クビになった会社の前で10種のパンを食べ比べ
クビになった日のことは
こちらに書いてある。悲しい話だ。
今はデイリーポータルZ編集部でアルバイトとして元気にやっているが、この事件のせいで自分の名前で検索すると「藤原浩一 クビ」と出るようになってしまった(書いたのは自分だが)。
自分はもうすっかり立ち直ったとはいえ、もやもやが残る部分もある。今回の再訪でおいしいパンの記憶を上書きし、悲しい過去を断ち切りたい。
クビになった日に撮影した記念写真
地元のパン屋でパンを10種買い込み、さっそく電車に乗っておよそ3年ぶりにクビになった会社に向かう。
せっかくなので、当時来ていたスーツとかばんも着用してきた。私服だと心が負けてしまうかもしれないという考えもあった。スーツは一種の精神的鎧になるだろう。
このときはわりと気楽
会社に近づくとちょっと緊張する。(ちなみにどこの会社かわからないように、画像にぼかしを入れている。「これくらいかな、いやもっと……」と、ぼかしているうちにほぼ合成みたくなってしまった。)
電車の中では、パンの袋から香ばしい匂いがして「まるでピクニックのよう」と考えるくらい気楽だったが、いざ会社を見るとそうもいられない。記憶のバケツをひっくりかえしたかのように、残念な日々が蘇ってくる。
それはともかく、パンの食べ比べである。この日は休みの日。一応職員がいないことを確認して、スタート。
潰れてしまった……
写真で見れば分かる通り、持ってくる途中で潰れてしまった。その様子に、どことなくこの会社で働いていたときの自分を重ねてしまい、最初に手にとった。
食べてみよう。
もうちょっと強さがほしい
形はいびつだが味は申し分ない。しかし、なんとなく甘みが遠く感じられる、クビになった会社を目の前にして感覚が抑制されてしまっているのだろうか。
ただ、それでもあんパンの優しい甘みは僕に元気を与えてくれる。その元気があったらもう少し働けただろうか。
わからない。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★★★☆☆
(ふつうに甘くて美味しいから)
2.揚げパン
続いて揚げパン。
個人的に食べる機会があまりないパンだ。小中学生のときに給食でたまに出ていたのが思い出されるくらいだ。食べるのは久しぶりである。
どんな味だったか
一口かじってみる。揚げパンには、なんとなくドーナツのようにすごく甘いような記憶があったが、食べてみるとそんなに甘くない。
こんなに砂糖がついているのに不思議だ。(このパン屋だけだろうか?)
甘くない…。それともやっぱり味覚が遠くなってしまっているのか?
甘くない、といえば会社に入ってまずいろいろ指導してくれた人(上司というべきかは謎)から言われたことを思い出す。
「この会社は甘くないぞ。付いて行っていい人間とそうでない人間がいるから、よく見極めるんだな」という、ドラマのようなセリフであった。
たしかに誰についていくべきか全然わからなかった。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★★☆☆☆
(おいしいけど砂糖がこぼれてスーツが汚れるから)
3.カレーパン
甘いパンが連続したので変化球で、次はカレーパン。カレーパンはパンの中でも好きな方だ。
油が紙袋にしみだしていて、けちなカレーパンではないなという予感がする。だがクビになった会社の前で食べるのにはどうだろうか。
油がしみている
油っこいのかなと思ったがそうでもなく、軽くサクサクしたパン生地としょっぱめのカレーがマッチしている。
そういえばお店では「店長こだわりのカレーパン」と書いてあった。さすがだ。
おいしい
カレーといえば、カレーが食べたくなるときは体が弱っているときだと聞いたことがある。嘘か真か知らないが、思い返せば毎日のようにカレーを食べていた。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★★☆☆☆
(おいしいけど昔をリアルに思い出すから)
4.くるみパン
カレーパンに引き続き、くるみパンも好きなパンのひとつである。ぼんやりした中の香ばしい味わいがいいと思う。
くるみパンは会社の側面の方に移動して、頂きます。
くるみパンももともと好きである
