特集 2016年1月21日

革靴の丸洗い法を自分で見つけた人の話

雨染みがひどかった靴が、ご覧のとおり。しかもたったの1,020円(税込)で!
雨染みがひどかった靴が、ご覧のとおり。しかもたったの1,020円(税込)で!
散歩していたら、「靴丸洗いします」と張り紙がされたお店を見つけた。なんと、革靴もいけるようだ。

値段が安かったら試してみようかな、とお店をのぞいてみた所、めちゃくちゃ安い上に足の悩み相談なんかも聞いてくれるような、気のよさそうな店主が登場。

そこで、靴丸洗いってどうやってやるものなんですか? と素朴な疑問を投げかけたところ、 「うちはオリジナルなんだよね。他の店のやり方は知らない」と意外な返答。

え、それって凄くない?!
東京葛飾生まれ。江戸っ子ぽいとよく言われますが、新潟と茨城のハーフです。
好きなものは犬と酸っぱいもの全般。そこらへんの人にすぐに話しかけてしまう癖がある。上野・浅草が庭。(動画インタビュー)

前の記事:運動嫌いと時速240キロのバッティングセンターにいく

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まちの靴丸洗い屋さん

そのお店はJR御徒町駅から6分くらいの住宅街にある。あまり人通りもなく、目立つ感じはない。

ただ、よくよく注目してみると、つい試したくなる写真が貼ってあった。
住宅街のあまり目立たない場所にある。
住宅街のあまり目立たない場所にある。
目にとまった写真。スニーカーはわかるけど、革靴もいけるのか!
目にとまった写真。スニーカーはわかるけど、革靴もいけるのか!
後で調べて知ったことだけど、今や靴のクリーニングは珍しくなくて、ふつうの服用クリーニング屋さんや、靴のリペア屋さんで受け付けてくれるところがある。

私は靴は限界まで履きつぶしてから捨てるタイプだったので、そんな情報は知らなかった。

そして最近、もう限界だと叫びだした靴が出てきて捨てようとしたところ、あの貼り紙を思い出した。
どうせ捨てるなら試しにやってみようか。
もともと古くなっていたのだけど、遠方に行ったさい2日間雨の中歩いたらこんなことに。捨てるしかない、と思った。
もともと古くなっていたのだけど、遠方に行ったさい2日間雨の中歩いたらこんなことに。捨てるしかない、と思った。
で、この汚い靴をもって訪問。

ここまで汚くなったらダメだよと断られると思ったけど、「はいはい。一週間後取りに来てね」と汚さにリアクションもなく、ひきとってくれた。

しかも想像していたよりも凄く安い。このパンプスで税込み1,020円。他のお店の約1/3の値段である。

「ほかの店のやり方は知らない」

ライトな対応を見せてくれた店主。

なにか質問しても答えてくれそうだと思い、冒頭に書いたように「靴のクリーニングってどうやるものなんですか」と聞くと「他の店はどうだろうね、うちはオリジナルなんだよね」と予想外な返答がきた。
店主の平実(たいらみのる)さん。浅草出身の江戸っ子だ。改めてお話を聞かせてもらった。
店主の平実(たいらみのる)さん。浅草出身の江戸っ子だ。改めてお話を聞かせてもらった。
そんな事ってあるのか。

ふつうそういう技術は、例えばクリーニングの会社とか、革専門店とかで研究し、洗剤を開発して、なにかスタンダードな洗い方とか機材があるものなんじゃないのか。
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靴のクリーニング、もしかしたらここが日本初?

平さんが靴丸洗いを始めたのは1999年頃で49歳のとき。会社員をやめ、何か新しいことをやってやろうと思い、始めた。当時は靴のクリーニングなんて他では聞いたことが無かったそうだ。

(取材後、有名どころらしき靴クリーニング屋さんに3社問合せてみたところ、最長で10年位前からのスタート。平さんがいかに早く靴丸洗いに取り組んだかが分かる。)

やり方はとにかく自分で探し求めた

思いついたきっかけは、前職のアパレルの営業時代に「服のクリーニングはあるのに、なんで靴のクリーニングは無いのだろう? あんなに汚れて不清潔なのに、みんな洗わないよな」とずっと疑問だったから。

それならば自分でやってみよう、と、固形の石鹸から液体・粉状など、あらゆる洗剤を買ってきては自分の靴を犠牲にして試してみたという。
奥には洗い場がふたつあった。全て手作業。服のクリーニングと同じように機械にまわしてしまう店があるらしいが、靴が傷だらけになってしまうので絶対NG。
奥には洗い場がふたつあった。全て手作業。服のクリーニングと同じように機械にまわしてしまう店があるらしいが、靴が傷だらけになってしまうので絶対NG。
しかしどんな洗剤もダメ。調合もしてみたけどダメ。日本の洗剤はどれもアルコールが入っていて、蒸発する時の勢いでヒビが入ってしまう。また、靴が乾いていく際に革が縮んでしまい、安物となると底がはずれてしまうことも。

