100以上の古民家をめぐった縁側通に話を聞く
個人的に居酒屋メニューのエンガワは好きだが、縁側にはそれほど注目してこなかった。これまで縁側があるような家に住んだこともない。
だから、ぜひその魅力を教えてほしい。せっかくなので、縁側に腰かけて話を聞くことにした
場所をお借りしたのは横浜にある「紫栄庵」。茶会や食事会、撮影などに日本家屋を格安で貸し出している
そしてこの人が縁側ちゃんこと、縁側大好きっこの成瀬夏実さん。腰かけ2秒で縁側のある風景に馴染んでいる。さすがである
もんぺを履きこなし、やや猫背で縁側に腰掛ける。そんな、おばあちゃん然とした佇まいが似合う彼女こそ、縁側をこよなく愛する成瀬夏実さん。24歳である。
もともとは退屈しのぎで始めた縁側めぐりがいつしかライフワークとなり、ここ2年で100以上の縁側に座ってきたという成瀬さん。
その取材成果は自身が運営する縁側情報専門サイト「縁側なび」にて報告されている。
――成瀬さん、なんで縁側が好きなんですか?
成瀬「逆に、縁側お嫌いですか?」
えっ? 縁側ですか? すみません正直、好きかどうか以前にあまり意識したことなかったです。
そんな「バスケットはお好きですか?」(スラムダンクより)みたいに言われても
縁側浴のススメ
――でも、今日改めて座ってみたら、いいもんですね。心が落ち着きます
成瀬「座っているだけでなんだか癒されますよね縁側って。小1時間ぼーっとしているだけで、嫌な事もすっかり忘れてリフレッシュできる。私はこれを縁側浴と呼んでいます」
なるほど、岩盤浴も縁側浴も、ついでにスイーツ食べ歩きも、リフレッシュという目的は同じ。成瀬さんにとって縁側はスパであり、パンケーキなのである。
もともとは古民家好きだった成瀬さん。各地の古民家を訪ねて回るうち、縁側で過ごす時間が最も癒やされることに気づいた 。訪ねた縁側で爆睡してしまうこともあるという
いい縁側とは?
――ちなみに、「いい縁側」ってどんなのですか?
成瀬「評価とかはしたくないんですけど、個人的に好きな縁側はあります。まず重要なのは、縁側から見える景色。開放感があって、庭や周囲の風景に四季を感じられるといいですね。縁側自体の大きさはあまり関係ないです。それよりも、きちんと手入れされているかどうかが気になります。あと、できれば窓はアルミサッシじゃない方がいいですね」
――なるほど、ではお好みでない縁側は?
成瀬「文化財の古民家に多いんですけど、建物の保全のために縁側に絨毯が敷かれていることがあって、あれはちょっと残念な気持ちになりますね。もちろん保護は仕方ないんですけど、せっかくの縁側に絨毯を敷くなんて…超つまんない!」
縁側愛が溢れすぎて、思わず若者ことばで憤慨する成瀬ばあちゃん。いや、思わずおばあちゃんとして接してきてしまったが、そうだった、彼女平成生まれだった。
ちなみに、ここの縁側はどうですか? と聞いてみたところ「広縁が畳敷きなのがいいですねえ(しみじみ)。風の抜けも心地良くて、日本家屋本来の機能や目的に則った、いい縁側だと思います」
豊かな森を借景にするロケーションも成瀬的には高ポイント
いい縁側の見分け方
そんな成瀬さん、数々の古民家をめぐるうち、最近は外観からある程度、そこに好みの縁側があるかどうかを推測する嗅覚が身に着いてきたという。「直観なんですけど、あっここ良い縁側ありそう!って思ったら、だいたい当たり」と、縁側に対する目利き力をぐいぐい伸ばしている。
成瀬「あとは、建物の年代や歴史、用途からもある程度は推測できます。縁側のようなつくりって平安時代頃からあるんですが、民家に縁側が設えられるようになったのは江戸時代に入ってからともいわれています。
ただ、江戸時代でも農家のお宅には縁側はないことが多いですね。また、明治から大正にかけての建物は西洋文化の影響で、外観は古くても内部は洋式のつくりになっていることも多いので要注意です」
スキあらば、すぐ縁側浴に入ってしまう成瀬さん
なお、多いときでは1日5軒の古民家&縁側をめぐったこともあるという成瀬さん。東京近郊の気になる縁側はあらかた狩りつくしてしまったため、最近はもっぱら地方遠征に力を入れているという。
そこで、各地のオススメ縁側をいくつか挙げてもらった。
オススメ1「古民家ゲストハウス梢乃雪(長野県)」
成瀬評「長野県小谷村、信州最北西にある築150年の古民家。まさに日本の原風景そのものといった風情ある建物を利用したゲストハウスです。農家さんちの縁側って比較的景色が開けていることが多いんですけど、ここは別格。信州の山々が目の前に広がっていて、最高の眺めです。あと、ここはチェックアウトの時間が特に決まっていないので、のんびり縁側で昼寝ができるのもポイントですね」
おいしい空気と鳥のさえずり、雄大な山々を眺めながら縁側でまったりくつろげる
テーブルを縁側に寄せて食事もできる。ティファニーならぬ縁側で朝食を
オススメ2「はなとね(兵庫県)」
成瀬評「神戸市郊外にある、茅葺屋根の古民家を使ったベーグル専門店です。ここも庭がめちゃくちゃ広くて、とにかくのどか。ウグイスの鳴き声を聞きながら、縁側でまったり過ごせます。家族で切り盛りされているお店で、子どもたちが芝生の庭で裸足で遊んでいる光景にも癒やされますね。基本的に土日のみの営業ですが、心地良い風を感じながら食べるベーグルは最高です」
庭が広い!
この古さ加減も最高。ずっとスリスリしていたい触り心地なんだとか
オススメ3「Le Lotus Bleu(沖縄県)」
成瀬評「石垣島にある1週間滞在型の宿です。飛騨高山から移築された築100年の古民家をリノベーションしていて、中は南国風になっています。衝撃的なのは、広縁と庭の間にある『ガラスの縁側』。見た目の美しさもさることながら、腰かけた時にひんやり気持ちいい、あの体験は感動的でした。印象深い縁側のひとつですね」
もともとは明治時代の商家の建物
ガラスの縁側、確かにこんなの見たことない。なんとも涼しげである
縁側は日本の原風景
うんうん、確かにどれもこれも素敵な縁側だ。縁側とは無縁の人生を送ってきたぼくでも、不思議と懐かしさを感じてしまう。
成瀬「東京出身で田舎に帰省する機会がなかった人でも、なんとなく『縁側でスイカを食べる夏休み』みたいなイメージをお持ちだったりしますよね。縁側って皆がなんとなく抱く、日本の原風景のひとつなんだと思います」
縁側とは日本人のDNAに刷り込まれた、心のふるさとなのかもしれない
縁側にある物語に思いを馳せよ
「 縁側にはストーリーがある」
そう成瀬さんはいう。たとえば、あるお宅の縁側にはおばあちゃんお気に入りの定位置があり、もう何十年も同じ場所に座っているため畳が摺り切れてしまっているという。
他人から見れば単なる摩耗だが、家族にとっては大切な思い出。そんなちょっとした痕跡から、縁側にまつわる家族のストーリーに思いを馳せるのが、たまらなく楽しいというのだ。
ううむ、なるほど。通の楽しみ方はさすがに深いなあと感心させられた次第である。
■縁側なび
http://engawanavi.com/