香水の選び方
単純に香水の紹介文におもしろさを感じて始めた実験だったが、これらはシチュエーションや想い、感情、文体そのもののテンションなどから、その香りが「自分に合うか・合わないか」が感覚的に判断できるよう考えられていると感じた。
香り自体の好みも重要だが、まとった香りでその人の印象が大きく変わることもある。
紹介文を基準に自分にしっくりくる香水を探すのも面白そうだ。
この記事は、ドルチェ&ガッバーナの香水が登場することで知られるヒット曲、「香水」を耳にしたせいで生まれた。
「ドルチェ&ガッバーナの香水とはどんなものだろう?」と思って公式サイトの香水紹介ページをのぞいてみると、そこには「製品説明」のイメージを覆す文章が掲載されていた。
「生きる喜びと魅惑を結晶させた」「夏の日の魅力が凝縮」
製品説明らしからぬ、ロマンチックな言葉が並んでいるではないか。紹介というか、ポエムに近い。気になって他のブランドの香水を調べてみると、やはりロマンチックな言葉が並んでいる。ポエミーな紹介文は、香水を出すブランドに共通する独自の文化のようだ。おもしろい。
このテンションで、日常のなかにある身近な匂いを香水の紹介文風に表現したら楽しいのでは。
慣れ親しんだ毎日香りを、ロマンチックに彩ってみることにした。
まずは、香水の紹介文の本物を読んでほしい。以下のテキストは、香水「ドルチェ&ガッバーナ ライトブルー」のコンセプトを説明したものである。
Light Blue - Dolce&Gabbana流の生きる喜びと魅惑を結晶させた香水です。フローラルでフルーティーなアロマが際立った、陽気でさわやかな香りに夏の日の魅力が凝縮されています。地中海地方の女性の持つセンシュアリティをイメージした香りです。
■ドルチェ&ガッバーナ 「ライトブルー」 より引用
同じ製品説明でも、例えば家電製品の紹介ページなんかではまず見かけない、ドラマティックな言葉が踊りまくっている。
初めて読んだ時には、どう解釈すべきか悩んで、とりあえず「センシュアリティ」の意味を調べた。セクシー、に似たニュアンスの言葉らしい。なるほどわからん。
説明文だけではなんとも判断できないので、「ドルチェ&ガッバーナライトブルー」を買ってみた。みかんの気配を感じるさわやかな香りがする。「女性の持つセンシュアリティ」は私にはわからなかったが「考えるな、感じろ」ということだろうか。
「他のメーカーの紹介文もこんな感じなのか?」と思い、筆者が所持している香水の紹介文も調べて見た。結果、紹介文の独特な言葉選びは、どのブランドやメーカーの製品ページでも見られた。ブランドごとに個性も違う。一部抜粋して紹介しよう。
※()内はブランド名。
エンジェルハート オードトワレ(エンジェルハート)
魅悪魔的(みわくまてき)天使の装い。パッションとイノセント
無意識的な意思表示…どきっとさせる、無意識の意思。無垢と情熱。寄り添うたびに香り立つふたつの個性。あなたもまだ知らない、あなたの魔性が目を覚ます。
香りを表す具体的な要素がまったくないが、この香水を使えば魅力がアップしそうな気がしてくるテキストだ。
「魅悪魔的」とは造語だろうか。調べてもズバリの答えは見つからなかった。
カッサンドラ ジャスミンローズ オードパルファム(ジャンヌ・アルデス)
香りで彩る華やかな毎日
ローズの持つ美しさと華やかさをあなたの毎日に―ギリシャ神話に登場する女王の名前を冠した、大人の女性に贈るフレグランス。
朝摘みジャスミン&ローズ
清々しい空気を感じながら歩くローズガーデン。小鳥のさえずりと、光のカーテンがつげる朝。
こぼれ落ちそうなほどのローズの花束を鼻に近づけるたびに、ローズとジャスミンが調和したエレガントな香りと、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がります。
