特集 2012年1月19日

農道空港って何だ

農道から宇宙へ!
農道から宇宙へ!
北海道の地図を眺めていたら、見慣れない文字が目に入った。

小樽市の西隣、余市町というところに「北後志離着陸場」と書かれている場所があったのだ。調べてみると、正式名称は「北後志農道離着陸場」というらしい。農道なのに、飛行機が飛び立ったり着陸したりできる場所なのだろうか。

気になったので、どんなところか見に行ってみた。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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農道が滑走路?

農道離着陸場と聞いて想像したのは、ふだんはのんびりトラクターが走り、いざというときは閉鎖されて飛行機が離着陸するまっすぐな道、というイメージ。それはかっこいい。何となくルート66のような荒涼とした風景が頭に浮かんだ。日本にもそんなワイルドライフがあるのか。
視界の端に捉えたとき身体のアンテナが反応した
視界の端に捉えたとき身体のアンテナが反応した
実際に余市町に行って現地に近づいてみると、周辺は農村地帯で特に果樹園が多く、フルーツの栽培が盛んな地域のようだった。まさに「もぎたてフルーツ産地直送」が可能である。
こういう感じの果樹園が多かった
こういう感じの果樹園が多かった
青果市場も近くにある
青果市場も近くにある
地図でだいたい離着陸場の場所まで来て、青果市場近くの交差点を曲がるとずっと先まで一直線の道に出た。僕の想像では「ふだんは一般道、ときどき滑走路」だと思っていたので、ここか、青果市場で荷物を積んで、ここで飛び立つのか!と思って興奮した。
ここで飛行機が離着陸したら本当にかっこいい
ここで飛行機が離着陸したら本当にかっこいい
しかしカーナビで確認すると、離着陸場はこの道のとなりにあるようだ。
すぐ近くのはずだけど、見えない
すぐ近くのはずだけど、見えない
しばらく走ってみたけど入り口がなかなか分からず、離着陸場の周りをぐるっとまわってしまった。すると、こんな看板を見つけた。
思ったよりちゃんとした飛行場だった
思ったよりちゃんとした飛行場だった
それは北海道による事業説明の看板。そこに描かれていた図にあったのは、明らかに農道ではなく立派な滑走路だった。想像とまったく違う!友達の家に遊びに行ったら、ウチ小さいよと言っていたのに車寄せがあった、というくらいの衝撃だ。
これふつうに飛行場じゃん
これふつうに飛行場じゃん
「農道」がつく意味がよく分からないけど、事業主体が農水省なので、農道建設と同じ財源で作られた飛行場ということなのだろうか。

ようやく見つけた

その後、ようやく離着陸場入口の看板を見つけた。「アップルポートよいち」という愛称らしい。看板に描かれた海と白い雲、そしてセスナ機がどことなく南国リゾートっぽいけど、添えられた真っ赤なリンゴでここが北国であることを再認識させられる。絶妙なバランスだ。
ミスマッチってこういうことかな
ミスマッチってこういうことかな
矢印にしたがって進むと、どうやら飛行場入り口を示すらしい塔が建っていた。てっぺんに紙飛行機型のオブジェ、その下のリンゴの形をした看板には日本を中心とした東アジアの地図が描かれている。ここのリンゴをアジア一帯に出荷するぞ!というような意気込みだろうか。あまりにも壮大である。
かわいさの中にものすごい野望を秘めている
かわいさの中にものすごい野望を秘めている
そのまま道なりに進むと、カーナビの地図は飛行場の中に続いていたけど、入口には門があって立入禁止だった。今日は出荷がないので閉鎖されているのだろうか。
そのまま滑走路に続いてるのかと思って驚いた
そのまま滑走路に続いてるのかと思って驚いた
残念ながら門が閉まっていて入れない
残念ながら門が閉まっていて入れない
滑走路は盛り土をした高台に造られている。このまま中を見られないのも悔しいので、土手を登って、柵の外から離着陸場の中を覗いてみた。
盛り土の上にはものすごく広い土地があった
盛り土の上にはものすごく広い土地があった
平坦で分かりにくいけど滑走路のようなものがある
平坦で分かりにくいけど滑走路のようなものがある
農道離着陸場は、やっぱり農道の面影はまったくなく、立派な飛行場だった。離島とか中小国とか、このくらいの規模で旅客用の空港として使っているところも世界中にあると思う。

