貝殻を耳にあてて「波の音が聴こえる…」みたいなことです
いつも決まってそこに泊まる宿、定宿というものがあるだろうか。「いらっしゃいませ」ではなく「お帰りなさい」と言ってくれる宿、それが私にとっての雪の宿だ。
ただのお菓子だと思うかもしれない。だが雪の宿をバリバリと噛むのではなくひとなめしてみるとその意味がわかるだろう。窓には雪景色、囲炉裏で火がはぜる音が聞こえてくる。これが雪の宿だ。
宿の話してるけどあれのことだよな、と思われた方。そうです、あれです。
雪の宿は甘いか塩っぱいか
雪の宿がなんのことかわかってない方もいるかもしれない。メーカー自ら「甘じょっぱせんべい」とうたう、三幸製菓のおせんべいである。
ちなみに雪の宿を甘いと感じるか塩っぱいと感じるかは人によってちがう。そう、それはまるで1892年ドイツの雑誌FliegendeBlätterに掲載された『ウサギに見えるかアヒルに見えるか』と題されたイラストのように。
雪の宿が「甘い」か「塩っぱい」かはこの図がウサギに見えるかアヒルに見えるかと同じようなことなのである
これもまた雪の宿が甘いか塩っぱいかと同様の問題、ルビンの壺である
ためしにこの雪の宿が「甘い」か「塩っぱい」かアンケートをツイッターで独自にとってみた。回答者数は182。結果をご覧いただこう。きっと91人ずつとなるはずである。
大体の人には雪の宿は甘かった
なんてこった。8割が雪の宿を甘いと見ているという。これじゃあ塩スイーツとなにがちがうっていうんだ。雪の宿が塩スイーツ…!? いや、そんなものはどっちだっていい!
スイーツかおせんべいかは問題ではない。雪の宿はそもそもお菓子というより宿なのだ。私が言いたいのは雪の宿の雪の宿性とも言えるなにかについてだ。
宿の音がする
中学生のころ、塾のおやつに雪の宿が出てきた。静かな教室でたった二枚の雪の宿をゆっくりゆっくり味わっていたときに気づいた。これ、音が聴こえるな、と。雪の宿をなめたときに雪の宿の音がするのである。
それはまるで貝殻に耳を当てて「波の音が聴こえる…」というあれである。
貝殻に耳を当てて「波の音が聴こえる…」こうした情緒が雪の宿にもあるのだ。雪の宿の音を聞いてみよう
一体どういうことだと思われることだろう。お手元に雪の宿がある場合はペロッとなめていただいていいのだが、試しに刷毛で水を塗ってみよう。
なめる代わりに刷毛で水を塗ったものにマイクを近づけて録音した
「雪の宿が聴こえる…!!」
パチパチとしかいってないじゃないかと思われるかもしれない。しかし貝殻を耳にあてたときも実際の音は「クォー。」だろう。そもそも雪が降る音なんてない。これで十分だ。
このパチパチは雪の宿で囲炉裏を囲むような音。そう思うとまぶたの裏に見えてきただろう、雪の宿が。
まぶたの裏に映る雪の宿のイメージ
ステレオで聴きたい
耳をすませてかすかな音を聞くのでは物足りない。もっと雪の宿に浸りたい。という方もいるかもしれない。私はそんなあなたに「二泊したいんだね」とやさしく返してあげたい。
雪の宿に二泊する方法とはなにか。自ら言い出したもののいったん私はそれを宿題として持ち帰らせていただいた。そして一晩考えてある答えに至った。
それは両耳で雪の宿を聴くということではないか。一体どういうことか。これである。
用意していただきたいのは雪の宿一袋とヘアカチューシャである
そしてカチューシャの端に穴をあけて釘やらピンやらを通して雪の宿を留めよう。テープや画鋲などでは止まらない。少し長めの棒状のものが必要だ
一晩の熟慮とダイソーへの買い出し、そして雪の宿ヘッドフォンができあがった
片方の耳に刷毛で水を塗り…
そしてもう片方にも水を塗ると…!!
えっ、えっ…!?
ウソでしょう…!?
