特集 2020年2月27日

自動運転から空飛ぶクルマまで…ロンドンで「未来の乗り物」を体感した

ヨーロッパに暮らして思うのは、乗り物がどんどん進化しているということだ。

電動スクーターも、自動運転バスも、すでに街中にあるものだ。エアタクシー(空飛ぶクルマ)だって遠からず実現するらしい。私は未来を生きている。

そんな「未来の乗り物」たちの集まるエキスポが、ロンドンで開催されると聞く。私は有給を申請して、期待を胸に飛び立った。

ウィーンから片道2,000円の格安フライトで。

 

1982年生まれ。ウィーンに住んでいるのに、わざわざパレスチナやらトルクメニスタンやらに出かけます。
岡田悠さんと「旅のラジオ」更新中。

前の記事:ウィーンから片道1万円で極夜の北極圏に行く

> 個人サイト ウィーンと私と、旅する子どもたち

 

ウィーンにもいろいろなモビリティがある

私の住むウィーンは、ヨーロッパのなかではわりに保守的な場所として知られている。

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とはいえ、この古都ではコンパクトカーも走っている。

 

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子どもにやさしい自転車もよく見るし、

 

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乗り捨て可能な電動スクーターはそこらじゅうにあるし、

 

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自動運転バスの実証試験もやっている。

なかなかに先進的なムードを醸しているのだが、

 

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その一方では、老々たる路面電車も現役だし、

 

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(観光用の)馬車だって悠々と闊歩する。

乗り物の未来と伝統が、ここではゆるやかに混淆しているのだ。

そんな環境で健やかに育った私の好奇心が、ロンドンの「未来の乗り物」エキスポの報に接した。私の選択肢はひとつしかなかった。

 

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6歳の息子も自分のモビリティを持っている

 

 

未来を見るためにロンドンへ行く

私が参加したMOVE2020は、次世代モビリティ技術のビジネス展示会だった。

「モビリティ」と聞くとなんだかカッコいい感じがするが、要は「移動する手段」のことである。

新しい移動の方法を、寝ても覚めても考えている。そんなおもしろ仲間が世界中から大集合したというわけだ。

 

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ロンドン市内から会場に向かう鉄道(DLR)からして無人運転だった

 

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わかりやすく目立っていたのは、やはり無人車の実機展示だ。

 

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この22人乗りの電動バスは、まずは空港と工業団地を走るらしい。

なるほど、と私は思った。

①幅広い道路があって、②人の出入りが多くて、③A点とB点を往復する移動にニーズがある。それはもう無人車が働くためにあるような場所だ。

そこから連想して、逆に「入り組んだ路地を無人車が走るのは難しいかな」と思ったりもした。でも私の推量はすぐに覆される。なぜならそうした車もほがらかに展示されていたからだ。

 

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このMOTIVという電気自動車は、なんと1人乗りで(ちょっと空間がもったいない気もするけど)、100km圏内を最高時速64kmで走行する。

ふかふかのシートに座ると、正面にはもはやハンドルすらなくて、私は口をあけてテレビ画面を眺めていればよい。この便利さはどうだろう。

 

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「ロンドンバスを降りた地点から自宅までお届けします」とPR映像が語っていた

 

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ドアの開きかたがどの車もユニークなのは、未来っぽい感じを出すためか

 

ストリート・ドローン(名前がいいですね)というイギリスの会社は、都市部にフォーカスした無人車の開発をしている。

「日本にはすごくお世話になっているんですよ」と社員が語った。「車体は日産ですし、自動運転のソフトウェアには名古屋のベンチャー企業・ティアフォーの技術を使ってます」

この企業のほかにも、日本の商社やメーカーと水面下で交渉中との話をいくつも聞いた。日本の未来は明るいぞ、と私はひさしぶりに思った。

 

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この展示車にはハンドルがあった。「ハンドルを握ると安心するわ」とか言ってると旧世代とみなされる時代が、たぶんすぐそこまで来ている

 

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人間ではなく荷物を運ぶ無人車もあった。地下や道路脇に専用のパイプラインをはりめぐらせて、ビールや野菜などを運搬する計画だ

 

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無人車によくフィットする冷蔵庫。まあ便乗といえば便乗だが、これは正しい便乗である

 

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サービスとしてのモビリティ

実機だけではなく、サービスの展示もあった。

業界の人たちはMaaSMobility as a Service)と呼ぶが、じつのところ私は全然わかっていない。素直にブースで教えを乞うた。

 

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たとえば、Instant System社のアプリでは、近くのスクーターなどの位置を示して、目的地への乗り継ぎ運賃まで一括決済できるという。グーグルマップからもう一歩踏み込んだサービスだ。

いまはフランスの都市部のみが対象らしいが、これが地方に広まれば、旅行者も頼れるツールになるだろう。南仏の田園風景を、気ままに電動スクーターでかけぬける旅よ…!

