平日の夕方、今日もやっている
なんでこんなに入りにくいのか?
公園の屋根付きベンチ、木曜の午後16時ころに見に行くと、野良将棋サークルはやはりそこにいた。
よし、近づこう。今日は声をかけよう。「ほ~、将棋ですか。いいですな~」と調子よくいけば大丈夫だろう。植木等のような軽さだ。「僕ですか?姓は平、名は均、平均と書いてたいらひとしと‥‥」
そんな昭和の映画の一場面を思い出しながら身を固くして素通りしてしまった。
はい、ものすごく入りにくいんです。
全員がおじいちゃん、殺気立った空気、酒やタバコのダーティーさ、などなど言い訳を一つずつ考えながら帰り道へ。
みなさまそれではさようなら。大人になれないピーターパンでした。
翌日の同じころ、全く同じ光景がそこにあった(写真はちゃんとその日に撮っている)
タイムスリップしたかのようだ
金曜日の夕方、午後四時半くらい。またやっていた。あの場所だけ昨日から時間が止まっていたかのようだ。
いや、実際止まっていたのかもしれない。止まっていたとなると、また敷居は高くなるぞ、今度は人間関係以上に時空の問題となるのだからおじいちゃんよりNASAに相談だ。
行きたくない気持ちが思考をドライブさせる。
遠く離れた隣りのベンチでこれぞ躊躇な一枚
意を決して行く
あー、やだな。しかしこんなんじゃ大人になれんぞ、という思いもある。大人になんかならんぞ、という思いもある。
いやそもそもこれ大人なのか?これ老人じゃないのか?という思いもあるが、それは企画の根本をゆるがすのでやめにしよう。
よし、行こう。
近づいていって一番近くにいた声をかけた。
「すいません、これって将棋クラブみたいな集まりなんですか?」
「‥‥」思ったよりも壁は厚いぞ
沈黙が怖い
しかし誰も何も答えない。時がまた止まった。
他人の将棋を観覧してたおじいちゃんに言ったのだが、聞こえなかったのか?警戒してるのか?
今度は聞こえないとは言わせないぞとばかりに体を正面に向けて聞きなおしてみた。これって将棋クラブなんですか?
「いやあ?‥‥ちがうんじゃないですか?」
目を泳がせておじいちゃんが答えた。その後はまた将棋に目を向けて一切視線をそらさない。固い。おじいちゃんの壁が意外と固い。
静かな時間の流れに宇宙を見る
沈黙が怖い
また無言。時間が止まる。さあどうしようか。でもそうか、こっちも止まればいいのか。
そうか、こっちも無視すればいいのか(※写真は後日撮影)
まざったと言えるのではないか?
そうか、別にどかなければいいんだ。と、自分が止まってみた。静物になったつもりで将棋を見ている。
追い出されはしないが、居心地は悪い。この人はだれだろう?という空気でうぶ毛が逆立つ。
転校してきた小学生ってこんな感じなのかもしれない。
たしか僕は大人になるはずだったのだが、いつのまにか、おじいちゃんばかりの学級に来た転入生の気分でいた。
野良将棋軍団の中には、ハトにえさやってる無法者がいるのでやたらハトがいる
将棋の話しかしてない
中に入るとやっと周りが見えてきた。
まずほぼみんなおじいちゃん。少なくとも50代以降。 これは入りにくい。
賭けたりしてるのかと思ってたがどうもその様子は見られなかった。
お酒を飲んでる人もいる。たばこはあちらこちらでモクモクいっててこの感じは昭和っぽい。
おじいちゃんだらけなので、何かおもしろい話が飛び交ってないかなと思ってたが、ほぼ将棋の話しかしていない。
将棋以外のことで聞こえたのは「塩分高いと尿酸値に出ちゃうからさ」という塩と尿と酸の関係性についてくらいだった。
半数が勝負をしていて残りの半数は対戦を観戦している。ハトにエサをやってる者もいれば、この公園のネコおじさん(猫軍団が配下にいる)もここにいた。
見た目はダーティーだが、足元を見れば動物にエサをやっている‥‥そんな偉人のような心優しさがこの野良将棋にはある。
ミニ五郎と灰皿と化したヤクルト‥‥これが大人の部活だ
素人将棋でおもしろい
そして将棋の内容はそんなにうまくない。でも傍から見てるとおもしろい。
うまくないから仕留められないのだ。お互い仕留めきれず、シーソーゲームになる。女子バレーの方がラリーが続いておもしろい、という理屈と同じ感じで野良将棋はダイナミックでおもしろい。
そろそろ本格的にまざったと言えるのではないでしょうか
そしてついに声がかかる!
