高級虫料理を食べてみませんか?
↑そう声を掛けてきたあるじは岸本くん、昆虫食に興味津々の学生。興味というか、昆虫食について研究するため、文部科学省のプログラムで支援を受け留学中の昆虫食「ガチ勢」だ。彼はペレストロイカ岸本という芸名も持っているので、以降ペレ岸くんと呼びます。
そのレストランは、バンコクのちょっと郊外にあるらしい。
ご登場的な写真を撮り損ねたので以前の記事 の代用。
水嶋「高級、虫料理?」
ペレ岸「そうなんですよ、衝撃の美味しさでした」
水嶋「虫料理ってだいたい屋台にある印象やけど」
ペレ岸「ですよね。だけどそこのオーナーシェフ、ミシュランの星付きレストランでも働いていたことがあるんです」
水嶋「それは高級」
でも、これの「高級」版って、どんなだ…?
この時点で、罰ゲームという見方は少し揺らぎはじめていた。ミシュランに「罰ゲーム」という言葉をぶつけるには横暴すぎることは自分でも分かる。が、しかし、虫料理だぞ。食わず嫌いで言っている訳じゃないからな。
水嶋「お店に行って、食べられないかもしれんしなぁ…」
ペレ岸「虫入ってない料理もあるから大丈夫ですよ!」
水嶋「え!まじか…」
断る理由がなくなってしまったので、来た。
店名は「Insects in the Backyard」(裏庭の虫たち)、場所はチャーンチュイマーケットという、タイムズ誌が選ぶ2018年の「世界のすごい場所50」にも選ばれた場所。ずいぶんフワッとしたアワードだなと思われた方はすみません。でも「GREATEST PLACES」だからそうとしか言えない。ここもどのお店も尖りまくっていておもしろい場所だけど、それだけでお腹いっぱいになってしまうので割愛しますね。
すごい場所の割にひと気の少ないマーケットを突き進む。
バーに改造された飛行機がシンボル。
「虫の入ってない料理もあるから」と聞いて行くことにしたのだが、なにも「困ったらそっちを食べればいいか」と思ったことが決め手という訳ではない。一流シェフが虫の有無に関わらず同じテーブルで料理を提供している。良くも悪くも虫料理に肩入れする訳でなく、純粋に料理としてフラットに評価しているのではないか。そこに興味が惹かれた。
と、あーだこーだ言ったところで、料理の良し悪しは結局食わねば分かるまい。
現着。看板には巨大カマキリ(カマキリ料理はありません)。
私、ペレ岸くん、虫料理初体験のかおりさんの三人で。
店内は「マッドサイエンティストの洋館」風
店前で巨大カマキリ看板を撮っていると、中からウェイターが「どうぞ」とお出迎え。予約をしていた訳じゃないが、(ピンキリだが虫料理としては明らかに)高級レストランを謳うだけあって親切丁寧なおもてなし。
ここは少し毛色が違うけど、全体的には古い洋館みたいな内装。
「虫じゃないものもありますよ」とメニューを見せるペレ岸くん。
価格は150~350バーツ(およそ510円~1200円)といったところ、日本のいい居酒屋並。
パッと見ではどれも美味しそうな料理写真だが、よく見ると芋虫やコオロギらしき影が見え隠れしているものもある。メニューはあくまで「メイン」や「前菜」などで分かれていて、虫が入っているかどうかはちゃんと内容を読み込んで判断するしかない。それがかえって前述の、「純粋に料理として評価している」の裏付けに思う。
オーダーすると、ウェイトレスから「虫が入っていますがよろしいですか?」と確認された。いや、まぁ、はい、よろしいです。逆に、ここに来て「虫入ってんの?じゃあやめとこ」という客がいるのだろうかと想像すると笑けた。
周りを見渡すとなかなか尖った装飾ばかり。
お店の紙ナプキンのロゴはカマキリ。
ペレ岸くんの背後にいるパックンフラワーも気になる。
料理を待つ間、店内を少し見て回る。
左上から時計回りに…標本、ハエの置物、食虫植物のオブジェ、標本用らしき溶液瓶。
剥製があるかと思えば…
左上から時計回りに…イタチ!イタチ!イタチ!亀!亀??
飾り付けてあるインテリアはところどころ悪趣味だ。ただ、それは「虫」を題材にしているからこそ選んでいる印象で、根っこから悪趣味という訳でもない。全体的なつくりはシッカリしていて、テーブルや椅子にも重厚感に伴う高級感があり、これは虫料理に対する貧しいイメージを取り除く意味でも一役買いそうな気がした。
本当に美味しければ見た目なんてどうでもよくなる
最初の料理が来た。
サラ~ダ!
