ウィーンに住む私は、通勤前に6歳児を学校に送っている。
ある日、地下鉄が止まって、学校に遅れるおそれが生じた。嫌な汗をかいたが、息子は「駅員さんに聞こう」「べつの電車でS駅からP駅まで行こう」と上気した。
このとき私は、大切なことを教えられた。通勤路の迂回という「よけいなこと」は、愉快な小旅行としても捉えうるのだ、と。
そうして学校と職場に遅刻した。
※この企画は2020年2月29日のとくべつ企画「よけいなことをする日」のうちの1本です。
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この成功体験が古びないうちに、もういちど遠回りの通勤をしてみようと思った。ちょうど学校が冬休みで、子どもを連れていく必要もなかった。
今回は不測の事態ではないから、行き先を自由に決められる。
思い浮かんだのは、あの人の家だ。

ある冬の朝、私はベートーベンちに行くことにした。

いざ出発だ。

寒さに震える身に、トラムの優しい光が届いた。

誰もいない。

乗り換えのための下車。

人生について考えるための時間が与えられる。





誰もいない。




バス停に行く。

乗客がいる。私はもう孤独ではない。

ここからは歩いていく。

もうすぐだ。

苦悩を突き抜けて、歓喜に至れ!



ベートーベンちに着いた。

生誕250周年、おめでとう。
あなたの作品に救われた人間がたくさんいるんだよ。

ベートーベンちに寄ってから、3分ほど歩いて、


またべつのベートーベンちに行った。

あの人は、夜中にうるさくしたりして、よく家を追い出された。
だからこのあたりには、ベートーベンちがたくさんあるのだ。

当時のウィーンには、敷金・礼金の制度はあったのだろうか。


さらに歩いて、小径に入る。

あの人は、ここで交響曲第6番「田園」の楽想を練ったという。

職場からどんどん遠ざかっていく。

2日後の海外出張では、プレゼンが7回ある。でも資料ができていない。
シューベルトの交響曲第8番「未完成」だ。

ベートーベン公園で小休止をしていると、ふいにあの人が現れた。

名も知らぬ東洋人よ。

わたしは、わたしの歩むべき道を歩いてきた。

おまえには、おまえの行く道があるのではないか?


私はハイリゲンシュタット駅から職場へ向かった。

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