越後湯沢というパーティーへようこそ
駅のホームに降り立つと寒くてうれしい。新潟県にやってきたのだ。水がよく米のうまい土地、嫌なことが起こる気が一切しない。
越後湯沢については、なんとなくぼんやりとスキーのイメージがあるのみだったが、改札を出てたらそこはパーティー会場だった。
改札と地続きに、一面飲食店やお土産屋さんが並ぶ複合的な全力ウェルカム施設が広がっている。
銘菓、名産から地酒、民芸品などがうなる。奥まで進むと日本酒が無限に楽しめるらしいスペースもあった。
そうやすやすと駅から先には行かさんぞ、絶対に退屈はさせまいとする、ほとんど気概みたいなものを感じる。
……なんて楽しい場所なんだ。
正解は「スキーをして温泉に入る」だ
い、いかん!
ビターン! ビターン! 両頬を張り目を覚ました。
駅にまどわされるべからず! 街に出て見聞を広めるのだ。越後湯沢という土地を、ほんの少しでも多く知らねば。外へ、外へ出るんだ。
あちこちに貼られたポスターからいって、やはりイメージ通りこの街の冬場の力のみなもとがスキーであるのが伝わる。
少し歩いてみて、西口は立派な温泉宿が並んでいるのも把握した。
つまり、スキーをして温泉に入る。冬の越後湯沢、よそからのお客としての態度はこれが正解ではないか。
観光案内場で聞いてみると
実はちょうど今は紅葉シーズンが終わって、スキーシーズンが始まる前の狭間の、準備期間みたいな時期なんですよね……。
とのこと(※取材は12/14に行いました!)だったのだけど、ぎりぎりひとつだけ「かぐらスキー場」が、前日は強風で閉鎖されていたものの今日オープンしていると教えてもらえた。
多くのスキー場が12月中旬以降に開くのに対し、かぐらスキー場は例年11月下旬から滑れるスポットとして有名なんだそうだ。
場所は越後湯沢駅から8キロ。バスで「かぐら三俣停留場」に行くと目の前だと時刻表をもらった。
長いこと出不精人間としてやってきた。スキーで汗を流し、それから温泉に入る。そんな日が来るとは思いもしなかったが、唐突にあらわれた。今日だ。
かっこいいスキーヤーの皆さんとわたし
これでスキー場に行けば、私スキーできちゃうんだな。すごいなそれは。胸や高鳴る。
バスは直行便と路線バスの両方が運行していた。ちょうど直行バスが出る時間で、慌ててバス停へ向かう。
ここで、あれっ、と思った。
バス停にはスキー板やスノーボードらしきものを持った人たちが並んでいる。地元の方々なのか、熟練のスキー客なのか、ウエアを着込み慣れた様子である。
一方の私はジーパンにムートンのブーツ、ユニクロのダウン、背負ったリュックにはパソコンが入っており、帽子も手袋もない。スキー場に行くとは思えない格好だ。
そうだよ、私、スキーヤーでもスノーボーダーでもないんだよな。
スキーの滑り方、知らないしな……。
本物のスキーヤーやスノーボーダーの皆さんの、気負わずしかししっかりとした装備を目の当たりにして、これがスキーに行くということなのか! とはじめて分かったのだ。
ちょっと待て、とすると直行バスに乗って私はスキー場でどうすりゃいいんだろうな。バスはどんどん山の中へと入っていく。視界に占める雪の白が増えていく。
新幹線で隣の席だったライターの三土さんに聞いて知ったが、川端康成「雪国」はここ湯沢温泉の話だそうだ。
「夜の底が白くなった」というあの有名な書き出しを、昼ではあるが体感する。昼の底も、昼の壁も、どんどん白い。
そのうちにかぐらスキー場へ着いてしまった。どうすんだ。
広い駐車場にはびっしりの車が並んでいる。ディズニーランドみたいじゃんか。
車のナンバーを眺めると新潟や長岡ナンバーだけではなく関東ナンバーの車もばりばり停まっていた。趣味の世界だ! と思った。
知らない趣味の世界がここにある。
スキー場はぜんぶ「ザウス」だと思っていました
私は本当にスキーのことを知らないのだなと、到着してしばらくそれをかみしめた。
ここから、本当に物を知らない者が語り続けるので、スキーカルチャーに慣れた方はどうか「こういう人もいるんだな」という気持ちで読んでほしい。スキーに慣れない同じ世界の仲間は一緒に知ろう。
スキー場を、私は「ザウス」みたいなものだと思っていた。ザウス。かつて千葉県船橋市にあった屋内スキー場である。
滑り台のようにひとつの坂があり、リフトで頂上へ登って上から滑る。滑り降りたらまたリフトで登る。それを繰り返す。
屋内であれ屋外であれ、すべてのスキー場がそうだと思っていたから、一帯の地図を見てめちゃくちゃに驚いた。
スキー場ってこういうことなん??
