頭がお花畑って言ってOKじゃよ
取材のきっかけは「頭がお花畑」という表現への対抗心だった。でもそんなこと忘れるほど農業はPDCAでエンジニアリングだった。はっきり言おう、僕には無理だ。
タネに冬を過ごしたと勘違いさせるために冷蔵庫に入れるって考えた人も試した人も、それに応えた花もすごい。
その目的が「見た目がきれい」なのも清々しい。
「頭がお花畑」という悪口がある。
僕はわりと言われるタイプだ。もちろん嫌な気分だし、まずお花を作っている人に失礼だ。
花を作るのはな、大変なんだぞ。
例えば、具体的には………うーん、どう大変なんだろう?
花の栽培についてまったく知らない。
なにが大変でどうやって育てているのだろう。
詳しく教えてもらってきました。
教えてくれたのは郡山市で花の栽培をしている大野文好さん。
大野さんが作っているのは主にトルコギキョウ。
想像していたお花畑よりも整然としている。まずはなぜ花なのか、基本的なことからしゃあしゃあと聞いていこう。
―――農業としてなぜ花を選んだのでしょうか
ひとつは単位面積当たりの収量が高いこと。面積当たりの収益性が高い。
ただその分作るのがちょっと難しかったり。いろいろ勉強しないといけない。
――― メロンって儲かるって聞いたんですが、果物は考えなかったんですか
果物と比較したことはないですけど。果物は木を育てるから収穫するまで時間がかかるので、すぐに収穫ってわけにはいかない。何年かかかりますよね。
例えば昔からやっている木があるとか、それを引き継いだとかいう形が比較的多いですね。
桃栗三年柿八年とか言うけど、たしかにそれまで待たないといけない。
もうひとつは、だんだん年取ってくるので花は品物が軽いこと。持ち運びとか、大根なんか大変じゃないですか。そういう意味で続けられるかなというので選んだという側面がありますね。
花として好きになれた。収益性が良かった。体力的にはよい、3つを考えてそうしました。
大野さんは50歳のときに会社員から農家になった。作物によって作業の大変さが変わるのは思いもしなかった。
――― 他の農作物だったら見た目は悪いけどおいしい、って話がありますが花って見た目ですよね。そこでの違いはありますか?
一番苦労するのは葉っぱですね。
花は花だけじゃなくてそれに付随する葉っぱも商品価値として求められるので、葉っぱが虫喰っちゃうとダメなんですよね。そこが一番の違いかもですね。
花そのものはそれなりに咲きます(笑)。
ただ、咲かせるためには育っていく過程で、余分な枝がいっぱい出てくるわけですよ。その枝を全部とっていくんですよ。上の方だけ残して
―――そういう作業はどこかで習うものなんですか。
福島県の農業短期大学校というのがあって、そこに2年間、最初の1年は研修生、2年目は研究科で若い子と一緒になって勉強しました。
―――品種はなにを基準に選ぶのでしょうか。単価ですか?
一番のポイントは自分の畑にあっているかどうか。土地柄に合っているかどうか、やってみないとわからないところあるんですよ。
トルコキギョウだと何百も品種があるんです。
自分のところの土地にあってる品質かどうか。
作ってこれは良かった、これはダメだったか次の年はやめる、というようにだんだん自分の土地に合っているような品種を自分で選抜していく。
―――忙しい時期はいつでしょうか
やっぱり一番忙しいのは夏の盆のころ。需要が多いのはお盆と秋冬彼岸が多いので。
多くの農家さんは8月9月を狙ってます。
結婚式とかお葬式とかそういう業者さんが使う花を「仕事花」って言い方するんですけど、
そういうのは結婚式の6月と秋の10月、季節の変わり目ですね。
―――お休みってあるんでしょうか
何曜日を休みにするとかそういうのはそういうのは作ってないですね。様子を見ながら今日は休みにしたとか。
季節によって違いますね。お盆の頃はほとんど毎日働いてます。でも冬は半分ぐらいしか働いていない(笑)忙しいときは朝の5時前から夕方5時ぐらいまで働いているかな。
ハウスって夏場は横を開けっ放しにできるんですけど、冬場はダメなんですよ。
寒くなっちゃうから。日中開けておいて夜に閉めないといけない。だから冬は泊まりがけでどこかに行きにくいですね。
―――冬でも作業があるんですね
冬場でもキンセンカなどが咲くので。1年中なにかしら少しずつでも出荷できます。
――― 大きさや色の人気はあるんですか?