なぜ香水の説明に「小鳥のさえずり」や「光のカーテン」が含まれているのか。
ストーリー仕立てでひるんでしまったが、なんとなくどんな香りかわかるのが不思議である。
香水の名前に、有名な人物の名前を使われているのも特徴的。「カッサンドラ」は、ギリシア神話に登場する悲劇の美女だが、こちらのカッサンドラはとても穏やかな印象だ。幸せになってほしい。
ブンブン バニラアップル オードパルファム(ジャンヌ・アルデス)
BOUMBOUMまいにち、ドキドキ。Fun!Pretty!Sweet!Cute!…Happy♥
カワイイ顔して本格派♡毎日にドキドキワクワクを届ける香り。
スウィートバニラアップルのブンブン♪
ガーリーなキャンディアップルのトップに、アップルプラリネがほろ苦いスウィートさをプラス。最後はバニラがふんわりと香って甘く幸せな気分を高めます。
ポップで元気ハツラツなテキストだ。とても幸せそうだが、友達からこのテンションで話しかけられたら何かあったのかと聞いてしまうかもしれない。
前半のインパクトがすごくて、後半部分はちゃんと「製品紹介」であることにすぐには気づけなかった。
エゴイストプラチナム(シャネル)
社交的でありながらもさわやかな個性を持った男性を想わせる、いきいきとした魅力に満ちたフゼア グリーン ノート。華やかで弁舌さわやかな人を、フランスでは「プラチナのような人」と表現します。挑発にも臆することなく立ち向かうような積極性をもつ、社交的な男性のための香り。
■シャネル「エゴイストプラチナム」から引用
あらゆる言い回しで華やかで社交的な男性に似合う香りであることを説明されている。使われている言葉から気品を感じる。シャネルに詳しくはないが、シャネルっぽいなと思った。
「フゼア グリーン ノート」は香水の種類を示す言葉で、ざっくり言うと「フゼア」はメンズ、「グリーン」は植物のイメージ、「ノート」は香りを表す言葉、らしい。
他にも多くの分類があるようなので、覚えておくと香水選びに便利なのかもしれない。
4つの香水の紹介文に共通して見られた、使われがちな表現方法の特徴をまとめてみた。
以上の点を意識して当てはめれば、身近な香りも香水の紹介文風に説明できるはずだ。やってみよう。
中野に降り立った記念に、まずは駅前の香りを嗅いでみた。
ちょうど上の写真で立っているポイントでは、行き交う人々から発せられる汗や香水などの匂いと、数百メートル離れた場所にある喫煙所からのタバコの香りが波のように漂っている。ほどほどの都会の匂いだ。
たくさんの飲食店が十分目視できる距離にあるのに、食べ物の香りがしないのがじれったい。
この「中野駅前の香り」が香水になったら、こうだ。
中野駅前の香り
週末の中野を行き交う人々の持つユーフォリアとエフェメラリティ。
スモーキーなアロマと、活気のある乾いた髪の香りに初秋の中野駅前の賑わいが凝縮されています。
日常にプラスアルファのスパイスを求める人へ贈るフレグランスです。
冷静に考えるとめずらしくもない匂いだが、中野へ行きたくなる文章ができた。
楽しげに街中を歩き回っている人々の様子を「ユーフォリア」と「エフェメラリティ」で表した。ユーフォリアは多幸感、エフェメラリティは一過性という言葉らしい。(語彙力の無さはGoogle検索でカバーだ。)
感じた香りにぴったりな言葉を選ぶのも楽しい。こんな調子で日常の匂いを嗅いでは文章にしていく。
書店は主に真新しい紙とインクの香りがする。硬質な印象なのにリラックスできる、清潔で乾いたいい香り。
書店の香りは世間的に「トイレに行きたくなる匂い」と言われているが、個人的には、冬に歩く廊下のような、気持ちがシャキッとする香りだと思う。センター試験前の高校生から香ってほしい。
内容を脳に刻むべき参考書と、息抜きに楽しむ漫画本のふたつの香りだ。
書店の香り
