「ひとんちごはん」の面白さ
試食会が終わったあとも、しばらくひとんちごはん話に花が咲いた。
食パン一枚でも家によって食べ方が変わる。
「ひとんちごはん」とは、その家庭の人たちのために存在する料理。本来ならば外部の人間が口にすること、存在を知ることもないもの。ひとつひとつにエピソードがあるのが面白かった。
一人で暮らしをしていると食事のメニューが固定化してくる。たまにはガラッと違う味を楽しみたい。
そこでひらめいた、実家のごはんが食べたい。それも他人の。「ひとんちごはん」というやつだ。
他人の実家の食卓は未知の世界だ。誰もが知っている料理でも、独自のアレンジがされている場合がある。思いもしなかった変わった料理や食べ方が存在するかもしれない。考えだしたらわくわくしてきた。
「実家でしか食べたことのない料理を教えてほしい」と、デイリーポータルZのライター勢に相談したところ、7品もの「ひとんちレシピ」が集まった。
最初は一人で作って楽しむつもりだったが、途中で楽しくなってきたので、筆者宅の料理も併せて全8品を、みんなで分かちあうことにした。ひとんちごはんの魅力をお伝えしたい。
まずは西垣匡基さんから。ちいさなこどもが群がりそうなおにぎりを教えてくれた。
小さなおにぎりにシーチキンを乗せるだけ。いたってシンプル。素朴な味わいだ。
「小さいおにぎりを大量に」は具体的に何個くらい作ればいいのか悩む。少なめのつもりで12個作ったら、10個目でシーチキン缶が空に。ちょこちょこつまめるのでいつの間にか完食してしまった。
こどもが分け合って食べるおやつ的なレシピなのかもしれない。友達の家に遊びに行ったら親御さんが出してくれるやつだ。
私にとって実家のスパゲッティといえば、ケチャップを和えただけのシンプルなものだった。家でたらこスパゲッティを作るという発想がまずないし、さらに既製のソースではなく、生たらこから作るとは。
他の家では平然と登場しているが、自分にとって当たり前でない料理。まさに”THE・ひとんちごはん”だ。さっそく作ってみよう。
たらこの扱いに苦戦しつつも、磯の香りがするスパゲッティができた。初見で作っても時間はそれほどかからなかったので、慣れている人ならすぐできそう。
今回は減塩たらこと無塩バターを使ったので、塩気が足りないかもしれないと少し心配したが、気にならないほど”たらこの主張”がすごかった。多めに入れたレモン汁の酸味に負けないほどたらこ感がある。
一方で、きざみのりの存在がおにぎりのような安心感をもたらしている。のり・たらこ・炭水化物と、事実材料もほぼたらこおにぎりだ。たらこスパゲッティはイタリアのおにぎりである(多分)。
ちなみに、Wikipediaによると、たらこスパゲッティは1963年から64年頃に生まれたという。そんなに古い料理ではないが、Wikipediaに書かれていた当時のオリジナルレシピが大北さんが教えてくれた情報とほぼ同じで歴史を感じた。
当初は一人で作って他人の実家の食卓の雰囲気だけでも楽しめれば……と思っていた、が、なんだかいろんな人と分かち合いながら食べるのも楽しそうだ。そこで、デイリーポータルZのライター勢も集まって試食会を開くことになった。
集まったのはデイリーポータル編集部の安藤さんと古賀さん、そしてライターの江ノ島さんの3人。みなさんには各ご家庭代表の一品をそれぞれご用意いただき、筆者は今回不参加のぬっきぃさん、斎藤充博さん宅、そして我が家の実家ご飯を持参した。
自分が作ったひとんちごはんだけでなく、ライター勢がつくってくれた「パーフェクトひとんちごはん」も食べられる会なのだ!