あと、ものによっては普通の洗剤だと色落ちしちゃうものもある。(※現在は革の靴用洗剤があるようなので、それを使えばマシかもしれない。)

アメリカからの電話が糸口に

そんなあるとき、学生時代の友人からいきなり電話がかかってきた。アメリカからだ。

その友人が、アメリカの軍隊で使われている洗剤(正確には溶剤)が凄いから日本で売りたいので誰か協力してくれる人がいないか、と話をもちかけてきた。
電話をもらったときのイメージ。ではなく、たまたまお客からかかってきた。
電話をもらったときのイメージ。ではなく、たまたまお客からかかってきた。

戦車のキャタピラを洗うのと一緒の溶剤

協力できるツテは無く断ったそうだが、よくよく聞いてみると、それは戦闘機のフロントガラスや戦車のキャタピラなどの洗浄に使われているという。

グリースだろうがどんなにドロドロの油だろうが分解するというのだ。洗剤探しに苦戦していた平さんはモノは試し、とそのサンプルをもらい、うすめて靴を洗ってみた。

すると汚れがよく落ちる上にどんな素材でも壊れない! 正直最初は胡散臭く思っていたそうだが、やってみてその洗浄力とダメージの無さにうなった。
溶剤を触らせてもらう。人体に影響はなく、サラサラしていて水のようだ。手あれもなし。
溶剤を触らせてもらう。人体に影響はなく、サラサラしていて水のようだ。手あれもなし。
溶剤は少しの植物オイルが入っており、あとはほぼ水。誤って口に入れたとしても人体に影響がないそう。

では水と何が違うのかといえば、水をイオン分解して、pH値を高めたものなのだとか。なんだかよくわからないけど、「水じゃないなにかに変化した水」、なのである。

ちなみにアメリカの陸海空軍のお墨付き。日本でも検査に出したところ良質の洗剤(溶剤)と判定をもらえたそうだ。
ヒートアップする平さん。
ヒートアップする平さん。
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汚染された鳥達をも救った溶剤

余談になるがその溶剤、その後どうなったかというと、今ではなんと日本の公共機関で広く使われているらしい。

ある時ロシア船が日本海に重油を流出した事故がおこり、多くの渡り鳥が汚染されたことがあった。ボランティアの人たちが一生懸命羽を洗うがなかなかきれいに落ちない。そこでこの溶剤が役に立ち、公共機関に注目を浴びるきっかけとなったそうなのだ。

それと同じ溶剤を、このお店では靴の洗浄に使っているのだ。ほんとかよー、と疑いたくなるような話である。万能すぎでしょ!

ということは、その溶剤さえあれば誰でも丸洗いできるのか…

その溶剤、すごく気になる。。
しかし、ちょっと見せてはくれたもののさすがに撮影許可は出なかった。企業秘密である。
洗ったあと、あらかた乾かしたらオゾン乾燥機へ。ブーツ用も数台おいてあった。
洗ったあと、あらかた乾かしたらオゾン乾燥機へ。ブーツ用も数台おいてあった。
特殊な溶剤で靴を洗った後は、オゾン乾燥機へ。殺菌してカラッと乾かしてくれるそうだ。「雨で濡れちゃった」と乾燥だけお願いしにくるお客さんもいるのだとか。
靴だけでなくカバンも対応!
靴だけでなくカバンも対応!
丸洗いの依頼は、持ち込みのほか、大きいデパートの靴売り場やリペア屋さんから依頼がきたり、チェーン展開している服のクリーニング屋さんから一気に引き受けたりしているそうだ。

ちなみに持ち込み価格がやたら安いのは、自分が全てやるので人件費がかからないから。

他にも、靴の底の金具が見えてきちゃったから直して、とか、靴が脱げやすいからバンドつけて、という要望にもこたえてくれる。

靴の丸洗いだけじゃなく、リペアもできる店だったのだ。
丸洗いだけでなく、靴の手入れもやってくれる。これは靴の底を削る機械。
丸洗いだけでなく、靴の手入れもやってくれる。これは靴の底を削る機械。
これは革靴を縫製するミシン。
これは革靴を縫製するミシン。
かかとのゴムの付け替えも対応。
かかとのゴムの付け替えも対応。

実はトータルフットケア屋さん

それだけではない。平さんは丸洗い技術を見つけるのと同時に、フットケア先進国であるドイツの専門学校に行き来し、資格を4つもとってきている。

資格の内容はざっくり言えば足の病気の処置について全般。当時(1999年)はタコとりや巻爪や外反母趾の処置をメス無しでする所はほとんど無かったそうだ。
よく見たらドアに色々書かれてた。
よく見たらドアに色々書かれてた。
店をかまえた当初はTVや雑誌にとりあげられたこともあるが「何やってるんだか分からない、イカサマじゃないの」と言う人もいたという。なんせ他にやってる人がいない時代なのだ。

