特集 2017年3月27日

大好きな絵本『カレーライスはこわいぞ』と巡る鎌倉カレー

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筆者が寺田心くんみたいに可愛かった30年前、大好きな絵本があった。読むと無性にカレーが食べたくなる、不思議な絵本だった。カレーの絵が特別おいしそうに描かれているわけではないのに、その後あれほど「シズル感のある」一冊に出合ったことはない。

あの絵本をお供にカレー屋をはしごしたら、永遠にカレーが食えるのではないか?
1980年生まれ埼玉育ち。東京の「やじろべえ」という会社で編集者、ライターをしています。ニューヨーク出身という冗談みたいな経歴の持ち主ですが、英語は全く話せません。

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> 個人サイト Twitter (@noriyukienami)

その絵本とはこちらである。『カレーライスはこわいぞ』
その絵本とはこちらである。『カレーライスはこわいぞ』
『カレーライスはこわいぞ』(角野栄子:さく/佐々木洋子:え)
初版は1979年11月、僕が生まれるちょうど1年前だ。以来、現在に至るまで増刷を重ね、2016年6月時点で96刷を数える超ロングセラーである。

主人公はおばけの男の子「アッチ」。自分のことを怖がらず、いたずらばかり仕掛けてくるネズミの「チ」と「キ」に報復するため、辛いカレーライスを食べて「怖い顔」になろうと試みる……という、なんとも微笑ましいおはなし。「怖くなりたい」という志はおばけとして正しいが、そのために「辛いカレーを食べる」というアプローチはなんとも斬新である。松田優作なら歯を抜いただろう。
当時の僕は、そんなアッチが作るカレーに夢中だった
当時の僕は、そんなアッチが作るカレーに夢中だった
絵本を開けばカレーを欲し、当時は自分で松屋とか行ける年齢ではなかったので母にせがんで作ってもらった。絵本はいつの間にかなくしてしまったが、カレーばかり作らされることに疲れた母が処分したのかもしれない。

そして、自分の稼ぎで松屋が食えるようになった今、『カレーライスはこわいぞ』を30年ぶりに入手した。絶版になるどころか、今も絶好調で読み継がれているのが嬉しかった。
そんな思い出の絵本を携え、限界までカレー屋を巡る。まずは小町通りから静かな路地に入ったところにある「Rojiura Curry SAMURAI.」
そんな思い出の絵本を携え、限界までカレー屋を巡る。まずは小町通りから静かな路地に入ったところにある「Rojiura Curry SAMURAI.」

1軒目「Rojiura Curry SAMURAI.」

鎌倉駅界隈には有名なカレー屋が多い。特に、小町通り周辺。暖簾を掲げ続けることすら容易ではない飲食店の激戦区で、長年にわたり人気を獲得しているカレー屋であればどこに入ってもまずハズレはない。今日はそんな、鎌倉カレーの名店を限界まで食べ歩きたい。『カレーライスはこわいぞ』を携えて。
「SAMURAI.」の野菜スープカレー。素揚げした14品目の野菜がどっさり
「SAMURAI.」の野菜スープカレー。素揚げした14品目の野菜がどっさり
「SAMURAI.」のコンセプトは「野菜を食べるスープカレー」。アッチがつくるオーソドックスなカレーとはずいぶん違う、あか抜けたカレーである。

メニューには「丁寧に下ごしらえされた道産野菜と鎌倉野菜を、これまた手間暇惜しまず素材の旨みを凝縮させた濃厚ブイヨンのスープで……」といったこだわりが書いてあった。
ほほう、それはうまそうですなとひと口頬張った瞬間、「ああ、丁寧…」。幾重にも積み重ねられた「丁寧」が舌の上にしみわたる。野菜をもっと甘く、サクサクに。スープをもっと味わい深く…、「試行錯誤、重ねたんだろうなあ」と店主の努力に敬服したくなるスープカレーだ。
ライスはSS(80g)からLL(500g)まで選べる。限界まで食うと宣言しておきながら恐縮だが、胃袋には限界があるのでSSをチョイス
ライスはSS(80g)からLL(500g)まで選べる。限界まで食うと宣言しておきながら恐縮だが、胃袋には限界があるのでSSをチョイス

