特集 2014年2月25日

野鯉の臭みを克服しようと思ったらそもそも臭くなかった

「野生の鯉は臭くてそのままじゃ食えない」ってよく言うじゃない?
「野生の鯉は臭くてそのままじゃ食えない」ってよく言うじゃない?
実を言うとこの記事は本来、野鯉の臭みを乗り越えるための時短レシピというタイトルで掲載されるはずだった。

一般に野生の鯉というのはよほどきれいな川でもない限り、しばらく清浄な水の中で泥吐きをさせないと臭くて食べられないと言われる。しかもその期間が10日とも2週間ともいわれるからなかなかたいしたスローフードである。だが、鯉はあちこちの川や池で手に入るごく身近な食材でもある。泥吐きの過程をすっ飛ばして調理時の工夫で臭いを消すことができれば、それは素敵で意義ある発見ではないか。さあ、実験しよう。そして本サイトを通じて多くの読者にその発見を知らしめようではないか。

と、張り切っていたのだが、予想外の展開を迎えてしまった。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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> 個人サイト 平坂寛のフィールドノート

冬でも安定して獲れる気の利く魚、それが鯉。

誠に恐縮だが、いきなり身の上話を始めさせてもらいたい。現在、僕は締め切りという野獣に尻を噛まれた状態でこの原稿に取り掛かっている。
このデイリーポータルZというサイト、各ライターが好きなことを好きなように書いていると思われがちであるが、いや実際おおよそその通りなのだが、驚いたことにちゃんと原稿の締め切り日というものが存在しているのである。いずれのライターも締め切り日が近づいてくると必死でアイディアを絞り、ちょっと引くくらいの行動力を発揮し、見事に記事を形にしていくのだ。
冬の山は緑も減り、虫の姿も無い
冬の山は緑も減り、虫の姿も無い
僕は担当する記事を生物関係のネタに限定しているので、締め切りに追われると野山や海原を見渡して面白い生き物を探すわけである。
しかし必然、今日のような冬の日に姿を見せてくれる生き物は極端に少ない。みんな寒さに凍えて人目につかない場所でじっとしているのだ。これではネタにありつけず、記事を執筆できない。まさに今回、締め切りの1日前までそんな窮地に陥っていた。
海も寂しくなる。特に沿岸部にはもう珍しい生き物や大きな魚がほとんどいない。
海も寂しくなる。特に沿岸部にはもう珍しい生き物や大きな魚がほとんどいない。
冬でも暖かい沖縄へ足を伸ばしたり、外界と隔てられた深海の動物を狙うことができれば話は違ってくるのだが、それも費用や時間の面を考えるとそう簡単ではない。

ギリギリまで思案した末に閃いたのが、冒頭で述べた野鯉の時短レシピという企画である。鯉なら真冬でも近所で捕まえられる。不味いものを美味しく食べたいという明確な目標があればやりがいも出る。
そうだ。鯉なら冬でも獲れるぞ!
そうだ。鯉なら冬でも獲れるぞ!
これで何とか落稿の窮地を乗り切った。って思ってた。
汚水などは流れ込んでいないが、決して清流とも呼べない街中の川へ。
汚水などは流れ込んでいないが、決して清流とも呼べない街中の川へ。
近所の細い川へ行ってみると、数は多くないものの、そこそこ立派な野鯉が泳いでいる。さすが鯉さん。期待を裏切らない。だが、かなりテンションが低く、餌を摂るわけでもなくのろのろと泳いでいる。鯉といえど多少は寒さに参っているようだ。
よかった!いた!
よかった!いた!
暖かければ、ザリガニやパンを餌にして簡単に釣れるのだが、冬場は食欲があまりないようで、釣りで仕留めるのはちょっと難しい。ならばどうやって捕らえるか?
小細工不要、直接掬え!ちなみにこの1尾を捕まえるまでに5尾逃がした。
小細工不要、直接掬え!ちなみにこの1尾を捕まえるまでに5尾逃がした。
答えは簡単。特大のタモ網で掬ってやればいい。
当然、昼間は網を見るなり逃げられてしまうので、夜中に挑む。寒さも手伝ってか、鯉たちは暗くなると眠ったまま漂うようにふらふら泳いでいる。そこを静かに、けれど素早く掬い捕るのだ。コツを掴むまではなかなか難しいが、スリルがあってこれが結構楽しい。なんとか一尾捕まえたが、タモ網の中からはすでに魚らしい臭いがぷんぷんしている。うーん、これは消臭しがいがありそうだ。

すぐに下処理!全力で!