味自体はいつもどおり、好みだ。食べごたえもある。しかし、いつもよりなんだか食べづらいことに気がつく。
唾液があまりでないのだ。クビになった会社の前では口の中が乾く。こういう乾いた感じのするパンは、向いていないかもしれない。
はじめに食べたあんパンの甘みが少し遠く感じられたのも、唾液が少なかったからだろう。なにごともやってみると気づくことがあるものである。
もう背景は絵にしました。
気づく、と言えばクビになった会社では自己啓発&ビジネスセミナーみたいな内容のミーティングが毎週行われていたのだが、そこで気づいたことがあった。
ミーティングでは最後に全員に感想を求められるのだが、みんないい感想を考えるのが面倒らしく、よく観察するとだいたい3人くらい前の人が言ったことと同じことをローテーションしていたのだ。
変なことをいうと社長に理不尽に怒られるのでそうなるのもしかたないなと感じた。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★☆☆☆☆
(乾いた感じがするから)
5.ウインナーロール
次はウインナーロール。
ウインナーとチーズがタップリと入っており、シズル感が唾液を引き出してくれる。この企画、唾液が重要だということに気がつく。
しかしこれ、ウインナーが飛び出ている必要があるだろうか
一口食べてみると、事前の読み通りジューシーさが食を進ませる。肉の旨味に加え、パン生地の割合が他のパンと比べて少ないのも勝因といえよう。
それにしてもウインナーロールにはウインナーが飛び出ているのと、そうでないのがあるが、これは先が飛び出ているタイプである。
刺さったら痛いだろうなということを考えていた
先が飛び出ているといえば、会社の柵の上の「なんか痛そうなヤツ」はすごい尖っていた。当時、見るたびに「刺さったら痛いだろうな、死んじゃうだろうな…」と考えながら見ていたのだが、今見てみると確かに尖ってはいるが、常識の範囲内だった。
記憶というものは不正直なものである。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★★★☆☆
(しょっぱさとサイズ感がちょうどいい)
6. フランスパン
さらに場所を会社の裏側に移して、フランスパンに挑戦。
さすがにフランスパンをこれだけで食べるのはどうかなあと思ったのだが、一応確認のためにやってみる。
大物
食べてみるとこれは塩味が効いていて一本でもイケそう! もぐもぐしていると唾液が結構出てくるのも好感触だ。
…と思ったのだが、この大きさである。冷静になるとやっぱり一本はやはりキツい(言ったそばから話が覆ってごめんなさい)。
パンも食べる場所によっては新しい変態という趣がある
言ったそば…というか「そば」といえば、クビになった会社のすぐそばにはラブホテルがある。会社の裏、つまり今フランスパンを食べている場所がそうだ。
思い起こすのはある日会社のみんなでラブホテルの前を通ったときのことである。
ある男性社員が女性社員に向かって「ほら、きれいな噴水があるよ(ホテルの前には噴水がある)。ちょっと見てみようよ!」と言い、ホテルの方に押し込む、という冗談をやっていた。二人の関係性はしらないが、ファンキーだなと思った。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★★☆☆☆
(やっぱりこれだけだと味気ない)
7. ミルクフランス
続いてこちら。ミルクフランス。
フランスパンをかじっていて気がついたのだが、クビになった会社の前だと唾液は出づらいものの、よく噛んで食べるとかろうじて口の中は潤ってくる。
フランスパン系は噛む回数が自然に増える、よってミルクフランスへの期待も高まる。
甘いパンだが、クリームは味方するか
これはなかなかいい。
予測通り、噛んでいるうちに甘みが増してきた。といってもミルククリームはただ甘いなのだけでなく、甘みの中に奥行きというかディテールが感じられる。
まだあるな、おれが作った看板
ディテールといえば、この会社の裏にある看板は(なぜか)ぼくが手作業で作ったものなので、そのディテールには並々ならない思いがある。