2軒目「キャラウェイ」

2軒目は、また毛色の異なるカレー。通りまで漂うカレーのにおいに引き寄せられ、行列が絶えない人気店「キャラウェイ」だ。
食事はカレーとハヤシのみ、という潔さ
食事はカレーとハヤシのみ、という潔さ
開店直後からこの行列
開店直後からこの行列
ここのカレーはとにかく盛りがすごい。それはもう、客から「ライスの量が多すぎる」とクレームが入るレベルですごい。
小ライスでも300gという大盤振る舞い
小ライスでも300gという大盤振る舞い
鎌倉小町通りという観光客メインの立地にありながら、なぜそんな食べ盛りの柔道部に向けた商売をしているのかは謎だが、何にせよ客としては有難い話だ。
カレーが来るまで、クリームソーダを飲みながら『カレーライスはこわいぞ』を読む。やってることが5歳児だ
カレーが来るまで、クリームソーダを飲みながら『カレーライスはこわいぞ』を読む。やってることが5歳児だ
特に好きなシーンがこれ。辛いカレーを食べて悶絶するオトナたち。こんなにつらそうなのに食べずにいられないということは、よっぽどうまいに違いない。子共心に辛いカレーに憧れたものだ
特に好きなシーンがこれ。辛いカレーを食べて悶絶するオトナたち。こんなにつらそうなのに食べずにいられないということは、よっぽどうまいに違いない。子共心に辛いカレーに憧れたものだ
お気に入りのシーンを眺めながら待つこと5分。再び、いい感じにカレーテンションが盛り上がってきたところでタイミングよく運ばれてきたのがこちら。
これぞ王道カレーといった、品格あるたたずまい
これぞ王道カレーといった、品格あるたたずまい
豚とソースが同化するまで煮込んだトロットロのポークカレーは、THE・まろやか。辛口だが、甘口かと錯覚しそうになるほどのまろやかだ。さらに、味の深みも凄い。一日寝かせたカレーはコクが出てうまくなるというが、そこからさらにウン十時間煮込みました、みたいなコクと旨みがある。

「SAMURAI.」とはまた別の角度で極めたカレーだ。
この「銀の容器」が醸し出すごちそう感ってなんなんでしょうね
この「銀の容器」が醸し出すごちそう感ってなんなんでしょうね

3軒目「match point」

3軒目は、小町通りから少し離れた扇ガ谷というところにある「match point」。
昼はカレー専門店。夜はダイニングバーというスタイル
昼はカレー専門店。夜はダイニングバーというスタイル
店名と入口に飾ってあるラケットから「これはオーナーがさぞかし名うてのテニスプレーヤーに違いない」と推測したが、「いや、テニスには特に興味ないと思います」と申し訳なさそうに店員さん。いや、こちらこそすみません。全てのものに意味があると思い込むのはライターの悪いクセかもしれない。
ランチでも酒が頼みやすい雰囲気がありがたいバーカウンター
ランチでも酒が頼みやすい雰囲気がありがたいバーカウンター
絵本でカレー欲をチャージしながら待つ
絵本でカレー欲をチャージしながら待つ
再び「カレーの舌」になったところで、チキンカレーが登場
再び「カレーの舌」になったところで、チキンカレーが登場
店名は肩透かし、しかしカレーは期待通りのうまさだ。コクまろを突き詰めた「キャラウェイ」とはまた違う、スパイシーなタイプ。スパイスの複雑な組み合わせが味に奥行きを生み、ひと口ごとに違うおいしさを発見できる楽しいカレーだ。ガツンとインパクトもあるので、酒のシメにいきたいやつ。まさに、バーが出すカレーという感じがする。
フォークでつつくだけでホロっとほぐれるチキンが超うまい
フォークでつつくだけでホロっとほぐれるチキンが超うまい