義務と欲望のコンフリクト。大学受験の参考書と、レジ裏に山積みにされた鬼滅の刃の最新刊。
誰にでもある大切なものを天秤にかける背徳的な瞬間。
奥ゆかしくも扇情的な紙とインクの香りは、ページをめくったその瞬間から、あなたの時間感覚を狂わせる。
コインランドリーの匂いは嗅がないと損だ。常に干したふとんの香りがしているからだ。
よりイメージをより深めようと神経を尖らせていたら、気持ちが「愛知に住む小学生女児」だった頃に戻っていた。
コインランドリーの香り
洗濯石鹸&衣類乾燥機。洗濯石鹸と、熱せられた繊維の香りがあなたの毎日をやさしく彩る。
陽だまりの暖かさと清々しい空気を感じながら車の後部座席の窓から眺める、コメダ珈琲店へと続く道。どこからか聴こえるキジバトの鳴き声「ホーッホーッ↓ホッホー↑」と、ローカル番組による「モーニングにカレーがついてくる喫茶店」の紹介。
こぼれ落ちそうなほどのあくびをしたあとに鼻で大きく呼吸をするたびに、心地よい夢のような幸せな記憶を呼び覚ますフレグランスです。
干したてのふとんに包まった時の感覚は、太陽光で暖められた車の後部座席に座った時のそれと似ている。
外出中の「ちょっと一息」ピッタリ度ナンバー1といえばミスタードーナツだ。
ドーナツを食べながら、今回同行してくれた友人にミスタードーナツにまつわる思い出を聞いた。二人の思い出をすり合わせた「ミスタードーナツの香り」がこちら。
ミスタードーナツの香り
Sugar & Honey♡ まいにち、ドキドキ。ドドド ドドド ドーナツ!学校帰りも買い物帰りも、ブレイクタイムはハニーチュロとオールドファッション!
糖度高めのハッピーフレーバーに、コーヒーのほろ苦さがアクセント。
100円ごとについたポイントを集めてもらったバッグを包むひかえめなビニールの香りが、あなたをより虜にします。
ドーナツ大好きな人が即興で作曲した、ドーナツの歌」っぽさが出た。
久々に立ち寄ったミスタードーナツは、ポイントを溜めるとグッズがもらえる「ミスドクラブカード」が無くなっていた。
オリジナルバッグや手帳をもらうために、電卓を叩いてポイント計算していた母の姿をもう見られないのだと思うと少し切ない。
最後の香りはオムライス。
オムライスは誰が作ってもほぼ同じビジュアルになるが、たまごの焼き加減、ご飯の味付け、上にかけるソースなどで味や香りの変化が大きい料理だ。
それなのに、「おなじみの味ですよ」といった様子で、多くの飲食店の人気メニューとして君臨しているのがミステリアス。オムライスが人間だったら、かなりの売り込み上手に違いない。
この日食べたオムライスの香りは、酸味の強いケチャップの香りが特に強かった。その次はしっとりとしたたまご。スプーンですくって口元まで運ぶと、ステンレス製の食器の匂いがうっすらと混ざっていた。
そして口の中に入れたところでソースのスパイシーな香りに気づく。
オムライスの香り
異業種交流会を主催するような人を表す「卵のような人」という言葉があります。
場を穏やかにまとめながらも、臆することなく主張するような積極性をもつ、過去と現在と未来をつなぐことに全力な社交的な人のための香り。
温厚でありながらもスパイスの効いた個性を持った人を想わせる、まろやかなたまご&刺激的なケチャップ、そして濃厚なソースは、町内会のお祭りな魅力に満ちた、調和のとれた香りを放ちます。
単純に香水の紹介文におもしろさを感じて始めた実験だったが、これらはシチュエーションや想い、感情、文体そのもののテンションなどから、その香りが「自分に合うか・合わないか」が感覚的に判断できるよう考えられていると感じた。
香り自体の好みも重要だが、まとった香りでその人の印象が大きく変わることもある。
紹介文を基準に自分にしっくりくる香水を探すのも面白そうだ。
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