街を歩くとそこら中に「麻生」の文字にあたる福岡県飯塚
吉田茂が住んでなかったまち、飯塚
なぜ東京生まれ神奈川育ちの吉田茂が福岡でカレーになるのか。
ここ福岡県飯塚市は炭鉱のまち。そして飯塚の石炭事業をはじめたのは麻生太吉、あの元総理大臣麻生太郎のおじいさんである。
さあ総理と石炭がつながってきた。ここからはレストラン太陽の松村久弥さんにお話をうかがおう。この店のカレーライスがレトルトになり吉田茂カレーとして発売されているのである。
飯塚駅から歩いてすぐのレストラン太陽
吉田茂の娘が嫁いだまち、飯塚
「吉田茂さんは麻生太郎さんのおじいさんになりますでしょ。
私が生まれたとき、昭和13年かしら。太郎さんのお父さんが吉田茂の娘、和子夫人と旅行にいって。仲をとりもったのがあの白洲次郎」
吉田茂と飯塚のつながりは娘が嫁にきたことだった。しかしなぜカレーなのか。
姉妹で店を切り盛りする姉の松村久弥さん
「昔のことだからお嫁にいらっしゃる際に、お世話役の人が飯塚についてらっしゃったのよ。運転手さんやコックさん、乳母さんに保母さんにお金まわりのことをみる人ですとか、6人くらいはきたのかな。
そのとき一緒にきたコックさんが浜田さん。このカレーを教えてくれた方」
吉田茂のコックさんがこの街にいたのだ。これが昭和のすごさなのか吉田家のすごさなのか、6世帯の人生を背負ってお嫁に来るのである。
この店のカレーをレトルトにしたものが吉田茂カレー600円
吉田茂のシェフが飯塚に伝えたカレー
麻生家のコックとして飯塚に来た浜田シェフ。当時、喫茶店だったここ太陽に客としてよく訪れていたという。
「食べものであればなんでも売れた時代。当時の写真には『スイカあります』『ところてんあります』って書いてあったんですよ。
お米もない時代なのに『日本人は米を食べる民族だから米料理を出しなさい』といってカレーや親子丼のレシピを両親に教えてくださったんです」
そうして教えてもらったカレーが今も残るここのカレーライス。吉田茂カレーは吉田茂のシェフが作る味だった。
これがカレーライス630円。『吉田茂カレー』としてレトルトで売られている。
あっ これおいしいやつや
洋食屋で食べるカレーのうまい版
このカレー、うまい。
もっさりした口あたりは洋食屋でたべる昔ながらのカレーのようだが、こんなにうまいのは初めて食べた。昔風カレーの親玉みたいなものが出てきた。
――昔と味おなじなんですか?
「変えてないつもりだけど、フードプロセッサーを使ったりしているので当然ちがうんでしょうけどね。
でも料理は五感なのね。この色でこの匂いがしてきたら入れるとかね。
カレーは誰が作ってもちがうから他の人に教えてもいいって浜田のおじいちゃんに言われたの。親子丼は分量通りで作れるからダメって言われたけどね」
「カレー粉は二種類、こういうものと……」カレーは誰がつくってもちがうものになるので、誰かにレシピを教えてもいいよと言われたそうだ
席が分かれるから総理大臣はかわいそう
「太郎さんはドライカレーに生卵を入れてたべるわね」
聞けば、麻生太郎氏は今もこの店に通うそうである。
考えてみれば吉田茂の味でもあるが、麻生家のおふくろ(のコックさん)の味でもあるわけだ。
「太郎さん今は3人くらいで来るけど、総理になられたときはSPの方に秘書の方、全部で8人でいらっしゃってね。
悪いからいいわよって言ったんですけどね。うちは狭くて8人だとバラバラになっちゃうからって」
総理大臣に「8人だと席が分かれるから悪い」と言ってるのがすごい。そういう視点はだれも持ちあわせてなかっただろう。