今でこそフットケア技術協会があるけれど、平さんが日本でやりはじめた後にできたもの。靴丸洗いだけでなく、日本のフットケアについても最先端を行く人物だった。
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平さんが日本とドイツを行き来しながら必死でとった資格。先生はドイツ語で話し、各国からきた生徒たちはヘッドフォンの翻訳を聞きながら勉強したのだとか。
平さんが日本とドイツを行き来しながら必死でとった資格。先生はドイツ語で話し、各国からきた生徒たちはヘッドフォンの翻訳を聞きながら勉強したのだとか。
巻爪の処置は、歯の矯正器具と同じバネを使う。今ではスタンダードかもしれないが、当時は医者も知らなかった。
巻爪の処置は、歯の矯正器具と同じバネを使う。今ではスタンダードかもしれないが、当時は医者も知らなかった。
高いヒールを履き続けたりするとなってしまう外反母趾。その人にあったシリコンをつくり親指と人差し指に入れて矯正。
高いヒールを履き続けたりするとなってしまう外反母趾。その人にあったシリコンをつくり親指と人差し指に入れて矯正。
靴を広げる機械もあるので、買ってきた靴を外反母趾の人用の型にもできる。
靴を広げる機械もあるので、買ってきた靴を外反母趾の人用の型にもできる。
足の型をとって、オリジナルインソールも作れる。偏平足の人や、甲高すぎる人はこれを作るだけで足の負担が減る。アメリカ人がよく作りに訪れるそうだ。
足の型をとって、オリジナルインソールも作れる。偏平足の人や、甲高すぎる人はこれを作るだけで足の負担が減る。アメリカ人がよく作りに訪れるそうだ。
歯医者とほぼおなじ器具でタコとりやかかとのガサガサ処置やマッサージもおこなう。足のことならなんでも相談に乗ってくれそう。
歯医者とほぼおなじ器具でタコとりやかかとのガサガサ処置やマッサージもおこなう。足のことならなんでも相談に乗ってくれそう。
皆に意外と知られていないのが、「爪の中にできる水虫」。黄色に変色したり爪が分厚くなったら水虫が爪の中に入り込んでいるかもしれない。病院で薬をもらっても塗り方は平さんのような専門家に聞かないと効果が出ないそう。
皆に意外と知られていないのが、「爪の中にできる水虫」。黄色に変色したり爪が分厚くなったら水虫が爪の中に入り込んでいるかもしれない。病院で薬をもらっても塗り方は平さんのような専門家に聞かないと効果が出ないそう。
他にも、長いこと糖尿病にかかり足の裏の感覚がなくなった患者さんのために、提携の病院に診察しにいったりもしている。

職人であり医者のよう

靴丸洗いのアイデアから始まり、リペアの職人、ついにはお医者さんに近い処置までこなす。今やそれぞれやる人はいるだろうけど、全部やっちゃう所は他にまだないでしょ、と誇らしげだった。

確かに、足の悩みと同時に靴の状態も見てくれるなんてありがたいよなあ。けっきょく靴の履き方やメンテナンスがフットケアに大きく関わっているのだから。

それにしても、丸洗い技術を自分で見つけちゃったり、49歳で言葉の通じないドイツに勉強に行っちゃったり。年齢関係なく新しい事を求める勢いある話は、聞いててとても痛快だった。
戻ってきた靴と比較。摩擦で擦り切れている所はどうしようもないけど、それ以外はだいぶ綺麗になった。形も整ってるぞ。すごい!
戻ってきた靴と比較。摩擦で擦り切れている所はどうしようもないけど、それ以外はだいぶ綺麗になった。形も整ってるぞ。すごい!

営業でゼロから年商45億までにした男

平さんのアパレル営業時代の話も面白かった。一人で日本中を飛び込み営業し、ゼロから年商45億稼げるところまでもっていったそうだ。(ちなみに誰もが知る高級ブランド。)

経営者とめざす方向が違いアパレルはもういいやと決別したのが40歳。そのあと、実は友人と会社をやって潰したこともあるそうだが「しんどいと思ったことはない。なんとかなるもんだ」と笑っていた。

靴の丸洗いに関してちょっと聞こうと思っただけなのに、平さんの挑戦的な人生を一通り聞くことになってしまった。最後は靴や足とは全く関係ない仕事のアドバイスをもらって帰った。色んな悩みをリペアしてくれそうな、面白いお店だった。
丁寧な対応をしてくれた平さん。営業時代の写真を見たら人相が違いすぎて笑った。
丁寧な対応をしてくれた平さん。営業時代の写真を見たら人相が違いすぎて笑った。

取材協力:

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