特集 2021年9月9日

『青いイシカワガエル』を見つけたら新聞沙汰になった話

沖縄には俗に「日本一美しいカエル」と称されるカエルがいる。
世界で本島北部の山林地帯「やんばる」にのみ生息する天然記念物『イシカワガエル』である。

そのタダでも美しく珍しいイシカワガエルであるが、彼らの中にはさらなる「レア枠」が存在する。
ごく稀に全身が鮮やかなブルーに染まる『青いイシカワガエル』だ。

1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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本来のイシカワガエルは緑色

その青いイシカワガエルをどうしてもひと目見てみたい!というわけで僕は今年の3月頃からやんばるへ足繁く通うようになったのだが…。
本記事ではその顛末をお話ししたい。

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一般的な体色のオキナワイシカワガエル(沖縄本島固有種)。苔むした岩や木肌に擬態するのに適したカラーリングである。

ところで、そもそも本来のイシカワガエルとは鮮やかながら深い緑色をベースとした体色のカエルである。
緑色のカエルといえばアマガエルしかりモリアオガエルしかり、さほど珍しくもないように思えるところであるが、イシカワガエルの美しさは金箔のように鈍いきらめきを放つ斑点とのコントラストにある。素晴らしい。

なお、日本には2種類の「イシカワガエル」が分布している。
本記事で語る沖縄本島固有の「オキナワイシカワガエル」と奄美大島固有の「アマミイシカワガエル」である。

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アマミイシカワガエル(奄美大島固有種)。こちらは青くならないらしい。

両者は一見するとよく似ており長らく同種であるとされていたが、2011年に別種としてそれぞれ記載された経緯をもつ。

どちらも体色が綺麗な上に体長10cmと大柄で非常に見応えのあるカエルである点は共通している。
しかし、不思議なことにこれまでに確認された「青いイシカワガエル」はそのほとんどがオキナワイシカワガエルであるという。

というわけで、本記事の舞台は沖縄本島に絞られた。

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コンクリート壁にへばりつくオキナワイシカワガエル。背景に苔がないと途端に目立つ。渓流での暮らしに特化していることがうかがえる。

「青いイシカワガエル」が存在することは十数年前、学生時代の頃から書籍や新聞の記事などでよく知っていた。

沖縄の自然に通じた諸先輩たちの中には「見たことあるよ!」という人もちらほらおり、「じゃあ沖縄の森に通ってれば、いつか自分も見られるんだろなぁ」と甘く見ていたものだった。

しかし、やんばるを訪れる頻度が少なすぎた(年に数回程度)こともあり、その「いつか」はついに巡ってこなかったのである。

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オキナワイシカワガエルが暮らす渓流は年間を通じて湿度が高く、コケやシダが豊富に茂る。

とはいえ、その間に遭遇した「ノーマルカラーのイシカワガエル」の数は20や30ではきかないわけで、いよいよ難易度の高さが浮き彫りになってきた。

やんばるを知り尽くした先達のみなさまに遭遇するコツを訊ねても「運だね!」
「会える人は初やんばるで会えるし、会えない人は100回通っても会えない」
「日頃の行いがよければ見られる」
という答えが返ってくるばかりであった。

運はまだしも日頃の行いとか言われるとな……。

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本文とあんまり関係ないけど、やんばるにいるアオミオカタニシ(木の上にいるカタツムリ的なやつ)が超かわいいから見てよ。

 

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イシカワ以外のカエルも素敵

となると、試行回数を重ねることくらいしか現状を脱する手段はない。

幸い、最近になって沖縄へ沖縄へ越してきた身である。
地の利を生かし、春から初夏にかけては同じく遭遇を果たせずにいたリュウジンオオムカデの捜索を兼ねて、少しでも時間ができればやんばるの渓流へ通う生活を続けた。

……まるで苦行のような言い草であるが、実際はいろいろなカエルや小動物たちに出会えるので楽しいばかりである。
問題は燃料代がかさみ、睡眠時間が削られることくらいであろうか。

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沖縄本島で一番よく見かけるカエル。リュウキュウカジカガエル。
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リュウキュウカジカガエルは個体によって、あるいは季節や生息地によって体色のバリエーションが豊富。こんなに真っ黄色なものもいる。
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オキナワアオガエル。数は少なくないカエルだが、樹上性なので遭遇する機会は意外と限られる。

 

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イシカワガエルと同じくやんばるの固有種であるホルストガエルも天然記念物。体が大きい上に跳躍力が強いので、藪で出くわすとびっくりする。
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細身で脚の長いハナサキガエルもやんばる固有種。林床でよく見かけるが、神経質でよく跳ぶのでちょっと撮影しにくい。
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個人的にとりわけ好きなのがこのナミエガエル。ブヨブヨした質感の大型カエルで昔は食用にされていたらしい(※現在は天然記念物として保護されているので食べちゃダメ)。
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水棲の傾向が強いためか、肌がしっとりしていて陸上ではブニュッとつぶれたように見える。安倍川餅っぽい。
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ナミエ…。このちょっと上がった口角が俺を狂わせる。