ダイナミックな詰め将棋が終わると観覧してたおじいちゃんに声がかかる。
「どうだい?次は?」「いやいやいや、私はいいよ。この人やりたそうだからやればいいよ」
ああ、おれだ!チャンスはすぐにめぐってきた。あまりにも簡単だ。黙って見てればよかったのだ。
これが私の「公園デビュー」となった(写真はまた別の日に)
ふつ~に将棋に熱中
ついに外で将棋を指す日が来た。
「何かまちがってたらすいません。ゲームでしかやったことないんですよ」
「でもそういう人多いよ、今女性も増えてんだからさ」
「へ~、女性が!女性ね!すごいですね」
5割くらい厚めにコミュニケーションをとろうとしてみたのだが、ここで終わった。女性が!とか言ってもただの変わった助平だった。
だが、一旦将棋が始まるとおどろくほど集中した。
なんで外でやってんだろと思ってたけど、なるほど、中も外も関係ないのか。野良でやっても楽しいわけだ。
終盤になると左右にぶれだすおじいちゃんの一手
勝利を確信したときに出る手のふるえ
序盤で大きく水をあけていたおじいさんだったが、終盤に入ると手がぶるぶるしてきて調子を崩した。
あの羽生さんも「勝ちが見えたとき手がぶるぶる震えた」と言ってたことがあった(テレビで見た記憶程度なので確証はない)。
この手のぶるぶるが将棋によるものなのか、はたして‥‥と考えてるうちに、やっぱりうまく詰ますことができずにいたおじいさんが自滅して終わった。
わーい。
勝った
永遠につづく天国の日々
これいつもやってるんですか?と聞くと、毎日大体二時頃からやってるという。土日も平日も。そうか、永遠なのか、これ。
この集まりも自然発生的に生まれて、それもかなり前からあるらしい。話を聞いたおじいちゃんはそもそもの始まりを知らないという。
翌日、混ざってる現場の写真を撮れなかったのでもう一度行ってきた。
近づいていくと「昨日、藤村さんに勝った若い人がまた来たよ、味しめちゃったんだな」と迎えてくれた。
一度輪に入るとその後フリーパスなのだ。
これで今日からぼくもおじいちゃんです
いや、これは毎日でもいいかも
こうして僕は大人の切符を手に入れるはずが、おじいちゃんの永久会員権を手に入れた。
結局写真を撮るために土曜も日曜も顔を出した。今度はこてんぱんに負けたが、満足だった。脳のブドウ糖が足りずフラッとなるほど集中したことが心地よかった。
なるほどこれは毎日やるわけだ。
勝っても負けてもおもしろい。見てるだけでもおもしろい。将棋のことだけ喋ってればいいから、人間関係もめんどくさくない。
飲んでもいいし、タバコを吸ってもいい。ハトにエサやってるだけでもいい。それが永遠につづく。これぞ、天国。将棋天国だ。
『香田晋の将棋天国』という番組が将棋チャンネルで放送されていたが、ここのことだったのだ。
あそこ何でいっつも人がいるんだろ?と思う場所。そこには何かしらの理由がやっぱりあるのだ。(了)
次回はその隣りで行われてた、草野球をじっと見るという行為にチャレンジしたい