「おけや」さんにやってきた
深谷市出身の友人によると、子供の頃に食べていたもんじゃ焼きは必ずカレー味で、具の少ないシンプルなもの(言葉を選んでみた)だったらしい。東京でもんじゃ焼きを食べて、全然違うものが出てきてビックリしたそうだ。
その友人が食べていた店は全部なくなってしまったそうで、やってきたのは「おけや」さんという、戦中から続く伝統あるもんじゃ焼き屋さん。
店名の由来を聞くのを忘れたが、この辺りは赤城山から吹き下ろしてくる風がとても強いので、「風が吹けばおけやが儲かる」というジンクスからの命名だと、私は睨んでいる。
暖簾が仕舞われていたので、休業かと一瞬焦った。
大丈夫、ちゃんと営業中だった。風が強いからだろうか、命は懸けても暖簾は外に掛けないようだ。
おかみさんは三代目だそうです。
訪れたのは平日の昼過ぎ。店内に入ると、お客さんの女性率が100%だった。
デパートのエレベーターで、降りる階を間違えてしまい、婦人服売り場に来てしまったようなアウェー感。
女子会だろうか。
さすが戦中から営業しているだけあって、壁に張られたポスターや、無造作に置かれている電話など、そこらじゅうが懐かしい感じ。
いわゆる老舗とはちょっと違う、生活に密着した狙っていない古さだ。
昨日私が営業確認のために掛けた電話が、この黒電話に掛かったのかと思うと感慨深い。
フライ焼きってなんだろう
壁に張られたメニューを確認すると、もんじゃ焼きは大、中、小とあり、値段はそれぞれちょっといい回転寿司くらいだ。
大きさの単位がよくわからないので、とりあえず中サイズを注文してみる。
地域密着価格。
せっかくだから他にもなにか食べようかなと店内を見渡すと、厨房側の壁にグランドメニューが貼られていた。
ええと、「フライ焼」ってなんだろう。どっかで聞いたことがあるような気もするが。しかも「玉子入」、「肉入」、「肉玉入」とシリーズ化している。
思わず二度見してしまったフライ焼きシリーズ。
「フライ」と「焼き」、どっちも調理方法だ。
蒸し焼きとか、カツ煮みたいなニュアンスなのだろうか。
「お好み焼そば」というのも気になる。お好み焼きなのか、焼きそばなのか。しかもポテトフライ入り。
懐かしのメルルーサあたりの白身魚をフライにして、鉄板で焼いて温めなおしたものということでどうだろう。
でもそうなると、肉入りとか玉子入りとの整合性がとれてこない。
すみません、フライ焼きもお願いします。
すごく離れたところに、お好み焼きもひっそりとあった。
もんじゃ焼きとフライ焼きを注文して、出てきたのがこれだ。
深谷のもんじゃはカレー味
事前情報として、深谷のもんじゃ焼きは、カレー粉とサクラエビが入っているというのを聞いていたので、こっちがもんじゃ焼きだということはすぐに分かった。
これが深谷地方のオリジナルもんじゃ焼き。230円。
見たところは、カレー粉が入っている以外、いわゆるもんじゃ焼きと同じなのだが、鉄板に広げてみると、その違いに気がつく。
普通と違うところ、わかりますか。
もんじゃ焼きといえば、土手を作りながら食べるものだが、このもんじゃ焼きには、土手の建材となるキャベツが一切入っていない。
代わりに入っているのはネギ。深谷といえば深谷ネギということで、昔から深谷のもんじゃ焼きは、キャベツではなくネギなのだそうだ。
カレー粉の由来はよくわからないけれど、「深谷のもんじゃはこういうもの」として、当然入っているものらしい。
コネコネしながら食べる
もんじゃ焼きの食べ方だが、土手も作らず、ひっくり返すこともなく、小さなコテでコネコネしながら、一口ずつ口に運んでいけばいい。取り皿はない。
よくわからないけれど、なんとなくインドのナンをちぎって食べている気分になってきた。カレー粉のせいだろうか。
見たことのないタイプのコテ。
俺の南アメリカ。
メインの具がキャベツではなくネギなので、月島あたりのもんじゃとはだいぶ印象が違うが、もんじゃ焼きに貴賎なし。
やはり焼き立てを鉄板から直に食べるというスタイルは素晴らしい。カレー粉の香りがネギの甘さとよく合っている。
薄く延ばしてオコゲをつくるのが楽しい。
これが深谷のフライ焼きだ
続いては、もう一品のフライ焼き。注文が間違っていなければ、このお好み焼きみたいなものがフライ焼きであるはずだ。
どの辺がフライなんだろう。
食べ方がわからなかったので、店のおばちゃんに焼いてもらったのだが、こちらはキャベツの代わりにネギを使ったお好み焼きという感じ。
さすが深谷、ネギ押しである。
フライ焼きは200円。飲み物を頼もうとしたら、外の自販機で買ってくるように言われた。客単価350円くらいだ。
コテを押しつけて模様を付け、ソースを塗ったら完成。
食べてみると、ネギの入ったキャベツ抜きのお好み焼きである。フライの要素はゼロ。
お店のおばちゃんや常連さんに聞いてみると、このフライ焼きは戦中くらいから、もんじゃ焼きとは別のものとして存在しているそうで、誰も名前の由来は知らないそうだ。
「フライ焼きはフライ焼きなのよ」
ちょっと調べてみたら、深谷から熊谷を挟んで東にある行田市が、フライ発祥の地らしい(
行田市や
観光協会のサイト参照)。
