俺は丸めたティッシュには一家言ある男
僕はアレルギー性鼻炎なのでティッシュをよく使う。
このサイトではよく工作記事を書いているが、ああやって作ろうと思って作るものは、人生の創造行為の中のごく一部に過ぎない。
たぶん僕が人生で一番量産している物体は、丸めたティッシュなのではないかと思う。
もっと言わせてもらえば、僕は丸めたティッシュに対しては一家言ある男である。巨匠とは言わないまでも、匠くらいの肩書きは名乗ってもいいはずだ。
そんな僕が、すごい機械とタッグを組むのだ。技術と技術のぶつかり合いである。
そうとあっては、万全の体制で挑まねば3Dプリンタに対しても失礼というもの。
できるだけかっこいい丸めたティッシュを作るべく、まずはティッシュの丸め方の研究から始める。
取り出したティッシュを
ただ丸める
なんてだらしのない形か!
ただ丸めたティッシュ。実にだらしない形である。丸まり方に芯がない。いかにも片手間で適当に作ったという感じ。技量以前にやる気が感じられない。
もう少しギュッと固めたもの
今度はしっかり固まってはいるが、面白みがない。なんというか、「ただ固めました」という感じで、物語が感じられないのだ。やる気はあるが技量の伴わない、新人の仕事のようだ。肩に無駄な力が入ってしまっている。
ではこれでどうか。醤油を拭いたもの
良い。ティッシュに醤油の色がつくことで確実にゴミっぽさが増した。しかし、この色合いに囚われているようでは所詮素人だ。
このティッシュの真価は、別の角度から見た次の写真に現れている。
同じティッシュを手前に倒したもの
上面すこし左寄りに、突起があるのがわかるだろうか。指で掴んだ跡である。
いい老け方をした男の顔は、皺のひとつひとつに人生経験が刻まれているという。
丸めたティッシュも同じで、形を構成する要素のひとつひとつにバックグラウンドを感じる、そんなティッシュが美しいと思う。
鼻かんだティッシュが至高
ごめん、わざと、ちょっと遠回りをしてしまった。
本当は最初から結論は出ていたのだ。一番美しいのは、鼻をかんだティッシュ。
モデルの作成のため、鼻水の代わりに今回はノリを使用
たたんで鼻をかんだ状態を再現
捨てる前にくしゃっと丸める
この完璧なフォルム
どうだろう。上半分のまだ皺になっていない部分からは、丁寧にティッシュを畳みながら鼻をかむ、作者の几帳面な性格がよくあらわれている。
下半分は圧縮されてシワシワになっており、かなり力強く握りつぶされたことがわかる。
あれだけ几帳面にティッシュを畳んでいた作者が、今度は思い切り力をこめて丸めた。ここから読み取れるのは、鼻をかみ終わった瞬間に、ティッシュが几帳面さの対象ではなくなったということだ。つまり、ティッシュが「鼻をかむ道具」から、「ゴミ」になったのだ。
鼻かんだあとのティッシュは、その形状に、道具としての過去、そしてゴミへの没落を一緒に保存している。物語が一目で見て取れる、そんな奥深い形状なのである。
このような探求が一晩続いた
最高の形
寝食も忘れての探求(所要時間10分)の末、ついにたどり着いた最高の形、それがこれである。
肝心の写真がピンぼけした
帆を張るような堂々とした上半分に、一切の角が消えるほどに強く圧縮された下半分。まさに、栄華と没落。
ただ、こんなにも見事に完成された形ではあっても、残念ながらしかしティッシュははかない。水に濡れれば溶けてしまうし、濡れなくても踏めば変形してしまう。部屋のデスクの上に飾って置いたとしても、そのうち妻やお母さんに捨てられてしまうであろう。ゴミだし。
しかしこれを3Dプリンタで印刷することができれば。樹脂で作られたティッシュはちょっとやそっとでは失われることはない。
丸めたティッシュを、後世にまで遺すことができるのだ。
越えなければならない壁
それにはひとつ問題があった。3Dプリンタは普通のプリンタと同じで、PC上のデータがないと動かない。3Dソフトでティッシュの立体モデルを作らなければいけないのだ。
3Dのモデリングは正直全く経験がないので、ひとまずソフトだけは紹介してもらった。
Google SketchUp というやつだ。
サンプルデータをダウンロードしてみた。こんなすごい立体データが作れるらしい
メニューから新規作成を選ぶと、なにもない空間に、姿勢の悪い男が一人立っていた。
いけ好かない野郎だ
この人はデフォルトで配置されるオブジェクトで、よくわからないけどきっとサイズの参考のためにいるのだろう。
この空間に、各種ツールを使って立体を造形していくらしい。
ツールボックスには四角のアイコンがあったので、まずは丸める前のティッシュを描いてみることにした。
四角を描く
なんかグレーの四角ができた。リアリティを高めるため、この四角の表面をちゃんとティッシュにしよう。
スキャナにティッシュをセット
スキャンする
3D空間にティッシュが登場した
ここまでは順調だったのだが、このティッシュをどうやったら丸められるのかが全然わからない。
いろいろやってるうちにティッシュが浮かび上がったり巨大化したりして、だんだんポルターガイストみたいになってきた
……
キリスト教的ティッシュ論
ダーウィンの進化論によると人間は単細胞生物から進化したことになっているが、キリスト教的創造論によると、人間は創られたその瞬間から人間であった。
