スタンディングオベーションしてみよう/されてみよう
10分立ちっぱなしでもそこそこ大変なのに、ずっと拍手を続けるのである。両腕両足ともに体力的にかなり消耗する予感がする。
される方もされる方だ。最初は割れんばかりの拍手に誇らしい気持ちになるだろう。でも10分も続くと愛想笑いも尽きるのではないか。
必ずスタンディングオベーションが起きるプレゼンを準備中
デイリーポータルZの企画会議のあと、残ったメンバーに検証をお願いした。これから皆さんには僕に向かって10分間のスタンディングオベーションをしてもらいます。なんて図々しいお願いだろう。
ただ、手放しで賞賛されるのも虫が良すぎる話だ。かといってカンヌに出品するような映画も撮っていない。とにかくなにか発表して褒めてもらおう、と、先日イベント(路線図ナイト3)で発表したパワポを用意した。スタンディングオベーションが約束されたプレゼン。それはそれで虫のいい話ではある。
「マンションのチラシに載っている路線図は、立地アピールのあまり3Dになることがあって……」
そこそこ笑いも取りつつ……
「ご清聴ありがとうございました」とともに……
スタンディングオベーションがはじまった!
「ブラボー!」「ブラボー!」
正直に言うと大変気持ちよかった。
拍手されるだけでも気分が良いのに、立ち上がってくれるのである。目の高さが同じになるから、しっかりと目を合わせて褒め称えてもらえるのだ。承認欲求のゲージがみるみる溜まっていくのを感じる。そんなによかったですか! ありがとうございます! ありがとうございます!
しかし、その高揚感も長くは続かない。「照れる」「そろそろ終わっていいのでは」とiPhoneのタイマーを見ると、まだ30秒も経っていない。先は長い。
手持ち無沙汰
お辞儀をしたり、手を挙げて応えたり、観客からの拍手に対するリアクションがあるだろう。監督と役者みたいにその場に複数名いたら抱き合って喜んだりもできるだろう。
しかし今回拍手を受けるのは僕一人。手持ち無沙汰になるまで、ものの1分もかからなかった。
最初は拍手に対して「ありがとうございます!」とお辞儀を返すも……
1分も経つと、することがなくなって棒立ち
ありがたい、ありがたいのだけど、みんな座ってほしい。どうか落ち着いてほしい。胸の内で願っても願っても、拍手はあと8分強は鳴り止まない。ずっと「ありがとうございます!」とペコペコしてるのもなんか変だ。気がつくとこうなってた。
自分も拍手しちゃう
鳴り止まない拍手のテンションに、自分の気持ちがついていかないのだ。せめて形だけでも同じにと、自分でも自然と拍手をしていた。拍手の場に溶け込むことで、主役の座から降りようとしていた。
「木を隠すなら森の中に」とブラウン神父は言った。拍手の海には拍手で飛び込むのだ。
でもまだ3分ちょっとしか経ってない
腕の疲れをごまかせ
間が持たないので普通にしゃべることにしました
この辺りで観客のみなさんから「腕がつらい」「何に拍手しているのかわからなくなってきた」「何も考えなくても手が勝手に拍手している」との声があがる。トランスだ。
そこには賞賛も感動もない。「拍手を続けること」が目的にすり替わっている。なんだか部活の悪しき伝統(1年は水飲んじゃだめとか)みたいになってきた。
タイマーのカウントダウンをただただ見つめる
群衆を2グループに分け、それぞれ1分間の休憩も設けた
やっぱり10分拍手するのは大変だ。カンヌはいったいどういうつもりなんだ。「交代で拍手してるんじゃないか」「みんなが拍手しているから止めどきを見失ってしまうのではないか」と、カンヌの人々に思いを馳せる一堂。
トルーさんが「脇の下を締めるとなんか楽になりますよ!」とTipsを発見。「確かに!」とみんな真似をする。
しかし脇の下に熱がこもってくるので、頭上で拍手して脇の下を乾かす。
再び腕が疲れ、「両手をぶらーんって下げると振り子の要領で楽に拍手できる」とさらに知見を共有
工夫に継ぐ工夫である。
みんなで力を合わせ、なんとか10分を乗り越えようとしている。そこには創意工夫と相手を思いやる心が生まれていた。団結だ。
スタンディングオベーション10分、社員研修のメニューにも薦めたい。
いよいよ10分の鐘が鳴る
そうこうしているうちに、いよいよ10分が経とうとしていた。1分を切ったところで、自然と「ラストスパート!」という声が出る。拍手をスパートさせても早く終わるわけではないが、気持ちだけが前向きだ。僕もタイマーを見ながら「あと30秒!」と檄を飛ばした。
ラストスパート!
3……2……1……10分経ちました!
終わった終わった……!
手がジンジンする
一言で言うと「やれやれ……」だ。うっかり、お疲れさま!と拍手しそうになるが、もう散々拍手したのでやりたくない。大食い大会の打ち上げにバイキングに行くようなものだ。お腹いっぱいである。
カンヌの人はもっと感動している説
帰宅後、カミさんにこのことを話すと「カンヌの人はもっと感動しているのでは?」と至極もっともなコメントをもらった。
そうなのだ。映画が作り出す世界に浸り、感動に打ち震え、悄然とした面持ちで我を忘れてする拍手が、結果として10分以上ものスタンディングオベーションになるのだ。路線図のパワポではその境地までいかないのだ。
普通にやったら大変疲れることを、自然に発生させてしまうほどの感動。改めて映画の力を思い知ったのだった。
「ほれほれ」「いえ~い」「はいはいは~い」と、ちょっと小馬鹿にした拍手パターンもありました