職人や魚屋などの職を経て干物の世界へ
下が取材の際に目にした看板。
干物職人ではない、干物クリエイターである
こだまを使うと東京駅から約1時間半で網代駅に着いた。
思ったより小さな駅舎
漁港と温泉の街のようです
網代漁港に面した国道沿いに目指す干物工房はあった。
ハイパー干物クリエイター、藤間義孝さん(45歳)
海女小屋のようなこの小さなスペースで、すべて手作りで加工される。奥の女性はアシスタントの峯田なつ希さん(35歳)。ガストの深夜バイトを辞めて1年前に弟子入りしたという。
次代のハイパーを担う人材だ
熱海で生まれ育った藤間さんは建設現場の職人や魚屋などの職を経て、現在の工房の向かいにある石山ひもの店に就職。ここで干物作りの基礎を学んだ。そして4年半前に独立し、「干物屋ふじま」を立ち上げた。
石山ひもの店は休業中
「この辺りは『網代の干物銀座』と呼ばれていて、昔は深夜まで煌々と灯りが点って賑やかだったんですよ」(藤間さん、以下同)
現在営業している干物店はごくわずか
サバだけでも多い日は1日に1000尾以上さばく
工房内では干物の材料となる生魚をさばいている最中だった。この日は気温6度とかなり寒かったが、「魚ファースト」で暖房の類はつけない。
上から時計回りに、花エビ、ノドグロ、ビンチョウマグロ
こちらは美しいノルウェーさば
「サバだけでも多い日だと1日に1000尾以上さばきます。もう一人おじいちゃんのスタッフがいるんですが、孫の風邪をもらっちゃってお休み。今日は忙しいです」
朝6時から作業を始めて、午後は発送や事務仕事。夜は自身が経営する居酒屋に入る。「寝る時間なくないですか?」と聞くと、「3時間ぐらいですね。日曜日ぐらいは休みたいんだけど、晴れてるともったいないから干しちゃう」。
ものすごいスピードで包丁を入れる藤間さん
用途によって使う包丁を変える
ふと、壁際に目をやると雑誌に挟まれた包丁置き場があった。表紙を確認すると『週刊少年ジャンプ』。
独創的な収納法
ジャンプの紙がとくに水分を吸収するのかと思ったら、「小学生の頃から買っているから」という単に習慣の問題だった。1週間経つと新刊が来るので衛生的にもよろしい。
漬け込む時間はノドグロが27分、サバが45分
さばいた生魚は、塩、水、日本酒を混ぜた液体に着ける。こうすることで照りも出るし、アミノ酸とイノシン酸の働きで旨味が凝縮されるそうだ。日本酒は結城酒造(茨城)の純米酒にこだわっている。
塩分濃度計でベストの濃さに調整
「漬け込む時間はノドグロが27分、サバが45分。さらに、サイズによって微調整します」
一方、みりん漬け用のみりんは、醤油、砂糖、日本酒がベース。醤油も何でもいいわけではない。イカワタを塩にまぶして2年間熟成させた奥能登産の「いしり」という魚醤油がハイパーな干物作りに欠かせないのだ。
旨味成分が豊富な万能調味料
さば約50尾分の出汁が出ている漬けダレも加わる
さらに、藤間さんは干物乾燥機を使わず、完全天日干しにこだわっている。
「干し時間は長くかかるし、天候にも左右される。効率は悪いんですが、こっちの方が美味しい干物ができるので」
上にかぶせられた網はカラス対策
干物作りの基礎は石山ひもの店で学んだが、一段上のハイパーな干物にするためにかなりアレンジを加えた。
日当たりがよい漁港の一画を干し場に
干し終わったら一度冷凍すると味が引き締まり、身離れもよくなるそうだ。
漁協から借りている冷凍庫も見せてくれた
マイナス28度で芯まで凍らせる
ちなみに、藤間さんの工房と漁港の一部は日当たりがあまりよくない。
正午近くなっても日陰がけっこう多い
そこで、藤間さんは日当たりがよい漁港の一画を干し場として借りるための交渉をしている。
たぶん、ここを貸してもらえそうです
余談だが、網代漁港は「海上釣り堀」が人気とのこと。ボートで海上のいかだに渡って、そこでタイやアジを釣るというものだ。
