持ち込んだ「きつね色っぽい食べ物」たちは、園内のテラスで食べた。きつね色パーティだ。
きつね顔色の唐揚げがとても美味しかった。オーケースーパーの唐揚げは安くてうまいので、みんな食べて。
「きつね色になったら完成です」。料理レシピの常套句だ。
でも「きつね色」って分かります? きつねの色って何色なんだ?
わたしたちはきつねの色を知らないまま、きつね色に揚げたつもりになっている。チコちゃんに叱られるやつだ。
だからきつねを見に行った。
きつね色は、少なくとも3色あることがわかった。
日本で「きつね」というと、アカギツネを指すらしい。本州に生息する「ホンドギツネ」と、北海道の「キタキツネ」はアカギツネの亜種だ。
野生のホンドギツネは里山などで出会えるせいか、飼育している動物園は多くない。都内だと吉祥寺の井の頭自然文化園にいるらしい。
行ってみよう。
途中の駅ナカで、クロワッサン専門店の看板が目に入った。
きつね色じゃん。
きつね色といえば、油揚げやいなり寿司もイメージする。テイクアウトすし店にいなり寿司があったので「きつね色!」と興奮して買った。
きつねの色を知らないくせに、食べ物を見てきつね色だと感じる。これは何だろう。
きつね色って実は、「きつねの色」じゃなくて、私たちの心の中にあるんだろうか?
「赤いきつね」というカップうどんがあるよな、と思いついてスーパーにも寄った。
お惣菜コーナーはきつね色だった。唐揚げ、コロッケ、メンチ……全部がきつね色だ。
焼き鳥や焼きそばもきつね色っぽいんだけど、しっとり感がちょっと違う。乾いている方がきつね色っぽい。
茶色っぽくておいしそうで乾燥していると、きつね色なのかなあ。
スーパー2軒を回って赤いきつねと唐揚げとカレーパンを買った。きつね色の食べ物とリアルのきつねの色を比べたい。
きつね色を探しているうちに、世界がきつね色であふれていることに気づいてしまった。
駅の案内表示、JR総武線のライン、レンガの壁、点字ブロック……全部きつね色なんじゃないか?
スタバの店内から、きつね色のライトが漏れている。おしゃれで気が引ける間接照明も、きつね色だと思えば怖くない。
おしゃれショップであるBEAMSのロゴライトもきつね色だ。急に親しみやすい。
吉祥寺駅で降りてきつね色を探しているうちに、井の頭公園に着いた。駅から近いのがいい。
公園のベンチも、今日着ている服もきつね色だ。カーキに染めた髪の色もきつね色と言えるんじゃないか。きつねに仲間と思われたりして。
きつね色とそうでない色の境が分からなくなっている。早く本物のきつねに会いに行かなくてはならない。
公園の中を10分ほど歩いて陸橋を越えると、井の頭自然文化園だ。きつねはどこだ。
居場所を地図で確認すると、ゾウ舎の手前だった。ゾウ舎には十回以上は訪れているが、隣にきつねがいるとは知らなかった。
この動物園は、数年前にゾウが天国に行ってから小動物メインになった。触れあえるモルモットやカピバラ、ペンギンなどが子どもに人気だ。きつねは隅でひっそり生きている。
でも今日の私は、きつねだけに会いに来た。きつねよ待っていろ。モルモットもペンギンも無視し、シカを横目にずんずん進む。連なったオリがある。暗くて地味だ。一度通り過ぎた。
あれ? 通り過ぎたかな? と振り向いてオリをのぞいたら、そこに神がいた。
オリの真ん中だけに光が差している。黄金色に輝く動物が日を浴びている。神々しい。きつねだ!
暑い日だった。日陰に隠れる動物が多く、きつねも隠れてしまって見られないかもしれないと心配していた。「きつねは見られませんでした」で記事が終わるイメージまでしていた。
でも、きつねは私を待ってくれていたのだ!
本物のきつねを見て、きつね色のイメージが揺らいだ。
顔回りや背中は、イメージしていたきつね色っぽい。だが濃淡グラデーションがあるし、揚げ物よりやや色が薄い。胸周りは真っ白だし、耳や太もも、尻尾の一部は真っ黒だ。
きつね色は一色ではなかった。
部位ごとに色を整理しよう。
きつねの顔は、イメージのきつね色に近く、薄茶色っぽい。これを「きつね顔色」とする。
「きつね胸色」は白、「きつね耳色」は黒だ。ホットケーキを焼く前は「きつね胸色」、こんがり焼けたら「きつね顔色」、焦げてしまったら「きつね耳色」である。
新しい料理用語ができた。
きつね色改め、きつねの顔色に最も近い食べ物はどれか。
クロワッサンや唐揚げは違う。もっと薄くて白っぽい。いなりずしはきつね顔色より少し薄いが、割と近い。
「赤いきつね」の油揚げの写真も、赤みがかったきつね顔色だ。「黄緑色」や「赤茶色」などの呼び方にならって「赤きつね顔色」とする。
それにしても、写真が撮りにくい。きつねが日向、手前の食べ物が日陰になっている上、プラ板を隔てて2m以上離れているので、色調もピントも合わない。
2mも離れている上にプラ板があるのは、新型コロナウイルス予防らしい。新型コロナはきつねと人の距離まで離してしまったのだ。
距離に負けず、食べ物と比べる。
テキストでは色を断言したが、「写真の色とイメージが違う」と思った方もいるかもしれない。あなたは正しい。光の当たり方と距離のせいで写真と肉眼の印象がだいぶ違ったのだ。テキストは肉眼を優先した。
だから心の目で見て下さい。
動物園のきつねは、柴犬みたいだ。丸まってあくびをしているとより犬っぽい。
きつねは、悪いことを企んでいるような印象の慣用句によく使われる。「きつねにつままれた」とか「この雌ぎつねか!」とか。
でも、本物のきつねは多分、何も考えていない。優しい飼い主に飼われている柴犬みたいだ。きつね顔色は柴犬の毛色とほぼ同じだ。
きつね色で迷ったら、柴犬の色を思い出して下さい。それがきつね色です。
持ち込んだ「きつね色っぽい食べ物」たちは、園内のテラスで食べた。きつね色パーティだ。
きつね顔色の唐揚げがとても美味しかった。オーケースーパーの唐揚げは安くてうまいので、みんな食べて。
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