パソコン遠い問題
プレゼンのスタイルって人によっていろいろだと思うのだけど、僕は指し棒を使う派だ。スクリーンを指すのにレーザーポインタだとちょっと見にくい気がするし、マウスカーソルより棒の方がフィジカルでいい。
ただ、たまに問題がある。
こういう会場の場合だ。
「成功と失敗の軌跡と題しまして、発表させていただきます…」
よいしょ、っと…
スクリーンとパソコンが離れている!
棒で指すためにスクリーンの前に立ちたいのだが、そうするとスライド送りのたびにパソコンの方に行かなきゃいけない。行って戻って行って戻って、発表者がこんなに多動では見ている方も気が散ってしょうがないじゃないか。
ゲーム感覚でプレゼンしたい
プレゼンと言えばスティーブ・ジョブスのスピーチが有名だが、彼は手元のリモコンのようなものでスライドを操作している。あれがあればいちいちパソコンまで行かなくていいぞ、と思って調べてみたら一万円くらいした。高い。正直、そこまでの熱意はない。
スマートフォンをリモコンがわりにするアプリもあったがうまく動かなかった。しょうがない、自作だ。
Nintendo64のコントローラ
どうせなら派手な機械でガシガシ操った方がいいのでは、と思いゲーム用コントローラーを用意した。(ほんとうは家に余っていたのだが)
これがあれば緊張しがちなプレゼンもゲーム感覚で楽しめるはずである。ゲーム脳、ついにビジネスシーンに参入。
キーボードは広げると畳半畳
64コントローラーでプレゼンソフトを動かすためには、たぶんコントローラーの信号を解析して…(20ステップくらい中略)…プレゼンソフトのPowerPointに送信、というのをやんなきゃいけないのだろう。
…僕にとてもそんなスキルはないので、今回はやめる。かわりに64コントローラのケースだけ使って、中身をまるっと入れ替えることにした。
中にはパソコン用キーボードを入れる。キーボードのカーソルキーを、64のボタンに付け替えるのである。(PowerPointのスライドはカーソルキーでも操作できます)
餌食となるキーボード
裏のネジを開けて
一枚はがすと鉄板が出てきた
全部はがすとこんなにたくさん
キーボードは、分解してみると実に7層もの板やフィルムでできていた。
よく人間の血管を全部つなげると地球何周、みたいなことを言うが、キーボードも全部広げると畳半畳くらいになるのだ。
でも今回いるのはこれだけ
今回必要なのはほんの一部だ。上の、鉄板の写真で端っこの方についてる小さい基板。これがどうもキーボードの心臓部っぽい。
これ
こんなに小さい
あとの畳半畳の部分は、ケースと、スイッチの部品である。
ここでちょっとキーボードのすごさを
分解ついでに、改造してみてわかった、キーボードの仕組みをみなさんにお伝えしたい。すごく良くできてて、おもしろかったのだ。
まず、キーの仕組み。スイッチ部分は3層の薄いフィルムでできていて、1、3枚目には電気を通すインクで配線がプリントされてる。それを押し込んでON/OFFする。
ふだんは真ん中のフィルムのせいで配線同士に空間があるけど、キーを押し込むと接触してスイッチが入る
これがひとつひとつのスイッチの仕組み。これならいちいちはんだ付けとかしなくても、薄いフィルムを3枚重ねるだけで、簡単に大量のスイッチができてしまう。すごい。
で、あとはどのキーが押されたかもわかる必要があるんだけど、それはこうなっている。
何番と何番が繋がったかで押されたキーがわかる
同様に、上の図だとXを押せば2と6、Cを押せば3と6だ。あとはマイコン(基板についてるゲジゲジみたいなやつ)が繋がった端子の番号からどのキーが押されたかを割り出し、適切な信号をパソコンに送ってくれる。
もし、こうしないで100個以上あるキーひとつひとつに+-の銅線を用意すると、全部で200個の端子がいるし、配線も同じく200本になりグッチャグチャになってしまう。これなら端子も配線も共用できるので、大幅にすっきりさせることができる。ちなみに僕が分解したキーボードの端子の数は26個だった。
電子機器というと、真っ黒いICが入っていて、僕のような文系出身者には到底理解不能なテクノロジーで全部ピコピコやっているイメージがある。ただ、開けてみるとどんな機械でも一部はこういうアナログな創意工夫でできている部分がある。こういうの見つけると「自分にもできそう!」とか思ってすごく興奮する。(実際に出来るかどうかは別)
とはいえ配線は迷路
ちょっと込み入った話になりましたが、ここまでわかれば次にやるべきことは、キーと基板の端子の関係を調べること。
「どのキーが何番と何番の端子に繋がってるか」がわかればいい。単純に配線をなぞっていくだけだ。
先ほどの図解ではわかりやすくするために配線が碁盤の目になっていたが、実物はもっと複雑で、こんなである。
地下鉄の路線図みたい
さっき「なぞっていくだけだ」と書いたが、全然「だけ」で片付けられる話ではなかった。
線の上をペンでなぞっていく
とにかく細かい。ちょっと気を抜くといつの間にか隣の線をなぞっている
やっと片面終わった
細かい上にやたら遠回りする配線。まるで迷路のようだが、一本道なので全くエンタテインメント性がない。一生懸命がんばった結果、得られるのが2つの数字のみという手応えのなさも、だるさに拍車をかける。
しかもこれで1キーの片面。今回は11個のキーを作ろうとしているので、最高で22回、これをやらなきゃいけない。さっきまで「キーボードすごい!」とか言って興奮していたのに、急に疲れてしまった。人の心は移ろいやすいものである。
1時間くらいかけてすべての番号を調べ上げた
細かい作業で、目の奥が痛い。
(そしていま書いてて気づいたけど、この作業、テスターで電気通して調べれば多分30秒で終わった…。)
エアキーボード完成
あとは番号がほんとうにこれでいいかの確認。正しければ、パソコンにつないだ基板の端子を導線で直結すれば、キーが入力されるはずだ。
銅線でチマチマ繋ぐ
さっきの例で言えば、2番と5番を繋げば「S」が入力されるはず。キーもないのにキーボード。エアキーボードだ。
エアカーソルキーでカーソル(エアでない)が動いた!
