トリのステージを飾った演歌歌手の門松みゆきさんは真紅の衣装に身を包み、「カニに合わせてきました!」と語っていた。この場ではすべてがカニファースト、カニから設計されていくのだ。
シーズンになればハナサキガニはネットで購入することができる。しかし、水揚げされる現場まで出向き、痛がりながら味わう体験価値は尊い。「根室かに祭り」は行動を起こすいい動機になるのではないか。いってらっしゃい。
日本の最東端にある根室市、8月の終わりの根室港では4年ぶりのフェスティバルが盛大にとり行われていた。そこで見たのは真っ赤に茹で上がり、高く積まれたとげとげのハナサキガニ。カニグルメにカニステージ、カニ食い競争とカニ咲きほこる「根室かに祭り」に参加してきた。
8月26日、中標津空港から車で南下し別海町を抜け、2020の3月に開通した根室エリア初の高速道路、根室道路の初々しさを味わって根室市街に入る。
あまり人の姿も見えず、ちょっと不安になりながら国道を外れ海の方へ向かうと、駐車場の案内看板の横で赤い誘導棒を持った人が腕を回していた。
指示されるままに進んで海に突き当たり、視界が広がるとそこには車がずらりと並び、人々が行き交い活気があふれにあふれていた。なんか掃海艇も停泊してるし。
いずしまのさらに向こう、根室港の埠頭へ向かう。まだ11時を過ぎたところだというのに、発泡スチロールの箱を抱えて駐車場へ帰ろうとする多くの人たちとすれ違う。
祭の日の参道のような露店ロードを抜けた私が目にしたのは巨大で真っ赤なカニが緊縛されているメインステージだった。
「根室かにまつり」、根室の味覚「ハナサキガニ」の祭典である。
1959年、当時あまり食べられていなかった「ハナサキガニ(花咲がに)」をたくさんの人に味わってもらおうとスタートした。
漁期にあたる8月〜9月に開催されてきたが、当時は今のような冷凍技術もなく不漁の際には中止された年もあったという。
近年は世界中の祭りを止めた新型コロナウイルスに阻まれ、今回が実に4年ぶりの開催となった。
たしかにあまりこちらではなじみのないカニだ。なによりこの鋭いトゲに覆われた真っ赤な装甲のビジュアルインパクトがすさまじい。実物はもっとやばいのでじっくり見てみよう。ステージの反対側ではハナサキガニの販売会が活況を呈していた。
ハナサキガニは根室半島近海でとれるカニで、その和名は根室地方の地名「花咲」からという説や、茹で上げた時の赤さがやばくて、咲き誇る花のようだからという説がある。
漁期は7から9月に限られており、漁獲量もそれほど多くないので基本北海道内でしか流通しない。(地元の水産会社の通販などで入手できるが)
北海道の味覚としてのカニはズワイガニやタラバガニが有名だが、それらよりはやや小ぶりで比較的安価となる。しかし、身は独特の甘味のある濃厚な味わいで、むしろこっちのほうが好みだという人も少なくない。
そんなうまいカニの祭りなので、会場では多様なハナサキガニグルメが来る人を待ち構えている。大変なことだ。
もちろん、道東地域の郷土料理であるカニの脚を使った「てっぽう汁」も楽しめる。
なかなかぶっそうな名前だが、はしでつついて身を取り出して食べる様子が鉄砲に弾をこめる仕草に似ているのが由来だと言われている。
伝統的だったりニューウェーブだったりさまざまなカニグルメに舌つづみを打ちつつも「わしはシンプルにカニを食いたいんじゃ」という御仁にはシンプルにカニを堪能できる催しが用意されている。
生きたハナサキガニをこの場でそのまま丸ごと釜茹でしてしまうという数量限定の人気アトラクション&イートイベントだ。
ごうごうと煙を吹き上げる大釜の近くには生きたハナサキガニが積まれている。店頭やネット画像でも我々が目にするのはボイルされて真っ赤になった姿で、水揚げ直後の地味な彼らを見る機会はなかなかない。
ニュースによると今年は豊漁らしい、活ハナサキガニを見せてくれた漁師さんになんでなんですかね?と聞いてみると「たしかに良く獲れてるね。カニもコロナが明けたからみんな出てきたんじゃないの」との事だった。
人数分の整理感が配られると、次々と釜に投入される。