看板を頑張って作っていたら、社員がみんな集まるミーティングで社長から金一封(1000円)をもらい、みんなからは拍手されるというイベントが発生したりもしたが、後にクビを宣告される際「君が頑張るところはもっと違うところだった」と言われたなどの出来事を思い出す。
泣きそうだ。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★★★★☆
(甘いパンが好きならコレ)
8. メロンパン
メロンパンも人気のあるパンの1つである。
だが唾液の出づらいこの状況、どこまで戦えるだろうか。半分に割って真ん中から一口いただく。
見た目はふつうにおいしそう
メロンパン自体はしっとりしていて、たぶん美味しいのだと思う。しかし唾液が全然でてこなくて困った。甘みも遠い。やはりこの状況だとつらいようだ。
終わりも近いが、一旦缶コーヒーを飲みながら休憩することにした。
のどがかわいたので珈琲を飲もうとしたら、全然趣味じゃない味のものを買ってしまったところ
休憩と言えば、クビになった会社で休憩時間にスマホを見ていたら金正日が死んだというニュースが飛び込んできたときのことが記憶に残っている。これはビッグニュースだと思って、近くにいた同じくらいに入社した若い同僚に「死んだらしいですよ」伝えてみた。「へー」とのことであった。
一大事ではあるのだが、聞かされてもたしかに「へー」としか言いようがない話題だったかもしれない。自分の話題のチョイスの悪さに先が思いやられた(ただし先は1ヶ月ちょっとしかない。)
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★☆☆☆☆
(口の中の水分が奪われる一方だから)
9. 明太フランス
明太フランスだ。噛むと唾液がでるのでフランスパン系は期待が持てる。
ソースのはみ出しかたがいやらしい
一口かじる。明太子はピリッと辛く、パンチが効いている。
この悲しい場所にいると、いささか味覚(と気持ち)が遠くに行ってしまいそうになるのだが、明太フランスの燃えるような辛さはそれを取り戻させる。
関係ないけど会社の柵を眺めていたら、厄除けのお守りがぶら下がっていて、その意味を考えてしまった。
燃えるような辛さといえば、クビになった後マインクラフトというブロック素材を組み上げるゲームで会社のビルを完璧に再現し、それたいまつで燃やすという遊びをしていた。
むなしかった。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★★★★★
(辛さが気合につながる)
10.食パン
最後はこちら。パンを語る上で絶対に欠かせない食パン。
いよいよ食パン。
食べてみると、味や食べごたえうんぬんよりも、これを食べたら終わりだ、という気持ちがなによりも上回っていた。はい、食パンは食パンでした! これで帰れる!
はやくこれ食べて、ゴールデンウイークは温泉でも行きたいなと考えていた
帰るといえば、クビになった会社には手書きの出勤簿があり、それを見ると毎日全員が同時刻に出社、同時刻に退社しているということになっていた(一応自分で書くんだけど)。
ぼくは自分で何時に出社して何時に退社したかメモっていたが、いざクビになるとどうでもよくなり、むしろ関わり合いになりたくないという思いしかなかった。
クビになった会社の前で食べるのに向いてる度
★☆☆☆☆
(道の真中で食パン抱えて食べてたら変な人だと思われそうだから)
ということでベスト10をまとめると以下のようになる。
クビになった会社の前で食べるのに向いてるパン ベスト10
1位 明太フランス
2位 ミルクフランス
3位 ウインナーロール
4位 あんパン
5位 フランスパン
6位 揚げパン
7位 カレーパン
8位 メロンパン
9位 食パン
10位 くるみパン
(ただし体調とか思い出によって前後します)
クビになった会社の前で食べるパンは、唾液が足りない状態でも食べられることが何より大切だ。また味覚(現実感)が遠のいた感じがするので、味にパンチの効いたものがいいと思う。
参考になるだろうか。
3年じゃダメでした
撮影の翌日、息が苦しくて早朝5時に目が覚めた。たぶんクビになった会社の夢を見ていたのだろう。
「おいしいパンで過去は断ち切れるか」というテーマについては、私のケースでは失敗だった。3年では早すぎたようだ。
もしやる方がいらっしゃるなら、くれぐれもタイミングに気をつけてほしい。