圧倒的な存在感を放つ赤い建物
目指す釣り堀「武蔵野園」へは、京王井の頭線の西永福駅から徒歩15分。JR高円寺駅からもバスでアクセスできる。
青々と茂った草と木立の奥
草木の緑と空の青の間で圧倒的な存在感を放つ赤い建物。それが「武蔵野園」だ。
一度見たら忘れられない外観
入り口には、忍者じゃじゃ丸くんの形をしたポップコーン販売機。「ボク、じゃじゃ丸。ボクの中からおいしいポップコーンをたくさん作れるよ」とエンドレスで繰り返す。他に聞こえるのはカラスの鳴き声ぐらい。のどかだ。
この日は気温30度と非常に暑かった
ビニールハウスのような造り
平日の午後なのに盛況だ
継ぐことに違和感はなかった
にこやかに迎えてくれたのは、3代目の青木大輔さん(50歳)。
「うちは開業して70年ぐらい。初代の祖父は、すぐ横の和田堀池で貸しボートやプールを経営していました。さらに手を広げて、この釣り堀を人から買い取ったのが始まりです」
このキャップ、ほしい
70年前といえば戦後すぐの頃だ。当時から釣り堀というアミューズメントスポットがあったのか。昔の写真も非常に興味深い。
1970年代の「武蔵野園」
男性客の服装に時代を感じる
青木さんは、勤めていた大手証券会社を辞めて25年前に釣り堀を継いだ。
「兄弟で男は自分だけ。だから、爺ちゃんと婆ちゃんからは『潰さないでね』と言われて育ちました。ここの2階が家で、子どもの頃からずっと見てきた風景だから、継ぐことに違和感はなかったですね」
2代目の龍雄さん(78歳)も現役
レジ担当の龍雄さんはすぐ近くの大宮中学出身で、宮崎駿と同級生だという。
「武蔵野園」は、ほぼ家族経営だ。青木さんと奥さん、2代目のお父さんと奥さん、土日は大学生の娘さんも手伝う。
「僕ら夫婦には、女の子2人と小学4年生の息子がいます。息子が4代目を継いでくれるでしょう。本人にはまだ言ってませんけど」
映画のロケで使ったジョーズをもらった
なお、「武蔵野園」は2012年放映の『孤独のグルメ』に登場したことがきっかけで、全国にその名を知られるようになった。
「松重さんは親子丼と焼きうどんを食べていましたね。僕のイチ推しはオムライスなんですが」と青木さんは少々不服そうだが、これによって“聖地巡り”の客も増えたそうだ。
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ドリンクメニューにホッピーがあるのが嬉しい
「他にも、EXILEの映画『HiGH&LOW』のロケに使われました。撮影で使ったジョーズを捨てるっていうから、『じゃあ、くださいよ』と言ってもらったんです」
めでたく池の中で生き長らえたジョーズ
さらに、乃木坂46の西野七瀬が釣り堀でPVを撮影。この反響は過去最大で、全国からファンが殺到したそうだ。
西野さん、字がきれい
「うちは宣伝はまったくしていないし、ホームページもSNSもない。皆さんの口コミでたくさんの人に来てもらえるから、ありがたいことですよ」
DIYはまったくの素人、すべて独学だ
ところで、一番聴きたかったのは独特なデザインセンスのこと。赤い外観、ビニールハウスのような食堂、あちこちにぶら下げられたぬいぐるみ。
ブランコに乗るクマ
「ぬいぐるみは、お客さんたちが『飾って』と言って持ってくるんですよ。小さい子どもが喜ぶからいいかなと思って。外観の赤い板? あれは老朽化した外壁が見えないようにね。いわゆるボロ隠しです」
そして、驚くことにビニールハウスを含めた釣り堀全体の工事は、すべて自分たちで行っているという。
「この食堂は6年前に池の上にパイプを組んで作りました。最初は吹きさらしで、冬は寒いから真ん中に薪ストーブを置いて。でも、大雪の年に屋根のビニールがどーんと落ちちゃった。これではいかんと、ポリカの波板で補強。あと、真夏に汗水垂らして食べているお客さんを見ると申し訳なくて、2年前にエアコンも導入しました」
