ことの発端
依頼主は、仕込みiPhoneが代表作の映像作家、森翔太さんである。
今年の6月にやった、笑える電子工作のイベント
「頭の悪いメカ発表会」の共演者でもある。
こんどミュージックビデオを手掛けることになり、あのイベントのメンバーでやったら面白いのでは?ということで再び招集された。
メッセージを受け取った時点で、てっきり俳優としての出演かと思ったのだが、話を聞いてみるとどうやら違うようだ。
「このメンバーでやることといったら工作ですよ。」
そりゃそうか。
「曲のテーマがジャガイモなので、ジャガイモの電子工作を一人一個作りましょう。」
何?
「あとちょっとだけダンスもあるんですが。」
ええ????
「ジャガイモ」「電子工作」「ダンス」。
一つ一つの単語が遠すぎて全貌がよくわからない。落語の三題噺みたいである。そう思いつつも、ビデオに出たい一心で快諾した。
シャカシャカポテトを上手に振るためのマシン
「ダンス」の説明は撮影当日にあるそうなので、ひとまず「ジャガイモの電子工作」を準備することになった。さて何を作るか。
電子工作に限らずだが、世の中のだいたいの工作は、何らかの問題に対するソリューションである。
まずはイモに関して、日ごろ抱えている問題がないか考えてみた。
そこで思いついたのがこちら。
上の写真、調味料をかけて振るタイプのフライドポテトだ。いろんなファーストフード店で発売されたりなくなったりしているが、現在だとロッテリアとファーストキッチンで取り扱っている。
あれ、付属の粉を均一にまぶすのは意外に難しい。やってみるとけっこう固まってダマになってしまう。ポテトを振ることの意外な難しさ、今回はその問題にフォーカスすることにした。
袋の底にも残っている。人生における優先順位はかなり低いが、一応、「問題」だ。
ポテトにありがたさをプラス
で、いきなり完成品。箱にポテトとシーズニングを入れると
力強く振ってくれるついでに
空中に残像で般若心境を書いてくれる
ポテトを完璧に振ってくれるだけでもありがたいのに、自動読経機能がついている。チベットのマニ車にインスパイアされたものだ。食欲を満たせるうえに徳まで積めるという、ダブルでありがたいマシンである。
動画でも見てもらっちゃおっかな。
いい感じにどうでもいいものができた。個人的には満足の完成度なのだが、問題がある。
この原稿、工作を始めた段落からここまで約600字。この最高の(かつ若干、脈絡のない)ガジェットを説明するのに600字かかるのだ。
出演するのはミュージックビデオ。つまり音声は楽曲のみで、セリフがないのだ。その状況でこれを理解してもらえるだろうか?「なにこれ?」ってなるんじゃないか。
……考えても仕方がないので、そこは監督の手腕にゆだねる(というか丸投げする)ことにした。
3日で作った
作業工程もさわりだけ紹介しておこう。
家にあったギアボックスを使って
振る部分は、ネットに載っていた車のワイパーの図解を参考にした
般若心境のところはLEDを10個ならべて
マイコンでピカピカさせて、残像で文字を書く。
読経装置は棒の先に
赤外線センサーを使って、振るスピードとピカピカを同期
完成(机の汚さ)
僕の工作記事では「記事で見るとサクッと作ったように見えるけど、実際は〇週間かかった」というのが常套句なのだが、今回ばかりは本当に3日で作った。なぜならスケジュールがめちゃくちゃタイトだったからである。
他に
こういう自動ピーラーの刃をたまに持ち上げてジャガイモを縞模様(シマイモ)にできるマシンというのも考えたのだが、ピーラーを注文していては翌日発送でも間に合わないので、あきらめた。そういうレベルである。
完成翌日、深夜に及ぶ作業でできた目のクマを気にしつつ、撮影へと向かった。場所は都内のキッチンスタジオ。
不意打ちの俳優業
今回出演させてもらうのは、「DJみそしるとMCごはん」というヒップホップユニットのビデオ。
主に食べ物をテーマにした楽曲で活動する、(2人組っぽい名前だけど)ソロユニットである。
「おみそはん」というのが公式愛称なのだが、不見識な我々は現場で「みそしるさん」と呼んでいたので、臨場感重視で本記事もそれを踏襲させていただきます。
現場に入るとマンスーンさんのアドリブ真っ最中
実は僕だけスケジュールの都合で途中から現場入りした。スタジオに入るとすでに、同じく電子工作班のマンスーンさんの撮影中。3分クッキングみたいなスタジオセットの中で、みそしるさんに電子工作を料理教室風に説明しているところである。
「電子工作を」「料理教室風に」。また遠い単語が組み合わさった。しかしそういうビデオなのだ。
画角的にあんまり写らなかったけど、左側にカメラマンをはじめアシスタントの人やらマネージャーやらメイクさんやら、とにかく人がすごくいっぱいいる
軽妙なトークでスタッフ一同の笑いを取りつつ、電子部品の説明をしていくマンスーンさん。台本はない。全部アドリブ。え、俺、これやるの!?