おー、文字が打てた。
キーボード、あんなに大きいのに、心臓部はこんなに小さな基板なのだ。あとは全部スイッチで、人間の手のサイズに合わせて大きくなってるだけ。
スマートフォンとかに対してよく「こんなに小さいのに高性能」って思うけど、このとき人間は機械に対してちょっと上から目線で見てる気がする。実際には、こういう風に、ほんとうはもっと小さくなれるのに人間に合わせてわざわざ大きくなってくれてる場合もあるのだ。
ようやくゲーム入ります
「ゲーム感覚で」ってタイトルのわりに全然ゲーム要素がでてこない記事ですいません。ようやくコントローラーが登場する。
さっきの基板を64のコントローラーに埋め込んで、スイッチを付け替えるのだ。
プレゼンの場で目を惹きやすいピカチュウモデル
開けるとこうなってて
中身を裏返すとこんな
緑の基板についてる、「LEFT」とか「DOWN」とか書いてある黒いところが各ボタンの端子。真ん中が白線で区切られていて、この線をまたいで電気を通すと、ボタンが押されたことになる。
いっぽう、後ろに見えるグレーの板についてる黒いゴムが、ボタンの裏側。ゴムには電気を通す塗料が塗ってあって、ボタンを押すとこれが白線の両側に当たって、電気を橋渡しするらしい。
のだが、今回は全部使わない
もともとの端子は全部テープで埋め立て。これから上に独自の端子をつけていく。
感動してもすぐ忘れる
銅板を買ってきた。
ホームセンターにある「これ誰が何のために買うんだよ」と思ってた商品、どんどん自分が買う側の人間になってきた。
切って
銅線をはんだ付けした
両面テープをつけます。モジャー
こういう海洋生物いそうだ。大きな1匹に見えて、実は触手の1本1本が別の個体である。
この銅板を64のボタンにつけて、銅線の方をキーボードの基板につける。
両面テープでペタペタ貼っていく
複雑な回路に見えるけど全部セロハンテープで埋めたので、あとから貼った銅板以外はただの板としてしか使ってないです
さっきキーボードを分解したとき「配線が共有できていてすごい」と感激したのだが、それを全く生かさず全部のスイッチに2本ずつ銅線をつけてしまった。おかげでもっじゃもじゃである。
裏にキーボードの基板を貼り付けて
銅線を、前ページで調べた番号の端子に付ける
加速するもじゃもじゃ
これでたぶんキーボードの機能ができたと思う。あとはケースに戻して完成。
ネジ止めして
あっ、閉まらない…。
ありがち!
中のプラスチックを削ったり、要らなそうな部品を取り外したりしてなんとかスペースを作る。
閉まった!(力ずく)
まだ浮いてくるケースを力ずくで押さえ、無理やりネジ止めする。
最後は暴力の力で、ようやく64コントローラーの外装をまとったキーボードが完成した。
パソコンにつないで、動くかどうか試してみよう。
遊び方
完成した64プレゼンコントローラの操作方法はこうだ。
操作方法
Alt と Tab は Windows だと同時押しでアプリケーションの切り替えができる。画面のデモを見せながらプレゼンするときに便利だ。そしてAボタンBボタンの効果だが、
aとbが入力できる
「a」「b」「あ」「ば」の入力は思いのままである。
実践編
これ、手間はかかったけど、実用的だし、けっこういい物できちゃったんじゃないだろうか。あとは実践あるのみだ。
初めにも書いたけど、僕はさいきん全国でスライドショーをやっている。
せっかくなのでこのコントローラーを使って発表してみよう。下の動画は、札幌会場で実践した時の様子である。
実はこの前後にパソコンの動作がおかしくなるというトラブルがあった。あとで分解したらわかったけど、両面テープが弱くて、銅板がずれた状態で固定されてしまい、ずっとパソコンがAltキーを押したままの状態になっていた。でもその不具合は後日修正、いまは完動バージョンが手元にある。
ただもうひとつ、すごい欠点に気づいた。指し棒を右手、コントローラーを左手に持ってプレゼンするつもりだったが、そうするとマイクを持つ手がないのだ…。
実はかなり持ちにくかったというオチ
子供に大人気?
このあとこのコントローラーは、DIYのイベント
Maker Faire Tokyo でも展示した。ゲーム機の形なので子供が大喜びで寄ってくるのだが、ゲームができるわけじゃないし、機能は「aとbが打てる」とかめちゃくちゃ地味。目をキラキラさせて寄ってきた子供達が、僕のすぐ前でみるみる死んだ魚の目に変わっていく。そんな光景をこの2日間だけで50回くらい見た。
自分が勝手に寄ってきたくせに勝手にガッカリして機嫌悪くなって帰っていく、子供の理不尽さを思い知った2日間であった。