DIYはまったくの素人、すべて独学だ。お金をかけずに客を楽しませたい。その思いが青木さんを突き動かす。
なるほど、片隅には大量の工具
初代の奥さんは信仰心が厚く、「水を使う商売だから」と江ノ島の弁財天に毎年奉納に行っていた。やがて、12、13年前に弁財天から水の神様をお連れして、青木さんが釣り堀の奥に社を作る。この体験がきっかけで、DIYによる創作意欲が高まったそうだ。
何も足さない、何も引かない、完璧なオムライス
インタビューが終わるとお腹が空いてきた。いただきますよ、孤独のグルメを。人気ナンバーワンで青木さんもイチ推しだというオムライスをさっそく注文した。
おっと、3代目みずから作るのね
ほどなくして運ばれてきたのは、何も足さない、何も引かない、完璧なオムライス。
神々しいほどの美しさ
チキンライスの下までオムレツでくるんと包むタイプで、キレのあるケチャップソースと醤油ベースのスープとの相性も抜群だ。
美しい味で「美味」になる
思わず、ふだん人には見せない表情が出た。ごちそうさまです。
練り餌は親指の先ぐらいの大きさが目安
さて、ここは釣り堀だ。満を持して、コイでもヘラブナでも釣ってみよう。
その前に手作りの社を参拝
「魚とのご縁がありますように」と祈願し、5円玉を入れる
ところで、僕は釣りに関してはまったくの初心者。スタッフのお兄さんが丁寧に教えてくれた。
まず、竿と練り餌ですね
「練り餌は親指の先ぐらいの大きさが目安。その際、魚から見えないように針を隠すのがポイントです」
ふむふむ
「魚が練り餌をちょんちょんとつついてくるので、あとはパクッと食うのを待つだけ。当たりがない場合は魚が泳いでいない層に針がある可能性が高いので、浮きと針の間隔を調整してみてください」
小学生でも10匹以上釣る子がいるそうだが、果たして釣果はあるのだろうか。2代目が「釣りながら飲んでいいよ」と声をかけてくれたので、すばやくホッピーを注文。
釣果ゼロの同志に会ってホッとした
ジョッキを片手に、いざスタート。じっと座っていると、初夏のそよ風が肌を撫でる。周囲の話し声は昼寝中に遠くで聞こえる音のようだ。隣接するグラウンドからは草野球の声援。
ひたすら無心になれる時間
30分が経過。釣れません。浮きはしょっちゅう動くものの、ぐいっと大きく沈むことはない。竿を置いて気分転換の散歩に出た。
少年よ、釣れるかね
「一匹も釣れない。餌がすぐバラけちゃうんだよね」
「あれ、平日だけど学校は?」と聞くと「運動会の振替休み」とのこと。釣果ゼロの同志に会ってホッとした。釣り場に戻って再び釣り糸を垂らす。
あれ、引いてる?
「武蔵野園」はキャッチ&リリースシステム
魚が針にかかっている。引きも強い。どれほどの大物だろうか。
そうでもないな
一瞬、Tシャツの柄みたいになった
獲物は体長20cmほどのコイ
しかし、正直釣れるとは思っていなかったので若干動揺している。「武蔵野園」はキャッチ&リリースシステムなので、針を外して池に戻さないといけない。しかし、どうすれば。おろおろしながら、先ほどのお兄さんを呼ぶ。
あ、針の外し方ですね
「皆さん、けっこう自分で外すんですか?」「そうですね、大体は」というやりとりをしながら、さっと外してくれた。
こう、クイっと
リリース
その場その場のインスピレーション
多くの人に愛されてきた「武蔵野園」。その楽園ぶりは口コミで広がり、とくに土日は食堂業務がキャパオーバーになるほどだという。
青木さんに今後の展開を聞くと、「将来はこうしようではなくて、その場その場のインスピレーションだからね」とのこと。
「客ファースト」の思いで、どんどん姿を変えてゆく釣り堀。青木さんから飛び出る新たなアイデアが楽しみだ。次に来たときは、池の中をジョーズが泳いでいるかもしれません。
<取材協力>
釣り堀 武蔵野園
東京都杉並区大宮2-22-3 和田堀公園内
TEL.03-3312-2723