めちゃくちゃ山を、あちこち滑るじゃんね???
完全にザウスとは違う世界観だ。あとで聞いたが、このあたりのスキー場は日本屈指の広さであるらしい。なるほど、スキー場もいろいろあるんだな。
あらためて辺りを眺めた。
歴戦のスキーヤーといった風情のみなさんが行き交っている。グループもいるし、カップルもいるし、一人のひとも多い。使い慣れているであろう板を持ち、ウェアもビシッと着ていて「着られている」感じがしない。
よし、見学させてもらおう
この時点で自らスキーをするのは諦めた。
フル装備レンタルも可能、ゲレンデまでいけば初心者が入門できるスクールもあると聞いたが、一人でスキー板を持ってスキー靴を履いてロープウェーに乗る自信すらない。
これは……見学だな!
スキーをせずにロープウェーにだけ乗せてもらえないかと聞いてみたところ、全く問題ないのことだった。やった! ありがとうございます!
この日のロープウェーの運行は15分にいちど。時間になると駐車場内にベルが鳴る。
ロープウェーは、内部は無骨でただスキーをするためだけに便宜上乗る乗り物、という感じだった。
乗り物としてエンジョイするものではない風情がある。
感染対策のため、乗り込んだら発話はしないようにとアナウンスされた。
スキーやスノーボードを持った方々にまじり、ただひとり、観光理由で静かに乗り込むと、3分ほどでもう山頂駅に着いた。
どこかで見たことあるぞこれ、 見たことある。スキー場だ。映画とかドラマとかCMとかで見たことがある。
芸能人いた! みたいな興奮。
ザシューっと目の前に、スキーやスノーボードを履いた人たちが続々と滑ってくる。
か、かっけえええええ。
駅でもらったパンフレットの写真そのまんまだ。
興奮のままリフト乗り場に、俺だ~、乗せてくれ~! と駆け寄ったが、リフト券をロープウェーのチケットを買った山麓で買わないと乗れないのだった。
登るだけ登って、降りるのもリフトで降りる、勢い、登ってくるスキーヤーのみなさんとすれ違い気まずくなる覚悟はできていたんだけどな……。
しばらく、続々と滑り降りてくるスキーヤー、スノーボーダーの皆さんを見学した。みんなめっちゃ上手い。見ていてぜんぜん飽きない。
たまにゆっくり、隣についた人に教えてもらいながら降りてくる人もいて、私もああやって今からでも入門できるものなんだろうかと考えたが、どうだろう。自信は、ない(私はほとんど運動センスがない)。
ザシューって滑れたらさぞ気持ちよかろうなあ。そういう人生があるんだなあ。昼食を惜しんでスニッカーズを食べてもう1本滑るみたいな人生が(かつてスニッカーズにそういうCMがありましたね)、ここにあるんだなあ。
戻りのロープウェーも、越後湯沢に戻るバスもそこそこ混んだ。時間はまだ13時台だったが、どうも午前のうちに遊んで終わらせる人も多いようだ。
平日だからか、子どもは親御さんらしき人に連れられた小さな子を一人見かけたきり、あとは若い人も年長の人も、みんな大人だった。
今までついぞ知らなかった世界がここにある。
シーズンのあいだは平日をそわそわ過ごし、週末になれば車でひとり雪山にやってくる、ひと滑りして満足し、温泉につかってお昼を食べて帰る。そんな人生も、なにかどこかの分岐が違えば自分の人生だったかもしれないと思うとしびれる。
へぎらないけどへぎそばをいただきますよ
さて、興奮のまま、バスで越後湯沢駅前へ戻ってきた。
もし私が孤高のスキーヤーだったら、まずはひとっ風呂あびてすっきりするのかもしれないが、if設定がこちら側の私は見学しただけで一切汗はかいていない。
お腹がすいたし、へぎそばを食べよう。
昼はぜったいにへぎそばを食べると決めていた。
朝、観光協会の方になにか名物はと尋ねたところ、食い気味で「へぎそばですね」と教えてくれたのだ。