サラダは虫なし。オーダー時、ペレ岸くんに「どうします?」と聞かれたが、私とかおりさんが「そこはふつうでいきたい!」と声を揃えた。さすがに虫食ビギナーに生虫はキツイ(サラダが生でも虫が生とは限らないが)。
これはふつうにおいしい。酸味と甘味の効いたヴィネガー・ドレッシングに、新鮮で張りのあるマグロがものすごく合う。というか、めちゃくちゃおいしい!今まで食べた海鮮系サラダで一番じゃない?さすがは星付きレストランにいたシェフ…。その料理の腕前と、我々の虫への抵抗感、一体どちらが勝るのか。
では!ここから、怒涛の高級虫料理と感想をご紹介します。
■クリケット(コオロギ)パスタのボロネーゼ
え?これ…虫入ってんの??
ペレ岸「コオロギの粉末がパスタに練り込まれてます」
水嶋「イタリアのパスタにそういうのあるって聞いたことある」
ペレ岸「けっこうメジャーですね、プロテインバーをつくっている友人もいますし」
まぁ、見た目には問題なさそうだけど…。
ぜんぜんうまいわ!
いけますな!
味の感想
・ふつうにおいしいボロネーゼ
・虫入りだと言われないと分からない、分かる訳がない。
おいしい。虫料理をおいしく食べられる、という意味では満点。むしろ「虫入ってなかったんでは?」とそっちを疑うくらい。ただ、なんだろ、「分かんないなら入れなくてもいいんじゃない?」ということも思ってしまう。自分自身が食べる上で栄養をそれほど気にしていないからかなぁ。あるいは虫の味を認識できていないだけか。
しかし!次から一気に虫感がほとばしる…
■帆立のソテー、アーティーチョークソースと竹虫を添えて
あははは~!来たね、虫~!!
ペレ岸「この竹虫、タイの業務用スーパーでも大量に買えるんです」
水嶋「昆虫食界のフライドポテトみたいなもんか」
ペレ岸「パサパサしてるので日本では評価も別れるようです」
水嶋「日本にあること前提なんだね」
覚悟を決めて~いくしかないか~
パクッ…は?は~??
味の感想
・ナニコレめっちゃ美味いんだけど
・OLが好きそう(by かおりさん)
・カリカリに揚げられた竹虫が塩気と香ばしさを残して消える
・ホタテの淡白で優しい味と竹虫のアクセントが最高にマッチ
ビビった。なんだこの野郎、めっちゃうめぇじゃねぇか。口の中で溶け、塩気と香ばしさに姿を変える竹虫は高級食材のそれだと思った。キャビアだ、昔食べた、プチッと消えたら磯の味だけ残ったキャビアに似ている。天然のスパイスをはらんだ管といった感じ、スパイスは後付けで竹虫は優秀な運び屋なのかもしれないけど。
それがまた、ホタテの淡白ながらも優しい味とみずみずしさにものすごくマッチしている。ここでようやく気づく、「虫は料理じゃなく食材」だと気づいた。今まで虫料理といいながら、大抵はそのまま焼いたり揚げたりしたものを食べてきた。けど、そもそもそれって「料理として完成度が低かっただけ」だったのではないだろうか。
こぼすと一匹だけはぐれてかわいそうに見える
■コオロギや蚕のさなぎ入りナチョス
よく見てくださいね~
いますよ~
ケチャップとマスタードをかけられたトルティーヤチップス。に、素揚げされたコオロギや蚕のさなぎが散られている。なんなら「ナチョス」よりも「虫」の方が多いかもしれない。それにしても…同じ虫でも竹虫と違い、ピョンと飛び出した足があると抵抗感が格段に増すなぁ。
これはいったん無心にならないと食べられない
ボリ!モシャ!ボリ…モシャ…!おぉ…?
味の感想
・ぜんっぜん、いけるな…。
・口の中に入れるとチップスと虫の違いが分からなくなる
・虫の味を楽しむというよりは、チップスをかさ増しした感じ。
ぜんぜん食べられるという意味では驚き!いつだったか平野レミがコロッケの具材を混ぜただけの「食べればコロッケ」というものを考案したが、こっちは虫があろうがソースのお陰で「食べればナチョス」だ。だが、ひとつ前の竹虫の食材として活かし方と比べれば、これこそ「虫じゃなくてもよいんじゃね」という話で沸いた。
食い散らかしたときに顔を出す「虫」感がすごい、「人の手によって整えられている」というのは大事な要素。
■蚕のさなぎとジェノベーゼパスタ
竹虫と同じ芋虫タイプだが、こちらの方が圧倒的存在感がある。
ペレ岸くんによると、蚕のさなぎは見たまんま虫だが、このジェノベーゼパスタにもコオロギ粉末が練り込まれているという。
虫が巨大化するほど高まる抵抗感
せいっ!あっ…
味の感想
・うまい、めちゃくちゃうまい!
