同じ通読でも、スタンスがまったく違う
主に、国語辞典の差異を見つけ出すために辞典通読する稲川さんのような人。一方、言語学的興味から、さまざまな変り辞典を通読する水野さんのような人。同じ辞典通読でも、辞典との向き合い方はずいぶん違っていて、その目的はさまざまにあることがわかった。
とりあえず、家にある『岩波国語辞典』あたりから。三角注記だけを選んでよんでみることにしたい。
国語辞典、英和辞典、漢和辞典、辞典はいろいろあるけれど、辞典を通読するという人は、なかなかいない。
あんな分厚い、字だらけの本、しかも、ストーリーも起承転結もなく、言葉の解説が羅列されているだけじゃないか、読めるわけないだろ。と、お怒りの向きもおありかと存じますが、実際に何冊か通読したことがあるという人に、なにが面白いのか、聞いてみた。
斯く言うぼくも、国語辞典、漢和辞典を家に5、60冊ほどしか持っていないが、さすがに通読したものはない。そもそも、辞書って通読して楽しむために作られていない。そんなものを通読したということは、いったいどういうことなのか。
今回、辞典を通読したという、国語辞典マニアの稲川さん、言語学オタクの水野さんに来ていただいた。
普段、稲川さんは出版社で校正の仕事をしており、水野さんは、雑誌の編集者をしている。
稲川さんは、僕と一緒に『国語辞典ナイト』のイベントを度々行っている。一方、水野さんは、YouTubeで、『ゆる言語学ラジオ』というYouTubeチャンネルを運営している。言語学オタクだ。
西村:今日は、通読したという辞書を持ってきてもらったんですが……稲川さんこれ全部読んだんですか?
稲川:そうですね、これぐらいですね。ちゃんと頭から読んで読了したのがこれぐらいで、あとは途中で挫折したものがいくつかありますね。
古賀:えぇー……挫折ってどうするんですか?
稲川:色々、忙しいとか事情はあるんですが、途中でなんとなく読まなくなってそのままナアナアになって、という感じですね。
古賀:じゃあ、稲川さんは、いろんな辞書のあ行だけ異常に詳しい?
稲川:まあ、そうですね(笑)結果的にあ行だけよく読んでることになりますね。歴史の授業でアウストラロピテクスだけはみんなよく覚えているみたいな話ですね。
水野:英語の辞書だと、アモン・シェイさんという、OED(『オックスフォード英語辞典』)全20巻を全部読んだ人がいるんですけど、その人は、beのところで躓いたらしくて、be何々という単語はめっちゃ多いし、だいたい意味が推測できちゃうらしいんですよ。そこでマジ心が折れたっていう。
西村:でも、めげずに読み切ったわけですよね。
水野:そうです、でもたまに面白いのが出てきて、例えば「bemissionary(ビミッショナリー)」。これは、宣教師にイライラさせられるという意味なんですけど。たまに見つかるこういったユニークな単語に救われたと(著書で)書いてましたね。
稲川:僕は『現代国語例解辞典』(小学館)(長いので以降「現国例」と略します)は、絶対読みたかったので、ブロックごとに分けて、ここを読んだら他のところ……というふうにして頭から通してではないですけど、全部読みました。
水野:なんで絶対読みたかったんですか?
稲川:表記に詳しい(※1)とか、類語対比表という図(※2)が載っていたりとかで、すごく好きなので、(版がバージョンアップして)どの辺りが変わったのかとかは、把握しておきたかったんですよ。ですから、いちばん真面目に読んでます。
※1 例えば「くずいれ」の表記に「くず入れ」と「屑入れ」を、その使用頻度にしたがって明記するなどの工夫が他の国語辞典より充実している。
※2 類義語の使い分け方を、図にした表。類義語のシーン別の使い方を図にしたもの。下図参照。
西村:稲川さん、現国例は推し辞典なんですよね。はじめて読破したのいつですか?