新潟といえば圧倒的米の産地なわけで、飯ものはなにを食べても100点が出ちゃうんだろうと思っていたが、地元の方がすすめるのなら、そちらをぜひ食べておきたい。
へぎそばという、轟くその名を聞いたことはもちろんあった。
小さくまるっとさせたおそばが平たい箱にならんでいるやつ……だと思うのだが、そういえばよくは知らない。
「すみません、へぎそばってなんですか」お店の方に素直に聞くと、へぎというのは写真にもある平たいうつわの名前で、養蚕の現場で使われていたものだそうだ。
布海苔をつなぎに使うのがアイデンティティで、強いコシとつるつるした表面が特徴なんだそう。
なお中野屋さん、あとでサイトも検索したがドメインが「umaisoba.com」であった。IT的な観点から見てもうまいそばに違いない。
ただ、こちらのお店、へぎそばは2人前から提供している。「へぎ」の大きさ的にそういうことなんだろう。じゃあ2人前食べようかなとお願いすると、お店の方は心配の顔で「多分多いと思います」と言った。
「へぎ」の要素はなくなるものの、おそばは同じものですと教えてもらった、人気だという舞茸天ざるそばを頼んだが、これが結果的に大正解であった。
ぴかぴかきれいで、ちゅるんちゅるんのそばはもちろん、舞茸の天ぷらが完璧なおいしさ。
完全勝利とはこのことだ。
勝利に勝利を上乗せすべく、このあと行くのは温泉だ。
温泉街だけにホテルの日帰り入浴サービスもあるしあちこちに銭湯的な施設がある。街の人も行くようなところがいいなと、湯沢町の共同浴場である「駒子の湯」に行ってみた。
駒子というのは「雪国」の登場人物のこと。「雪国」関連の展示もあった。
スキー、温泉、へぎそば。越後湯沢の初級はとりあえずクリアできたのではないか。
やっていないスキーの疲れもすっかり取れた。
雪がめっちゃ降る地域の、かつての暮らし
すっかり仕上がった私である。
お土産爆買いの前に、これも観光協会のいちおしだった、土地の民俗資料館へも行ってみることにした。温泉街に「雪国館」という立派な施設がある。
こちらは越後湯沢の古い暮らしが伝わる民具の展示に力を入れており大変な見応えだ。
スタッフの方がとても親切に撮影とネット掲載が可能な展示を教えてくれた。
藁づくりの民具はどう気を配って保管展示していても劣化してしまう、多くの方に記憶してほしいいから、撮影やシェアは歓迎ということだった。
さらに「雪国館」と呼ばれる名前のとおり、川端康成「雪国」を大きくフィーチャーした展示もありありがたくほほうと拝見した。
ほほう……。
……。
……そろそろ帰りの新幹線が出る時間だな。
……よし。白状しよう、実はわたしは「雪国」を読んだことがない。
スキーはできない、この上「雪国」まで知らないのでは越後湯沢来訪者としていかん。「駒子の湯」にまで浸かったんだぞ。
お土産として文庫本を買うことを決意し駅へ向かった。
「雪国」……超傑作じゃんか!!!
帰ってすぐに「雪国」を読んだ。
……おうっ!
傑作やないけ!!!!!!!!!
言ってよ……!!! 傑作って、言ってよ~~~! と足をばたばた踏み鳴らしたが、川端康成はノーベル文学賞取ってるくらい世が良さをあらかじめ叫んでいたのだった。
こうして今回来れたおかげで、世の中の評価に遅れに遅れて私が追いつきました。
越後湯沢、旅の素人が突然オフシーズンに行って、十二分に最高体験ができる場所だった。スキーが習得できたわけではないが文化を知れたし、小説「雪国」を心得た。
社交辞令なんかじゃなくて、本当にまた行きたい。スキーはちょっと自信がないが、ならぶ旅館のいずれかにぜひ泊まりたい。
そうしたら、今度はもっと、国境の長いトンネルを、旅情たっぷり抜けて行く。
年末年始とくべつ企画「新幹線の駅でひとり置き去り」
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