勢いで始めたので、どんな感じになるのかわかりません
僕が住む高円寺にも古本屋が何軒かある。しかし、新刊書店ですら足が遠のいているのに、古本屋にはもっと縁がない。
古本の背表紙を吟味する男性
しかし、ツイッターがきっかけで興味深い古本屋の存在を知った。
知人がリツイートした告知
これを目にしたのは7月4日。第一土曜日は7月7日。3日後だ。
面識のない中嶋さんに取材依頼のメールを送ると、「勢いで始めたので、どんな感じになるのかまったくわかりません。それでもよければ、いらっしゃってください」という返信が来た。
カチッとしていないところが、むしろ興味をそそられる。
「新しい古本屋」は住宅地の中にあった
最寄駅は田園都市線の梶が谷。神奈川県川崎市とはいえ、東京から意外と近かった。
初めて訪れる街はいつでも楽しい
駅からバスに乗り、2つ目の停留所で降りる。そこから10分ほど歩いた。
山を削って分譲した住宅地
急坂を上り、急坂を下る。軽い登山のような感覚だ。比較的涼しい日でありがたい。そして、「新しい古本屋」は人通りがほとんどない住宅地の中にあった。よく考えれば自宅だから、それはそうだ。
危うく通り過ぎるところだった
これ、『太陽』の創刊号じゃないですか
電柱の看板とベンチに並べられた古本。まさか、売り物はこれだけなのかと心配になる。
アート系の古本専門なのだろうか
ドアを開けると、先客の女性がちょうど帰るところだった。そして、店主の中嶋大介さん(42歳)も登場。古本屋ということで気難しいタイプの人かと思っていたら、にこやかな紳士でホッとする。
聞けば、さっきの女性は近所に住む人で、「古本屋」という貼り紙を見て来たとのこと。
「イタリアの結構珍しい絵本を買ってくれました。『高いから買わなくていいですよ』と言ったけど、『せっかくだから』と。その後、『3000円です』『あっ、そんなにするんですね』『じゃあ、1000円で』というやりとりを経て、結局1500円にしました。最初のお客さんで嬉しかったし」
自ら値引きする接客スタイルである。ちなみに、白いベンツは近所の人のものだそうだ。
さっそく拝見
ちょっと中嶋さん、これ、『太陽』の創刊号じゃないですか。1963年だから55年前か。バックナンバーは結構持っているが、さすがに創刊号は初めて見た。
「いやあ、そこまで珍しいものではありませんよ。値付けも800円なので。とりあえず、家の中をご覧になりますか?」
はい、お邪魔します。
どーん!
さっきの心配は杞憂だった。実家感あふれる室内のあちこちに、膨大な量の古本が積まれている。
最近の古本屋は店構えも品揃えも似ている
中嶋さんの本業はデザイナーだが、『アホアホ本エクスポ』、『展覧会カタログ案内』、『ワンコイン古着』など、本や古着に関する著書もある。
選りすぐりの“アホ本”を紹介する『アホアホ本エクスポ』
過去には、東京カルチャーカルチャーで行われた「
最ダメ大賞」「
アホアホ本エクスポ」などのイベントにも登壇。その筋では、よく知られる人物だった。
渾身の“アホ本”を紹介中の中嶋さん(最右)
さて、本題の「新しい古本屋」である。これを始めようと思った経緯について、中嶋さんはこう語る。
「新刊書店の場合は何百万点の中から選んで店に並べるわけですが、古本屋は何を置いても店主の自由。やり方は何億通り、何兆通りもあるはずなのに、最近の若い人がやっている古本屋は店構えも品揃えも似たような感じですよね」
古本好きの中嶋さんにとっては、それが不思議であり、不満でもあった。やがて、「じゃあ、自分で始めよう」となる。
知らない人を家に入れるのは抵抗があった
まず、自宅のガレージで実験的に始めたのが「梶ヶ谷蚤の市」だ。
今年5月に開催した「梶ヶ谷蚤の市」
蚤の市とはいえ、出品者は中嶋さん一人。
「これまで4回やりました。知らない人を家に入れるのは抵抗があったので外のガレージを会場にしたんですが、やっていくうちに気にしなくてもいいかなと。それで、突発的にツイッターで告知しました」
確かに「古本屋」という認識でお邪魔すると、人んち家感よりは店感が強い。
玄関には蚤の市に出品するための商品
龍角散も売るのかと思いきや、「あっ、これは違います。単に好きなだけで」
「大したものじゃない」という廊下の古本
『盗聴時代』が気になる
手芸の授業で作ったと思われる冊子
再びリビングに移動して、「変な本を探すなら、五反田の南部古書会館の古本市がオススメ」という中嶋さんに渾身のコレクションを見せてもらった。