稲川:これは大学の時ですね。数ヶ月ぐらいかかったかな……最近はペース早く読めて、2、3ヶ月で読めますね。
西村:早いっていっても、ひと季節かかるじゃないですか。
古賀:ワンクールかかるんだ。
稲川:昨年(2020年)の11月に『新明解国語辞典』の八版が出たんですけど、これも全部読もうと思ったんですが、それは途中で挫折して、それは読み切る前に『明鏡国語辞典』の三版がでちゃった(12月)んですよ。で、両方読みたいなと思ってたら両方とも……。
西村:うゃ〜となっちゃったと……。ところで、稲川さんの現国例みてみると付箋がめちゃくちゃ貼ってありますけど、付箋貼ってもあとで見返したとき、どこの何が気になって貼ったのか、覚えてないこと多くないですか?
稲川:国語辞典ってたいてい3段組になってると思うんですけど、一番上の段と下の段は、そのまま気になった言葉の位置に付箋を貼るんです。で、真ん中の段は、右側から左側までを、小口の上から下までに当てはめて、だいたい見当をつけて付箋を貼るんです。でも、それでもわからなくなるから、ここは少しだけメモをいれるんです。
西村:はぁーなるほど〜。で、ここは「スライド」の語釈が気になったと。
稲川:そうです。「幻灯。幻灯機。また、幻灯機用のポジフィルム。『スライドを上映する』」って古いだろ、と。パワポもスライドって言うだろと。
西村:書き込んじゃうんですね。
稲川:ほんとは辞典に書き込みはしない派なんですけど、現国例は複数冊買って、ひとつは書き込み用、もう一つは保存用と分けてるんです。
西村:オタクのグッズの買い方じゃないですかそれ。じゃあ、家に二冊あるんですね。
稲川:現国例は二冊どころじゃないですね、家に複数冊あります。刷り違い(※3)とかもあるので。
※3 大きな改訂がされると「版」が改まるが、細かな改訂は「刷」のバージョンがあがる。
水野:その、書き込んで気になったことって、版元に伝えたりするんですか?
稲川:いや、しないですね。まったく自己満足ですね。古い版と新しい版で、どこが変わったかなと、あとで見返してニヤニヤするためだけですね。
古賀:いい趣味ですね〜。
水野:誤植見つけたりすることもあるんですか?
稲川:ありますね。全然あります。
水野:それもテンションあがるポイントなんですか?
稲川:あ、いや、なんていうんだろう。感情は無いですね。見つけても無ですね。
西村:怒りとか、喜びとかそういう感情はないと。
稲川:そうですね「あ、あるな」という。感情の名称がないですね。
さて、もうひとりのマニア、水野さんは、どんな辞典を通読したのだろうか。
古賀:水野さんは、一番最初に通読した辞典はなんですか?
水野:一番最初に読みきった辞典というと……子供向けの漢字辞典『例解学習漢字辞典』(ドラえもん版)、最大画数が24画で麒麟の麟の字までしか載ってないやつですね。
西村:よく覚えてんな〜。
水野:画数の多い文字は書き写して覚えたんで、鶏とか……。当時、小学校の2年ぐらいでしたけど、先生に宿題でなんでもいいから漢字書いてこいって言われて、でも、子ども用の漢字辞典で調べた字だと僕の知識欲を全然満たさなかったんです。
水野:で、ちょうどそんなとき、友達が親の持ってた漢字辞典を使って、僕の知らない漢字を出してくるんですよ。例えば、鼻がつまるという意味の「ノウ」とか。30画以上ある漢字です。で、悔しくて、親にねだって、大修館書店の『漢語林』を買ってもらったんです。
古賀:うわー、小学生の子供が漢字辞典ねだったりしたらもう、親としてはたまんないですね。
西村:『漢語林』って、ふつう高校生から大人が使う漢字辞典ですよね。
西村:『漢語林』は通読しました?