 

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フランス人もピースサインするんだ、と私は思った

 

話を聞くと、こうしたアプリが最初に生まれたのはフィンランドとの由。さすがはノキア(携帯電話会社)を生んだ国である。

ヘルシンキ発のWhimというサービスは、月額499ユーロ(約6万円)で、電車、バス、レンタカー、タクシー、スクーターが原則乗り放題になる。まさしく「乗り物のNetflix」だ。

私がヘルシンキに住んでたら、これ、使うかな…。正直、6万円って高いよな…。個別決済の手間から解放されるなら妥当かな…。だけど運動不足になるかも…。いや、モトを取ろうとして外出の機会が増えるかしら…。

ちょっと内容を聞いただけなのに、もうこうやって「自分ごと」として悩んでいる。私の思うところ、これは良いサービスの必要条件である。

※ 後日、ヘルシンキ在住のフィンランド人に評判を聞いてみたら、「Whim? うーん、知り合いで使ってる人はいないわね」との返答。これからNetflixなみに広がっていくのか、それとも一過性のブームとして終わるのか、現時点ではどちらとも確言できなさそうだ。

 

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ほかにもいろいろプランがある(出所:Whim公式サイト

 

アプリを使ったものには、オンデマンドの乗り合いサービスもある。

目的地を入力すると、その近くに用事のある誰かと相乗りをして、安い運賃で行くことができる。フィンランドのKyytiとか、ドイツのCleverShuttleとか、これもヨーロッパで元気な動きをみせている。

公共交通の乏しい地域では助かるだろうな、と納得しつつ、私の心に小さな既視感がひらめいた。おや、私はこのサービスに似たものを知っている。それは一体なんであったか。

そうだ、これはバルカン半島西アフリカを旅した私にとって、じつにおなじみの移動スタイルだ。

 

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北マケドニア共和国の乗り合いバス。時刻表の概念は存在せず、満員になったら発車する

 

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トーゴ共和国の乗り合いタクシー。4人乗りの車に7人乗せる(助手席は2人でわけあう)。シェアエコノミーの極北がここにある

 

西アフリカでは公共交通に弱さがあるし、お金持ちの人もあまりいない。だから「低料金でお客さんをまとめて乗せる」ビジネスモデルが理にかなう。

運転中もドアは開けっぱなしで、道行く人たちを大声で呼び込んでいく。これはオンデマンドの根源ではないか。

ヨーロッパの最先端モビリティが、いまアフリカにリンクする。前衛を求めて古典にいきつく。興奮が私を震わせる。

 

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「データを売る」という稼ぎかた

あちこちのブースで話を聞くうちに、(粗い解像度ながら)この業界の輪郭が見えてきた。

私が気づいたのは、この展示会にいる人たちは、大まかに言って

(1)実機を売る人
(2)サービスを売る人
(3)データを売る人

の3つのタイプにわけられるんじゃないか、ということだ。

ここで腕っぷしのある巨人たちは、ひとつの領域に留まらず、(1)から(2)に進出したり(例:トヨタ自動車)、逆に(2)から(1)に踏み込んだりする(例:グーグル)。

この激戦区を観察するのも刺激的ではある。

でもそれとはべつに、(3)の「データを売る人」の生態系にもたしかな豊かさが潜んでいる。そんな発見が、門外漢の私を惹きつけた。

 

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たとえば、このMaxar社では、自前の人工衛星から観測した画像データを売っている。これまでは米軍などを顧客としてきたが、今後は自動運転にも販路を拡大していきたい、との話であった。

「5基の衛星を持ってるけど、これから追加で6基を飛ばすわ」とご婦人は言う。なんだか青魚を仕入れるみたいな気安い口調だ。

「これで世界中の道路状況が刻々とわかる。あなたが破壊活動に従事しても、衛星データからすぐに追跡できるわよ」と、ご婦人は銃を撃つジェスチャーをする。

これはまずいことになった。私の両手が汗ばんだ。

しばらくして、私はとくに破壊活動に従事する予定は(いまのところ)ない、との事実に思い至った。

 