完全に油断していた。誘われた当初は俳優業でないことにガッカリしたものだが、出番が多いとわかると、それはそれで心的負担が大きいのだった。あとで記事に書くために覚えておこうと思ったマンスーンさんのジョークも、緊張で聞いたそばからすべて忘れてしまった……。
マンスーンさんが作ってきた作品。「じゃがいも君が包丁をよけるマシン」
しかし、じゃがいもの背中にはざっくり切れた跡が…
脇にあるメンテナンス用テーブルにはイモ類と工具が散乱。唯一、心おちつく景色。
少し経ってから判明したのだが、実はミュージックビデオなので全く音は使わないらしい。要はしゃべってる感じの絵が撮れればセリフはどうでもよかったのだ。
ほっと胸をなでおろす僕。しかしすぐに次の試練が訪れる。マンスーンさんの出番が終わり、「ではマンスーンさんと石川さんこちらへ」と2人で奥の部屋に通された。
ダンスと便器
「ほかに場所がなくてすいません」と案内された、奥の部屋。部屋というか、ドアを開けるとそこはトイレだった。その奥に風呂。
便器と浴槽にはさまれて、今から始まるのはついに最後のキーワード「ダンス」だ。
ダンスシーンの練習である。
俺たちのダンスフロア
iPhoneで曲を聴きながら、その場で振付師の方が教えてくれる。さすがプロで、「はい、まずこう、次はこう」みたいな事務的な教え方ではなくて、「ここはこういうイメージでこういう動き。」「そうそう!次はこの動きを足してみましょうか」みたいな、素人でも覚えやすい教え方をしてくれる。
携帯でTwitter見ているように見えるが、左の人は曲の頭出しをしており、右の人は「トイレで振り付けの練習をする」という貴重な体験を写真に収めている
おかげでめちゃくちゃ運動神経の悪い僕でも、おお、わかるわかる!という感じで踊れるようになるのだが、次の4小節を覚えたころには前の4小節を忘れている。ダンスの長さは16小節。1小節ごとに変わる振り付けを16個覚えないといけない。うおおお……。(焦燥感からの咆哮)
久しぶりに自分の運動音痴を実感。中学校の体育館の風景が思い出されノスタルジックな気分になった。
その間、トイレの外では電子工作班、当サイトのライターでもある爲房さんの撮影中。後から聞いたら「マシンが未完成で全然動かなくてやばかったです」と言っていた。現場全体がギリギリの付け焼刃で動いているぞ……。
振り付けを全然覚えられないままダンスのレッスンは終わり、しばらくするとまた名前を呼ばれた。今度は反対側にある小部屋に行くみたいだ。(されるがまま)
ヘアメイクって髪型整えることじゃないんだって
メイクルームだ!!
人生初のヘアメイク。「男性ですからナチュラルメイクですよー」と言われたけど、なんかいろいろやって、ファンデーション塗って、あとなんか塗って(全体にわかってない)、最終的に、
別人のようになった
(参考)普段
すげー。メイクすげー。馬子にも衣裳、三十代半ばのおっさんにもメイクである。こんなに短時間で見違えるように小奇麗になった。(と自分は思ったのですが、それほどでもなかったらすみません)(自意識が強くて)
あとヘアメイクって髪型をメイクするってことじゃなくて、ヘア&メイクアップなんですね。おじさん知らなかったよ……。
そんな未知との邂逅を経て、いよいよ出番である。
いよいよ出番
さあ顔も小奇麗になったところで、いよいよ出番である。
材料スタンバイ
メイクから戻ってくるとなぜか森さんの姿が変わっていた(※この人が監督です)
いまから撮るのは、さっきマンスーンさんがやっていた、料理教室風に自分の電子工作を説明するパートだ。
先に書いたように、ミュージックビデオなのでトークは映像に使わない。そう思うと気は楽なのだが、逆にいえば全くセリフが決まっていないのだ。完全アドリブで7~8分、間を持たせねばならない。
本番スタート!オープニングシーン。
材料の説明をして
一緒に料理を作っていく
アドリブで8分持たせるのはかなり大変……かと思いきや、和やかなスタジオの雰囲気もあって、わりとペラペラしゃべることができた。
音声を使わないということは雑音を気にする必要がないため、スタッフの皆さんが普通に冗談で笑ってくれるのだ。
そんな中で工作の説明をするのが楽しくて、「石川さんもうちょっと短くていいですよ!」とたしなめられるほどであった。
演出上、たまに相手が森さんに代わる
ではさようならー
というわけで僕の説明が終了。
いやーひと仕事終わったわ、と退場しようとすると、カメラマンさんから声がかかる。
「はい2回目いきまーす!」
え!