一般の家庭に入る花は意外とちっちゃめで可愛らしいのが人気で、仕事花は大きいほうが人気です。なぜかというと手間もかからないので空間を埋められるんですよ
大きいと例えば2本で空間がばっとうめられるじゃないですか。
そういうのがあって仕事花は大輪が好まれる。
トルコギキョウでも大輪とかいろいろあるんですよ。中小とか。
色はやっぱりオーソドックスで一番人気は白は変わらないかな。つぎにピンク、緑、ブルーみたいな感じかな。
――― 農業ってスパンが長いから、なにを試みたかの記録が大事ですね
一応そのノートを作ってあって、いついつになにをやったかみたいな線表みたいなのを作ってあって。
ハウスが4棟あるのでここのハウスにはいついつ何を植えて、種をまいたのがこの時期、と日にちを書いて。このあとこういう作業があるとか。
大野さんは前職が大手電機メーカーのエンジニアだそうだ。ノートの横が時間軸、縦が農地になっていて完全に工程管理である。
一棟あたり、かん水経路がふたつに分かれているんですよ。4棟なのでかん水経路は8つ。8つごとに水のかけ方を変えられる。
―――生産ラインとスケジュールですね。
連作障害というのがあって、同じのを作り続けると問題になってしまうので。それを避けるためにどこのハウスに何を植えたというのを把握してないと。
連作障害を避けるための土壌消毒には最大で3ヶ月(冬の場合)かかるとのことで、工程管理しないとだめなやつだってことがわかる。
―――この470という数字はなんですか?
これは値段です。このときそれが470本で出荷できて157円平均だと思いますね。
―――小売価格はもっと高いですよね
一般的には値段の構成は生産者1/3、流通業者1/3、のこり1/3は廃棄分と言われています。
トルコギキョウは定植してから花になるまで、育てる時期と品種によって3ヶ月から7ヶ月(この差もすごい)。キンセンカは4ヶ月で出荷できるという。
ただ、本来とは異なる時期に育てるときはタネの時点で冷蔵庫にいれるそうだ。冷蔵庫?
まずこういうところにタネを一個一個置きます。それからあと冷蔵庫に入れます。
10℃の冷蔵庫に35日間。
トルコギキョウは本来9月に種が落ちるものだから、1回冬を体験さえないといけなくて。夏を越して秋に咲かせるものは1回寒さに遭わせて誤解させちゃうんです。
そういうふうにしないとロゼットというのが起きて育たない。
ロゼットというのは葉が横に広がってしまう現象のこと。でもタネの時点で冬を経験するとそれが起こらない。1ミリ以下のタネにそんなセンサとメモリがついているのがちょっと信じられない。
ねえ、植物ってすごいなって思います。冬を経験する時期に育てているものは冷蔵庫を経験してないです。冷蔵庫は市のやつを借りてます。普通のと同じだけど温度が違う。
ちなみにタネを冷蔵させる方法(種子冷蔵)の前は、発芽させてから低温管理していたそうだ(冷房育苗)。タネの状態のほうが設備もスペースも少なくて済む。イノベーション。
タネは2ヶ月で苗になる。こんどはそれを畑に植える。
これは手で植えていくんですよ。
一畝で1800本分。でも1日で十分でききますね。
10センチ間隔で点滴状に水が出るんです。ここは今、水だけ出ているんですけど、向こう(制御盤)でちょっと操作すると肥料も混ざっていっしょに出ます。
動物と一緒でちっちゃいうちって肥料・養分いらない。たくさん食べないんです。
この取材で僕はたぶん50回ぐらい「へー」と言っている。チューブに空いている穴は、穴というよりもスリットのようなものだった。水圧がかかると水が出る。
この水圧を保つためには 1分間に60リットルぐらい出さないといけなくて、その水を確保するための井戸を45m掘らないなきゃいけなかった。最初10mで少し出たんですけど量が足らなくて。結局最終的にそれぐらいの深さに。
ビニールハウス一棟は50~60万だが、その地下水を掘って設備を整えるために4棟で800万だそうだ。「お花畑♪」というイメージではない。
この畝は手で作ってます。くわで。これが大変一番。
最初に植えつけるまでの準備が大変。普通は穴のあいたビニールをかけて植えているんですよね。
でも夏場はやらないほうが地温が下がっていいという想定で今年は実験中です。
気温より地温といいますか…地温は大切です。
花はそのままだともっさり広がるため、スプレー状(先が枝分かれした形)になるように成長過程での作業がある。
最後の花とつぼみの数は出荷基準で決められているそうだ。
出荷基準は、これ以上守ってくださいというのが一本に花が三輪。それと同等以上のつぼみが付いてること。長さは80センチが2L、70センチがL、60センチがMって3段階なんですよ
それに合わせて仕上げ作業になります。
東京に出すときはもうそれを守らないと。
75センチぐらいのがもったいないと思ってたんですよ。わざわざ5センチ切って70センチにして。非常に抵抗があって市場に掛け合ったんですよ。
今は郡山の市場では80センチ75センチとか65センチとかセンチを表示して出荷することが認められるようになって、今それにしています。
郡山市内であれば日曜日の朝型に畑で切った花が市場を経由して月曜日には店頭に並ぶそうだ。東京だともう1日。
という苦労を読んで改めてトルコギキョウの花です。
取材のきっかけは「頭がお花畑」という表現への対抗心だった。でもそんなこと忘れるほど農業はPDCAでエンジニアリングだった。はっきり言おう、僕には無理だ。
タネに冬を過ごしたと勘違いさせるために冷蔵庫に入れるって考えた人も試した人も、それに応えた花もすごい。
その目的が「見た目がきれい」なのも清々しい。
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