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日本からは唯一の出展者だったインクリメントP(株)も、やはり「データを売る人」なのであった。

国内外の顧客に、日本の地図データを売っている。グローバルに活躍しているプレイヤーだが、少なくとも私が話をした担当者は、そのへんにいる地図好きのおじさんとしか思えない(すみません)。

そしてなんと、デイリーポータルZをご存じだった。「地図好きのライターさんが集まるメディアですよね」。じつに正しい理解であった。

 

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この会社に求職活動をするような気持ちになって、私はいくつかの質問を投げかけた。

 

ーーどういう業界にデータを販売されていますか。

「われわれの生データに需要があるのは、物流やIT系が多いですね」

ーー(顧客層は)グーグルマップで充分だろう、とはならないのでしょうか。

「グーグルは地図の生データを提供しているわけではありませんが、われわれは独自に整備したデータを持っています。そこに違いがあると言えるかもしれません」

ーーなるほど。でもグーグルはクチコミで膨大な情報を集めることができますよね。それに国土地理院という強力なライバルもいる。そうしたなかで、御社の比較優位はどこにあられるのでしょうか。

「国土地理院さんは商業施設の情報をカバーしないので、そこが強みかもしれません。たとえば、プロントやスタバの営業時間。銀座店や八丁堀店が何時までやっているか。こういうのは、クチコミ情報もしばしば正確ではありません」

ーーははあ。でもそういうデータって、どうやって調べているのですか。

「社内の専門部隊が、ウェブサイトや自治体の広報誌などから情報収集しています。もちろん現地調査もやります。日本全国の細道に至るまで走りつくして、信号機や道路標識なども徹底的に調べてます」

地図業界における堂々たるグローバル企業かと思いきや、ここにきて、まさかの人海戦術だった。

だが、これを軽んじてはいけないだろう。この伊能忠敬のような地道な努力が未来の無人運転を支えるのだ。

 

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インクリメントPともアライアンスを組む、世界最大級の地図会社HERE。この人たちも気楽なムードだった。地図会社の人ってみんなこうなのかな…?

 

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チューブのなかで時速1,000km

ここまで紹介してきた企業は、いずれも近い将来に実現しそうな(あるいはすでに実現している)製品である。

だが、この展示会は、さらなる野心を秘めた人たちも抱擁していた。

オランダ発のHardt Hyperloopは、社名のとおりハイパーループ(減圧されたチューブ内を超高速で走る乗り物)を開発している。

 

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旅客機と同程度かそれ以上のスピードが出るという。ちょっと私の想像が追いつかない

 

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私が取材したコンスタンティン氏(国際開発部長)曰く、このハイパーループを日本でも運用できないか考えていて、国土交通省とも議論をしたいとのことだった。

私は国土交通省の人ではないが、コンスタンティン氏の飄々として前向きな姿勢には惹かれるものがあった。

そこで私は、素朴な(いくぶん愚かな)質問をぶつけてみることにした。

 

ーー日本から国際輸送をするなら、中国やロシア行きが考えられます。そうすると北朝鮮などの外交的に難しい地域にチューブを敷設しないといけない。どうしましょうか。

「正直なところ、海底にチューブを敷くのはコスト面で難しいです。なので、当面は日本国内での運用を想定しています」

ーーハイパーループって、時速1,000kmくらいのスピードが出ますよね。これで正面衝突とかしちゃったら、人間が粉々になりませんか?

「安全性には十分な配慮がなされています。でも各種の規制をクリアするまでの時間を考えると、人間よりもカーゴ(貨物)を積むハイパーループのほうが先に実現化する見通しです」

ーーというと、どんな物品の輸送を想定されていますか?