水野:通読はしなかったんですけど、ほとんどのページはみたことあるなってぐらい読みましたね。で、そのあと、難読漢字にハマったんで、学研の『漢字に強くなる難読漢字辞典』を読んだんです。これも頭から通して読んだわけじゃないですけど、全部のページをしっかり読みました。
古賀:もう、読み込み具合がすごい。
稲川:手垢の色がすごい。
水野:これは、小学生の自分が、この辞典に載ってない難読漢字を子供の字で書き込んでいるんですよ。
西村:おーっ、すごい! これは愛おしい……。
水野:これ、このあいだ見返して思ったんですけど、当時は常用漢字とか知らないから、それ別に難しくねえよっていう漢字まで書き込んでるんですよ。寒鰤(かんぶり)とか。
水野:当時、あるジャンルの難読漢字を全部集めてノートにまとめるのにハマってたんですけど。
西村:ウハー。
水野:小学5年生のときに、日本全国の難読地名を集めるという無謀なことをやって、ノート8冊分の自由研究を提出したんですけど、先生に心配されて、全部見きれないけど、ちゃんとチェックしましたってことで、全ページに小さい丸シール貼ってくれたんです。
古賀:えー、すごい。
水野:で、自由研究じゃなくて、難読人名とかもまとめていて、それでいつかは食べ物の難読漢字もまとめようと思って、辞典に書き込みしていたんですね。
稲川:それはもう、辞書編纂ですよね。
水野:その流れで『難読語辞典』(太田出版)も読んだんですね。
水野:よく覚えてるんですけど、当時、名古屋に「マナハウス」という大きい書店があって、僕は東海市という名古屋の南の方にある町に住んでたんですけど、たまに名古屋の書店に親が連れて行ってくれて、そうすると、東海市の書店では見たこと無いような辞典が売ってるわけなんですよ。
西村:製鉄所ぐらいしかない町にはない本があると。
水野:そこで買ったのがこれで、まず、帯がわけわからなくて面白くて、めちゃくちゃでかく「ホトトギスの例が52例!」って書いてあるんですよ。
水野:そのころ、ホトトギスの漢字を収集してて、10数個しか知らなかったので「52もある!」となって買ったんです。これも、気になったところから、パラパラと読んでいたものなので、一般的な通読というニュアンスとは若干違うかもしれませんけど。
西村:頭から読んだわけではないけれど、全部読んだよということですね。
水野:初めて頭から通読したのはこれですね。『新明解語源辞典』(三省堂)です。
西村:このまえ、水野さんに初めてお会いした時に「今、語源辞典を読んでます」って言われて、すげえなこの人って思ったんです。これ読んだのは今年ですよね。
水野:去年の暮れから読み始めて、メモ見ると2月に読み終わったって書いてあるんで、だいたい3ヶ月ぐらいですね。
西村:やっぱり3ヶ月ぐらいはかかるんだ。
古賀:私だったら3ヶ月以上かかりそう……。
水野:でも、これは面白かったから、3ヶ月で読めたともいえますね。読んでて気になった言葉は全部、角を折って目印を付けておいて、アプリにメモをとったら元に戻してるんです。だから、角が折れているのはまだメモをとってないということですね。
古賀:その辞典は語源が書いてあるんですか?
