閑散駅
東北新幹線で一駅ごとに誰かが置き去りにされていくこの企画。事前の企画会議で特に話題にのぼった駅があった。それが、いわて沼宮内。
東北新幹線一の閑散駅であり、乗車人数が一番少ない。全国の新幹線駅で比べても、奥津軽いまべつ駅と並びトップ2を争う閑散ぶりだそうだ。
ひとつ前の盛岡駅を出たあたりから、車窓の景色をもとに、目的地がどんな町か予測しようと試みていた(到着するまで検索禁止というルールなのだ)。しかし路線はあいにくトンネル続きで、降りるまでほとんどヒントを得られずにいた。そして…
ホームでは同じ新幹線から降りた子供たちが、迎えに来たおじいちゃんにキャッキャ言いながら抱き着いていた。あるな。ここにはたしかに、人の生活が、ある。
しかし残念ながら、その生活目線の「ある」は、自分がいま欲しいそれではないのだった。いまほしい「ある」はライター目線のそれで、あいにくその点には若干の不安を感じている。駅から町を見下ろすと、焼肉屋が一軒、薬局が一軒、見える。視認可能な店が、2軒。この町になにか特別なことを見つけて、記事にしなければいけないのだ。
これはもしかして、「ない」ではないだろうか、という不安。
駅の下に観光案内所があった。
「このあたりで観光できるところはあります?」
「お車はないですよね?」
「はい、そうなんです」
「うーん、道の駅は歩いていけますし、美術館も併設されてますけど、それ以外はなにも…」
よかった、「ある」。道の駅だ。記事にできそうなところが、ちゃんとあった!
あるにもかかわらず「それ以外は何も」を強調してしまう観光案内所のお姉さんに奥ゆかしさを感じつつ(そしてその気持ちも僕はすごくわかる。なぜなら田んぼの隙間で生まれ山の斜面で育ったので)、ひとまずは道の駅を目指すことにした。
道の駅へ
歩道にはところどころ雪があり、スニーカー履きを心細く思いつつ、歩く。
あの不安はどこへ行ったのか、いつの間にか完全に満喫してしまった道中であった。
もっとも、上に挙げた中で鋳物ストーブ以外はこの土地独特でもなんでもない。しかし人は、知らない町にいるというだけで興奮してしまうものなのである。
名物との邂逅
そんなふうに寄り道しながらの1キロはすぐだった。
まずは美術館が見つかったが、13時を過ぎていたので食事の後で寄ることにして、いったん素通り。
大きな駐車場の隣に、野菜や名産品の直売所と、レストラン、そして交通案内所 兼 休憩所がある、つくりとしてはごく一般的な道の駅だ。
どうもこのあたりはキャベツが名物らしい。この焼酎は飲んでみたかったが、ここで買っちゃうと重量的に後に響きそうだったのであきらめた。
そしてもう一つ、名物らしきものがこちら。
鍋用/ホルモン焼き用の2つにわかれて、冷蔵棚の半分を占めている。
直売所の商品はすべて生産者がわかるようになっており、このホルモンたちは「佐藤精肉店」「肉のふがね」の2つの肉屋さんからきているようだった。地元の有名店なのだろうか。
ここで、企画の参加者は全員、何かおつまみを買って来ることになっていたのを思い出した。新幹線で食べながら帰るのだ。(ほかの参加者の記事であまり触れられておらず、すっかり存在感の薄いルールになってしまった)
ホルモンもいいけど、焼く場所がないからな…と思い、同じ棚にあったこれを購入。
そしてレストランでお昼を食べて、
そしていよいよ、美術館を見に行く。おそらくこの記事の最大の見せ場となるスポットだ。
すでにすっかりいわて沼宮内を満喫してしまい何でも楽しいモードに入っていたので、「休館」の文字を見た途端、笑い転げてしまった。アハハ、そうくるのね!そういう展開ね!ゲラゲラゲラー!
…さて、記事どうしようかな…(真顔)。
目的地を入力してください
すっかり目的を見失ってしまった。とりあえずいったん道の駅に戻るか。
そしてまた、何気なくホルモンの棚をみていると、一枚の貼り紙が目に入った。
さっき2つあると書いたホルモンの生産者の片方、肉のふがね。駅に戻って別方向に行けば、(ここからはそこそこ歩くが)こちらもまた徒歩圏内の距離だった。
もはや他に当てもないのだ。行こう、ここに。
はるかな商店街をもとめて
歩きながら考える。道の駅にあった地図には確かに、「大町商店街」と書いてあった。しかし商店街なんてあったかな?
