棚の上の恋人
まず今回のデートの相手である恋人を紹介したい。彼の名前はimac。かれこれ10年近く同居していて、学生時代からデザインについて共に学んだ戦友でもある。
Photoshopを開いてもワンクリックで閉じる体になってしまったため現役は引退しているが、今でも起動すればデスクトップ画面にアイコンを並べて見せてくれる心優しいパソコンである。
彼は見ての通りデスクトップ一体型。狭い部屋でも主張しないスリムボディも好きなところである。ところが調べてみると重量は約10kgと見た目の割にヘビー。どうりで持ち上げた時に腕がぷるぷるすると思った。
彼には自力で移動する手段がないので抱えて移動することを想定していたが、苦痛を感じるほど重たいものを数時間持ち歩くのはデート中テンションが下がってしまう。うーん、と考えた末、申し訳ないが彼に減量を行ってもらうことにした。ダイエットだ。
重いなら減量すればいい
パソコンの減量といえば解体。見えない部分のパーツを取り外せば大分軽くなる。解体・修理が可能な環境がある勤務先に持ち込み、パソコンに詳しいエンジニアと修理担当者のサポートを受けつつデートに不要な部分を外すことにした。
それに合わせてパソコンとデートをするのだという理由も伝えたが、「ああ……」と言うくらいで特に何を言うでもなく対応してくれた。理解が早くて助かる。
最初に強力な吸盤で画面のガラスを引き剥がしたあと、ネジやコードを外し、パーツを取り外していく。コツが必要な部分はコードの抜き方くらいで解体作業自体はさほど難しくなく、ほとんど一人でできた。
液晶の代わりとして黒いテープで覆ったクリアファイルを入れ、ガラスをはめ直した。一見なんの変哲もないパソコンだがほとんど空き箱だ。米袋1つ程度の重さから2Lペットボトル2本ぶん程度まで軽くなっている。
せっかくなので見た目も自分の好みに寄せようと装飾を取り付けてみたが、人間とパソコンで似合う装いは違うのだと気づく。(なのでこのあと外した。)
そもそもシンプルな見た目の彼が気に入ったのだし、器が大きいところや仕事ができるところが好きなのでデートのためにわざわざ特別に着飾る必要は無いのかもしれない。中身抜いちゃったけど。
初めてのお外デート
準備が整ったところで早速デートだ。週末の午後に大きめの公園へやってきた。この時点で私は汗だくになっているにも関わらず、彼は涼しい顔をしていた。さすがである。
当初は街中を予定していたが、手荷物にしては不審だと当日に少し冷静になったので行き先を変えた。代わりに人目が少ないので存分に楽しみたい。
デート≒子守り
……デート、こんな感じだろうか。この最中もずっと「こんな感じだろうか」と思っていた。キャプションではそれらしいことを書いているが、もちろん実際にはパソコンの気持ちは読めない。デートではなく子守りに近い気がする。遊具で遊ぶというシチュエーションも原因のひとつしれない。もう少し大人なコースに進路変更しよう。
パソコンといちゃつく
撮影中は何度か人とすれ違った。特に見られている様子もなかったので、時期的にリモートワークのために仕事用パソコンを運んでいる人だと思われたのかもしれない。
当然だがパソコンからはなんのアクションもない。ただ、画面に周りのものや自分が写り込んでいることに気づいた際にはビビっときた。彼もちゃんと同じものを見ているのだ。
恋愛あるあるシチュエーション、間接キス。直前まで忘れていた。パソコンに口はないではないか。
水分補給。パソコンにとって本来必要のないことをしようとした途端、世界観がブレて自分が何をしているのかわからなくなる。家での身支度の段階で人間とパソコンでは異なるのだと気づいていたはずなのに、いつの間にか人間と同じ認識でデートを進めていた。
嫉妬。これも恋愛あるあるだ。朝から晩まで一緒にいるスマホ相手にやきもちをやくこともあるだろう。
「子守り」にならないようにと後半からカップルらしいコミュニケーションを強く意識した。パソコンの気持ちはわからないし、相手からのアクションは求められないのだから、こちらから積極的にしかけていくことで成立させるしかない。
普段から私がこういうことをしているとは思われるのはきついという気持ちと、普段からこういうことをしたほうがいいんじゃないかという気持ちに挟まれて複雑な心境である。
理想の恋人(パソコン)となら理想のデートができる訳ではない
「理想の恋人=パソコン」この考えは、パソコンの製造販売を行う企業に就職後に身についたものだ。用途に合わせてシステム導入や設定を調整すれば思ったように動いてくれるし、人間の他人には見られたくないフォルダやwebのブックマーク、すべて知った上でそばにいてくれる。理想の恋人と言わずしてなんと言おうか。
けれどそれは最適な環境下での印象であって、少なくとも公園デートでは発動されないとわかった。
移動先の居酒屋さんにて。お酒が飲めない彼と形だけのお疲れ乾杯。