兄(まさはるBR)からウズラ情報を聞く
僕には、まさはるという名前の年が離れた兄がいて、奇遇なことに同じ理科教師をやっている。まあ、兄弟元々仲が良いので、ちょびちょびと電話をして教材の情報などを交換し合うのだが、先日、まさはるBR(ぶらざーまさはる、とお読み下さい)から、驚きの情報を入手した。
「知ってるか? スーパーで売ってるうずらの卵って温めるとふ化するんだぞ」
なんですと!
なななな、なんですと!!
そんな超衝撃ニュースを聞いて放っておける僕ではない。矢も盾もたまらず、即座に実験に取りかかった。
上・まさはる11歳、下・まさゆき3歳
スーパーでうずら卵入手!
最寄のスーパー、「カスミ」で入手。1パック98円。
まさはるBR(ぶらざーまさはる、と読んでくれましたか?)から、「発生に成功する率はかなり低い」と聞いていたので、念のため3パック30個を用意した。
しかしこの卵、スーパーで普通に冷蔵コーナーに入って売られていた。思えば農場での産卵後、ここに至るまでに洗浄され、選別され、運搬され、冷蔵されているのだ。そもそも有精卵が混じっているかどうかも定かではないのに、混ざっていたとしても、そんなハードな過程を経た卵が本当にふ化するのだろうか。
えらく不安になってきたので、実験に万全を期すため、今回はプロの器具を実験に使わせていただいた。
モトキの洗浄うずら卵「じゅんちゃん」
全部ヒナになったらやばい。
プロの器具だが、めちゃくちゃ古い。 昭和47年製(35年モノ)
うずらをふ化させるには、38℃で約17日間温めなければならないのだが、それを湯たんぽ・電気カイロで実現するのはかなり難しい。ペットショップに行けば、「ヒヨコ電球」という名の保温用電球も売っているが、値段が高い。
幸いなことに僕の学校にはインキュベーター(恒温槽)という、一定温度に保つことができる箱があったので、それを使わせてもらった。
卵、セッティング。
まだお弁当のおかずにしか見えない。茹でたい。
あとは毎日ゴロゴロ
卵は恒温槽に入れればあとはOK、というものではなく、たまにゴロゴロと転がしてやらないと、中で発生中のヒナが殻に張り付いて死んでしまう。だから毎日定期的にゴロゴロしてやる必要がある。自然界では母鳥がごく自然に行う作業だ。
僕は母鳥の気持ちで、朝に出勤してはゴロゴロ、夕方退勤前にゴロゴロと、毎日ウズラ卵を転がし続けた。
毎日ゴロゴロ、と過ごしていた、という意味ではありません。
結果が待ちきれないので、一部開封。
1週間後。
様子を見るために、卵を5個だけ割ってみることにした。卵が減ってしまうのは惜しかったが、3週間転がし続けた末に、「全部無精卵でした……」なんていうオチは、さすがにイヤだなあ、と思い悩んだ末の決断だ。
そもそも、コトの真偽があやふやだったので、「まあ、発生はしてないだろうな」と、あまり期待せずに一個、二個と割っていったのだが、三個目を割ったときにヤツは突然現れた。
うおぉぉぉ! 発生してる!!! (クリックで目隠しが取れます)
普通の人にはものすごく気持ち悪いので、目隠しをさせてもらった。本当に自信がある人以外は絶対に見ない方がいいと思う。保健体育の教科書で見たトラウマが再燃するおそれがある。
大丈夫な人向けに、ピントが合っている写真も二枚載せておくので見て欲しい。
大丈夫かもしれない程度の人は、一度息を大きく吸い込んでから、クリックして見て欲しい。
大丈夫じゃない人は絶対に見てはいけないと思う。すぐに「つぎへ」をクリックして次のページへ行って欲しい。
眼が大きい。宇宙人のようだ。
殻の内側に走る血管は、生命の活動を物語る。
さらに10日間ゴロゴロ。(時々、納豆と同棲)
とにかくこれで、「有精卵が混ざっている」という情報の確認はできた。兄の言っていたことは本当だったのだ。
5個中1個が有精卵であると考えると、確率的には残り25個の中に5個は発生中の卵があるということになる。果たしてその5個は最後まで育つのだろうか。自然と僕のゴロゴロする手にも力が入る。
ヒナがかえったらどうしようか。この恒温槽で育つのだろうか。メスだったら大きく育ててまた卵を産ませようか……。
そんな妄想をしながらゴロゴロし、10日間が経過した。
納豆の実験に場所を取られながら温めた日もありました。
第一次実験、失敗に終わる。
と、ここまで盛り上げておいたのに申し訳ないが、この第一次実験は失敗に終わる。
17日経過後も変化は無く、気長に23日まで毎日ゴロゴロしていたのだが、いっこうにふ化する気配は無く、あきらめて残りの25個を割ってみた。
そしたら驚き、何と残り全部が無精卵だったのだ。
つまり僕は、30個中に1個だけ混ざっていた有精卵を、自らの手で無駄にしてしまった上に、15日間も無精卵を無駄にゴロゴロゴロゴロ温め続けていたわけだ。
自分的にもあまりに強力な肩すかし感・徒労感を覚えたため、何もかもがイヤになったので、割った無精卵の中身は、全部流して捨ててしまった。だから写真は残っていない。
こいつらは全部、無精卵だったのだ……。
多忙につき、実験再開までしばらくお持ち下さい
さて、ここまでは実は昨年の秋の話。Webマスター・林さんから、デイリーの記事執筆の話をいただくずっと前の話だ。
このあと、僕に多忙期が訪れる。
ところで皆さんは「『学校の先生には残業代を支払わない』と、法律で決まっている」ということをご存知だろうか。これは知らない人に言うとかなり驚かれる話である。日本には通称「給特法」という法律があり、上記の内容が明記されているのである。理由はたぶん夏休みや春休みなどで相殺できるから、といったところだが、冷静に考えると、ものすごいどんぶり勘定だ。
まあというわけで、仮に僕が毎日夜12時まで働いたとしても、残業代は出ない。
そうして時は流れ、第二次実験が開始できたのは、今年に入ってからだった。
第二次実験、開始!