蓋をしめて20分ほどで、地獄の大釜が再び開かれた。
「さあ、めしあがれ」と配布されたゆでカニの変わり様がものすごかった。
会場でも赤いカニをかなり見たが、今、ここで茹で上がったばかりのカニは目が覚めるほどつややかで、青山通りで見かけたフェラーリの赤だった。
「さあ、新鮮なゆでカニを召し上がってくださいね〜」とMCのおねえさんの声が聞こえるがまだ「食うぞ」というところまでいかない。見よう、とりあえず見よう。
するどいとげにおおわれたでかいはさみ。超能力者がテレパシー攻撃をしかけてきても笑って殴り倒しそうな剛腕にほれぼれする。見るからに武器武器しい、触るものみな傷つけそうなこのカニ、やはり手にちょこんと乗せるだけでもちくちく痛い。
慎重にトゲを避けながらも殻を割ろうとする際にどこかしらのトゲが鋭く傷つけてくる。
時折悶絶しながらもなんとか殻をのぞくとそそりまくる肉厚のプリッとした身が飛び出してきた。
かぶりついた瞬間に口の中に濃厚なうま味が広がる。やはり他のカニグルメよりも味の応答速度が速い。パッと立ち上がったうまさがじゅっと押し寄せてくるのだ。
脚もそうだが胴体がまた難儀で、どこからどういったらいいんじゃと真田丸を攻めあぐねるみたいにしていたら、隣にいたご家族がハサミでガシガシ切ってくれた上に「ここは食える、ここもうまいよ」などと的確なアドバイスをくれた。
ありがとうございます。ところでそのハサミは持ってきたんですか?と聞いたら地元在住の方で、ハサミはこのために家から持ってきたそうだ。さすがの叡智、カニ慣れしている。
「ハナサキガニは季節が限られてるからそんなしょっちゅうは食べないね、年に2回ぐらいじゃないかな」
地元の人にとって季節をつげる風物詩なのだ。夏が来た。
カニを堪能している間にメインカニステージでは様々なアトラクションが披露されていた。
カニ音頭や地元のダンススタジオのパフォーマンスなど、楽しく場が盛り上がってきたところでオン・ステージしたのは「60代アイドルGACKY(ガッキー)」だった。
気温は30度にせまり、熱中症にたいする警告が繰り返しアナウンスされる中、ガッキーはゴージャスなジャケットをまとい、郷ひろみなどのダンサブルなナンバーを歌い上げ、会場を湧かせていた。
根室市役所を定年退職後、少年時代の夢だった芸能活動をあきらめきれず、上京して見事オーディションに合格、俳優や歌手として活動しているという。
今回は地元の味覚を祭るステージで凱旋公演となったのである。最前列では同級生のみなさんが手作りの応援グッズを持って推していた。
60代からの上京物語、その帰還をきらきらして迎える地元の同級生たち、あたたかく、美しい空間が作られていた。暑いので無理せずアンコールなしでステージが終了したのもよかった。
ガッキーの後にはかに祭りの目玉イベント、早食い競争が繰り広げられる。エントリーした来場者がハナサキガニを90秒の間にどれだけ食べられるかを競い、優勝者にはハナサキガニが進呈されるというカニづくしのレースである。
スタートがコールされると出場者は一心不乱に目の前のカニにむさぼりつく。あのトゲトゲしいカニを早食いするのだ。普通に円滑に終わるわけもなく、「すいません、口の近くから血が出てますけど」とハードコアーな実況も聞こえてきた。
出場者から「(重さがスコアになるので)身を食べるよりまず水分を吸え、水分から攻めろ」というメソッドが語られた。今後出場する予定のある方は参考にしていただきたい。私も出場してカニを吸いたい。
トリのステージを飾った演歌歌手の門松みゆきさんは真紅の衣装に身を包み、「カニに合わせてきました!」と語っていた。この場ではすべてがカニファースト、カニから設計されていくのだ。
シーズンになればハナサキガニはネットで購入することができる。しかし、水揚げされる現場まで出向き、痛がりながら味わう体験価値は尊い。「根室かに祭り」は行動を起こすいい動機になるのではないか。いってらっしゃい。
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