週末のオフィスで人様の手料理を食べるというレアなシチュエーションにドキドキする。
まずは、惜しくも不参加になったが、レシピの情報を提供してくれたぬっきぃさんちの料理からいってみよう。
ちくわ、ネギ、マヨネーズ。素材と味付けのシンプルさに”実家で出てくるごはん”のオーラをバチバチ感じる。
「ちくわって人んちっぽいよね」「ちくわは人によって扱い方が違うよね」「ちくわはお客さんには出さない」参加者からちくわへの愛憎入り混じる声が多発。
まったくイメージを裏切らない味わい。
ネギのシャキッとした食感と、焼いたことで弾力の増したちくわが合う。マヨネーズによってこどもが好きそうな味になっている。素朴な組み合わせが、まさにひとんちっぽい料理だった。
各々「ひとんちごはん」のイメージができてきたところで、同じくレシピだけ提供してくれた斎藤充博さんちの一品に箸を進める。
親の創作料理。正統派ひとんちごはんだ。
「頭の悪い麻婆豆腐」という一見ひどい例え方も、子という立場だからこそ作れる造語だと思うと、愛があると思えなくもない。
ビジュアルは家庭料理らしいが、ニンニクの香りが尋常じゃない。
いざ口に入れてみると、しょうゆが染みた豆腐とひき肉のやさしい味に気を取られている隙に、ニンニクの影がモワッと迫ってきた。
「これは麻婆豆腐と言えるのかどうか」を侃侃諤々(かんかんがくがく)の意見が飛び交い、「再度確認したい」とおかわりが相次ぐ。
麻婆豆腐と言えるかどうかはいったん置いておいて、訳もわからぬまま胃袋に入れてしまう癖になる味だ。にんにくのインパクトが凄まじく、食べ終える頃には「ニンニク」と呼ばれるようになっていた。
最終的に「餃子の中身に似ている」という意見に皆同意していたが、餃子感は斎藤さんが栃木県出身だからなのだろうか。
三品目は筆者の実家の一番好きな料理を紹介したい。今企画唯一の「あたしんちごはん」だ。食卓に上がれば米田家の子供の視線が集まる定番メニュー。「ブロッコリーグラタン」である。
ブロッコリーを一口サイズに切り、レンジで蒸したのち、グラタン皿に敷き詰める。醤油・チーズ・マヨネーズの順にかけ、トースターで焼けばできあがり。うまい。
夕食のおかずとして度々食卓に並んだ理由は、ブロッコリーを嫌いがちな子供でも好んで食べるというだけでなく、簡単に作れるからだろう。事実、ブロッコリーが苦手だという江ノ島さんも「ブロッコリーの青臭さがあんまりなくていい」と呟いていた。
かんたんでおいしい実家料理として自信満々で持ってきたが、いざ出してみると、素の生活を見られているようで恥ずかしい。
一般家庭の食卓に登場するとは思えない斬新な料理は、江ノ島さんから。
果物に肉を合わせるという、西洋料理みたいな発想。「ひとんちごはん」の中でも異彩を放っている。江ノ島さんのお母さんは、親戚にも評判なほど料理上手らしい。このレシピだけが変わっているのではなく、他にも面白い料理を食べていたという。親のスキルの有無で、ここまで実家の味が変わってくるのかと思った。
見た目にはがっつり系だが、味はあっさりしていて上品なかんじ。予想通りというか、食べたことのない味だ。
火を通しているものの、りんごのしゃきしゃき感が残っていて山芋のようでもある。タレがよく染み込んでいる部分はしなっとしていて、食感の違いも面白い。ボリューム満点で面白い、大満足の料理だった。
全員楽しみにしていた安藤カレー。
特筆すべきはその砂糖の量。1.5人分のカレーに20gくらいの砂糖を入れたそうな。隠し味にしては多いし、そもそも隠す気はなさそう。肉の代わりにツナを入れるというのも聞いたことがない。
お菓子のような甘さだ。甘口のルーを使っているのかと思ったが、ルーの辛さは特に意識していないという。つまり、ルーの辛さに関係なく、砂糖のパワーで甘くなっているのだ。ほろほろのツナも相まって、カレーとはまったく違う料理のようにも感じる。
話を聞くまではこどものためのアレンジだったのではと考えていたが、大人になってもこの味付けのカレーを食べていたそう。
レシピ名に恥じない甘さに一同爆笑するなか、安藤さんだけ満足げに食べていた。家庭環境による味覚の違いってやつだ。
これはこれでおいしいのだけれど、何も知らずに食べたらびっくりするかもしれない。
最後は古賀さんからじゃがいも料理。
マッチ棒くらいの長さに切ったじゃがいもを、油を敷いたフライパンに押し付けるように詰め込み、塩をまぶす。蓋をして弱火で焼いたら、一旦皿へひっくり返し、滑らすように再びフライパンへと戻す。再度塩をまぶして、裏面も焼けたらできあがり。
名無しのじゃがいも料理だと思っていたのに、今回レシピ確認のために実家に連絡したら「じゃがケーキ」という名前が判明したそうだ。味付けが塩オンリーなところが、古賀家オリジナル。
古賀さんにとっては、「焦げ目のカリカリ部分がトロ」であり、なかの生焼けの芋のしゃくしゃく食感は懐かしいもの、らしい。懐かしさはどこにでも潜んでいる。
食べ始めはナチュラルすぎる味に戸惑いもしたが、食べ続けているうちにちょうどいい味の濃さだと感じるようになっていた。感覚的に白米ポジションの料理だった。
試食会が終わったあとも、しばらくひとんちごはん話に花が咲いた。
食パン一枚でも家によって食べ方が変わる。
「ひとんちごはん」とは、その家庭の人たちのために存在する料理。本来ならば外部の人間が口にすること、存在を知ることもないもの。ひとつひとつにエピソードがあるのが面白かった。
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