第二次実験には、50個の卵を用意した。
どーんと50個。入荷したてで鮮度も抜群のやつです。
これなら確率30分の1であったとしても、1~2匹はふ化する計算だ。
そして前回の反省点として、恒温槽内の温度差がありすぎたというのがあったので、庫内に小型ファンを取り付けることにした。これで空気を循環させ、庫内の温度差を無くす。器具の古さは工夫でカバーするしかない。あとは熱意だ。
今度こそ失敗はできない。
50個の卵を恒温槽にセッティングし、第二次実験が開始となった。
本来は水槽用の小型ファン。ゾエアに似ている。 (
参照:ゾエア)
ウズラ卵50個と小型ファン、セッティング完了。
この期間の僕の合言葉。
みなさんも母鳥の気持ちを味わってください。
こうして僕は約2週間、毎日2回、休まずゴロゴロし続けた。これは意外とめんどくさい作業だった。どうしても行けない日は生徒にデイリーポータルZ特製QUOカード1000円分を渡して、代わりにゴロゴロしてもらった。
なので皆さんに100分の1でもいいから、このゴロゴロの大変さを味わって欲しいと思い、母鳥体験コーナーを下に設置しました。
ふ化まで17日間をアニメGIFでどうぞ
感動のふ化!
ふ化前日になると、卵がふるふると「胎動」すると聞いていたのに、16日目になってもその動きが見られなかったので、「やはりふ化までは無理か……」と多少実験を諦めかけていた。
しかし運命の17日目、僕は恒温槽の扉を開けて驚いた。
さて、今日もゴロゴロするか……
あ、あれ? なんかいる?
ひひひ、ひな鳥ーーーー!!! ひな鳥いるーーーー!!!
あまりの驚きに、誰もいないのに理科室で絶叫して大興奮してしまった。
本当にスーパーのうずら卵からひな鳥が誕生したのだ。まさか、まさかの誕生だ。
恒温槽の中でコイツ、ピィピィと小さな声をあげて鳴いている。そのかわいさたるや、ちょっとやそっとの話ではない。綿毛のようなぽやぽやの小さなものが、ひよひよと歩きながら鳴いているのだ。秒殺KOクラスである。
ひな鳥誕生の報せが学校内に広まると、あっというまに生徒の人気の的になった。
この日2匹誕生。生まれた殻と記念撮影
ひな鳥に群がる生徒たち。
こんなにも小さい。ひよひよ。
アップで撮影。やっぱりかわいい。
動画もご覧下さい。
あまりにかわいいので、動画も撮影した。
動きで見ると、写真で見る数倍はかわいいので、ぜひ見て欲しい。瞬殺の破壊力がある動画だ。
うずら業者に電話で聞いてみた
しかしなぜスーパーのうずらに有精卵が混ざっているのだろうか? 販売元である「
株式会社モトキ」さんに電話で聞いてみた。
スーパーで買ったモトキさんの卵を温めたらヒナが生まれた、という話をしたら、電話の対応をしてくださった年配の男性の方は大変驚かれていた。どうやら、会社側としても把握していない事実だったらしい。実際にこうやって「温めたらヒナが生まれました」という電話をもらったのも初めてとのこと。
そして有精卵が混入した原因として考えられるのは二つ。
一つはオスメスを鑑別する際、ひな鳥の頃に羽毛の模様で鑑別する「羽毛鑑別」という手法を用いているらしいのだが、その際に鑑別が難しい毛色のものがあり、その段階でオスが小屋に混入したという可能性。
もう一つは、新しいヒナ鳥を増やすために、繁殖用の「種卵」を産ませたあとのメスを、元の卵生産ラインに戻した際に、まだオスの精子が体内に残っていて有精卵を生むという可能性。
なるほど。
どちらかは分からないが、確実に言えるのは最初の可能性の方で、メスの中に一匹混ざったオスはうらやましいな、ということだ。
関東各地で普通に買えます。モトキのうずら。
自宅で温めたい場合はこうゆうのを買ってください。
結論
この次の日にもう一匹生まれたので、ヒナは合計3匹となった。ここまで80個買って、有精卵は4個、5%の確率で有精卵が混ざっていることとなる。ただ季節などにより変動もあるだろうし、確実なことは言えない。
しかし今回の実験で驚いたのは何よりも僕自身だ。
一つには、まだまだ身近な日常生活の中に「面白いこと」は潜んでいるんだなあという感激。冒頭の写真の頃のような幼少時から、日々お弁当で食べ続けてきたスーパーのうずらがひな鳥になるなんて想像したことすらない事実だった。
もう一つは、生命の素晴らしさだ。生まれたあとに、たとえ洗浄・輸送・冷蔵されようとも、温めれば細胞分裂が始まり、一つの新しい命が誕生する。その力強さに感激した。
小さなお子さんのいるご家庭、夏休みの自由研究に困っている諸君、この記事のひな鳥のかわいさにやられたあなた、刷り込みをさせて自分の後ろに鳥の行列を作りたい人、みんな今すぐスーパーに行って、うずら卵を買い占めましょう!