在庫一掃のため1000円で飲み放題
昨年秋、店の前を通りかかった時のこと。「伝説のラーメンが10年ぶりに復活」とある。
スナックからラーメン店に転身?
この写真をTwitterにアップしたところ、玉袋筋太郎さんから興奮気味のリプライが付いた。
トランプ羽生田?
スナック好きで知られる彼が、一時期この店の常連だったことは知っていた。伝説のラーメンを食べたことがあるということは、10年以上前から通っていたのか。
どんなラーメンか気になるので、近々食べに行こう。そう思っていると、つい先日、衝撃的な告知を目にした。
えっ、2月末で閉店!
「在庫一掃のため1000円で飲み放題」にも惹かれるが、何よりも15年間横目でチラチラ見続けてきた店が閉まることに少なからず動揺した。
不動産会社に入社して取締役まで上り詰めた
数日後、意を決してドアを開け、マスターに取材したい旨を伝えた。返事は「ああ、いいですよ」。
紫のネオンがポツンと光る
店の歴史を受け止めるため、今度は完全にシラフで臨んだ。
マスターの羽生田親秀さん(78歳)
近隣にお住まいの紳士淑女たち
羽生田さんによれば、ここ「ホワイトハウス」は30年以上前にオープン。以降、マスターが何度も替わりながら店は続き、19年前に彼が5代目を継いだとのこと。
「学校を出てデパートに就職したんだけど、そこを辞めて芸能界へ。ポール牧がいたお笑いコンビ、『コント・ラッキー7』のマネージャーになったんですよ。次は、大きな不動産会社に入社して取締役まで上り詰めました」
しかし、その会社が倒産。自分で不動産会社を立ち上げるも、バブル崩壊とともにこれも倒産。放心状態でいるところへ、知人から8カ月空き家状態だったこの店を紹介されたという。
酒飲みにそういう質問をするのは野暮ですよ
人生どう転ぶかわからないものだなと感慨に浸っていると、「何かお飲みになりますか? 余らせてももったいないから、じゃんじゃん飲んでください」とマスター。
これらのお酒が飲み放題で1000円
「マスターの思い出のお酒を」と言うと『剣菱』が出てきた。
500年以上続く灘の銘酒
「私、日本酒が好きなんですが、とくに『剣菱』は若い頃からよく飲んでました」
「ベストの日本酒は?」と聞くと、「いろんな蔵にいろんな美味しいお酒があるから、酒飲みにそういう質問をするのは野暮ですよ」。スナックは大人の学校だ。
テレビでは平昌オリンピック中継
玉袋氏の著書にはマスターとの対談も収録
ここでマスターに玉袋氏のリプライを見せると、嬉しそうに言う。
「玉は突然ふらっと入ってきたんですよ。ベロンベロンになって店を出たと思ったら、その辺で寝てたりなんてこともありました。でも、他の客に迷惑はかけないきれいな飲み方でしたよ」
玉袋氏の著書、『絶滅危惧種見聞録』には30ページ以上にわたってマスターとの対談も収録されている。それほど思い入れが強い店なのだ。
「ホワイトハウスとの出会い」という章
対談の冒頭では、「マスター、今の芸名は何でしたっけ?」「オバマ羽生田」というやりとりがある。そう、アメリカの大統領が変わるたびに自身の芸名も更新されるのだ。
「だって、ホワイトハウスなんだから大統領がいないとおかしいでしょ。クリントン、ブッシュ、オバマと来て、今はトランプ羽生田です」
地元密着型のスナックのため、常連客は近隣に住む人々が多い。「ほら、これはすぐそこの診療所の院長とその息子のボトル」とトランプ氏。
同じスナックに親子でボトルを入れる粋
「これは昨日常連のご夫婦が飲んでいった日本酒で、『また来るからちょっと残しておいた』と言ってました」
二人揃って『来福』が大好きなんだそうだ
女優とかモデルとか、きれいな子がたくさんいました
懐かしい写真も見せてもらった。マスターはお笑い界の人脈を駆使して、店で様々な演芸イベントを開催している。
「スナックにこんな有名人が?」という豪華な顔ぶれ
また、店では常時女の子のアルバイトを雇っていた。