・純粋にジェノベーゼが今まで食べたどれよりもうまい…が、蚕のさなぎも仕事してる。
・ジェノベーゼの鼻を抜ける清涼感、そこで出る青っぽさを蚕の芋のような風味が打ち消す。良いタッグ。
私がみっつめの感想を言ったら、ペレ岸くんが「分かってらっしゃる!!」と声を上げたのでビクッとした。
■竹虫入りヴァニラ・アイス
何の変哲もないヴァニラ・アイスに見えますが、
これ!竹虫!
数匹を押し固めて凍らせた状態で入っている
味の感想
・レーズンみたい!ピーカンナッツっぽくもある。
・ほんとだ、食感面ではぜんぜん虫だと分からない。
・でもアイスが溶けると、竹虫本来のナッツっぽいコクも良い意味でちゃんと出る。
ここでもホタテのソテー同様に、竹虫は素晴らしい仕事をこなしていた。日本では見かけないが、タイではアイスクリームにピーナッツなどのナッツを散らすことは珍しくない。その香ばしさと食感はコーンカップにも近く、竹虫はまさにその代打を十二分にこなせていた。
別で頼んだアイス&クレープ、竹虫の使い方は同じなので割愛。
■チーズケーキの蚕のさなぎのせ
締めで最後にきたチーズケーキ。
改めて写真を見比べると、今までのどの料理よりも見た目はキツイが、この頃には私もかおりさんも食材としての虫への抵抗感はゼロに近づいており、「茶色いね、カラメルかな?」とふつうにレビューを楽しんでいた。二時間前の自分がこの状況を見ると、「洗脳にでもかかったのか?」と思うかもしれない。ある意味ではそうかもしれないけど。
味の感想
・蚕の中身もペースト状なので、ケーキとの相性もいい。
・ジェノベーゼでは青っぽさを抑えたが、ここではチーズケーキの酸味と良い相性。
うまかった、本当にぜーんぶ!うまかった。
これまでは、虫がまずかったんじゃない、料理がまずかっただけ。
すべてを食べ終えた頃、私とかおりさんは「連れてきてくれてありがとう」とペレ岸くんに心から感謝した。それに彼もまた、「お二人なら分かってくれると思ってました」と応えた。虫を食べて生まれる感謝の言葉。素敵だね。素敵かな?コレ。しかし今、自分たちのお腹を満たしている何割かが虫というのがいまだにふしぎだ。
最後の方になってくると「もう食べたくないなぁ」と感じ、ここに来て虫料理に嫌気が差すのはなぜだと思ったら、単に満腹感からくるものだった。自分の腹持ち具合の原因すら分からなくなる、大きな壁を越えられたとはいえ、まだまだ克服するものは多い。
ペレ岸くんはこのレストランに出会った衝撃を、とくに蚕のさなぎ入りジェノベーゼを、「勝ち切る料理」と表現していた。簡単には背景は説明しきれないので、気になる方はペレ岸くんのおもしろくてするどい論評をご覧ください(バンコクで食べたサナギパスタは圧倒的に勝ち切る料理だった 」)。味もこちらの方が詳しい。
昆虫食議論が盛り上がります。
すでに少し触れたけど、今まで食べてきた虫料理は「虫がまずいのではなく料理がまずかっただけ」ということ。「屋台の虫料理は焼いたり揚げただけでそのまま放置、そもそも使っている油が悪いので、美味しくない」というのがペレ岸くんの弁。ここは虫自体がまず美味しいらしい。つづけて言われた「僕もまずい虫を食べるほど好きじゃない」という言葉に、心の底から納得した。冒頭で昆虫食好きを宇宙人とか言ってごめんなさい。
どんとこい!食糧危機
ペレ岸くんの誘いに応えたことには、「虫なし料理もある」ということ以外に、決め手というか、もともと抱いていた思いがある。
ゲテモノとして見られる向きのある昆虫食だけど、地域によってはれっきとした食べ物だし、なにより食糧危機においてよくデキた食べ物だとは聞いていたので、それを克服できない自分に葛藤と、漠然とした不安を感じていたのだ。なれるものなら、やっぱりたくましい自分になりたい。
なので今回、「自分は虫料理が嫌いなのではなく美味しい虫料理を食べてこなかっただけ」と自覚できたことで、未来が明るく見えた気がした。かおりさんも同じくで、そういった意味ではペレ岸くんへの感謝の気持ちは、江戸時代のキリシタンたちが「信じれば救われる」と説いた宣教師に抱いたものに近かったのかもしれない。
そういえば、ペレ岸くんは虫を触れません(口以外)。