫なのか、これ。
ヨボヨボしながらも、なんとか台所の流しへと運んだ。
続いての作業は、砕いた根からデンプンを絞り出す作業である。腰がピキピキいっているので、体幹の力には頼らず、握力だけで揉みほぐす。
すると根から白っぽい液がにじみ出てきた。これってデンプンではないだろうか。絶望続きからようやく訪れた期待感に腰の痛みを一瞬だけ忘れた。
クズの根を揉んでいる場合ではなく、整体にでもいって腰を揉んでもらうべきなのだろうけど。洗濯ネットに入れて絞るといいかもね。
繊維を絞り終えると、ちょっと白っぽくなった。きっとデンプンが溶けだしたのだ。
デンプンらしきものが溜まっていた!
翌日になってボールを覗いてみると、また真っ黒に戻っていた。
少しは落ち着いた腰をいたわりながら、そっとボールを傾けて、上澄みの黒い水を捨ててみる。
ここから白いデンプンがとれるとは思えないぞ。
水が半分くらいになってボールの底が見えてくると、なんとデンプンらしき白い物質が沈殿しているではないか。
信じていたよ、クズ!
ボールの底に沈殿物が!
これってデンプン?
おおお、デンプンっぽい!
何度も水を替えて精製する
ようやく葛粉採取へ向かう成功の道が見えてきた。腰は痛いが我慢できるレベルに落ち着いてきた。
このままでは不純物が多すぎるので、これをまた水で溶いて、茶漉しでカスを取り除く。
結構な量のカスがとれた。
ここから先は、水を加えて撹拌して、上澄みの茶色い水を捨てていく作業の繰り返し。
朝と晩、欠かさず行うこと6日間。手作業ではほぼ限界と思えるレベルまで、デンプンを精製することに成功した。これ以上やると、デンプンの量が減りそうなのでこれにて終了。
ちなみにこの腰で水を入れた大きなボールを動かせる訳もなく、ずっと流しの横に置きっぱなしにしていた。邪魔もいいところである。
水替え3度目でこれくらいの精製度。まだまだ不純物だらけ。
10回以上繰り返して、ようやくここまで透明になってくれた。
干したら葛粉になった!
精製を終えたら、今度は乾燥させて粉にする作業である。上澄みをギリギリまで捨てて、ボールのままベランダで天日干しをする。
多少の不純物が残っているが、それも天然葛粉の風味ということで諦めた。
冬の弱い日差しで乾燥してくれるのか不安だったが、意外と2日も掛からずカラッカラに乾いてくれた。
まるで乾いた絵具のようである。
絵具のパレットでよくみる状態。
ボールをカンカンと軽く叩いて葛粉を割って状態を確認してみると、「生クリームの下にはチョコを練り込んだスポンジケーキ」みたいなっていた。おしゃれスウィーツか。
うまそうではあるが、うっすらと失敗だ。
まさか下側に不純物が溜まっているとは。
そうか、デンプンよりも重い(あるいは沈殿の早い)不純物が含まれていて、それは上澄みを捨てる方法だけでは除去できないのか。
となると、また水によく溶いてコーヒーフィルターなどで濾せばいいのだろうか。いやもう大丈夫だ。というか飽きた。
多少の雑味があってこそ手作りの味ということで、これで葛粉の完成とさせていただこう。
器の重さを抜いて僅か29グラム。あの根に含まれている葛粉は4%以下なのか。そりゃ高級品だよね。
ヨウ素デンプン反応の実験をしてみようか
ところでこの白い粉、本当にクズに含まれていたデンプン=葛粉なのだろうか。デンプンであると信じてはいるが、状況証拠だけでは信用するには心細い。
そこで小学生の頃にやったヨウ素デンプン反応の実験をしてみることにした。ヨウ素が含まれているイソジンを垂らして、青紫色に変色したらデンプンで確定だ。
理科の先生でもあるライターの加藤まさゆきさんに、イソジンを使うといいと教えてもらった。
せっかく集めた白い粉を染めるのはもったいないので、ボールに残った僅かな粉で実験をする。
ピュッとイソジンを垂らすと、すぐに白かった部分が濃く染まった!
色が変わった!
さらに水でイソジンを流すと、そこには青紫に染まったデンプンがクッキリと!