水野:はい。なにか、おもしろいウンチクいってみましょうか……オレの知ってた単語と繋がってたやないかいシリーズで、例えば「担ぐ」の語源。引いてみてください。
西村:かつぐ……肩にかけてになう。『大言海』は「肩(かた)ぐ」の転。
水野:つまり、肩にかけるから、かたぐ。肩の動詞化が、担ぐということなんです。実はこのパターンはけっこうあって、おなか、腹の動詞化が「はらむ」、爪の動詞化が「つまむ」みたいに、オレの知ってた名詞の動詞化が、いくらでも採集できるんですよ。
稲川:つまむシリーズは、いくらでもありますね。例えば、つめ、つまというのは、先端、端っこのという意味をもっていて、爪も端っこですし、刺し身のつまも、端っこに添えてあるものって意味ですし、妻も昔は夫のことも妻って言ったんですけど、これも、自分から見て配偶者が端にあるというイメージですね。
水野:漢字表記が違っても、語根が一緒というのもありますね。例えば「うら」、表と裏の裏。うら寂しいとか、うら悲しいというときの心を表すうら。袖ヶ浦とか浦安の浦。これらはすべて「目に見えないもの」を表す「うら」からきてるんです。裏は見えないですし、心も目に見ることはできない。浦は陸地に入り組んでこもっているように見えることから浦とよばれていたと。
古賀:へーっ、しびれるなー。
水野:で、こういうことを知ると「おれ、漢字のせいで日本語の本質を見失ってるな」って思うんですよ。で、本居宣長みたいな気分になるんです。ぜんぶひらがなに戻そうぜって。
古賀:でも、語源辞典はわりと、普通の辞典よりかはだいぶ、ストーリーもあって、ふーんって思えるから、読めそうな気がしますね。
稲川:『新明解語源辞典』は、面白いので、ぼくもけっこう読んでますね。通読まではしてないですけど。
西村:稲川さんは、こういうウンチク系の辞典で読んだものありますか?
稲川:話のタネになるかなと思って読んだのがこれですね『ポケット隠語辞典』。(学術普及社)これは、誰でもすぐに通読できると思うんですけど。
稲川:これはなんで読んだかというと『日本国語大辞典』(日国。日本最大の国語辞典。全13巻)のピックアップの対象になっていないらしくて、日国の用例より古い例(※4)がいっぱい載ってるんですよ。
※4 『日本国語大辞典』には、用例(その言葉が実際に使われた例)が、いつ頃のなんという書籍に初出したのかがいちいち載っており、ある言葉がいつ頃から使われ始めたのか、調べるときの手がかりになる。
稲川:つまり、日国に項目があるんだけど、日国に初出例として載っているものよりも、もっと前から使われていたことが確認できる言葉が結構載ってるんですね。ただ、普通に読むだけならすぐ読めるんですけど、全項目、日国を引き直して、初出例を遡れるかどうか全部対照して、より古い例がみつかったら、編集部に送ってたんです。
古賀:すごい! いい人!
西村:ちょっと見せてもらっていいですか? あかいぬをけしかける、放火すること……。えぇっ! あかえぼし、亭主。赤テロ、赤色テロリストの略……。共産主義者のことですね。
稲川:今は使ってない言葉のほうがおおいですけど、たまに今でも使ってる、っていう単語をみつけると嬉しいんですね。どや、宿のこと。どす、短剣。とか。
水野:生き残りをみつけると嬉しいですね、モンゴルのことわざで、「百年以上生きる人はいないが、千年を経た言葉はある」という言葉があるらしくて、まさにその楽しみかたですね。生き残り探し。
西村:読んでて辛くなる辞典とかはないんですか。
水野:そうですね、例えば『英語の「ものの数え方」辞典』(木魂社)かな。
西村:英語にものの数え方ってあるんですか?
水野:英語は基本的に助数詞は発達してないと言われているんですけど、集合名詞を数えるときに、a sheet of paper(1枚の紙)とか、a chunk of chocolate(1かけらのチョコ)みたいに数えることがあったり、名詞を集合的に数えることがあったりして、この手の表現はもっともっとあって、それが書いてある辞典ですね。
稲川:動物の群れとかにつく数え方がありますよね。
水野:はい、有名なのだと、a school of fish(魚の群れ)とか。魚の群れを学校に例えるんですね。
西村:めだかの学校だ。
水野:そうです。ほかにもa murder of crows(カラスの群れ)。カラスは殺人、ライオンはpride(プライド、誇り)で群れを数えたりするんですけど、辞典に載っているものは、面白いものが率として低かったり、こんな単語知らねえんだけど……っていうのが多くて、読み通すのが辛かったですけど、たまに面白いものがあって、例えばfilm stars(映画スター)は、galaxy(銀河)、とか。
西村:スターが集まってるわけだ。
水野:この辞典は、助数詞を一気にやって、個別の名詞に行くんですけど、ここが辛いんですね。解説とかはなくて、裸の子供は、herd。とかこれはちょっと面白いですけど、そういうのがズラッと並んでるのだけなので。
水野:一方、日本語の助数詞を集めた『数え方の辞典』(小学館)はコラムが面白いんですよ。
水野:例えば、一葉ってあるじゃないですか。「写真が一葉」というときの葉ですね。『人間失格』の書き出しで有名ですけども。一枚と一葉は何が違うのか? これは大事なものを言うときは葉と数えるんです。枚に対して葉という数え方は、それが「大事なものですよ」という要素も稼ぐことができる助数詞なんですよ。
水野:これを僕は勝手に「丁寧助数詞」と呼んでるんですけど、お弁当とかも「一つ」と数えると普通ですけれど、「お弁当を今日は一折用意しました」というと高そうに聞こえるんです。
古賀:確かに! 幕の内弁当感でてきますね。
水野:メロンやトマトも「一個もらいました」というよりも「一玉もらいました」という方がおいしそうじゃないですか。
西村:美味しそうですね。
水野:助数詞、僕大好きなんで長く喋っちゃいますけど、いいですか?
