特集 2015年7月20日

江戸時代の旅の心得61ヶ条

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今からおよそ200年前の江戸時代後期、庶民の間で旅行ブームが起こったそうな。人々は、やれ湯治だ、やれ参詣だと理由をつけては物見遊山の旅へと出かけたといい、今でいう旅行ガイドブックのような旅の指南書も数多く出版されていたようだ。

なかでも当時の旅人たちから絶大な支持を受けたのが、1810年に刊行された『旅行用心集』だ。旅における基本的な心構えやポイントを綴った名著。細部に至る多彩なノウハウの数々は、現代の旅においても参考になるものが多い。

先日、その現代語訳版を手に入れた。せっかくなので、江戸の庶民の心得にならい、旅に出かけよう。
1980年生まれ埼玉育ち。東京の「やじろべえ」という会社で編集者、ライターをしています。ニューヨーク出身という冗談みたいな経歴の持ち主ですが、英語は全く話せません。

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江戸時代の旅の達人が記したノウハウ本

『旅行用心集』、 著者は八隅蘆菴。自身も諸国を行脚しまくった旅の達人であった氏は、知人から旅行のアドバイスを求められることも多かったようだ。いちいちそれらに対応するのが面倒になり、知り得たノウハウの全てを一冊にまとめたのが本書であるという。
で、こちらが八坂書房から出ている『旅行用心集』の現代訳版。アマゾンでも買えます
で、こちらが八坂書房から出ている『旅行用心集』の現代訳版。アマゾンでも買えます

けっこうスパルタ

旅ブームといっても、当時の旅行は現代ほど手軽に出かけられるものではなかった。
道中には危険も多く、一方で、それらに対処するための情報は少ない。たった数日の旅に出るにも、その何倍もの時間をかけて入念な事前準備を行う必要があっただろう。そんななか、豊富な経験に基づく実践的なノウハウ本は、かなり重宝されたに違いない。

『旅行用心集』の中で蘆菴先生が提唱する旅の心得は、実に61ヶ条にもおよぶ。
ひとつひとつの「用心」の中には、けっこうスパルタなものもあり、なかでも「事前準備」に関しては、ことさら厳しい。
たとえば、前夜の身支度について。気ぜわしい朝ではなく、前夜のうちに荷造りを済ませておきなさいと説いている。朝出かけるのが遅くならないよう、足袋は床の中で履けるくらいに準備をせよと蘆菴氏。はい! もう前日から履いておきます
たとえば、前夜の身支度について。気ぜわしい朝ではなく、前夜のうちに荷造りを済ませておきなさいと説いている。朝出かけるのが遅くならないよう、足袋は床の中で履けるくらいに準備をせよと蘆菴氏。はい! もう前日から履いておきます

朝寝坊は命とり

旅の空では時間を有効に使うことが重要。徒歩で旅をしていた当時はなおさら、日のあるうちに次の宿場までたどり着かなければ、危険な夜道に身をさらすことになる。朝の遅れは、まさに命取りだったのだろう。
駕篭(東海道線)に乗って、旅のスタート地点へ向かう
駕篭(東海道線)に乗って、旅のスタート地点へ向かう
61ヶ条の心得の中には、そうした「わりと普通のこと」も多い。普通、といっても全ては著者自身の実体験に基づく危機回避術だけに、一つひとつが身に迫るものがある。

たとえば、「旅行中は、とりわけ色欲を慎みなさい」と蘆菴氏は説いている。自身も道中、女性関係で痛い目に遭ったりしたのだろうか。
決して色欲に惑わされてはいけない
決して色欲に惑わされてはいけない
とはいえ、これは恐るべきセクシーだ
とはいえ、これは恐るべきセクシーだ

東海道、戸塚宿~藤沢宿を歩く

さて、前置きが長くなったが、今回旅をするのは東海道の戸塚宿~藤沢宿間。江戸の旅にならい、宿場から宿場までを歩きとおしてみたいと思う。
なお、江戸時代の旅人は10里半(約42km)とか1日で普通に歩いたそうだが、軟弱な現代人には10kmくらいが適当ではないかと思う。戸塚宿(戸塚駅)~藤沢宿(藤沢駅)間が約9kmなのでちょうどいい。