「女優とかモデルとか、きれいな子がたくさんいましたね。芸能系の仕事は1カ月とか拘束されることが多いから、ウチみたいにシフトが自由なバイトは入りやすいんです」
数年前のクリスマスイベントの様子
「PTAの会合にもよく使ってもらいました。歴代のPTA会長たちとオヤジバンドを組んで、老人ホームに慰問に行ったりとかね」
左から2番目がマスター
学生時代にバイトしていたバーテン姿も
お代わりは決めていた。その名も『WHITE HOUSE』だ。
ラベルに「こうえんじ」とある
このお酒、中身は『酔神の心』という鹿児島焼酎。マスターが厳選した銘柄で、特別にオリジナルのラベルを付けて送ってもらっているものだ。
懐かしい写真が収められたアルバムはまだまだあった。
2005年に亡くなったポール牧さんとの記念写真
超貴重な写真も発見。「こんなの撮らなくていいですよ」と照れるマスターを説得して撮らせてもらった。学生時代にバイトしていたバーテン姿だ。
おっと、イケメンだ……
ここで、カウンターの一番奥にいた紳士から「お兄さん、ちゃんと楽しんでる? マダムたちに話しかけてもいいんだよ」とやさしいお言葉。彼は100円ショップなどに卸す商品を作っている会社の社長だそうだ。
「これ、あげるよ」
「マスター秘蔵のお酒飲んだか? あれは美味いぞ」
一方、カウンターでは明日西荻窪に食べに行くラーメン店の話で盛り上がっている。しかし、誰も店名を思い出せないらしい。すると、一人のマダムが驚きの行動に出た。
「OK Google、西荻窪の美味しいラーメン屋さんを教えて」
僕以上に文明の利器を使いこなしている。その店は「三ちゃん」だと判明。
19年間の歴史は名刺の数にも表れる
隣の紳士が「マスター、そろそろお会計するよ」と言った。聞けば、中性脂肪が高くて医者から酒を禁止されているらしい。γ-GTPが最高で600までいったが、今ようやく300まで下がったとのこと。
そんな客にさらにお酒を勧めるトランプ氏の外交スタイル
社長からまた声がかかった。「マスター秘蔵のお酒飲んだか? あれは美味いぞ。頼めば出してくれるから」。
頼んだら出してくれた
鹿児島の芋焼酎『吉兆宝山』。旨味とキレが抜群で本当に美味しかった。「これは私専用のお酒だから隠してあるんです」とマスターがぼそっと言う。
左端、ラベルを後ろに向けて置いてある
満を持して「ラーメン正油」(800円)を注文
しかし、皆さんお酒が強い。僕が来る前からいらっしゃるのに誰も帰ろうとしない。
憧れの先輩方である
こちらはそろそろ締めよう。もちろん、あれを食べてから。
フードメニューは数あれど
心はラーメン一択なり
店の奥で調理に取りかかるマスター
数分後、運ばれてきたラーメンは想像をはるかに超える一品だった。
ここ、スナックですよね?
鶏で出汁を取って正油ダレと合わせた濃厚スープが麺と絡む。豪華な具材も手作り。猛烈に美味しい。これは、「特選塩ラーメン」も食べに来ないと。
「レシピ? 独学ですよ。いろいろと食べ歩いて自分的にベストの味を研究しました」
最後に「WHITE HOUSE」とともに記念撮影
そうだ、肝心の閉店理由は「大家と地主が揉めてるから」。本当は昨年8月に閉めるように言われていたが、粘って今月いっぱいとしたそうだ。
「家賃やら人件費やらで貯金もほとんど使い果たしたから、ちょうど潮時かなと。まあ、当分の間のんびりしますよ。お店の思い出? いろんなことがありすぎて思い出せません」
13日に再検査して状態がよくなっていれば解禁
1杯目のお酒を頼んだ際、トランプ氏の労をねぎらって乾杯しようとしたら、「大腸がんの手術をしたばかりで、抗がん剤を飲んでるからお酒はダメ。13日に再検査して状態がよくなっていれば解禁です」とのこと。
お店は日曜定休。明日15日以降となると、残る営業日は12日だ。「ホワイトハウス」最後の大統領となったミスタートランプ羽生田、19年間お疲れさまでした。快癒を祝して、今月中に乾杯しましょう。
<取材協力>
「ホワイトハウス」
東京都杉並区高円寺北4-43-7