丸めたティッシュも同じだ。四角いティッシュを進化させて(丸めて)丸めたティッシュを作るのではなく、もともと「丸めたティッシュ」として産み出すというアプローチもあっていいはずだ。
パレットにフリーハンドの描画ツールを発見した。これで、いきなり丸めた状態を描いてしまおう。
マウスでグリグリっとやって
かなり近い
うん、いい感じだ。ただ、ペンで描いた絵はあくまで平面である。これを3Dモデルにしなきゃいけない。
角度を変えるとこんなのっぺりしている
このツールで平面を盛り上げられるっぽい
どう触ったらどう変形するかの規則性が全然わからない
でもなんかくしゃくしゃしてきたぞ…
手探りで触っているうちに、なんとなくくしゃくしゃの紙っぽいものが出来てきた。
90年代くらいのテクノのCDにこういうジャケよくあった
3Dだからぐるぐる回すこともできるぞ
しかし気がつくとめちゃくちゃでかい
小さくした。丸めたティッシュというよりコピー用紙っぽいが
やり方としては正しいのかどうかわからないけど、とりあえず見た目にそれっぽいものは出来てきたぞ。同じようにいくつか作ってみる。
慣れてくるとサクサク作れるようになった(5倍速再生)
どんどん散らかる、丸めたティッシュ
いけ好かない男の回りをゴミで囲んでいやがらせ
最初に出てきた、サンプルのモデルの中に置いてみた。
ポイ捨てダメ、絶対
遊んでいるうちに、気づくと夜中の3時を過ぎていた。ヴァーチャル空間でティッシュを丸めるのにそんなに夢中になっていたのか。
夜なべして出来たのが丸めたティッシュ。
完全に不毛な作業にも関わらず、無駄に満足感は高かった。
ヴァーチャル空間からリアル3Dへ
そして翌日。3Dプリンタを使わせてもらえる日がやってきた。
深夜作業で上がったテンションはそのままに、SDカードをティッシュでパンパンにして、3Dプリンタを貸してくれる
co-lab渋谷アトリエへ。
現場では僕の企画の前に、いくつかの企画の撮影があった。
その脇で、机の上には3Dプリンタで作った立体が無造作に置かれていた。もうすぐ僕のティッシュがこの仲間に加わるのだ!
そしていよいよ僕の番である。
夜なべして作ったデータを、ドキドキしながら渡す。
それを自分のパソコンで開いたco-lab山元さんの顔が、少しにごった。
「これは…、印刷できないかもしれない」
不可能物体
3Dの世界には「不可能物体」という概念があるらしい。ソフトウェア上では立体物に見えるが、実際の三次元空間では存在しえない形状のことだ。
素人がマニュアルも見ないで全く適当に作ったモデル。どうもそれに該当しているのでは…。
とはいえ出来るところまでやってみようということで、データの変換をしてくれている
いろんなソフトを使って僕のティッシュが開かれ、そのたびに違った顔を見せてくれる。
スタイリッシュな白いティッシュ
宇宙空間みたいなこっちのソフトもかっこいい
輪郭線があるのもいいぞ
しかし事態は順調には進んでいない。山元さんは何台ものパソコンを行ったり来たりしながら、データをあちこち移している。具体的に何をしているのかはわからないが、明らかにうまくいっていない雰囲気なのだ。
僕にできることはただ見守るだけである
3Dプリンタの制御ソフトにティッシュが入った!
不可能物体疑惑により、「どこかの段階でエラーで落ちるんじゃないかな」と言われていた僕のティッシュ。
それが最後のソフトに入った。リーチだ。いま虫歯治療でいえば、詰め物の型をとり終わってあと填めるだけ、みたいな状態である。
そしてこの機械が唸る!
素材はこれ。この樹脂を溶かして平面を成形し、それを積み重ねていくことで立体物を作る。
数分かけてノズルが暖まっていき、樹脂を溶かし始める…
はずなんだけど…
集まるオーディエンス。
動かないプリンタ。
待ち切れないオーディエンス。
動かないプリンタ。
飽き始めるオーディエンス。
動かないプリンタ。
次第に減っていくオーディエンス…。
「?」のはいった不穏なログだけがコンソール画面を流れていく
「やっぱりダメだったんですかね…」
ちゃんとソフトの使い方覚えて、正しいモデルを作らなきゃダメなんだな。
3Dをなめていた自分に反省。今回はあきらめようとした、その時である。
なんか動き出した!!!
ウィーン、ウィーン、
なんかテキパキと動いている、…ように見えるのだが!?
なんかすごくキビキビと動いているのだが、肝心の樹脂が全然出てこない。素振りである。たまに思い出したように、数ミリだけにゅるっと押し出される。そして…
ポトリ
悪くいえばバリウム検査を受けた金魚のフン、よく言ってもカピカピになった刺身のツマ、みたいな物が出てきた。
少しずつじっくり出てきた樹脂がさいごにポトリと地面に放たれる様は、「成形」というよりも、完全に「捨てた」という感じだった。
3Dプリンタがゴミを捨てる貴重な瞬間。もしかしたら僕は世界初の目撃者かもしれない。
ゴミはできた
考えてみれば、丸めたティッシュだろうが、カピカピになった刺身のツマだろうが、結果的に「ゴミができた」という点では変わらない。
「3Dプリンタにどうでもいいものを作らせたい」という目論見は、ある意味成功したとも言える。
ヤッター!この企画、大・成・功!!(無表情)