「お花とか、鮭とか、新鮮なままで素早く運ぶべき商品を想定してます」

ーー(これは偏見だけど、西欧の人って「魚といえば鮭」という世界観で生きてるよね…) なるほど。

「ヨーロッパ域内ではAmazonやドイツ鉄道ともコラボして、実現可能性を詰めています」

ーーすごいなあ。

「日本では、物流が多いのに配達員の人手が足りない地域があると聞きます。ハイパーループがお役に立ちそうな場所を探して、日本の企業と合弁会社をつくる選択肢なども想定しています」

 

これは空想ではなく、ちゃんとした現実の話だぞ…と、私は思った。未来は減圧チューブを通ってやってきた。

 

 

空飛ぶクルマは実現するのか

「未来の乗り物」の代表格といえば、これはやはりエアタクシー(空飛ぶクルマ)だろう。

終電を逃した飲み会のあと、エアタクシーをつかまえて家まで帰る。

「課長は錦糸町にお住まいでしたっけ。それじゃあ途中まで一緒に乗りましょう」

「おっ、すまんね」

「僕は押上なので、先に降りちゃってください」

「うぇップ」

「課長、エアタクシーでの嘔吐行為は3万円の罰金ですから、おやめください」

そんな会話がなされる日も、それほど遠くはないかもしれない。

 

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空飛ぶクルマの技術アイデアは、会場でもさまざまに披露された。

たとえばNeoptera社は、アメリカのNASAとも協業して、電動のVTOL(垂直に離着陸できる飛行機)をつくっている。

「人間が乗る飛行機」を目標としつつも、その前に貨物輸送の実績を積み上げていく。先ほどのハイパーループにも通じる開発プランである。

CEO自らのプレゼンは、時代を率いる才人らしく堂々たるものだった。「でもね、大変なことっていっぱいあるのよ…」みたいな告白がたまに挟まるのも、個人的には見どころだった。

私は航空工学の専門家ではないが、「大変なことがいっぱいある」状況については、身にしみた見識を持つ者だ。無言のシンパシーを感じながら、CEO氏の語りを傾聴した。

私が理解した限りでは、空飛ぶクルマを開発する難しさは、「技術革新のスピード感」と「製品を世に出してからお金をしっかり儲けるまでの時間」の軸が、うまくバランスしないところにあった。

これは、どういうことか。

空飛ぶクルマの大きな課題は、「積載量をどうやって増やすか」である。解決策のひとつは、電池の性能を上げること。そしてこの技術は、今後10~20年でぐんぐんアップデートされる公算が大きい。

それなら万々歳じゃないか、と素人目には思う(私も思った)。でも航空機のビジネスでは安全認証を取る過程にコストがものすごくかかるので、約20年は同じ製品を売らないと利益が出ない。だけど電池の性能がうんと上がれば、旧式のエアタクシーは20年どころか10年も経たずに陳腐化してしまう。そうすると「次の技術革新までは製品をあえてリリースしない」戦略に合理性が出てくる。待てば海路の日和あり。でもそれは技術ベンチャーの美徳に反することだし、磨かれない技術は滅びてゆく。行くべきか、待つべきか、行くべきか、待つべきか。確証の持てない空気のなかでジレンマが続く。挑戦者を呑む世界は、かように複雑なのであった。

 

 


未来から「今」はどう映るか

私がアメリカに住んでいた頃、大手自動車メーカーに勤務する日本人と知り合う機会があった。

最終製品の設計者である彼は、たぶんエンジニアの多くが憧れる役職についている。しかし奇妙なことに、彼の表情はどこまでも晴れない。

「いや、仕事はおもしろいんだ。それなりに裁量もあるから。でもね、僕のやっていることは、あくまで『微小な改善の集積』に過ぎないんだ。本当の意味で新しいデザインを創造してはいないし、だいいち社内で許可されない。変な愚痴になって申し訳ないんだけど、もし僕が50年早く生まれて、それで自動車の設計屋だったら、めちゃくちゃに興奮する日々を過ごせていたんだろうな…」

技術的なことはわからないが、彼の話のニュアンスは私にもおぼろげに理解できた。

しかし、それはもはや7年前のことである。

2020年、いまロンドンで無人車の列を眺めれば、その多様性の迫力に、過渡期の熱量に、これはもう素直に打たれるしかない。そこへエアタクシーやらハイパーループやらも飛び込んでくるものだから、もはや雑然を超えて混沌ですらある。

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でもそれはきっと、20世紀のある時期に、新奇なデザインの乗り物がたくさん出てきたことと重なっている。

人間は回顧する動物であるから、いまから50年後、2020年代の乗り物を懐かしむ人たちが出てくるにちがいない。

「あの頃は妙なかたちの無人車がいっぱいあったね」「やばいよね」みたいなことを言うかもしれない。

「だけど、あれはあれで斬新でよかったよね」と。

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1930年代に販売されたチェコスロバキア製のバイク(プラハの国立技術博物館で撮影)。いまではメーカーどころか、チェコスロバキアという国そのものが消滅してしまった

 

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