フライという食べ物、どっかで聞いたことがあるような気がするなとは思っていたが、前にライターの斎藤さんが、行田で食べ歩いていた(
こちら)。おれ、前にそれ読んた覚えがあるな。
行田では観光資源としてフライを活用しているようだが、ここ深谷では、フライ焼きは地元のおばちゃんや子供のおやつのまま、今後も愛されていくようだ。
駄菓子屋スタイルのもんじゃ焼きもあるらしい
お客のおばちゃんにいろいろ話を聞いていると、子供の頃はここのような専門店ではなく、駄菓子屋でもんじゃ焼きをよく食べたらしい。あと舟木一夫はいい男だったそうだ。
駄菓子屋のもんじゃ、こち亀の回想シーンで見たようなことがあるような。まだ存在するのなら、是非いってみたい。
「これ、おいしいんだよ。ジャガイモが違うみたい。わかんないけど!」と、ポテトフライを渡された。
こっちの方がフライ焼きっぽいな。甘くておどろいた。
さすがにもんじゃ焼きを出すような駄菓子屋は深谷でも減ったそうだが、一軒だけ心当たりがあるらしい。たぶん友人が食べたというもんじゃ焼きも、そっちの雰囲気の店なのだろう。
さっそく場所を教えてもらって、いってみることにした。
焼きそばにも芋が入っていた。深谷は炭水化物率が高くてうれしい。
看板の出ていない駄菓子屋さん
土地勘のない場所で、迷いながら歩くこと30分。その存在を知らなければ、絶対に素通りしてしまいそうな駄菓子屋を発見。
看板もなにもない店だが、ここが昔ながらのもんじゃ焼きを出してくれる駄菓子屋さんなのだろうか。
深谷にもスクランブル交差点があった。
これがもんじゃ焼きを食べさせてくれる駄菓子屋さんらしい。
今売れているはずのAKB48なのに、おニャン子クラブ以上の歴史を感じる不思議なガチャガチャ。
店内は私が子供のころに遊んだ駄菓子屋よりも、さらに10年は古い雰囲気。
ポケットの100円玉がいつもの10倍の価値になるような、素敵なタイムスリップ感がある。
映画のセットみたいだが、ブラックサンダーがあったので現在進行形。
文化財みたいなもんじゃ焼きスペース
店内を見渡したところ、もんじゃ焼きが食べられるようなスペースはない。もうやめてしまったのかなと思いつつ、ダメもとで聞いてみたところ、なんと店の奥に通された。
紹介者がいないと入れない、会員制のクラブに潜入調査するような気分である。
小学生の頃、家からちょっと離れた駄菓子屋で、ビックリマンシールを金銭売買する秘密の会合があったが、そんな感じ。
あの奥に鉄板があるらしい。
店の奥には、テーブル二つ分の味わい深い鉄板がセットされていた。
ここまでくると、わび・さびの世界である。もはや茶室のようだ。
実際に利用する子供は、そんなこと考えないんだろうけれど。考えていたら相当生意気なガキだ。
インベーダーゲームかと思ったら鉄板だった。
この居心地のいい空間に、よそから来た大人が入り込むのはなんだか悪い気もしたが、まだ学校が終わる前の時間のようなので、ここでもんじゃ焼きをいただくことにした。
値段しか書かれていない、寿司屋の逆方式メニュー。
これが駄菓子屋のもんじゃ焼きスタイル
注文したのは、贅沢に300円のもんじゃ焼き。卵が二個も入っていた。
もちろん深谷のもんじゃ焼きなので、生地はカレー粉で黄色く染まっていて、ピンクのサクラエビが浮いている。メインの具はキャベツではなく深谷ネギ。
さっきの店よりも、だいぶ生地がゆるいかな。
シンプルなコテに様式美を感じる。
お茶を立てる道具みたいな風格を持った、油を引くやつ。
ここの鉄板は、縁部分がないシンプルな板状なので、油断すると鉄板からはみ出てしまいそうになる。
きっと何十年も前から、お客さんみんなが「縁はないのか」と思いながらも、このフラットな鉄板で上手に焼けるようになるのが、うれしかったのだろう。知らないけど。
あぶなく全部を一気に流して大惨事にするところだった。
深谷市がどんな形なのかは知らないが、直観的に深谷市っぽい形になったような気がした。
戸惑いが楽しかった
ここのもんじゃ焼きは小麦粉の量が薄く、卵の割合が多いため、フワフワとした独特の感じに焼き上がった。
昔は卵が高級品だったため、もっと小麦粉率が高くてパリパリだったらしい。「卵は物価の優等生」という言葉が、頭に浮かんできた。
もんじゃって、どのタイミングで食べていいのかがわからない。
二回目は、ベビースターをトッピングしてみた。
このオコゲが好き。
なんだか年上のいとこのところに遊びに行って、いきつけのもんじゃ屋に連れて行ってもらったような気分。心は小学三年生。
この土地での「当たり前」を、なんの説明もなく体験させてもらったことによる、自分の中の戸惑いが楽しかった。
高級レストランや異国料理などで味わうのとはちょっと違う、もっと身近な、幼い頃にたくさん味わった戸惑い。
帰りにコーラを飲んだら、なんだかいつもよりおいしく感じた。
二件目にいったお店の名前と場所については、あまりたくさんお客さんが来ても対応できないからということで、非公開にしてほしいとのことだった。
ただ、来てくれたお客さんには、よその人でも普通に接してくれるので、気になる人は散歩がてら探してみてください。