まずは、ピンクの紐で綴じられた『服飾手芸』という冊子。本ではなかった。
個人のプライバシーど真ん中なので写真掲載は控えるが、表紙には「二年三組〇〇〇〇」と女性の名前が書いてある。
「知り合いの古道具屋さんから1000円ぐらいで買ったものです。中学生か高校生でしょうか。手芸の授業で作ったと思われる冊子ですね。売るつもりはないけど、どうしても欲しいという人がいたら考えます」
ページをめくると習ったばかりのアップリケなど、微笑ましい作品が縫い付けられていた。何かの事情で〇〇さんの手元には残らず、今ここにあるという縁が面白い。
当時は「アップリッケ」と呼んでいたのだろうか
そして、次はもはや冊子でもなかった。小さな紙片が厚紙の箱にぎっしりと詰まっているものだ。
「子供がガリ版で刷ったっぽいですね。『5枚集めると賞品をあげます』と書いてあるけど、思うように配れなかったからそのまま残っているのかも」
「ぴよぴよ」という鳴き声が切ない
写真モノは骨董市に行けばたくさん出ている
ここで、取材に同行した編集部・橋田さんが「わーっ」と歓声を上げた。
「サイン帳ですよ! ほら、クラス替えの時とかにみんなに書いてもらうやつ。懐かしいなあ」
写真右端中央がサイン帳
ああ、思い出した。女子から回ってきても気恥ずかしいので、あまりご協力しなかった記憶がある。
中嶋さんが言う。
「あとは、家族アルバムとかの写真モノも好きですね。骨董市に行けばたくさん出ています。カラー写真と白黒写真が混ざっているアルバムも、時代性がよくわからなくて面白いんです」
「たまに吹っかけられて、1万円なんて言われたら買いません。せいぜい、2、3000円ぐらいまでですね。中には10万円ぐらいのアルバムもありますよ。日本統治時代の満州時代モノとか、女学生の制服モノとか」
他にも、戦前の動物実験資料らしきものも見せてくれたが、こちらは違う理由で掲載できない。
中嶋さんの探究心は尽きないのだ
昔はマッチラベルのコレクターがたくさんいた
なお、隣の部屋にもお宝が眠っていた。中嶋さんいわく、「こんな感じで座っていると古本屋の店主っぽいかなと」。
帽子は私物である
「これはマッチラベル。昔はコレクターがたくさんいたんですよ。スクラップブックは結構多いけど、バラのは珍しい。売るとしたら? うーん、1枚50円とか」
薄々気付いていたが、中嶋さん、値段設定をあまり決めていない。
昭和は遠くなりにけり、といった風情
こちらはマッチラベルのスクラップブック
「グラフィックデザイン マッチラベル」とある
あ、これは有名なミニコミだ
なぜか、古着のTシャツと半ズボンを購入
そういえば中嶋さん、2階にも何かあるんですか?
「2階は古着だらけ。大変な状態ですけど見ますか?」
そこは想像以上にすごいことになっていた。2つの部屋を埋め尽くすように古着が積んである。
古着の山をかき分けて奥に進む
「これも一応売り物なので、古本屋と一緒に『新しい古着屋』も始めようかな」
あの独特の匂いが苦手で古着は買わないのだが、せっかくの機会なので中嶋さんに「僕に似合いそうなのありますかね?」と聞いてみた。
これなんかどうですか?
「ボーダーで有名なセントジェームスというブランドのTシャツ。半袖で、かつボーダーじゃないのは珍しいんですよ」
普段は白か黒のTシャツしか着ないので、鮮やかなブルーはいささか臆するところがあった。しかし、ここは「新しい古本屋」だ。古本ではなく古着だが、新しい自分に生まれ変わるチャンスかもしれない。
併せて勧められたポロの半ズボンとともに購入した。
「えーっと、Tシャツは1500円で半ズボンは1000円でいいです。あ、さっきの『太陽』もオマケであげますよ」
たぶん、大幅に値引きしてくれている。
上から下まで青い人になった
古本屋とはいえ、中嶋さんは商売っ気がなかった。おそらく、自分が好きなものたちに囲まれているだけで幸せなのだろう。
古本ではなく昔のサイン帳やアルバムを巡るロマンに触れ、最終的に古着を購入して帰る。なるほど、これが「新しい古本屋」の新しさか。
新しい装いのまま、梶が谷駅まで歩いた
「この後は、もう誰も来ないんじゃないかなあ」という中嶋さんを励ましつつ、辞去のご挨拶。新しい装いのまま、梶が谷駅まで歩いた。最初は気になった古着の匂いも、駅に着く頃には体と同化していた。
なお、8月の第一土曜日は4日だが、中嶋さんは「暑いからどうしようかな。駅から歩くのも大変だし。第三土曜の蚤の市は夜なので涼しいですよ」と言っていました。