柵に沿って歩きながら先の方を見ると、ひとつだけ小さな建物が見えた。あれが管制塔かも知れない。
先の方に建物が見える
先の方に建物が見える
数少ない飛行場らしい設備
数少ない飛行場らしい設備
管制塔らしき建物の近くまで来た。なんと壁にはスペースシャトルの絵が描かれていて、「宇宙にもリンゴを!?」と思ったけど、調べたらこの余市町は宇宙飛行士の毛利衛さんの出身地らしく、それに因んだ絵なのだろう。
管制塔兼空港ターミナルビルか
管制塔兼空港ターミナルビルか
この飛行場唯一の建物である管制塔の奥には、さっき閉まっていた門から続く道が伸びていて、駐車場になっていた。ここは滑走路にも繋がっているので、駐機場も兼ねているのかも知れないけど、入り口部分にはもうひとつ門があった。
駐車場兼駐機場
駐車場兼駐機場
結局、入口が閉まっていたので中には入れず、高低差もないので飛行場っぽい写真は撮れなかった。でもこんなのどかな農村地帯にとつぜん飛行場があるのは不思議な感覚だった。

何のための飛行場なのか

あとから調べたら、農道離着陸場は別名農道空港とも呼ばれ、いわゆるバブル時代に、農産物を産地から直接空輸することで農業の振興を図るという考えのもと計画され、全国に8カ所つくられたらしい。希少な作物を新鮮な状態で出荷して価値を高めよう、ということだろうか。

だけど、空輸するほど新鮮さに価値がある農産物って何だろう。
花?(北海道で花の写真これしかなかった)
花?(北海道で花の写真これしかなかった)
もも?(もも?)
もも?(もも?)
肉だって農産物だろう(肉の写真これしかなかった)
肉だって農産物だろう(肉の写真これしかなかった)
ソフトカツゲン?(ソフトカツゲンの写真これしかなかった)
ソフトカツゲン?(ソフトカツゲンの写真これしかなかった)
結局、空輸のコストと需要に折り合いを見出すことができず、事業は10年も経たずに廃止された。つまりバブルの申し子だ。まあ、農道離着陸場に限らずバブル絶頂時の需要予測なんてどれも現実的じゃなかった。

いま、離着陸場はドクターヘリの離着陸やイベント、撮影の貸出し、地域のお祭りなどで利用されているらしい。ちなみに申請すれば自家用機で離着陸もできるとのこと。
これは消防ヘリ(しかも違う空港)
これは消防ヘリ(しかも違う空港)
この北後志農道離着陸場ができたのは1997年。すでにバブルは跡形もなく、計画にあった農作物の空輸はどのくらい行われたのか分からない。

でも、もしバブル真っ最中に開設していたら、たとえば銀座のクラブで携帯電話を取り出し、ここからリンゴ1箱を直送させて、「君のためにいま北海道から届けてもらったよ」なんてやってのけた成金がいたんじゃないだろうか。

僕はそういう、可能性が1%にも満たないような想像をするのが好きだ。

農道空港を後にして、近くのお寿司屋さんでお昼を食べながら思った。果物は持ちがいいからトラックでも大丈夫。それなら獲れたての海産物を運べばよかったのではないだろうか。
これで1350円!
これで1350円!
いや、やっぱり現地で食べるから安くておいしいのだ。もし自家用機を持てるくらい稼いだら、北後志農道離着陸場まで飛んで、また安くておいしい寿司を食べたいと思う。

バブルの跡大好き

農道空港、存在自体まったく知らなかったのでいろいろ興味深かった。

現実性はともかく、こういう夢のある計画を考えて、しかも実行してしまうんだからバブルはおもしろい。これからもバブルの跡形を見てまわって、それを作り出した人のロマンに浸りたいと思う。
近くで見つけたこのホテルもロマン溢れる
近くで見つけたこのホテルもロマン溢れる
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