特集 2020年4月15日

裏返すと5つの姿に変化するぬいぐるみがすごい

一見ふつうのぬいぐるみなのに、姿かたちが変わっていくぬいぐるみがある。ぬいぐるみデザイナー・せこなおさんの作品だ。

ひとつのぬいぐるみが「卵→ヒナ→成鳥」と成長を遂げたりする。なんでこんなことができるんだろう。

更にせこなおさんは、「やろうと思えば何変化でもできますよ」と言う。えっ、何変化でも!? 理解が追い付かないのでじっくり話を聞いてみよう。

島根県生まれ。毛糸を自在に操れる人になりたい。地元に戻ったり上京したりを繰り返してるため、一体どこにいるのか分からないと言われることが多い。プログラマーっぽい仕事が本業。(動画インタビュー

前の記事:数秒で全面揃う、競技ルービックキューブについて教わりたい

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桃太郎のストーリーを追えるぬいぐるみ

まずは見てもらおう。こちらがせこなおさんの5変化ぬいぐるみ「桃太郎」。今回取材をお願いしたら作ってもらえることになった新作だ。


「何変化でもできる」ということだったので、もういっそ100変化ぐらいお願いしてみたかったが、忙しそうだったし大変そうなので5変化でお願いしてみた。

今まで3変化までは作ったことがあるそうだが、5変化は初挑戦。形が5パターンもあるとストーリーが追えている。ぬいぐるみなのに絵本みたいだ。

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桃の中から……
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桃太郎が出てきて……
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桃太郎の中から……
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きび団子(+猿・犬・キジ)が出てきて……
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きび団子の中から……
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鬼が出てきて……
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鬼の中から……
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ポテトチップスみたいなお宝が出てきて……
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めでたし……
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めでたし!

仕組みを教わろう

この「桃太郎」を見ていても、どんなカラクリなのか全然理解できない……。

3変化のぬいぐるみだとどうだろう。これまでにせこなおさんがTwitterに公開していたものを見てみよう。

【キャトルミューティレーション】

【タマゴひとつで本格ラーメン】

3変化でもやっぱりなにがどうなってるのか、よく分からないし、こんなのどうやって思いつくんだろう。制作の経緯について話を聞いてみた。

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参加者は、作者のせこなおさん、編集部 石川さん、さくらいの3名。普段から交友もあるので、気軽に質問させてもらった(リモートインタビューです)
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どういう経緯で仕組みを思いついたんですか?
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最初はリバーシブルぬいぐるみを色々作っていました。SNSにアップするときに、ぬいぐるみをコマ撮りで撮れば「ぬいぐるみが勝手に変身している動いてる」ように見えて面白いかなと思って。これは本当に単純なものです。

 

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広げるとこうなる
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片方を中に入れると……
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裏返すとオオカミ
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これならわかりやすい!
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元々はワークショップ用に、なるべく手数は少ないけど結果が面白いものができたらいいなと思って。これだと同じ型を2枚合わせただけで、綿詰めの必要もなく楽なのではないかと試作で作ってみました。
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綿を入れなくても布の部分が綿の役割をしてるんですね。(羊の形のときは、オオカミのぶんの布が綿の代わりになる。逆も同じ)
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これが面白がってもらえたんで、つぎに「ダイオウイカ対マッコウクジラ」というリバーシブルのぬいぐるみを作ったら、これが結構ウケて。ぬいぐるみ自体がというよりも、この触れ合ってるコマ撮りが面白かったみたいで。
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これはただ変わるだけじゃなく食べてる過程みたいなのもあって面白いですね。

【ダイオウイカvsマッコウクジラ】

【きのこvsたけのこ】

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「ぬいぐるみが食い合う」という動画目的のものを作ってたら、この3つが商品化されました。

【2016年に発売された3商品】

 

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つぎに牛がUFOにさらわれる「キャトルミューティレーション」がいいかなーと考えてたら、もうひと段階オチがあった方が面白いなと思いついて。、「もうひとつファスナー付ければ、3ついけるんじゃない?」となって、やってみました。
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そこで次元が変わりましたよね。
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これ、どう繋がってるんですか?
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基本的にはぬいぐるみ単体が繋がってる感じで、3変化ならこう繋がってるんですよ。

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3つがこう繋がってる

 

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真ん中の子が出口が2つあるんですね。2変化のリバーシブルにもうひとつ出口を作れば3つ目に変われるんです。
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え、ええ……? そんなに簡単に言われても!!
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そうですよね。机上の空論っていう感じですよね。
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ていうか、こんな仕組みバラしちゃっていいんですか!?
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いや、バラすまでもなく分かるでしょう。
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いや!! 分かんないですよ!!