カエル以外の生物も素敵

もちろん観察して楽しいのはカエルのみではない。
爬虫類や昆虫、その他の小動物にもやんばるならではのものが多く、本命が見つからなくてもまったく退屈はしない。

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クロイワトカゲモドキ(天然記念物)
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オキナワキノボリトカゲ 。睨まれているのは寝ているところをライトで起こしてしまったせい。
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やんばるでカエルを探していると必ずと言っていいほど遭遇するヒメハブ(毒蛇)。それもそのはず、彼らの主食はカエルなのだ。
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オキナワイシカワガエルと同所的に見られるオキナワオオサワガニ。本土のサワガニの数倍にも達するボリュームの大型種。
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アオミオカタニシ。さっきも載せたが、かわいいのでもう一度。

まったく退屈はしないのだが…。
やはり度重なるやんばる通いはお財布に優しくない。早期の決着を望むのが正直な心の内である。

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出会いは突然!しかもデカい!

その時は意外と早く、そして突然にやってきた。

青いカエルプロジェクトをスタートして2ヶ月ほど経ったある晩のこと。沖縄本島北部へ、いい具合に通り雨が降った。

決して暇だったわけでなく、むしろ締め切りに追われまくっており本来ならばやんばるへ行くどころではない状況だった。

だが、「今夜、カエル探しにはベストな晩だよなぁ」という思いを抑えきれず、気がつくと「気分転換も大事だし…」と自分に言い訳をしながら車を走らせていた。片道1時間以上も。

道中にふと、地図上にチェックは入れていたものの、今までスルーしている沢があったことを思い出した。

オキナワイシカワガエルが生息する上での条件は満たしているが、あまりに人里が近すぎて「こんな身近なとこにはおらんやろ…」となんとなく後回しにしていたポイントである。

もののついでに…くらいの感覚でエントリーすると、コケとシダの繁った大岩の上に妙なものが乗っていた。

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いた!

見つけた瞬間は、その不自然なほど鮮やかな青さに「駄菓子のパッケージかなんかが落ちてるな」と思った。

ビニールゴミを捨てるなどけしからん!仕方ないから拾って帰ろうと反射的に手を伸ばしかけた瞬間、正体に気づいて全身がバキリと緊張した。

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青い!

もうお分かりだろうが、それこそが「青いイシカワガエル」だったのである。
夜の森林では浮きすぎる、人工物のような青。青いにもほどがある。

この変異は度々報告されているが、「やんばる」へ通う自然愛好家や写真家らの間では経験則的に「小型の個体にみられるケースが多い」と言われている。

この傾向の解釈として、「成長とともに黄色色素を獲得して通常の体色へ戻る」とするか「青い体色は自然下で目立ちすぎるため、幼いうちに外敵に捕食されてしまう」などの理由づけがなされがちである。

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青いよ!

しかし、今回撮影した個体は体長が目測で最低8cm以上はある比較的大型のものでしたので、なかなか幸運だったと言えるだろう。

マッチ箱サイズの個体を想定していたことも、すぐさまこの青い物体が目当てのカエルであると判断できなかった一因である。

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チョコミントっぽくもある

相当長い時間、凄まじい枚数を撮影してしまった……つもりだったのだが、帰宅後にデータを確認するとなんのことはない。撮影枚数は数十枚きり。

無理な体制でカメラを構えていたので体感時間が長かっただけのよう。
まぁ、その分ブルーイシカワガエルにストレスをかけずに済んでよかったか!

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素晴らしい青!碧!

こうして青いイシカワガエルとの邂逅はいったん幕を閉じた。いつかまた同じ個体と遭遇できることを密かに祈っている(オキナワイシカワガエルは縄張り意識が強いようなので、同じ場所に通い続ければ可能性は低くないと思っているのだが、今のところは実現できていない)。

 新聞に載った

ところで、この話には後日談がある。
撮影した写真をSNSなどで同好の士に見せびらかしたところ、けっこうな反響があった。

いや、それどころか撮影した写真とともに地元の新聞で取り上げられるに至ったのだ。しかも一面で。

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当時はやんばるの世界遺産登録が近づいていたことも関係していたのだろう。

UNESCOによる「やんばる」の世界自然遺産登録とともに、沖縄の人々の自然や野生動物への関心が高まっているのを感じる出来事だった。

※動画もあるよ!

 


まだまだいるぞ!やんばるの素敵な生物

というわけで、今回は青いオキナワイシカワガエルというとびきり鮮やかでキャッチーな生きものを通じて「やんばる」の懐深さを紹介した…つもりです。

しかし、本記事だけではやんばるの魅力はとても紹介しきれないし、フィーチャーすべき生物もイシカワガエルだけではない。

今後も沖縄に暮らすものとしてやんばるの素晴らしさは継続してお伝えしていく所存であるが、自然が好きな読者諸君は是非とも一度は現地を訪問してみてほしい。

空、林床、水辺とくまなく見て回れば、この地が世界自然遺産に登録されるゆえんがわかることだろう。

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やんばるの自然よいつまでも!

 

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