食事もできます
これは楽しそう
漁港の野良ネコは人懐っこい
来宮神社には自撮り用のスマホ台があちこちに
工房に戻ると、「午前中の作業はひと通り終わったので、ちょっと周辺を案内しますよ。何もないとこですが」と藤間さん。
ドライブのBGM は椎名林檎だった
「好きなんですよ。でも、昔の巻き舌だった頃の方がいい」
峯田さんが働いていたガストを通過
着いたのは熱海市の最南端だという場所。相模灘に浮かぶ初島が見える。
彼方を指差す藤間さん
「いい眺めでしょ。あの辺に『弘法滝』っていう海上からしか見えない滝があるんです」
次に向かったのはパワースポットとして知られる来宮(きのみや)神社。藤間さんは「本来は頼朝に所縁がある伊豆山神社の方が位が高いはずなんですけどね」と首をひねる。
境内を軽く散策。御神木大楠の幹を1周すると寿命が1年伸びるそうだが、これは後で知った。
自撮り用のスマホ台があちこちにあった
感動がないとわざわざ干物にする意味がない
最後に案内してくれたのは熱海城。歴史的に実在したわけではなく、観光目的に作られたお城だという。
観光客も大勢いた
「お城はどうでもいいんですが、ここは『東洋のモナコ』といわれる熱海が一望できるスポットなんですよ」
ホントだ…
そうだ、藤間さん。なぜ「ハイパー干物クリエイター」を自称するようになったんですか?
「独立した後で中学生の娘に聞かれたんですよ。『パパの仕事って友達に何て説明すればいいの?』って。ちょうど高城剛さんの『ハイパーメディアクリエイター』という肩書きが話題になっている時で、じゃあ俺は『ハイパー干物クリエイター』じゃんって」
それには、常に一段上の干物を追求する姿勢を忘れないという自分への鼓舞も込められているそうだ。
「穴子や伊勢エビなどでも試しましたが、普通に食べた方が美味しいと思いました。感動がないとわざわざ干物にする意味がない。今後はクエとかアラとか、誰も作ったことがない魚の干物に挑戦したいですね」
「刺身の注文が出なくなるから、もう取らない」
「せっかくだから、ウチの店で干物料理を食べて行ってくださいよ」というお誘いをいただいたので、夜になるのを待って熱海市内の「干物ダイニング yoshi-魚-tei」を訪れた。
杉玉があることから日本酒への本気度もうかがえる
藤間さんは熱海市内でもう一軒、干物とおでんと日本酒がメインの「干の酛や(ひのもとや)」という居酒屋も経営している。
店内では眠らない藤間さんが働いていた
干物は藤間さん、それ以外のすべての料理は奥さんの担当だ。
「『こういうの作って』って頼むと、すぐに美味しいのを作ってくれるから本当にありがたい」
壁には日本酒を仕入れている蔵人のサイン
厳選された日本酒をちびちびやりながら待っているところへ、神々しい干物料理が運ばれてきた。
これがハイパーな干物である
右上から時計回りに、花エビ、ビンチョウマグロ、ノドグロ、サバ。おお、すべて加工の過程を見てきた干物たちだ。そして、味も超絶ハイパーだった。
「卸していた飲食店さんに『刺身の注文が出なくなるから、もう取らない』と言われたこともあります」と藤間さんが苦笑いする。
奥様が考案したサバの干物の押し寿司も絶品
早咲きの「あたみ桜」の時期に再訪したい
天日干しにこだわる製法と秘伝のタレによって作られるハイパーな干物。噂が噂を呼び、毎年3倍ずつというペースで注文が増えている。最近では、ニューヨークやパリの飲食店からも問い合わせが来るそうだ。
「ダメなら辞めればいい」と思って始めた干物作りだが、味にとことんこだわる姿勢によって、見事、美しい花が咲いた。熱海では毎年1月下旬から2月上旬にかけて早咲きの「あたみ桜」が楽しめる。その時期にまた再訪したい。ここで一句。「サクラサクハイパー干物クリエイター」。
藤間さん、ごちそうさまでした。あと、もうちょっと寝てください。