西村:どうぞ。
水野:助数詞は、名詞に対するただのカテゴリー化、例えば、細長いから「本」、薄いから「枚」とかじゃくて、さっき言ったような人の認識も乗っけられる助数詞が結構あるので、そこがこの辞典の面白いところなんですね。もうちょっと言うと、例えばAIBO(犬のロボット)は、なんと数えますか。
古賀:一匹? 一頭? 一機?
西村:一台でもいいですよね。
水野:一個でもいけますよね。ほかにも例えば桃太郎の鬼、改心する前は一体なんですが、改心したあとは一人に切り替わってるんです。
西村:人の心を取り戻してる。
水野:『有生性』と言うんですが、人間に近いかどうかで、助数詞を切り替えてて、認識が切り替わってる意識は無いんだけど、自然と助数詞は切り替わってる。言語の運用で、おれ認識変わってたじゃんとなれるのが、助数詞の面白さなんですね。
古賀:そういわれるとめちゃめちゃおもしろいな。
水野:たとえば、犬。一匹と一頭。なにが違うと思います?
古賀:大きさ?
水野:その大きさが切り替わる切れ目どこだと思います?
西村:え……抱きかかえられるかどうか?
水野:あ、そうなんです。ただし、二説あって、抱きかかえられるサイズまでが匹。それを超えると頭。という説と、人が立ったときと同じ高さまでが匹でそれ以上が頭。という説あるんです。
水野:これ、外国人に言わせると、なんで犬の数え方が二種類もあるんだってツッコみたくなるかもしれないですけど、日本人からいうとサイズがけっこう重要で、例えば、◯◯が一頭でた、と〇〇の部分が見たことのない動物だとしても、「一頭」って言われれば「なんかデカそうだな」って想像つくじゃないですか。助数詞の面白さはそういうところにあって、僕らが世界を認識するときの認識を全部この中に詰め込むことができると、それがこの辞書の推しポイントですね。
古賀:めっちゃプレゼンされた……今すぐ読みたい。
(せっかくなので、もう一回リンクしました)
西村:ところで、今読んでる辞書ってあります?
水野:今読んでるのは『官能小説用語表現辞典』(ちくま文庫)ですね。ようやく女性器の項目が終わって、やっと男性器に移ったところですね。
古賀:いい話だなー。
水野:長かったんですよ、蜜壺みたいなところから、陰核にうつって、赤い◯◯みたいな言葉がずーっと続くんですよ。
古賀:でも、大事な知識ですよね。
水野:この辞典、読んでて結構、笑っちゃいますよ。(どの表現も)大げさすぎて。「熟れたイチジク」とか、そのレベルはまだまだで、「馬刀貝の殻からはみだした赤い身」とか、「淑女の龍宮城」とか普通に読んでて笑っちゃうんです。
西村:官能小説のそういう表現は、作家ごとに独特の言い回しをするだろうから、表現がどんどんインフレしちゃうんでしょうね。
稲川:僕、仕事でBL(※5)小説の校正をやっていたんですよ、だから、官能小説用語表現辞典も役に立つかと思って、手元に置いておいたんですけど、表現に一般性がないものばかりで、まったく役に立たなかったんです。
※5 ボーイズラブ。
古賀:BLはBLで、独特の表現があるんでしょうね。
稲川:ありますね「ちゅうそう」という言葉があるんですけど、いわゆるピストン運動のことなんですけど。
西村:ちゅうそう……どんな字書くんですか?