とはいえ、この日は梅雨明け直後の猛烈な日差しが照り付ける過酷なコンディション。
『旅行用心集』の教えを守りながら、注意深く歩を進めていきたいと思う。
ご存じ東海道は現在の国道1号。『東海道中膝栗毛』の舞台としても知られる、江戸時代における最もメジャーな旅路のひとつ
ご存じ東海道は現在の国道1号。『東海道中膝栗毛』の舞台としても知られる、江戸時代における最もメジャーな旅路のひとつ
戸塚宿~藤沢宿は約9km。江戸時代の人にとっては、ちょっとした散歩くらいの距離かもしれない
「旅の初日は、とりわけ静かに足を踏みしめて、ぞうりが足によくなじんでいるかを確かめるようにするがよい。旅だってから二、三日の間は、ときどき休んで、足を傷めないようにしなさい」(桜井正信訳『旅行用心集』より、以下同)

61ヶ条の一番初めの項、蘆菴氏はそう説いている。「心がはやる旅の初日、休まずがむしゃらに歩いて足を痛めれば、その後の旅のじゅう苦しむことになる」と。ううむ、見事に旅ビギナーの心理を突いている。
ちなみに、旅にかかる費用を持って歩く際は、(物盗りに遭わないよう)腹巻の財布に入れていくのがよいとのこと。あいにく腹巻がなかったので、首から財布入りの袋をぶら下げて歩く
ちなみに、旅にかかる費用を持って歩く際は、(物盗りに遭わないよう)腹巻の財布に入れていくのがよいとのこと。あいにく腹巻がなかったので、首から財布入りの袋をぶら下げて歩く
30分歩いて5分休憩。教えにならい、必要以上に足を休めることにする
30分歩いて5分休憩。教えにならい、必要以上に足を休めることにする
熱中症対策は現代の方が進んでいる
熱中症対策は現代の方が進んでいる

レジャーの旅は原則禁止

ちなみに、今回こんな気楽な感じで旅に出ているが、江戸時代の庶民には原則として、単なる物見遊山の旅は認められていなかった。認められていたのは病気療養のための「湯治の旅」、伊勢参りをはじめ参詣のための「信仰の旅」で、それらでさえも、実際に旅に出るためにはその詳細を事前に土地の有力者(村長、名主、役人、菩提寺の住職など)に届け出て、往来手形を発行してもらう必要があったという。

実際は単なるレジャーとしての旅行も多かったようだが、(本来はお気楽な旅であっても)何かしらの大義名分が必要だったのだ。もう、めちゃくちゃめんどくさい。

しかも、基本徒歩なので何日もかかる。その間、仕事を休むためにも、ものすごい調整能力が必要だったことだろう。

たった1日の有休すらも満足にとれない現代人は見習うべきかもしれない。
日本もオランダみたいに週休3日になりますように
日本もオランダみたいに週休3日になりますように
あと、これを言っちゃあ身も蓋もないのだが、ただ歩くだけの旅というのはけっこう退屈だ。今以上に変わりばえのしない風景が続く、江戸時代の街道ならなおさらであろう。

だからこそ、街道に小さな楽しみを見つける心の豊かさが、江戸時代の旅人には備わっていたのかもしれない。そうでなければ、1日数十kmにもおよぶ道程を歩きとおすことなど、とてもできなかっただろう。
たとえば、それは沿道を彩る可憐な花々を慈しむ心とか
たとえば、それは沿道を彩る可憐な花々を慈しむ心とか
注意深くアンテナを張っていると、これまであまり気を留めていなかった街中の色んな情報が意識下へ飛び込んでくるようになるものだ。
車検2年付で14万は買いかもしれない
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田中定食のおかずの充実ぶりには目を見張るものがあった
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果たしてそれはインプットすべき情報なのか、というのはさておいて、色んな事象に興味を持つのは良いことに違いない。
しばし木陰で日差しをエスケープ
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