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広げるとこんな感じです。
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「キャトルミューティレーション」を広げる

 

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うーん……そもそも簡単に「いける」って思い付くところが分からないんですよ。

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作り慣れた人の発想ですよね。

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そうですよね。なかなかその発想にはならないですよ。

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確かに「ここをひっくり返すにはここに穴を開ける」みたいなことをずっと考えてたから、スッと出てきたのかも。構造としては単純なものなんですけど。

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これって、例えばおもちゃ屋で買ったぬいぐるみに穴開けて、ものにを組み縫い合わせてもできるってことですよね?

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できますね。パペットを2つ買ってきて表裏でもいけます。けどパペットって顔の部分に綿が多いから、抜いたりしないと体の部分に入っていかないかもしれない。

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そんな風に作られてないものですもんね。

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あと、布だけの部分もぬいぐるみの綿の役割になるし、袋の部分にもある程度のかさがないと……。

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その辺のバランスも難しいんですね。

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5変化を見ると、より混乱する

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で、今回作ってもらったのが5段階の「桃太郎」ですが、今の説明受けてもこれよく分かんないですよ……。
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これは桃太郎の頭を袋状にしてて、裏返すとこんな感じですね。
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2つの出入り口のチャックを一か所にまとめてるのでこうなる
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あっ、傷跡が……。
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鍬(くわ)とかでやられた感じですよね。
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かなりし烈な修行を……。
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細かく作るのは大変なので、形をかなり単純化してます。
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身体の部分はかなり小さいですね。
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全部開けてみましょうか。
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ちょっとキメラっぽさが……
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これだけ見ると謎のかたまり
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布の部分が桃に収まるとしっかりふっくらするように、布の量も調整してます。
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これも構造としては3変化のときと同じ仕組みなんでしょうけど、混乱しますね……。どうやって縫うのか全然想像つかないんですけど。
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ミシンです。単体ごとをある程度形にした後に、つなぎ目を縫う感じで。あとは普通のぬいぐるみと変わらないですね。

変化数が増えるほど大きくなる? 

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5変化を作ってみて、これ以上いけるという感触はありますか?
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大きくすれば、10でも20でもできると思いますよ。大変なので、これ以上はあんまりやりたくないですけど……。
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そうなると、どのぐらい大きくなるんですかね?
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変化の数の分だけ布の量も使ってるので、その分大きくなるんですよ。3変化と比べると、5変化は1.5倍ぐらいで。
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大きさが結構ちがう
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ぬいぐるみの生地の形をしっかりキープするためにキルト芯のような芯地を入れたんですけど、そうじゃないとこのイカもしわくちゃになっちゃうんで。
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芯を入れてしっかりさせるってことですよね。
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芯地ってなんですか?
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あ、そうか。手芸しない人だとあんまりイメージわかないですよね。
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板状の綿ですね。
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生地がよれないようにするために使うキルト芯や不織布
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5変化でこの大きさだと、芯地を入れると厚みが出るからこの大きさに収まらなくなっちゃって、抜いて調整したりしました。だからちょっとペタッとしてる。
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変化数が多くなったときは、薄い生地のほうが適してるってことなんですか?
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いや、これよりもっと大きくすれば、しっかりした生地でも大丈夫です。
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じゃあ10変化だとかなり大きくなりますね。
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5変化の倍ぐらいのサイズになるかな。やってみないとわかんないですけど……。
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型紙はペーパークラフトを作る要領

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このぬいぐるみの型紙ってどんな風になってるんですか?
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これが5変化分の型紙です。
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細かいパーツになってる
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型紙ってやっぱ型紙だけ見てもわかんないですね。
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最初にまずペーパークラフトを作るんですよ。
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一回紙で形を作るんですか?
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そうです。紙立体を最初に作って、どこで切るかを決めて、ぺったんこにして型紙にします。
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えーと……どういう手掛かりでそのペーパークラフトを作るのかも想像できないんですけど……。
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最初に正面と横の完成図絵を描いて……、そ絵の上に紙立体を乗っけていく感じで。

「ここに膨らみを入れたい」と思った場所にダーツ(立体にするための切り込み)を入れて、ダーツの頂点が一番膨らむので、それを目指して縫いやすくて繋げやすい部分に分割のラインを入れていく……というか。前に作ったときに撮ってた写真で説明すると、こんな感じで作業をしてます。