……
そうです
ステレオでなめられた雪の宿の音を聴くとまさにそこは雪の宿
雪の宿ヘッドフォンが生まれた
左右の耳からチリチリパチパチという雪の宿の音が聞こえてくる。まぶたを閉じると湯けむりの向こうからやってくる雪の宿の女将、だがその顔をよく見ると、ホワミル(雪の宿のキャラクター)? 明日の朝食は7時から、お二階の鶴の間にて。そんなまさかホワミルが朝食のお知らせを…!? やど村からやってきた生クリームの妖精は男の子のはずだが(公式HP情報)なぜ女将に…!? だが目を開けるとそこにはなにもなかった。
できたな、と思った。これが雪の宿ヘッドフォンだ。「コストパフォーマンスは最高」「値段以上のいい音がします」とレビューをつけてAmazonに3000円級の輸入ヘッドフォンとして登録できるかもしれない。それほどの完成度だ。
あたくし、思わず宿帳に名前二個書いておきましたの…
アタイ、夢があんの
まだ誰にも言ったことはなかったが、私には夢がある。雪の宿を一面に並べて雪の宿を現前に存在させるという夢がある。
雪の宿のヘッドフォンもいいだろう。だけどヘッドフォンで見る映画と映画館のドルビーサウンドで見る映画は大きくちがう。肌で感じ取りたいのである。
一体どうすればいいか。フェスなどの大会場のスピーカーは何段にも積み上がっている。スピーカーを増やせばもしかしたら大音量の雪の宿の音が出て、目の前には雪の宿が現れるのではないだろうか。
マッチ売りの少女がマッチ箱ごと燃やしてでかい夢を一発見る。その夢とはフェラーリとランボルギーニを正面衝突させてみて「ふ~ん」と思うような贅沢を超えたなにかだ。一生に一度の雪の宿大サラウンドを鳴らしてみたい。
とりあえず雪の宿をたくさん買ってきた
一枚ずつ板に留めていくのである
ひたすら系の地味な作業となった。こうした作業は一人が圧倒的に遅い。ちなみに対義語は「クラスのみんなでやると早い」である。
個包装をむくよりもハサミを切って剥がすほうが作業が早いことがわかった。とたんに雪の宿が牡蠣の殻剥きみたいなことになってきた。
こうしてできた一面雪の宿の壁
12枚×16枚=192枚の雪の宿が。もはや雪の品川プリンスホテルといってもいいだろう
これに両手で持った霧吹きで一斉に水を吹きかけるのだ……失敗は許されない一発勝負だ。緊張の瞬間。さあ、いよいよ雪の大宿、大ホテルが乱立しまくる!
シュッ! シュッ! シュッ!
チリチリチリ……おお、おお、雪の宿たちが騒ぎよるわ!!
頭を近づけると、宿につぐ宿! 湧き上がる気持ち…しかしこんな宿あるかな!?
192枚のなめられた雪の宿
192枚の雪の宿をなめた音を聞いたことがあるだろうか。私はある。眼前には大きな雪のホテルが現れることだろうと思っていた。実際にやると雪の宿につぐ雪の宿。雪の宿が乱立し、大温泉街が出来上がった。
ここが…雪の大温泉街!? あそこもよさそうだし、あそこもよさそう。なんて楽しい場所なんだ!
しかしそこにいた私は巨人だった。指の先だけ温泉に入ったくらいでどの宿にも泊まれないのだ。どの音も小さすぎて、いくつも音が重なったとしてもそれは結局「そこそこ大きな小さな音」であった。
やがて巨人の大きさを持て余した温泉街からは運営会議の結果、追放命令がくだる。さようなら、雪の宿。また良い夢を見させてください。
小さな音が重なって、より大きい小さな音ができあがった。なんてささやかな体験なんだ…
雪の宿が大量に余ったので雪の宿の日々を過ごすことに。娘は「うち今、食べ放題だから」と友人を呼んできた。色々と試してお味噌汁に入れるとおいしいことがわかった
「食べ物で遊ぶな」
雪の宿は残り150枚を切った。甘いと塩っぱいを交互に食べると飽きないという言説があるが、それを一枚でやるのだからなかなかに飽きない。よくできた食べ物だなあ。あ、今この文だけ書きながら声に出した。
ここで一つみなさんに言いたいことがある。それは食べ物で遊ぶなということである。
もう日本が裕福な時代は終わったのだ。いくらそれが夢であろうとも人類と雪の宿を先へと進める実験であろうとも、食べ物が純粋に食べる以外の目的で扱われることそれはすべて遊びである。とんがりコーンを指にはめた者は死刑。メガネ型マーブルチョコをつけた者は墓をあばかれる。
食べ物で遊ぶな。なぜなら食べ物で遊んではならないからだ。
ところで一つ告白をしておかなければならない。これがもしソフトサラダだとどうなるのかなと思ってついでに買っておいたソフトサラダをなめてみたのだ。もちろんソフトサラダからは雪の宿の音がした。