格ゲーの必殺技コマンドについて
必殺技コマンドの代表格は、『ストリートファイターII』(ストII)の波動拳だろう。
下・右下・右を素早くレバーで入力し、そのあとパンチボタンを押す。ストII以後もあらゆるゲームで採用されている、おそらく一番有名な必殺技コマンド
私が小学生だった90年代、ストIIを筆頭にした「格ゲーブーム」が起こった。ゲームセンターだけじゃなく、小さな商店の軒先にまでアーケード筐体が置かれていた時代。自分もご多分にもれず格ゲーに熱中し、近所の本屋とゲーセンに通い詰める毎日だった。
……ということを、当時を舞台にした漫画『ハイスコアガール』を読んで思い出してきたのだ。いまでは全く格ゲーをしなくなってしまったけど、あの頃の熱中ぶりは心の中に残っているし、レバー操作も手が自然と覚えている。
ユーザが格ゲーに慣れてくるにつれ、どんどん難しいコマンドが登場してきた。なかでも当時話題になったのがこのコマンドである。はじめて入力が成功したときには、言いようもない達成感があった
複雑なコマンドになればなるほど、何度も練習して慣れていかないとタイミングよく出すのは難しい。でもいざコマンド入力が成功し、派手なエフェクトとともに必殺技が繰り出されたときには、自然とテンションが上がるというものだ。
必殺技コマンドが持つ魅力を、自分なりにまとめてみた。五感を刺激するユーザ体験を生み出している
これを体感しようとすると、必然的に格闘ゲームをしなければならない。でもそんなにゲームがやりたいわけでもなくて、ただ必殺技コマンドによる快感だけを味わいたいのだ。なんてわがままな感情だ。
必殺技コマンドを格ゲーの中だけにとどめておくのはもったいない。日常世界に開放してしまおう。もっとカジュアルに必殺技コマンドを!
必殺技コマンドで日常を豊かに
そこで作ってみたのが、この特殊なコントローラである。何やらいろいろ付いている装置をPCに接続すると、ジョイスティックが「キーボード」として認識される
レバーとボタン操作の組み合わせで文字が打てて、
必殺技が発動するとスピーカーからそれっぽいSEが鳴るようにした
見た目は完全にゲームをしている人だけど、実際には派手な音をたてながらテキストを書いているだけである。これはジョイスティックの皮をかぶった、言ってみれば「必殺技搭載キーボード」なのだ。
必殺技が使えることでテキストを打つのが楽しくなるし、いちいち爽快感があるので執筆のモチベーションも上がる。ゲームが持つ楽しさの仕組みを社会生活に応用した、いわゆるゲーミフィケーションの一種といえる(と言い張る)。
必殺技を紹介しよう
キーボードを自作すると、好きなコマンドに対して好きなキー操作を割り当てることができる。
たとえば今回は、「下・左下・左+P」を入力すると「バックスペース」が発動するようにした
自分で決めて自分でプログラミングするので、好きなコマンドが自由に使える。こういう仕様を考えている時間は最高に楽しい。
雰囲気を出すためにボタン入力を「P(パンチ)」と書いたけど、実際はどのボタンを押してもいいことにした。だってここは格闘ゲームの外。パンチもキックもない平和な世界なのだ。
今回生み出した必殺技一覧。コマンド自体は定番のものでまとめてみた
超必殺技はコマンド入力が難しい代わりに、よく使う文章を一発で入力できるようにした。これが使えるようになれば、憂鬱なビジネスメールも爽快に打ち返すことができる。ライフハックである。
とはいえ、必殺技だけでは限られたテキストしか打てない。ひらがなは全て入力できる必要があるので、まずは8つあるボタンに、それぞれ母音がアの音を割り当てた。
ただ見ての通りボタンの数が足りないため、「ら」は「あ+か同時押し」、「わ」は「か+さ同時押し」とした。変なボタン配置によりさっそく脳に混乱が見られるが、ここはじっと耐える
その他の文字は、スマホのフリック入力と同じ方式とした。つまり「あ」「い」「う」「え」「お」を入力するには、「あ」「←+あ」「↑+あ」「→+あ」「↓+あ」を押せばいい
各ひらがなと入力コマンドの一覧。ややこしさのあまり途中で発狂しそうになったものの、落ち着いて読み解けばそんなに理不尽なコマンドではない。表を作りながら、フリック入力の偉大さを改めてかみしめていた
さすがに無刻印キーでは辛いので、シールで目印を付けた。これにて仕様FIX!
とりあえず練習が必要だ
さすがにこんなキーボードを初見で使いこなせる人はいない。タッチタイピングを覚えたとき、フリック入力を覚えたとき……人類はいつの時代も練習を重ねて成長してきた。ジョイスティック型キーボードも、まずは練習するしかないのだ。
というわけで、タイピングの練習サイトを使ってしばらく練習する。気を抜くと「なぜこんな無意味な練習をしてるのか?」という悪魔のささやきが聞こえるが無視する
やっているうちに、このキー配置がなかなかくせ者だと分かってきた(うすうす分かってはいたが……)
ボタン上段の「あかさた」は覚えやすいのだが、下段の「なはまや」に苦戦する。一般的に「あかさたな/はまやらわ」という区切り方をするので、「なはまや」がどうにもしっくり来ないのだ。次はボタンが10個あるジョイスティックでリベンジしなければ……と心に誓った。
とはいえ、こんな無茶なキーボードでも、しばらく使っていると慣れて打つのが早くなってくる。人間の学習能力はすごい。だいぶ手慣れてきた頃に撮影したのが、冒頭にお見せした動画である。
その後、「これだけ練習したらもういけるだろう」と、メッセンジャーで編集部の藤原さんに話しかけてみた……のだが、いざ実戦となると頭が混乱して打つのが遅くなるし、手元に全神経が集中するので妙に固い会話になってしまった
そう、「以上、よろしくお願いします。」だけは異様に早いのだ。そこだけは強調したい
必殺技キーボードの作り方
最後に、このキーボードがどういう仕組みなのか簡単に紹介しておく。
まずはジョイスティックの裏蓋をおもむろに開け、基板上から必要な配線を手探りで引き出す。ワイルド工作である
それを「Pro Micro」という、自作キーボードが簡単に作れるマイコンに接続
音は「Raspberry Pi」(ラズパイ)で鳴らすことにして、どの音を鳴らすかの情報だけPro Microからラズパイに伝えている
あとはPro Micro上で動く、キーボード用のプログラムを書けば完成である。誰も真似しないだろうから、かなり端折って紹介してみた。以上!
おわりに
特に深い意味はないけれど、好きな言葉をタイピング(?)してみた。変なキー配置なのは、バグではなく仕様です
必殺技コマンドの使い道を模索する
実は「必殺技コマンドの日常への応用」として、もう一案考えていた。それはコマンド入力による家電操作である。
明らかにキーボードとは関係ない回路が付いているのだが、これがリモコン代わりに赤外線を送信するLEDである
必殺技コマンドを入力してエアコンが付けられる! テレビのチャンネルが変えられる! という仕組みなのだけど、あまりに写真・動画映えしないのでお蔵入りに。機能としては楽しいので、その様子は頭の中で想像してみてほしい。