4軒目「OXYMORON」

4軒目は「OXYMORON」。ここも「キャラウェイ」と並ぶ有名店だが、小町通りと西口の御成町にも店舗があるので混雑が分散していて入りやすい。
おしゃれな雰囲気に若干たじろぐ西口店
おしゃれな雰囲気に若干たじろぐ西口店
名物はこちら、和風キーマカリー。あえてキーマを看板に据えているところに、こだわりと強い自信がうかがえる。
インスタグラム映えしそうなビジュアル
インスタグラム映えしそうなビジュアル
かつて「カレーは飲み物」と言った人がいたが、キーマカレーには汁がない。しかし、そぼろを噛みしめると、うまい汁がじわりと口の中を支配する。いつも食べてるボソボソしたそぼろとは大違いだ(ボソボソしたそぼろも、それはそれで好きではあるが)。目には見えないが汁の存在を確かに感じる、じゅわっとしたキーマである。
半熟卵は序盤に割る派です
半熟卵は序盤に割る派です
それにしても、同じカレーでも各店見事にアプローチが違うものだ。どの店のカレーもそれぞれに個性的で、意地でも他と同じのは出してやるものかという、カレーバカの気概を感じる。何かを尖らせ、極めていかないと生き馬の目を抜く鎌倉でカレー屋なんてやっていけないのだろう。
そんな、うまいカレーをさらにうまくする絵本。カレーのおともとしてのポテンシャルは福神漬けを遥かに超えている
そんな、うまいカレーをさらにうまくする絵本。カレーのおともとしてのポテンシャルは福神漬けを遥かに超えている

5軒目「あしなや」

絵本のおかげでカレー欲はまだまだ十二分だが、そろそろ腹が限界だ。次をラストにしよう。5軒目は鎌倉駅東口駅前の老舗「あしなや」である。
「ラーメン屋さんのカレー」。なんとそそられるキャッチコピーであろうか
「ラーメン屋さんのカレー」。なんとそそられるキャッチコピーであろうか
創業昭和11年。国会議事堂と同い年である
創業昭和11年。国会議事堂と同い年である
中華を中心とした大衆食堂。ラーメンと同じ出汁を使うという、これまた珍しいカレーが名物だ。
中華スープがついてくるカレーは初めてだ(ライスは半分)
中華スープがついてくるカレーは初めてだ(ライスは半分)
中華系ということで「ウェイパー」みたいな味を想像していたが、まるで違った。口当たりはほろ苦く、想像以上に本格派のカレーだ。鼻孔をくすぐる香ばしい風味がクセになる。
辛いカレーを食べ続け、順調に顔が怖くなるアッチ。これも好きなシーンだ。もう腹はパンパンだが、このページを開くとまたカレーを欲してしまう
辛いカレーを食べ続け、順調に顔が怖くなるアッチ。これも好きなシーンだ。もう腹はパンパンだが、このページを開くとまたカレーを欲してしまう
聞けば小麦粉やカレー粉を自家焙煎したルウを使用しているという。なるほど、深い味わいはそのためか。失礼ながら大衆食堂のカレーってもっとテキトーに作っているものかと思っていたが、しっかりプロの知恵と工夫が詰まっていた。それも創業80年の試行錯誤なのだから格が違う。それを過度に偉ぶるでもなく、カジュアルに出すのがかっこいいではないか。
このグリーンピースがまた、いい感じなのだ
このグリーンピースがまた、いい感じなのだ
それにしても、5軒目のカレーなのにしっかり味を楽しめている。アッチさまさまである。

カレーライスはうまいぞ

たとえ餃子が食べたい日でも、今日は焼肉と決めていた日でも『カレーライスはこわいぞ』を読めばたちまち「カレーの舌」になってしまう。

アッチのカレーはおそらく、僕が生まれて初めて出合った「うまそうなもの」だ。記憶の中の「食」の章、その1ページ目に刻まれている。だから絵本を開くたび、本能レベルに刷り込まれた欲求が目覚め、無条件にカレーを欲してしまうのだと思う。

きっと誰しもに、そんな絵本があるのではないだろうか。それはハンバーグかもしれないし、スパゲッティかもしれないですね。
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