「太郎さんはね、ドライカレーに生卵を入れるのよ」 ドライカレー680円。
麻生さんちのカレーうまい
麻生家の味。このドライカレーがまた超絶うまい。スパイスの刺激で鼻の穴がパカっと開いたあとは、卵の甘みとベーコンのしょっぱさに導かれて飯がどこどこ口に運ばれていく。
家にあそびに行ってこれが出てきたら入り浸ることだと思う。これと三国志60巻あったら麻生さん家は学生のたまり場確実である。
「生卵入れたらコレステロール高いわよって注意したら『だいじょうぶ、おれは50代の体なんだ」って太郎さん言ってたわね。
――麻生太郎さんと仲良いんですね
「年は私の2つ下でね、麻生セメントの副社長のころは会社もそこにあったからね。
今でも夏になるとうちのゼリー送ってるのよ。コーヒーゼリーも好き、アイスクリームも好き。太郎さん、舌はお子ちゃまなのよ(笑)」
いや、麻生さんの舌はいい舌だ。私にはわかる。麻生太郎氏の舌と私の舌が今、ドライカレーの味を通してつながっているからだ。
ものすごく遠い間接キスみたいなものである。
「麻生家の味、めっちゃうまい……」 麻生太郎の舌と自分の舌がカレーの味を介して今つながる……!!
フィクションの世界
――麻生さん家は、家のカレーがイギリス流なんですね
「麻生さんのお家はイギリス流なのよね。たとえば運転手さんとぜったい一緒にごはん食べたりしないの。
太郎さんも運転手さんのこと○○って呼び捨てでね。さんつけないと悪いから言うちゃんないって言ったら『○○さん、○○さん……呼ぶのむずかしいな、練習しないとな』って言うのよ(笑)」
あの人、物語の世界みたいなところからきてるのだな。少女マンガに出てくるお坊ちゃまキャラ、今度ああいうのが出てきたら麻生太郎氏のことを思い出すことだろう。
パッケージに印刷されたボーイングはサンフランシスコ平和条約に向かう飛行機(らしい)。ポケモンカレーにピカチュウが印刷されているようなものじゃないか。
吉田茂さんが手を振った人が作るカレー
――吉田茂さんは会ったことないんですか?
「私たち修学旅行で熱海に行ったのよ。それで吉田さん家の前を通りがかったらね、着流し姿の吉田さんいらっしゃるのよ。
みんなでお~いお~いと手を振ったらね、かぶってた山高帽をとって振ってくださったの。よっぽど機嫌がよかったんでしょうね、あんなことなさるの初めて見ましたってガイドさんも言ってたわね」
修学旅行で見るとは。手を振ってくれたのも飯塚の学生だったからだろうか。ほかの学校には「バカヤロー!」が出たことだろう。
帰る途中に「たろうちゃんうどん」もあった。もしや……!!
麻生太郎うどんもあった
レストラン太陽を出て、飯塚の中心部へ向かう途中に「たろうちゃんうどん」というのぼりを発見した。
その場では笑っていたが、家で調べてみると、ほんとに麻生太郎氏モチーフのうどんだったようだ。
カレー、うどん……総理大臣を主食にするのがこの街で流行っている。
参考 ハニーマジックです『麻生太郎元首相そっくりな丸天うどん』
この世界の主人公は私たちじゃない
知らないまちに名家があった。総理大臣のおうちからお嫁さんが来て、ついてきたコックさんがなじみの喫茶店にカレーのレシピを教えた。
全体的にただようこのマンガっぽさはなんだろうか。またこのカレーが実際にウマいのだ。
水嶋ヒロが小説家として賞をとり、本屋の店先には「水嶋ヒロ処女小説予約受付中」と貼り紙がされてあったのを見たとき(……この世界の主人公はおれじゃない、水島ヒロだ!)と思ったものだが、主人公はまだまだいる。
人ん家カレーの最高峰、吉田茂カレー。おみやげに買ったレトルトパックは、庶民として家族三人正座していただきました。