野付半島の途中で
北海道の東の端からくせ毛のようにはねている(地図で見ると)ほっそい砂州、野付半島。ここにはなんかいろいろ縁があって幾度となく訪れ、先端のトドワラまで行ったかと思えば北方領土との中間の海でサケやホタテを獲ったり、地元の菓子をかかげて写真を撮ったりした。まったく予想していなかった人生だ。
そしてこの冬は、先端まで行かずに途中でとどまっていた。途中でとどまる楽しみ方があったのか野付半島には。
半島の付け根部分から3キロほど走ったところにウッディでスカンジナビアンな(なんだそれは)家が静かに建っている。その名は「ポンノウシテラス」という。
カフェ、イベントスペース、アートギャラリーだけでなく、ゲストハウスとして宿泊もでき、野付半島を堪能する拠点となっている。
大学・大学院で美術を学び、欧州にも留学したオーナーの和田徳子さんが作り出す空間は情報量が多いのに心地よく、随所に散りばめられたユーモアが楽しい。
ここの存在を知ったのは昨年の秋、取材で道東を訪れた際に標津サーモン科学館の副館長、西尾さんからおもしろいゲストハウスがあるから利用してみてはと紹介されたのだ。
野付半島についに泊まる事になったかと感慨深く一夜を過ごした朝、周りをちょっと散策していると、いくつかの小屋のようなものが目にとまった。広い家なのにこんなものが必要なのだろうか?
オーナーの和田さん曰く、「あれは夫の天文台ですね」
夫の天文台。天文台は夫が釣り竿やゴルフクラブみたいにカジュアルに所持しているものではないはずだ。
「夫は天体写真マニアが高じて家に天文台を作ったりしているんです。今日は息子を釧路まで送るついでにカルディに寄っています」
なんですかそのスケール感、天体にかける熱量も、車で2時間以上のカルディも。
「標津の星空は晴れが多くて空気もきれいな冬が見頃です」
この一言で私は冬の行動を決めたのだ。
小屋から宇宙を見る
1月の終わり、気温はマイナス5℃くらいだろうか。いよいよ天文台と言われた謎の小屋に潜入すると、四畳ほどのスペースにでかい望遠鏡が2台並んでいた。
この天文台の主は前述したようにオーナーの和田徳子さんのご夫君、直人さんである。
「1台はカメラを接続して写真を撮ります。天体の写真は露出に時間がかかるので、その間に星空を観察するためのをもう1台設置しています」
――ここに望遠鏡があるという事は、この天井はどうにかなるんですか?
「スライドで開きます、ちょっと頭を下げてください」
「天体望遠鏡は赤道儀という機材とセットで使います。地球は自転しているので星は北極星を中心に動いて見えます。なので撮影で長時間露光していると流れてしまいます。赤道儀は自転と同じ速度で回転して星の動きを相対的に止めてくれるんですね」
――流し撮りするみたいな感じですかね。
「そうですね。さらにこれはパソコンにつながっていて、星座ソフトと連動しているので星座マップで天体を追尾できます」
――マジですか!
カメラは富士フイルムのGFX、フルサイズよりさらに大きいラージフォーマットのセンサーを搭載した、要するにめちゃめちゃ解像力が高くて階調表現にすぐれたカメラである。
「天候はベストとは言えないですけど、22時くらいになったらわりと晴れると思うので、今地球に近づいているZTF彗星を狙ってみましょう」
専用アプリで雲の動きを見て、天候を予想する。直人さんは天体撮影にベストな空を追い求めるために、気象予報士の資格を取ったのだ。
「もともと気象に興味はあったんですけど、予報を参考にして晴れと聞いて準備したら薄曇りだったり、正確でない事が多くて、もう自分で取っちゃおうかと思ったんです。天候は大事ですからね」
―― そりゃそうですけど、じゃあ取るかってさくっと取れる資格じゃないですよね。
「ZTF彗星は2022年に新しく発見されて、今、天文界で話題になっている彗星です。5等星から6等星ぐらいの明るさなので肉眼で見るのはかなり難しいですね」
GFXを導入したのはつい最近との事。
「いろいろ仕事とかも忙しくて、まだあまり設定なんかも追い込めてないんです」
――前はどんなカメラを使っていたんですか?
「冷却CCDというデジタルでの天体撮影に使われるカメラを使っていました。6、7年ぐらい前にこの大口径の望遠鏡を導入したんですが、おかげで星雲がしっかり撮れるよになりました」
――星雲を撮るのは大変なんですか?
「精細に撮るにはやはり機材が高くつくんですよね。中学で天体を始めてからずっと星雲、特に渦巻の星雲や銀河が撮りたかったんです」
冷却CCDカメラでの作品を見せてもらったが、パソコンの15インチのディスプレイは大宇宙になっていた。
空もまた曇ってきたし、なんせ寒いので室内で作品を見せてもらう事にした。