これぞ動かぬ証拠である。
間違いない、この白い粉はデンプンですね。
これはデンプンであると確信していたので、正直やらなくてもよい実験だったのだが、こうしてハッキリと結果として出てくれると気持ちが良い。
白い粉はデンプンという平和な結果ながら、なんだか鑑識になった気分が味わえた。
そういえば葛餅が作りたいんだった
それなりにきれいな葛粉がとれてすっかり満足してしまい、そのまま冷蔵庫に放置していたところで、クズ掘りをしたメンバーからお呼び出しが掛かった。
せっかくなので各自が精製した葛粉を持ち寄って、食べてみようじゃないかという話だ。
そうだ、この白い粉はあくまで過程であり、私の目的は葛餅だったのだ。
そんな訳で持ち寄られた葛粉。
葛粉を精製した人、残念ながら失敗した人、そもそも根を持ち帰らなかった人、様々な立場の人が集まったところで、葛餅作りのエンディングへと向かって動き出した。
葛餅は簡単にできる
葛餅は何度か作ったことがあるけれど、その作り方はとても簡単である。
粉の重さの5倍の水で溶き、それを弱火で加熱して、ゲル状になったら冷ますだけだ。
私の持ってきた葛粉を水で溶いて、沈殿していたカスを残して鍋へと入れる。
底からかき混ぜつつ、弱火で加熱していく。
コツというほどではないけれど、鍋の底からしっかりとかき混ぜることが肝心だ。
デンプンは加熱されたところから半透明になって固まってくるので、ヘラなどをグイグイと鍋底に押し当てながら、手を止めることなく混ぜ続けると成功する。
なんだか加熱によってゴボウっぽい香りが漂ってきたが、大丈夫だろうか。
だんだんとゲル状になってきた。
かき混ぜる手ごたえが、どんどん変わっていくのがおもしろい。
別にわざわざクズの根から精製する必要は一切ないので(それをいったら今までの作業の否定となるが)、家にある片栗粉とかで作ってみるといいと思う。
全体が透き通ってきたら加熱終了。
前に市販の本葛粉で作った時よりも、だいぶ濁った色にはなったが、ちゃんとゲル状に固まってくれた。
これを適当な容器に移し、氷水へと入れて冷やす。加熱によって固まったデンプンは、もう水に溶けださないのだ。
氷水に入れて冷やす。溶けそうで溶けない。
しばらくして取り出せば、ほら葛餅の完成だ。
100%手作りの葛餅をいただく
さっそく出来立ての葛餅をいただこう。まずは素材そのものの味を楽しむべく、なにもつけずに口へと運ぶ。
砂糖などは入れていないが、ほのかに甘みを感じる、ネッチョリとしたゴボウゼリーという味がする。これはこれでうまいかも。
風邪を引いたときに飲む葛根湯っぽい味わいを遠くで感じる。そういえば葛根湯ってクズの根が入っているもんねと納得。
葛粉に含まれている不純物が、味と歯触りにそのまま影響しているようだ。。
そのまま食べて、ああだこうだいってもしょうがない。葛餅といえば、きな粉と黒蜜である。
白身魚の刺身に醤油とワサビをつけるが如く、付き物である2つを掛けていただくと、ちゃんと葛餅の味がした。うまい、これは大成功といっていいだろう。
ものすごい苦労の末にたどり着いた葛餅である。
葛餅の味がしたというよりも、滑らかな食感と心地良い冷たさがあり、そこにきな粉と黒蜜の味がうまいこと乗っているというのが正確なところだろうか。デンプン自体に味はほぼないのだ。
ただ、そこに自家製の葛餅らしい雑味が隠し味のように感じられる。その味わいを作った本人だからこそプラス要素としてとらえることができ、とてもおいしい葛餅となったといえよう。これぞ自家製の醍醐味である。
葛餅作り、もちろん葛粉を買った方が早い。あるいは葛餅を買えばもっと早い。そして腰を痛める心配がない。
クズの根を掘るところからやる行為は、苦労の割に得るものがあまりにも少ないけれど、年に一回くらいならまたやってもいいかなという気がしている。
あわせて作った葛湯は、飲める泥水という感じで独特でした。クズ掘りで冷えた体に最適(ただし飲めるのは1週間後)