稲川:抽出の抽に、送るとか、挿入の挿とか書くんですけど、語源もよくわかってない言葉なんですよ。あと、お尻の形のことを、尻の丘とかいて尻丘(こうきゅう)と読んだりとか。
稲川:こういう言葉は、BL小説には当たり前のように出てくるんですけど、どの国語辞典にも載ってなくて、仕事始めたときに、間違いなのかそういう言葉があるのかわからなくて、それで『官能小説用語表現辞典』を買ったんですけど、そういう言葉は入ってなかったですね。
西村:官能小説の校正校閲の話は別途聞きたいですね……。
西村:もし、国語辞典読んでみたいなあって、ぼんやり思ってる人にお勧めするとしたら、稲川さんだったら何を勧めますか?
稲川:『岩波国語辞典』(岩波書店)なんかは、三角注記がほんとに面白いので、読まされたという感じがして悔しいんですよね。だから、読みたいと思ってる人は、岩国の三角注記だけを読むというのもいいと思いますね。
水野:三角注記ってどんなのですか?
稲川:語釈とは別に、その言葉に関する、あらゆる豆知識が短く書いてあるんですが、例えば、「ぬかす」についている三角注記を読むと、【抜かす】〔俗〕主にスポーツで、「抜く」の意。で、三角注記には、▽二十世紀末から急増した言い方。と書いてあって、えー、そうなんだ。と、なるんですね。用例採集に裏打ちされた、言葉の使われ方に対する豆知識がおもしろいんです。他の辞書だとあまりそういうことは書いてないんです。これは語源辞典なんかに面白さが近いかもしれないですね。
西村:『三省堂国語辞典』(三省堂)が、第八版から、そういう豆知識みたいなものを入れて増やしてるっぽいんですよね。
稲川:三国は公式サイトにある見本のページを読みましたけど、それだけでも「これは全部読まなきゃな」という気持ちになってきますね。
水野:僕思うんですけど、辞典通読するのが好きな人が行き着くさきは『会社四季報』(東京経済新報社)じゃないかと思うんですよね。
古賀:あー、すごいわかる。
西村:どうしてまた? たしかにちょっと読んでみたいですけども。
水野:『四季報』を20年以上読破し続けている人に取材に行ったことがあって、それで影響されて毎号買って少し読んでるんですけど。その四季報を通読してる人は、2週間とかで読むらしいです。
西村:すごい量ですよね。
水野:でも、新規上場の会社に絞るとかすれば読めると思うんですよね。あと、非上場の会社の四季報も年一回出て、そこにけっこうでかい会社が載ってたら「この会社、株式上場してないのか!」って。
古賀:意外な大企業が実は株式会社じゃないってことありますからね。
水野:あと、辞典が好きな人は、暇な時にグーグルマップ見る説。
西村:見ますね!
稲川:実は、地図も「現実のものをなるだけ正確に書き写して、どのようにまとめて表現するのか」というところは、辞典と共通するところがあるんですよね。
古賀:稲川さん、地図も好きなんですか?
稲川:まあまあですね(笑)
主に、国語辞典の差異を見つけ出すために辞典通読する稲川さんのような人。一方、言語学的興味から、さまざまな変り辞典を通読する水野さんのような人。同じ辞典通読でも、辞典との向き合い方はずいぶん違っていて、その目的はさまざまにあることがわかった。
とりあえず、家にある『岩波国語辞典』あたりから。三角注記だけを選んでよんでみることにしたい。
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