2回目スタート
どうやら1台のカメラで3カメ分のカットを撮影するため、カメラの位置を変えて3回撮るのだそうだ。
音声と映像のずれを気にしなくてよいミュージックビデオならではかもしれない。
すごい一生懸命
また森さん
バイバーイ
これで終了!!(後ろ姿は森さん)
音声は要らないとか、スタッフが笑ってくれるとか、何回も撮るとか。ミュージックビデオは普通の映画の撮影と違って面白かったです。(映画に出たことあるかのような口ぶりで言いましたがないです)
ダンスシーン検証
さて、最後に、問題のダンスシーンの収録である。直前まで、「なんだかんだ言っても本番になったらできちゃうんじゃない??」と甘いことを考えていた。実際のところはどうだったか、写真で淡々と検証していこう
ダンススタート前。問題なし
片手を突き上げるところ。手がちょっと低いけどまあセーフ
右手を前に出すところ。一人だけ逆!!
イモを耳みたいにして可愛い感じに。問題なし
手をクルクル回すところ。一人だけ手の甲がかゆいみたいになってるけどまあセーフ。
「イーッ」のポーズ。みそしるさんの背後に隠れてはいるが、一人だけひじの曲がった男が…
本番もしっかり、踊れてなかった。個人的には幼少時から運動ができなかった自分のアイデンティティを確認して安心感すらあったのだが、関係者の皆様にはご迷惑をおかけした次第である。申し訳ございません……。
その後も撮影は続く
さて僕の出番は終わったが、そのあとも撮影は続く。
マイクの頭を即興でジャガイモに差し替えた爲房さん。工作班の面目躍如
藤原麻里菜さんの作品撮影のため腹筋させられる森さん(腹筋を10回するとポテトチップスが出てくるマシン)×3回
生ジャガイモの丸かじりシーン。表情が険しくなるほど固い(そして結局使われなかった)(追記・さいごにちゃんんと出てました。森さんごめん!)
森さんの絵コンテが可愛い
前日に森さんが夜なべで作った「じゃがえもん」。プラナリアっぽい
撮影後の記念写真を見返したら、なぜか主役を差し置いてセンターにいた。図々しい!
全部終わったのが10時くらいだっただろうか。いろいろあったけど、あっという間だった。
終了後、慣れないメイクで、シャツの袖にファンデーションがべっとり付いていた(袖で汗を拭いたのだろう)
完成したMVがこちらです
そんな撮影を経て、できたミュージックビデオがこちらである。
DJみそしるとMCごはん 『The Gang Eat More』
3分弱の短い曲だが、僕にとっては3日+5時間相当の思い出の詰まった最高のビデオである。1ページ目で心配していた工作のコンセプトが伝わりづらすぎ問題だが、般若心境から曲のタイトルに文字を差し替えることで無難に収まった。
ところでダンスシーン、あんまり長く使われてないのに、短い尺の中でしっかり間違えていたのが我ながら衝撃的であった。
一人だけかわいいポーズ
貴重な経験でした
1日のうちに、初めて自分の工作をミュージシャンの方に説明し、初めてのヘアメイクをし、初めて人前でダンスを踊った。いやー楽しかった。
ところで当初、「ジャガイモ」「電子工作」「ダンス」のほかに、実はもう一つキーワードがあった。「ミュージックステーションに出られるかもしれません!」というものだ。
MVの公開から4か月たつが、いまだ「そろそろかな…」と思いつつ連絡を待ち続けている状況である。
撮影協力(写真撮影) 三上ナツコ・羽鳥百合子