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絵の上で紙立体を作り、型紙とする

 

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縫うとこうなる。ここから綿を詰めて形を確認し、更に修正をおこなう
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おおお……ちゃんと立体になってるけど、なんでこんなことができるのかが分からない……!! どのぐらいダーツを入れたらどう膨らむか……というようなのは慣れってことですよね。(簡単に説明しきれないことだけは分かった)

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ペーパークラフトの完成形よりは、布が伸びることを考慮した作りにしてますね。これを布に写してそのまま縫えば、立体物になります。

 ぬいぐるみデザイナーという珍しい職業

せこなおさんの普段の仕事は、ぬいぐるみ自体を作るというよりも、工場で量産するための型紙作りの仕事がメインだそうだ。

元々はキャラクター商品の会社に商品企画のデザイナーとして入った後、ぬいぐるみ担当だったのがきっかけで、ぬいぐるみ生産会社のパタンナーに転職。その後独立して10年になる。

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こういう技術ってどこで覚えたんですか?
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会社で覚えました。洋裁の学校とかで習ったことがある訳じゃないので、ぬいぐるみならではみたいなところがあるんだと思います。

 

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仕事場の様子
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20年モノのミシン写真
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普段どんな依頼があるんですか?
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工場生産前提のぬいぐるみの、パターン(型紙)依頼が多いですね。海外工場のパタンナーさんだとかわいさのイメージの食い違いがあったりするんで、私の方が日本向けのかわいさ表現や微妙なフォルム表現などが伝わりやすくて依頼される感じです。
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国によって「かわいさ」って違いますもんね。
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みんなの中である程度共通のかわいさってたぶんあるんだけど、クライアントと感覚の違いがあると難しいんですよね。
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海外の方が大きな目が好まれるので、目が小さめのかわいさのニュアンスは伝わりづらかったりする(写真は筆者宅にいた海外産のキャラクターたち)
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それ以外だとキャラクターのプレゼン用や商品開発用に使われるもの、撮影用の一点ものを作る仕事もあります。あとはSNS以来、「キャラクターをSNSで使いたい」という依頼も多いですね。
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すごい色々やってる……! 忙しそうですね。
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型紙を作って組み上げてみるとあんまりきれいな形にならないこともあって、いつも作業を進めてても先が見えないんですよ。しかもうまくいかないと、一からやり直しなんです。本当に終わりに近づいてるんだろうか……と。綿を入れてみて初めて形がわかるので、結果が分からない地獄のような時間が1週間とか続きます。縫っているときも正解が分からなくて……。
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「地獄時間が長い」という話を聞いてるだけで表情がゆがむ
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怖い仕事ですね。
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例えば粘土とかだと作っていく途中で形が見えるじゃないですか。だけどこれはずーっと形が分からないんです。
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あああああ……それは恐ろしい……。すごいなぁ……。
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僕たちの仕事は、記事を書けば終わりですからね。
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そうですよ。我々と次元が違うところにいる気がする。珍しい職業ですよね。
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そんなにやってる人もいないと思います。
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少ない上にぬいぐるみでそんなに色んな挑戦やってる人いなさそうだから、今後も新展開を楽しみにしときます!

見習いたい、脳の柔らかさ

変化するぬいぐるみのインタビューの予定が、いつの間にか珍しい職業の話になり、仕事の進め方の話を聞きつつ一方的に冷や冷やし、ちょっと疲労感すら覚えた。そんな日々の中、四六時中ぬいぐるみのことを考えているからこそ、あんなカラクリを思いついたんだろう。

今回話を聞いていても、私はなかなか理解が追い付かず、人によって脳の使いどころが違うものなのだな、脳の鍛え方を見習いたいものだ……と思ったのだった。


ところでせこなおさんの作るものはどれもかわいい。「かわいくしようとしてるんですか?」と聞いたら「かわいくしてって言われるんですよ!!」と言っていた。

「かわいく」と注文されたらかわいくできるものなのか、すごいなぁ。私はなんだか気持ちの悪い顔のものをよく作ってしまうので、レクチャー受けたらいいんじゃないか。そんな話にもなったりした。

なので、そのうち「かわいいものを作る」レクチャーもお願いしたい。

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私が過去記事で作ったこれらは意図せずこうなったのだが、かわいくなる余地はあったのだろうか……と改めて考えさせられた

 

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