獲れた鯉は速やかに処理していく。臭みを全身に回さないためにはスタートダッシュが肝心なのだ。
すぐにシめて鰓を切り、バケツに放り込んでしっかり血を抜く。体内に残った血は生臭さの原因になるというからこれで少しは食べやすくなるのではないか。
血抜き。バケツに溜めた水が見る見るうちに染まる。
血抜き。バケツに溜めた水が見る見るうちに染まる。
続いて、鱗と体表のぬめりを包丁で削ぎ落とす。鯉は鱗が硬くて大きいが、ぬめりっぷりもたいしたものである。鯉が水揚げの瞬間から臭うのはこのぬめりに起因するところが大きいのだろう。徹底的に取り除いておかねば。
下処理は シメ→血抜き→鱗・ぬめり落とし→ワタ抜き→三枚おろし→皮剥ぎ の順。
下処理は シメ→血抜き→鱗・ぬめり落とし→ワタ抜き→三枚おろし→皮剥ぎ の順。
そのままの勢いで内臓も綺麗に取り去る。内臓はただ腹を割いて引きずり出せばいいというものでもなく、腹の中で傷つけないよう注意しなければならない。胆汁や消化中の餌が漏れ出して肉に付着すると臭いが染み付いたり変色してしまったりするからだ。少々神経を使うが、ちょっとでも臭みを軽減するためである。辛抱だ。
身はなかなか綺麗。見た目は少なくとも美味そうだ。
身はなかなか綺麗。見た目は少なくとも美味そうだ。
そして三枚おろしにしたら皮をひく。魚、特に川魚は皮の有無でずいぶん臭いが変わってくる。皮が美味しい川魚もたまにいるが、今回は臭いが大敵とされる鯉が相手だ。迷わず剥ぎとる。
川魚を調理する際、臭いが心配ならとりあえず皮を剥ごう。
川魚を調理する際、臭いが心配ならとりあえず皮を剥ごう。
牛乳、酒、レモン、香草、梅干し、お酢、ショウガ…。魚の臭い消しとして用いられる調味料や食材を片っ端から集めた。手当たり次第に振りかけ、漬け込み、徹底的に臭いを消し去ってやるぜ。この時点ではやる気満々だった。
牛乳、酒、レモン、香草、梅干し、お酢、ショウガ…。魚の臭い消しとして用いられる調味料や食材を片っ端から集めた。手当たり次第に振りかけ、漬け込み、徹底的に臭いを消し去ってやるぜ。この時点ではやる気満々だった。
ここまでやってようやく下ごしらえが終了である。
適当な大きさに分けた切り身へ、試しに恐る恐る鼻を近づけてみる。
よし!まったく泥臭くも生臭くもないぞ!
…あれ?まったく?
おかしいな。「きっと食欲も料理をする気も失せる臭いだろう」と予想していたのだが、思いのほかたいしたことない。というか普通の新鮮な魚の匂いだ。美味そう。
獲れたて!泥吐きや余計な味付け一切無し!天然野鯉のムニエル。
獲れたて!泥吐きや余計な味付け一切無し!天然野鯉のムニエル。
いやいや、そんなはずはない。これは獲れたて(悪い意味で)の鯉で、住んでいる川もごく普通の都市河川だったではないか。臭いに決まっている。

さて、とりあえず素のままで味見をしてみよう。ここは素材(野鯉)の持つ風味(臭み)をちゃんと味わえるよう、塩コショウのみで味付けするシンプルなムニエルなんかいいだろうな。調理法も粉をはたいて焼くのみだ。あえて牛乳に浸して臭みを抜く作業も省いた。ふはは。こんなに臭いムニエルもそう無かろう。俺よ、覚悟しろ。
美味いものを食べて「普通に美味い」とか「ヤバイ」と言う人がいますね。僕も今回ばかりは言ってしまいましたね。普通に美味くて原稿の展開がヤバイ。
美味いものを食べて「普通に美味い」とか「ヤバイ」と言う人がいますね。僕も今回ばかりは言ってしまいましたね。普通に美味くて原稿の展開がヤバイ。
臭くない。全然臭くない。
…これはマズいな。いや、決して不味くはない。むしろ美味しい。不味くないからマズいのだ。美味いからマズいのだ。
何の抵抗もなく噛める。味わえる。喉を通る。何皿でもいける。中華料理店のお高い鯉に一歩も引けを取らない味だ。これには驚いた。

いやいや、驚いている場合ではない。どういうわけか知らないが、何の処理をせずとも野鯉を美味しくいただけてしまったのだ。企画倒れである。

だが、もう新しい企画を考えて実行する時間は残っていない。
もっと淀んだ水場で、確実に臭そうな鯉を捕まえてきて企画を遂行しよう。そうするしかあるまい。

もっと!もっと臭い鯉を!

というわけで「できるだけ臭い鯉」を求め、冬の水辺を徘徊するはめになった。
他の川や池を見て回る。気持ちは焦る。何としても今日中に鯉を捕まえなければならないのだ。しかも臭いやつを。
きみは臭くあってくれ!
きみは臭くあってくれ!
別の川でもう一尾の鯉を捕まえた。なんとなく水も濁っている気がしたので、これは期待できる。
先ほどの川のものと同じく、捕らえたら素早く下処理を済ませ、やはりシンプルなムニエルに仕立てる。
さあ、今度はどうだ!臭いか!臭かろう!
最悪…。やっぱり美味い…。
最悪…。やっぱり美味い…。
はい。臭くないです。美味しいです。
僕の舌と鼻がおかしいのではないかと不安になり、家族にも味見してもらったがやはり「美味しいよ。全然臭くない。」との回答。
あー、完全に負けだ。というか勝負を始めることすらできなかった。

結論:獲ってすぐに正しく下処理をすれば、美味しく食べられる……こともあるようです

そもそも、鯉=臭い魚という決めつけからしていけなかった。鯉に限らずどんな魚も棲む環境によって食べている餌が変わり、それが味や臭いに強く影響する。「○○は臭くて不味い魚」などと一概には言えないのだ。そして、素人が川をちらっと覗いただけではその判断を正確に下すことはできないようだ。
当初の路線からはだいぶ脱線してしまったが、この記事で「野鯉も獲る場所によっては美味しく食べられる」ということは読者に伝えられただろう。それは十分に意義のあることではないか。そう思い込むことにする。
自然が相手だと何があるかわからないと改めて痛感した。ちなみに煮魚にしても美味い。
自然が相手だと何があるかわからないと改めて痛感した。ちなみに煮魚にしても美味い。
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