一回駅に戻って、今度は別の道をたどる。
最初にホームの窓から見下ろしたときには気付かなかったが、行ってみると確かに商店街があった。
高低差がすごい
このあたりは土地の高低差がすごくて、商店街と並行に、かなり急な斜面や、崖が走っている。
最初は個人宅か会社につながる階段かと思ったのだが、迂回して見てみると上も道のようだったので、上がってみることにした。
建物の3階くらいからの眺望があった。
この取材で唯一、肝を冷やした瞬間である。
土地の高低差すらも満喫してしまう、そんな旅気分なのであった。
ここが俺の天竺
そしてついに、目的地に到着した。
赤い柱で囲まれた、ひときわ目立つ店構え。建物は年季が入っており、ずいぶん長い間、地元に愛されているのだろう。
ここまでそこそこの距離を歩いてきたので、個人的には「やっとたどり着いた…!」という感慨がある。
しかしながら、この感慨、なんだかやり場に困る感慨である。
これが観光地なら、じゃあお土産でも!と奮発できそうなものだが、あいにくここは肉屋。主な売り物は要冷蔵品なのだ。新幹線では焼けないし、東京まで持ち帰ると8時間ほど常温輸送なのでちょっと不安。この高ぶり、いったいどこにぶつけたら…。
これだ、これを買って新幹線でみんなで分けよう!
しかしなぜかこれだけ値札が付いてないのだ。その時ちょうど店員の女性が奥から出てきたので、声をかけた。
「これ、いくらですか?」
「あーごめんなさいね、これは取り置き品なので、お売りできないんです。」
「あらら、そうなんですか」
「もう一つのお店(支店)にはあるんだけど…。5分くらいだから行ってみる?」
「5分…車でですよね?徒歩なんです。」
「徒歩!」
車社会である。歩いて買い物に来る人などそういないようで、少し驚かれた。
そのあと、東京から新幹線で来たこと、いわて沼宮内で初めて降りたこと、道の駅でお店の地図を見かけ、歩いてきたことなどを話した。
店員さんも、なかなかそんな人はいないということ、それからこのあたりは盆地で夏は意外と暑いということ、ホルモンは昔からずっとこのお店の名物であること、などを話してくれた。
そんな雑談があったのち、結局、さっきのサラミを売ってもらえることになった。「取り置きは大丈夫なんですか?」「また運んでくればいいだけだから」。なんとありがたい!
「肉」
そのあと、お店の写真を少し撮らせてもらって、じゃあこのへんで、と帰ろうとしたとき、「あ、ちょっと待って」と呼び止められた。
お礼を言って店を出て、「お店の外観も撮っていったほうがいいわよ」という店員さんの言葉を思い出して、道路の反対側へ渡る。
左手にローストチキンのパックを持ったまま、片手で写真を撮った。
クリスマス直後、いろんなところでローストチキンの残り物を見かけた日だったが、ここでもらったローストチキンはまだ作りたてのアツアツ。新幹線まで持っていこうか、その場で食べてしまおうか迷った。
でも、せっかくだしみんなで思い出話と一緒に食べたほうがいいのではないか。そんなことを思って、新幹線に持っていく珍味のラインナップに加えた。
これにて僕のいわて沼宮内の旅はおしまいである。ローカル線に乗って盛岡に戻り、帰りの新幹線を待つ間、カメラで写真を見返していた。
撮ったときは、正直言って、「何もないな…」と思った景色である。でも今になって見返してみると、今日通った道があり、橋があり、ホームセンターがあり、道の駅があり、肉屋があり、いろんなものが「ある」。
正直、僕はそんなに社交的な方ではないので、旅先での人の関わりといってもたかが知れている。それでも、地元のお店や町並みに触れ、そして時には人に直接優しくしてもらったりしているうちに、その土地の人々の生活が自分にも少し浸み込んでくるような気がする。「何もない」だった土地が、少しずつ「ある」に変わっていく。
「何もない」を「ある」に変えていく作業、それが旅なのかもしれない。
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