ビルに反射する日の出
『ビルに反射する日の出』という、情緒があるような無いような、憎たらしいようなありがたいようなものを見られたのがとても良かった。
早起きが好きみたいだ。
寝るのが大好きなので今まで認められずにいたが、早起きする予定があるとワクワクする。起きた瞬間のいつもと違う空気と、覚醒している時間がいつもより長いお得感が好きなんだと思う。夜更かしも悪くないが僕はお化けが怖いのでやはりどちらかといえば早起きの方がいい。早起きが好きだ。
早起きして何かをしよう。やはり早起きは日の出を見るんじゃないか。
日の出が見えそうな場所を探し、早起きして見に行く、というのを三日間やった。
何の節目でもないし、特別良いことも嫌なことも起きていないが、早起きして日の出を見に行くことにした。この時期の日の出は5時過ぎ。電車の始発に乗っても行ける範囲は限られるので、自転車で見に行くことにした。近所の日の出ということになる。そういえば近所で日の出って見たことない。
事前に場所を調べて、東京の、御茶ノ水の聖橋はどうじゃろうか、ということになった。
ここ。
この橋が急な坂を登りきった場所にあって、さらに下の神田川も東西に流れているので、かなり東側に開けた景色になっている。高いビルが多い場所なんだけど、ここなら良い日の出が見られるんじゃないだろうか。
だいたいこれぐらいの目論見で目覚ましを4時にセットして寝た。
夜中に目を覚ましては「まだ1時か…」「まだ2時か…」とかやりながらやっと4時を迎えた。用意しておいた服を着てすぐ外に出た。
まだ暗いことの何がそんなに嬉しいのか分からないがとにかくワクワクした。
暗い中鳥の声はたくさん聞こえるが、通行人はまったくと言っていいほどいない。車道を挟んだ道路の向かいに二人、人影があるなと思ったら
「もうすぐ夜が明けるらしいっすよ。世の中的には。」
という言葉だけ聞こえた。やさぐれた口調だったので、夜明けとかどうでもよくなるようなとんでもないことが起きて今まで働いていたのかもしれない。気の毒である。
あと、信号を待っていたら後ろで気配がしたのでびっくりして振り返ると、すぐ後ろで男の人がゆっくり転ぶところだった。
「大丈夫ですか?」
と声をかけたらシャキッと立ちあがり、全然大丈夫っぽいことを言って足早に行ってしまった。これはちょっと本当に心配になったが、顔色は悪くなかったし駅の方に向かって歩いて行ったので多分なんとかなるだろう。さすがの朝4時だな、といった感じの出来事だった。
5時前に着いた。5時15分ごろ日の出らしいので、それまで日の出が見えそうな角度を探しながらのんびりする。
さっき日の出が見えそうな角度を、と書いたがそこまで真剣に探してはいなかった。来てみたらやはり視界が開けているので、そのうちどこかのビルの向こうからピカーと来るんだろうなと思っていたからだ。それを楽しみに早朝の空気を味わっていた。
もう始発が動いていて、下に見える駅から「おはようございます」という聞き慣れないアナウンスが聞こえた。
そうして5時15分になった。
5時半になった。空のグラデーションのうち、白い部分が大きくなり、その上が明るい青になってきた。明るくなってきたのだ。同じ散歩のおじいちゃんに二回すれ違った。往路と復路だ。
ここでやっと焦り出した。確かに待てばビルの向こうから日は出るだろう。でもその時、空が明るかったらなんか違うんじゃないか。それって思ってた日の出とちょっと違うんじゃないかと思うのだ。
なんかこう「ピカー!」という感じの日の出を見たい。そう思いながら、檻の中のトラみたいに橋を行ったり来たりした。するとある時間のある角度で見つけたのだ。
間接的に日の出を拝むことになった。そうか、そうなるのか。
ここで決心がついた。この場所を捨ててLAOXの方へ向かってみよう。まだ少し暗い。この間に直接日光を浴びたい。カメラを手にLAOXへと走った。
直! やった! これか!
ここで待っても良かったのだが、このまま川沿いに下ればまた開けた場所があるのだ。そこに行こう。
また間接照明だ! なんてムードのない間接照明なんだ。完全な言いがかりを呟きながら別の場所に走る。
見えた。朝日が「出た」というより「見に行った」という感じになった。4時台の優雅な過ごし方が恨めしくなるほど走ってしまった。
二日目が一コマで終わってしまった。
日の出を見慣れていない僕にとってのそれはマンガやアニメに出てくるもので、どれも強烈な放射線を描いて世界を照らしていた。それはもうどこからでも見えそうなくらい強烈に朝日が登っていた。
実際はそうじゃないんだ。ビルの隙間から「モワーッ…!」という日の出もあるのだ。そりゃそうだ。
物語の中のような日の出はそうそう見えない。
分かってはいても、現実に、フィクションのように振舞って欲しいと願ってしまう愚かな気持ちを捨て切れなかった。暗い空から「ピカー!」となるきれいな日の出が見たいのだ。
そんな気持ちでぼやぼやと地図を眺めて、次は隅田川の遊歩道に行ってみることにした。
ここ。
前回分かったのは、ビルが多い地域では土地の高さと日の出の見やすさはそんなに関係ないということだ。結局ビルの間を縫って朝日が見えるかどうかが鍵になるので、ある程度視界が開けていれば標高は低くてもしょうがない。
そしてここであれば川に沿って大きく動けるので朝日が見える角度を探しやすい。更に、この時期の日の出はちょっと北寄りの東に出る。その方角に大きな公園があれば朝日を遮るものが少ないと思ったのだ。
これでどうだ!
「ハトが…、なんかすごい速さで歩いてる…?」と思ったら大きなネズミだったり、すごく声が大きいのに何言ってるか一つも聞き取れない人たちの集団などを見た。徒歩なのに音楽かけていた。朝4時にはいつだって絶対に朝4時らしさがある。
川の近くは思っていたより寒い。まだ時間があるので温かい飲み物を買いに行く。
川の近くは寒いけど戻るとさっきの声の大きい人たちがいて怖いので、ひたすら川沿いを歩く。予定していた場所を離れたくもないのでひたすら行ったり来たりする。1日目と同じだ。
広い公園があるとかあんまり関係なかった。その手前がビルなのだ。しかし今回はビルの隙間探し放題なのだ。待ってろよ…! そんな気持ちで遊歩道を走る。
結局最初の位置から500メートルほど移動して見えた。
今更だが「カーッ!」という直射日光を感じたら「見えた」ということにしている。今回は「ボワーッ」から「カーッ!」になる過程が分かった。完全に見えたのだ。間接的な日の出より先に直に見られたし、日の出に悪態もつかなかった。成功と言っていいだろう。
4時の街に怯え、5時に朝日を追いかけた。家に帰ると1日分の予定を消化したような気持ちになったがまだ6時である。ここから一日を過ごすといつもの倍、生きているような気持ちになった。
やはり早起きはお得感がある。ビルに反射した朝日に「なんだよ〜」とか言う経験を得とするかは各々の判断にお任せします。
『ビルに反射する日の出』という、情緒があるような無いような、憎たらしいようなありがたいようなものを見られたのがとても良かった。
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